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84話
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今までもアルスランの屋敷には何度も訪れているし、茶会にも出ている。だがこれほど緊張したことはないとニルスは心底思った。大切で大好きなエルヴィンと二人きりの茶会。それだけで己の緊張っぷりが半端ない。
だがここまで緊張するのはもしかしたら鍛錬不足なのかもしれない。帰ったらいつも以上に自分を鍛え上げなければと、つぶれそうなほどドキドキしている心の中で思った。
気の緩みは仕事にも影響してしまうかもしれない。この国の第二王子であるリックを守るという重要な職についているというのにこんな軟弱なことでは駄目だ。
考えながら茶を飲んでいると少し落ち着いてきた。ただ、落ち着いてくると今度はずっとしてみたかったことが頭によぎり、そわそわとする。
とはいえそんなことをエルヴィンに頼んでもいいものだろうかと心配にもなる。
引かれるだろうか? いい大人が何を言っていると軽蔑されるだろうか?
それとも恋人ともなれば、多少は許されるのだろうか。
悩んでも答えなど出ないとニルスはわかっている。恋愛未経験の初心者が一人でいくら考えてもわかるわけがない。だがリックに言われた通り、誰だって最初は未経験だし未経験に胡坐かいていては永遠に未経験のままだろう。勇気を出してみることにした。
「……エルヴィン」
「は、はい」
「……その……まさか、両思いになれると、は……思っていなかったんだが……もし、こうして付き合えたなら……してみたかったことが、ある」
何とか話している途中、エルヴィンが少々ぽかんとしたような気がした。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。だが、してみたかったことがあると続けると「いいよ」と即答してくれた。
何て優しいんだろう。かわいいだけじゃなくて優しい。かわいい。
ひたすらかわいい、かわいいと思いながらニルスはフォークを目の前にある焼き菓子にさした。そしてそれをエルヴィンに差し出す。
「ニルス?」
「……食べて」
ずっとしてみたかった。病気だからとかそういう何か理由がある状況なのではなく、単に恋人であるエルヴィンに食べさせる。他にもしてみたいことはあるが、今一番やりやすいことというか浮かんだことはこれだ。
エルヴィンは困惑したようだが、それでも笑ってくれたし「あーん」と言いながら口を開けてくれた。
かわいい。
嬉しい。
ニルスがそっと焼き菓子をエルヴィンの口に入れると、それを素直に含んで咀嚼してくれている。
ああ……かわいい。
緊張は薄れたとはいえ、今度は心臓の鼓動があまりにもうるさくて難聴になりそうな勢いだった。だがとても嬉しい。
「……もう一度しても?」
「……いいけどニルス、これ、楽しい?」
「ああ」
最高に楽しいというか、嬉しい。
「そうなの? ニルスが楽しいならいいけど」
そう言いながら、エルヴィンはまたニルスが差し出したフォークを咥えてくれた。そして咀嚼し終えると「じゃあ俺もやってみたいから、食べてよ」とニルスと同じように焼き菓子にフォークをさしている。
「……それは……無理だ」
「何が?」
そんなことをされては、心臓の鼓動は今以上に激しくなるだろうし、これ以上ドキドキしたら心臓が破れてしまうかもしれない。
「……血を吐いてしまう」
「そんなことある……っ?」
エルヴィンは唖然としていた。
その後、茶のおかわりをしつつ、慣れてきたのかいつもの感じになってきた。といってもいつも通りということは、ほぼエルヴィンが話してニルスはそれに対し頷いたり首を振ったりする流れだ。
今日はやってみたいこと以外にもう一つ、課題があった。
エルヴィンをデートに誘うことだ。
ただ、どういった場所に誘えばいいのかさっぱりわからなかった。リックに「デートとはどういったところへ行くのだろうか」と聞いてはみたが「行きたいとこに行けばいいんだよ」と返ってきてしまい、困ってしまった。
ニルスがエルヴィンと行きたいところなど特にない。というか、エルヴィンと一緒ならどこへ行こうが、どこへも行かなくとも、何だって嬉しい。何なら仕事中に王城でばったり会うだけでも十分嬉しいくらいだ。
いっそ本人に直接「どこか行きたいところはないか」と聞けばいいのではと思った。ただ、それは少々情けない可能性もある。
「エルヴィン」
「何?」
こうなったら一か八かだろうか。とりあえず言ってみて、反応が微妙な場合は「行きたいところ」をエルヴィンに聞く。両思いで付き合っているはずなので、デートへ行きたくないという答えだけはないだろう。というかないと思っておきたい。思っておく。
「今度休みが合えば町の武器兼鍛冶屋へ剣を見に行かないか」
一息で何とか口にした内容をリックが聞いたら「何でそうなるの」という突っ込みが入ったかもしれない。だがエルヴィンは嬉しそうに「行く」と頷いてくれた。
「ニルスの剣、新調するのか?」
「え? あ、ああ」
正直なところ、剣を新調するなら王室御用達がある。単にニルスとしては騎士であるエルヴィンなら鍛冶屋は嫌いではないのでは、と色々考えた挙句の結果だった。
「そっか。でも丁度よかったよ。俺も個人で使ってる剣、いくつか新しいの見てみたいなって思ってた。あと職場で支給されている剣もそろそろ磨いてもらわないとなって」
「そうか」
「いつもは王城にある鍛冶屋で見てもらってたんだけど」
そういえばそうか。確かにある……な。わざわざ町まで出なくとも……。
「ここの城下町にある鍛冶屋は腕がいいってわりと評判だしね、楽しみだな」
「そ、うか」
よかった。何よりエルヴィンが優しくてかわいい。
ニルスは温かい気持ちになってホッとした。
だがここまで緊張するのはもしかしたら鍛錬不足なのかもしれない。帰ったらいつも以上に自分を鍛え上げなければと、つぶれそうなほどドキドキしている心の中で思った。
気の緩みは仕事にも影響してしまうかもしれない。この国の第二王子であるリックを守るという重要な職についているというのにこんな軟弱なことでは駄目だ。
考えながら茶を飲んでいると少し落ち着いてきた。ただ、落ち着いてくると今度はずっとしてみたかったことが頭によぎり、そわそわとする。
とはいえそんなことをエルヴィンに頼んでもいいものだろうかと心配にもなる。
引かれるだろうか? いい大人が何を言っていると軽蔑されるだろうか?
それとも恋人ともなれば、多少は許されるのだろうか。
悩んでも答えなど出ないとニルスはわかっている。恋愛未経験の初心者が一人でいくら考えてもわかるわけがない。だがリックに言われた通り、誰だって最初は未経験だし未経験に胡坐かいていては永遠に未経験のままだろう。勇気を出してみることにした。
「……エルヴィン」
「は、はい」
「……その……まさか、両思いになれると、は……思っていなかったんだが……もし、こうして付き合えたなら……してみたかったことが、ある」
何とか話している途中、エルヴィンが少々ぽかんとしたような気がした。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。だが、してみたかったことがあると続けると「いいよ」と即答してくれた。
何て優しいんだろう。かわいいだけじゃなくて優しい。かわいい。
ひたすらかわいい、かわいいと思いながらニルスはフォークを目の前にある焼き菓子にさした。そしてそれをエルヴィンに差し出す。
「ニルス?」
「……食べて」
ずっとしてみたかった。病気だからとかそういう何か理由がある状況なのではなく、単に恋人であるエルヴィンに食べさせる。他にもしてみたいことはあるが、今一番やりやすいことというか浮かんだことはこれだ。
エルヴィンは困惑したようだが、それでも笑ってくれたし「あーん」と言いながら口を開けてくれた。
かわいい。
嬉しい。
ニルスがそっと焼き菓子をエルヴィンの口に入れると、それを素直に含んで咀嚼してくれている。
ああ……かわいい。
緊張は薄れたとはいえ、今度は心臓の鼓動があまりにもうるさくて難聴になりそうな勢いだった。だがとても嬉しい。
「……もう一度しても?」
「……いいけどニルス、これ、楽しい?」
「ああ」
最高に楽しいというか、嬉しい。
「そうなの? ニルスが楽しいならいいけど」
そう言いながら、エルヴィンはまたニルスが差し出したフォークを咥えてくれた。そして咀嚼し終えると「じゃあ俺もやってみたいから、食べてよ」とニルスと同じように焼き菓子にフォークをさしている。
「……それは……無理だ」
「何が?」
そんなことをされては、心臓の鼓動は今以上に激しくなるだろうし、これ以上ドキドキしたら心臓が破れてしまうかもしれない。
「……血を吐いてしまう」
「そんなことある……っ?」
エルヴィンは唖然としていた。
その後、茶のおかわりをしつつ、慣れてきたのかいつもの感じになってきた。といってもいつも通りということは、ほぼエルヴィンが話してニルスはそれに対し頷いたり首を振ったりする流れだ。
今日はやってみたいこと以外にもう一つ、課題があった。
エルヴィンをデートに誘うことだ。
ただ、どういった場所に誘えばいいのかさっぱりわからなかった。リックに「デートとはどういったところへ行くのだろうか」と聞いてはみたが「行きたいとこに行けばいいんだよ」と返ってきてしまい、困ってしまった。
ニルスがエルヴィンと行きたいところなど特にない。というか、エルヴィンと一緒ならどこへ行こうが、どこへも行かなくとも、何だって嬉しい。何なら仕事中に王城でばったり会うだけでも十分嬉しいくらいだ。
いっそ本人に直接「どこか行きたいところはないか」と聞けばいいのではと思った。ただ、それは少々情けない可能性もある。
「エルヴィン」
「何?」
こうなったら一か八かだろうか。とりあえず言ってみて、反応が微妙な場合は「行きたいところ」をエルヴィンに聞く。両思いで付き合っているはずなので、デートへ行きたくないという答えだけはないだろう。というかないと思っておきたい。思っておく。
「今度休みが合えば町の武器兼鍛冶屋へ剣を見に行かないか」
一息で何とか口にした内容をリックが聞いたら「何でそうなるの」という突っ込みが入ったかもしれない。だがエルヴィンは嬉しそうに「行く」と頷いてくれた。
「ニルスの剣、新調するのか?」
「え? あ、ああ」
正直なところ、剣を新調するなら王室御用達がある。単にニルスとしては騎士であるエルヴィンなら鍛冶屋は嫌いではないのでは、と色々考えた挙句の結果だった。
「そっか。でも丁度よかったよ。俺も個人で使ってる剣、いくつか新しいの見てみたいなって思ってた。あと職場で支給されている剣もそろそろ磨いてもらわないとなって」
「そうか」
「いつもは王城にある鍛冶屋で見てもらってたんだけど」
そういえばそうか。確かにある……な。わざわざ町まで出なくとも……。
「ここの城下町にある鍛冶屋は腕がいいってわりと評判だしね、楽しみだな」
「そ、うか」
よかった。何よりエルヴィンが優しくてかわいい。
ニルスは温かい気持ちになってホッとした。
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