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78話
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とにかく一度あげたものを返すなんてしないで、とリックは苦笑してきた。
「でもそれじゃあ、あまりに宝の持ち腐れ……」
「宝じゃないよ。単に俺が君にあげたお守り。お守りは確かに肌身離さず持ってるほうが効果あるだろけど、身に着けてなくても大事にしてくれるだけで十分だよ」
「リック……」
「それに十分成果出てるようだし」
「え? 何が?」
「何でも」
何を言っているのだと首を傾げるも、リックはにっこりと首を振ってきた。
相変わらず読めない人だと思った後にリックこそ、このブローチで読めばいいのではと浮かんだ。本人も効力を知っているから、勝手に読むわけでもない。
「ではありがたくそうさせてもらいます」
同じくにっこり笑みを浮かべながらエルヴィンは握手を求めるかのようにして手をリックへ伸ばした。だがあともう少しで触れるというところでにこにこと避けられる。
「今、避けましたね」
「避けたねえ」
「何で避けるんですか」
「何で避けないと思うの」
お互いにこにこと顔を向け合う。
こうなったら意地でも触れてやるとばかりに、エルヴィンは手をまた伸ばした。だてに剣を扱う仕事をしてはいない。
するとゆったり座っていたリックが椅子から立ち上がった。顔は笑顔のままだが、思いきり避ける気しかないことは伝わってくる。
そこからしばらくはお互い笑顔のままひたすら攻防戦だった。遠い東の国に、手や足などを使った格闘技を主とする国があると聞く。今、まさに二人はその格闘技を実戦しているかのごとく、ひたすら手を伸ばしては避け、先に触れようと手を伸ばされては避け、を繰り返していた。
エルヴィンが触れることで相手の気持ちが読める。よって、向こうから触れられたら意味がない。ブローチの作成者だけによくわかっているリックの手を避け、こちらからまた手を伸ばすという行為を繰り返していると「ストップストップ。降参だよ、いくら俺もそれなりに鍛えてるとはいえ、騎士には敵わない」とリックが少し離れて両手を上げてきた。
「……ふぅ」
思わずエルヴィンも一息入れた。その瞬間をすかさず逃さず、リックがエルヴィンに手を伸ばして腕をつかむと引き寄せ、抱きしめてきた。ほんの少しエルヴィンより背が低いであろうリックだが、さほど大きな差があるわけではないため、立ち並ぶような感じで抱きしめられている。おかげで身動きも取りづらく、かろうじて手がリックに多少なりとも触れられたとしても、リックのほうから触れられたままなのでエルヴィンが読むこともできない。
「……ずるくないですか」
「そうかな? そもそもエルヴィンがこの国の王子に向かって仕掛けてくる時点でアウトだよ」
「勝手な時にだけ王子ぶるのやめてください」
「だって王子だし」
抱きしめられたままそんなやり取りをしていると部屋のドアが開いた。二人してそちらを見ると、固まっているニルスが見える。
ニルスは「失礼した」と呟くように言うと、そのまま部屋に入らずドアを静かに閉めてしまった。
「あー」
「あー、じゃないんですよリック! どうすんですか、今の絶対何か誤解してますよ……!」
するとリックが抱擁を解いてきた。だがエルヴィンはもうふざけて触れようとする余裕もない。
「別に誤解されても困らないけど」
「は? 何で!」
「だって実際のところ俺ら別に何もないし、ふざけてただけだから後ろめたいこともないし、口の堅いニルスが馬鹿みたいに言いふらすはずもない。何が困るの? エルヴィンはニルスに誤解されて何か困る?」
真顔で言われていたらまた違ったかもしれないが、明らかにリックの口元が楽しげに綻んでいる。嘘くさい笑みとかではなく、明らかに楽しそうに綻んでいる。
「あんた今絶対楽しんでるだろ……!」
「エルヴィンってばどうしたの? 俺に対する敬語すら忘れてるよ。そんなに動揺するようなこと、今あったっけ?」
「にこにこしながらいたぶってくるの、ほんとやめてください! ああもう! わかりましたよ、わかりました! ニルスに誤解されると俺が困るんです。こう言えばいいんですか!」
とてつもなく悔しげに忌々しげに言うも、リックはますます楽しそうな顔をしてきた。
「まだ言い足りないなあ。何で困るの?」
「……あんたほんっと性格、悪くないですか? もう……ほんともう……。……っ俺がニルスを好きだからですよ……! こう言えばいいんですか!」
顔を真っ赤にしながら言えば、リックが破顔した。そして部屋のドアに向かって「らしいよ、ニルス。どうする?」と呼びかける。
「……はっ?」
エルヴィンが唖然としていると、一瞬の間の後にドアがそっと開いた。そしていつもほぼ無表情の男が、この世の不条理を一気に味わったかのような顔をしながら開いたドアと同じようにそっと入ってくる。
「ニルス、驚いてかショックでか立ち去れなかったにしても、立ち聞きはよくないよねえ。仮にもお前の主人だよ、俺は」
リックは相変わらずにこにこしている。
「え、ちょ、は、な……っ?」
言語化できないという状態をエルヴィンも味わった。整理できない頭の遠いところでようやく言葉が浮かんだものの、「あの不思議な音を出していたニルスはいつもこんな風だったのだろうか」と少なくとも今全く必要のない内容だった。
「でもそれじゃあ、あまりに宝の持ち腐れ……」
「宝じゃないよ。単に俺が君にあげたお守り。お守りは確かに肌身離さず持ってるほうが効果あるだろけど、身に着けてなくても大事にしてくれるだけで十分だよ」
「リック……」
「それに十分成果出てるようだし」
「え? 何が?」
「何でも」
何を言っているのだと首を傾げるも、リックはにっこりと首を振ってきた。
相変わらず読めない人だと思った後にリックこそ、このブローチで読めばいいのではと浮かんだ。本人も効力を知っているから、勝手に読むわけでもない。
「ではありがたくそうさせてもらいます」
同じくにっこり笑みを浮かべながらエルヴィンは握手を求めるかのようにして手をリックへ伸ばした。だがあともう少しで触れるというところでにこにこと避けられる。
「今、避けましたね」
「避けたねえ」
「何で避けるんですか」
「何で避けないと思うの」
お互いにこにこと顔を向け合う。
こうなったら意地でも触れてやるとばかりに、エルヴィンは手をまた伸ばした。だてに剣を扱う仕事をしてはいない。
するとゆったり座っていたリックが椅子から立ち上がった。顔は笑顔のままだが、思いきり避ける気しかないことは伝わってくる。
そこからしばらくはお互い笑顔のままひたすら攻防戦だった。遠い東の国に、手や足などを使った格闘技を主とする国があると聞く。今、まさに二人はその格闘技を実戦しているかのごとく、ひたすら手を伸ばしては避け、先に触れようと手を伸ばされては避け、を繰り返していた。
エルヴィンが触れることで相手の気持ちが読める。よって、向こうから触れられたら意味がない。ブローチの作成者だけによくわかっているリックの手を避け、こちらからまた手を伸ばすという行為を繰り返していると「ストップストップ。降参だよ、いくら俺もそれなりに鍛えてるとはいえ、騎士には敵わない」とリックが少し離れて両手を上げてきた。
「……ふぅ」
思わずエルヴィンも一息入れた。その瞬間をすかさず逃さず、リックがエルヴィンに手を伸ばして腕をつかむと引き寄せ、抱きしめてきた。ほんの少しエルヴィンより背が低いであろうリックだが、さほど大きな差があるわけではないため、立ち並ぶような感じで抱きしめられている。おかげで身動きも取りづらく、かろうじて手がリックに多少なりとも触れられたとしても、リックのほうから触れられたままなのでエルヴィンが読むこともできない。
「……ずるくないですか」
「そうかな? そもそもエルヴィンがこの国の王子に向かって仕掛けてくる時点でアウトだよ」
「勝手な時にだけ王子ぶるのやめてください」
「だって王子だし」
抱きしめられたままそんなやり取りをしていると部屋のドアが開いた。二人してそちらを見ると、固まっているニルスが見える。
ニルスは「失礼した」と呟くように言うと、そのまま部屋に入らずドアを静かに閉めてしまった。
「あー」
「あー、じゃないんですよリック! どうすんですか、今の絶対何か誤解してますよ……!」
するとリックが抱擁を解いてきた。だがエルヴィンはもうふざけて触れようとする余裕もない。
「別に誤解されても困らないけど」
「は? 何で!」
「だって実際のところ俺ら別に何もないし、ふざけてただけだから後ろめたいこともないし、口の堅いニルスが馬鹿みたいに言いふらすはずもない。何が困るの? エルヴィンはニルスに誤解されて何か困る?」
真顔で言われていたらまた違ったかもしれないが、明らかにリックの口元が楽しげに綻んでいる。嘘くさい笑みとかではなく、明らかに楽しそうに綻んでいる。
「あんた今絶対楽しんでるだろ……!」
「エルヴィンってばどうしたの? 俺に対する敬語すら忘れてるよ。そんなに動揺するようなこと、今あったっけ?」
「にこにこしながらいたぶってくるの、ほんとやめてください! ああもう! わかりましたよ、わかりました! ニルスに誤解されると俺が困るんです。こう言えばいいんですか!」
とてつもなく悔しげに忌々しげに言うも、リックはますます楽しそうな顔をしてきた。
「まだ言い足りないなあ。何で困るの?」
「……あんたほんっと性格、悪くないですか? もう……ほんともう……。……っ俺がニルスを好きだからですよ……! こう言えばいいんですか!」
顔を真っ赤にしながら言えば、リックが破顔した。そして部屋のドアに向かって「らしいよ、ニルス。どうする?」と呼びかける。
「……はっ?」
エルヴィンが唖然としていると、一瞬の間の後にドアがそっと開いた。そしていつもほぼ無表情の男が、この世の不条理を一気に味わったかのような顔をしながら開いたドアと同じようにそっと入ってくる。
「ニルス、驚いてかショックでか立ち去れなかったにしても、立ち聞きはよくないよねえ。仮にもお前の主人だよ、俺は」
リックは相変わらずにこにこしている。
「え、ちょ、は、な……っ?」
言語化できないという状態をエルヴィンも味わった。整理できない頭の遠いところでようやく言葉が浮かんだものの、「あの不思議な音を出していたニルスはいつもこんな風だったのだろうか」と少なくとも今全く必要のない内容だった。
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