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77話
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ニルスが差し出してくれた手を、本当ならばエルヴィンはいそいそと取る気でいた。
自覚したのだ、正直手を握るだけでなく触れるだけでも嬉しい。好きならば、機会があればすかさず逃さずひたすら触れたいはずだ。少なくともエルヴィンはそうだ。というか男なら大抵そうではないだろうか。
触れたいし、あわよくばもっと何やらしたい。いや、その何やらを詳しく考えるのはまだ少し怖い気もするが。
だがうっかりするところだった。いくらニルスから差し出してくれても、触れに行くのはエルヴィンだ。ニルスの感情を読んでしまう。かといっていそいそと上着を脱いでベンチに置いてからニルスの手を取ったら間違いなく怪訝な顔をされるだろう。
やはりブローチはリックに返さないと……。
立ち上がり、一緒に大広間へ向かいながら思った。
「ということでその、ブローチはお返ししたいんです。せっかく頂いたというのに失礼な話ですが」
「もう一度話を整理させてくれる?」
数日後、ようやくリックと接する機会を得たエルヴィンはリックの執務室で、リックが座っている机の前に立っていた。許可を得て部屋に入った時に「座って」とソファーを手で示されたが「いえ、話があるので」と、机に向かっていたリックのそばまで来たのはエルヴィンだ。
会う約束をようやく取り付けたはいいが、ここにニルスがいれば話しにくいなと思っていたものの、幸いニルスは別の仕事で今はいないらしい。リックが「ちょっとお使いに行ってもらってるんだ。護衛はそもそも他にもいるから問題ないよ」と入ってきたエルヴィンに教えてくれていた。
「えっと、俺がもう一度最初から話せば……?」
にこにこと言ってきたリックに聞けば、相変わらずにこにこしているリックがそのまま首を振ってきた。
「ううん。俺が整理するよ。かいつまんで言えば、ニルスに触れたいからブローチは邪魔、そういうことでいいんだよね?」
「っちょ、ちょっと俺そういう風に言った覚えは……」
親友であるニルスについ触れてしまう機会が案外少なくないが、エルヴィンとしてはうっかりだろうがわかってだろうがニルスに触れてしまう度に心を勝手に読んでしまうのは心苦しい。かといってあえて外していたらせっかく素晴らしい価値があるであろうブローチは宝の持ち腐れでしかない。
それはあまりにも申し訳ないから、それなら失礼を承知でお返ししたいとエルヴィンは話したはずだ。
それが何故そうなったんだ……実際正直な話リックがかいつまんだ内容そのものではあるけど。
いや、さすがに邪魔とは思っていない。わざわざ結構な魔力を消費しただろうにお守りとして作ってくれたリックには今でも感謝しているし、エルヴィンとしてもお守りとしてなら持っていたいと思っている。
ただ、好きな相手に気兼ねなく触れたい。好きな相手だからこそ、つい欲望に負けて心を読もうとしてしまう可能性が高すぎて、だが好きな相手だからこそなおさら勝手に読むなんてしたくない。
とはいえ幼馴染であり親友である同性の人を好きになったという話を、例え同じ幼馴染で僭越ながら親友だと思っているリックにすら気軽に話せるものではない。
以前ニアキスが「流行っている」と言っていたものの、エルヴィンとしてはいまだに同性同士の恋愛が流行っているのかどうか実感したことはない。城内や町中のいたるところで同性カップルを目の当たりにしていればさすがに実感できるのかもしれないが、見かけたことがない。
そもそも実はカップルだったとしても少なくともエルヴィンにはカップルなのか友人なのか見分け方がわからないせいもあるのだろう。友人同士でも肩を組んだり抱きしめたりすることだってある。むしろ友人だから近しい接し方をするしされる気もする。それよりもっとあからさまにイチャイチャしていればさすがにわかるが、異性カップルでもそんなあからさまな付き合いをしている人たちをエルヴィンは知らない。
とにかく、同性を好きになることはあり得ないことでもないのだろう程度に思ってはいるが、元々異性愛者だけにやはり公にしづらいと言うのだろうか。その上ニルスはリックの補佐をしているそれこそエルヴィンよりも古い付き合いの幼馴染だ。余計に言いづらい。
「そう? でも俺にはそう聞こえたなあ」
「わざと飛躍した捉え方をしたでしょう」
「そんなことないよ。何のために俺がわざとそう捉える? それに何か利点でも?」
そう言われてしまうと確かにそうではある。ただ、リックは読めない人だし、何でも好きに捉えて楽しみそうな人でもある。
「……ご自分が楽しいから?」
「はは。確かに楽しいことは好きだけど、何で俺の幼馴染たちが相手に触れたいから俺が心を込めて作ったブローチが邪魔だと考えて楽しいなって考えると思うの?」
「ぅ」
答えに窮していると、じっと見てきたリックが楽しげに笑ってきた。
「ごめんごめん。いじめる気はないんだよ」
「……本当ですか?」
「そりゃそうだよ。いくら幼馴染でも君は俺より年上なんだよ? 目上の人をそんな風にからかうとでも?」
呼吸をするようにからかえるとしか思えない。
自覚したのだ、正直手を握るだけでなく触れるだけでも嬉しい。好きならば、機会があればすかさず逃さずひたすら触れたいはずだ。少なくともエルヴィンはそうだ。というか男なら大抵そうではないだろうか。
触れたいし、あわよくばもっと何やらしたい。いや、その何やらを詳しく考えるのはまだ少し怖い気もするが。
だがうっかりするところだった。いくらニルスから差し出してくれても、触れに行くのはエルヴィンだ。ニルスの感情を読んでしまう。かといっていそいそと上着を脱いでベンチに置いてからニルスの手を取ったら間違いなく怪訝な顔をされるだろう。
やはりブローチはリックに返さないと……。
立ち上がり、一緒に大広間へ向かいながら思った。
「ということでその、ブローチはお返ししたいんです。せっかく頂いたというのに失礼な話ですが」
「もう一度話を整理させてくれる?」
数日後、ようやくリックと接する機会を得たエルヴィンはリックの執務室で、リックが座っている机の前に立っていた。許可を得て部屋に入った時に「座って」とソファーを手で示されたが「いえ、話があるので」と、机に向かっていたリックのそばまで来たのはエルヴィンだ。
会う約束をようやく取り付けたはいいが、ここにニルスがいれば話しにくいなと思っていたものの、幸いニルスは別の仕事で今はいないらしい。リックが「ちょっとお使いに行ってもらってるんだ。護衛はそもそも他にもいるから問題ないよ」と入ってきたエルヴィンに教えてくれていた。
「えっと、俺がもう一度最初から話せば……?」
にこにこと言ってきたリックに聞けば、相変わらずにこにこしているリックがそのまま首を振ってきた。
「ううん。俺が整理するよ。かいつまんで言えば、ニルスに触れたいからブローチは邪魔、そういうことでいいんだよね?」
「っちょ、ちょっと俺そういう風に言った覚えは……」
親友であるニルスについ触れてしまう機会が案外少なくないが、エルヴィンとしてはうっかりだろうがわかってだろうがニルスに触れてしまう度に心を勝手に読んでしまうのは心苦しい。かといってあえて外していたらせっかく素晴らしい価値があるであろうブローチは宝の持ち腐れでしかない。
それはあまりにも申し訳ないから、それなら失礼を承知でお返ししたいとエルヴィンは話したはずだ。
それが何故そうなったんだ……実際正直な話リックがかいつまんだ内容そのものではあるけど。
いや、さすがに邪魔とは思っていない。わざわざ結構な魔力を消費しただろうにお守りとして作ってくれたリックには今でも感謝しているし、エルヴィンとしてもお守りとしてなら持っていたいと思っている。
ただ、好きな相手に気兼ねなく触れたい。好きな相手だからこそ、つい欲望に負けて心を読もうとしてしまう可能性が高すぎて、だが好きな相手だからこそなおさら勝手に読むなんてしたくない。
とはいえ幼馴染であり親友である同性の人を好きになったという話を、例え同じ幼馴染で僭越ながら親友だと思っているリックにすら気軽に話せるものではない。
以前ニアキスが「流行っている」と言っていたものの、エルヴィンとしてはいまだに同性同士の恋愛が流行っているのかどうか実感したことはない。城内や町中のいたるところで同性カップルを目の当たりにしていればさすがに実感できるのかもしれないが、見かけたことがない。
そもそも実はカップルだったとしても少なくともエルヴィンにはカップルなのか友人なのか見分け方がわからないせいもあるのだろう。友人同士でも肩を組んだり抱きしめたりすることだってある。むしろ友人だから近しい接し方をするしされる気もする。それよりもっとあからさまにイチャイチャしていればさすがにわかるが、異性カップルでもそんなあからさまな付き合いをしている人たちをエルヴィンは知らない。
とにかく、同性を好きになることはあり得ないことでもないのだろう程度に思ってはいるが、元々異性愛者だけにやはり公にしづらいと言うのだろうか。その上ニルスはリックの補佐をしているそれこそエルヴィンよりも古い付き合いの幼馴染だ。余計に言いづらい。
「そう? でも俺にはそう聞こえたなあ」
「わざと飛躍した捉え方をしたでしょう」
「そんなことないよ。何のために俺がわざとそう捉える? それに何か利点でも?」
そう言われてしまうと確かにそうではある。ただ、リックは読めない人だし、何でも好きに捉えて楽しみそうな人でもある。
「……ご自分が楽しいから?」
「はは。確かに楽しいことは好きだけど、何で俺の幼馴染たちが相手に触れたいから俺が心を込めて作ったブローチが邪魔だと考えて楽しいなって考えると思うの?」
「ぅ」
答えに窮していると、じっと見てきたリックが楽しげに笑ってきた。
「ごめんごめん。いじめる気はないんだよ」
「……本当ですか?」
「そりゃそうだよ。いくら幼馴染でも君は俺より年上なんだよ? 目上の人をそんな風にからかうとでも?」
呼吸をするようにからかえるとしか思えない。
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