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73話
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ベンチに腰掛け、ぼんやりとラウラのことなどを思っていると人の気配を感じ、エルヴィンは顔を見上げた。
そこにはニルスがいて、ほんの少し首を傾げるようにしてエルヴィンを見ている。
「ニルス」
「隣、いいか」
「もちろん」
笑いかけ、少し横へ移動するとニルスが隣に座ってきた。そのまま少しだけお互い黙ったままでいる。
最初は穏やかな気持ちだったエルヴィンだが、ほんのり落ち着かなくなってきた。
余計なことを話してしまった件に関しては、ニルスがあまり気にしていないようだと思ってエルヴィンも気にしないようにしたはずだというのに、何故二人でこうして静かなところにいると落ち着かなくなるのか。どうでもいいことを話している時は今までと変わらず接していられるというのにと思う。
これはやはり一旦過去の話について蒸し返したほうがいいのだろうか。
あの時は熱のせいで弱気になり過ぎてたみたいで、夢のことをさも現実のことみたいに話してごめんな。夢なのにな。でもほら、夢見が悪いと何かこう、落ち込むことってあるだろ? おまけに熱出てたしさ。
そんな風に言って、改めて何でもないんだよと念押しすればいいのかもしれない。
よし、とエルヴィンが口を開こうとする前に、珍しくニルスのほうから話を持ちかけてきた。
「以前熱を出した時に話していた悪夢の話だが……」
「あ、ああ! あれな。うん、その、忘れてくれ」
だから何故こうもぎこちない言い方になるのか俺。直前に頭の中で浮かんだことをさらっと言おうよ俺……。
「……忘れない。あれが本当のことだろうが夢の話だろうが、お前を苦しませた内容の上に、俺は必ず助けると言ったくせに約束を果たせなかった。……申し訳ない」
「い、いや。何で今のニルスが謝るんだよ」
「今の?」
「あーその、お前は実際それに直面してないだろ?」
「……もしその俺が本当の俺なら、きっとその後死んでも死にきれないくらい後悔し続けただろう」
「……ニルス」
「大切な人をなくし、絶望の中苦しんで殺されるなんて、現実であろうが夢であろうがつらいことだ。……俺はせめて、その中にいた俺が果たせなかった約束を違う形で果たしたい」
「え?」
「お前が不安に思うこと、つらいと感じること、悲しいこと、どんなことでも取り除いていきたい」
ニルスはじっとエルヴィンを見ながら静かに言ってきた。
「リックに言われたからじゃない」
「ニルス……」
「俺は……俺自身がお前をどんなことからも守りたいと思う。お前の剣の腕前を認めていないんじゃない。ただひたすら、俺が、そういった負のものから守りたい」
言葉数の少ないニルスがゆっくり一言一言を噛みしめるように言ってきた。その一言一言がエルヴィンの中にしみ込んでくる。
ああ……そうか。
俺、何で落ち着かないのかわかった気がする。
ニルスを見つめながらエルヴィンは思った。
余計なことを話してしまって落ち着かなかったのも当初は確かにあった。だがいまだに落ち着かないのは、違う理由だ。そもそも話してしまう前もたまに妙に落ち着かないことはあったかもしれない。
いつからかは、だがわからない。何かの積み重ねなのだろうか。
そういえば俺、遡る前はどうやって誰かを好きになってたんだっけ……?
そう、エルヴィンは多分、おそらく、きっと、ニルスが好きなのだと思う。
断言できないのは相手が幼馴染であり親友であり、そして男だからだろうか。遡る前から含めて今まで一度も同性をそういう対象に見たことはなかったはずだけに、よくわからないのと正直、未知過ぎて少し怖い。
「エルヴィン?」
ずっと何も言わないままニルスを見ていたからだろう、怪訝そうな様子で名前を呼ばれた。
「あ、ああ……」
えっと、俺を守りたい、と言ってくれてたんだっけ。
その言葉があまりにもしみ込んできたせいで自覚した気がするものの、それに対しどう反応していいのか戸惑う。
嬉しいよ?
それとも、前のように「俺は守られなくとも」とでも言えばいいのか。いや、ニルスの真摯な気持ちが伝わってきただけにそれは言えない。
ありがとう、かな……。
「……その、嬉しい。……ありがとう」
結局どっちも言っていたし、どっちも口にしたところで言い足りなさしかなかった。
ここは「俺、ニルスが好きだ」と言うべきだろうかと思ったが、親友が真摯な気持ちでエルヴィンを思いやり言ってくれたことに対して、それは軽すぎるような気もしないでもない。
でも「嬉しい、ありがとう」だけじゃ足りない。本当に嬉しいしありがたいし好きなのに。
……っていうか、おそらくとか多分じゃないだろ俺。間違いなくニルスのこと、好きじゃないかこれじゃあ。
自分の中で自分と対話し自分の気持ちを確固たるものと理解する男、俺。さすが元引きこもりというか、友人を作ってこなかった過去を持つ男だな俺。
ありがとう、というエルヴィンに対し、ニルスは「うん」と頷いてきただけだった。
そしてまた二人の間に静かな時間が流れる。
……だから落ち着かないんだってば。いや、好きだから落ち着くんだけど、好きだから落ち着かないというか。俺は何言ってんだろね。
そもそもニルスはどういうつもりで改めて「守る」と言ってくれたのだろう。
好きだと先に自覚してたら「もしかして告白っ?」とか勘違いしそうだよな……。さすがにそんな訳ないだろうけど。
エルヴィンは自分に対しうんうん、と頷いた。
そこにはニルスがいて、ほんの少し首を傾げるようにしてエルヴィンを見ている。
「ニルス」
「隣、いいか」
「もちろん」
笑いかけ、少し横へ移動するとニルスが隣に座ってきた。そのまま少しだけお互い黙ったままでいる。
最初は穏やかな気持ちだったエルヴィンだが、ほんのり落ち着かなくなってきた。
余計なことを話してしまった件に関しては、ニルスがあまり気にしていないようだと思ってエルヴィンも気にしないようにしたはずだというのに、何故二人でこうして静かなところにいると落ち着かなくなるのか。どうでもいいことを話している時は今までと変わらず接していられるというのにと思う。
これはやはり一旦過去の話について蒸し返したほうがいいのだろうか。
あの時は熱のせいで弱気になり過ぎてたみたいで、夢のことをさも現実のことみたいに話してごめんな。夢なのにな。でもほら、夢見が悪いと何かこう、落ち込むことってあるだろ? おまけに熱出てたしさ。
そんな風に言って、改めて何でもないんだよと念押しすればいいのかもしれない。
よし、とエルヴィンが口を開こうとする前に、珍しくニルスのほうから話を持ちかけてきた。
「以前熱を出した時に話していた悪夢の話だが……」
「あ、ああ! あれな。うん、その、忘れてくれ」
だから何故こうもぎこちない言い方になるのか俺。直前に頭の中で浮かんだことをさらっと言おうよ俺……。
「……忘れない。あれが本当のことだろうが夢の話だろうが、お前を苦しませた内容の上に、俺は必ず助けると言ったくせに約束を果たせなかった。……申し訳ない」
「い、いや。何で今のニルスが謝るんだよ」
「今の?」
「あーその、お前は実際それに直面してないだろ?」
「……もしその俺が本当の俺なら、きっとその後死んでも死にきれないくらい後悔し続けただろう」
「……ニルス」
「大切な人をなくし、絶望の中苦しんで殺されるなんて、現実であろうが夢であろうがつらいことだ。……俺はせめて、その中にいた俺が果たせなかった約束を違う形で果たしたい」
「え?」
「お前が不安に思うこと、つらいと感じること、悲しいこと、どんなことでも取り除いていきたい」
ニルスはじっとエルヴィンを見ながら静かに言ってきた。
「リックに言われたからじゃない」
「ニルス……」
「俺は……俺自身がお前をどんなことからも守りたいと思う。お前の剣の腕前を認めていないんじゃない。ただひたすら、俺が、そういった負のものから守りたい」
言葉数の少ないニルスがゆっくり一言一言を噛みしめるように言ってきた。その一言一言がエルヴィンの中にしみ込んでくる。
ああ……そうか。
俺、何で落ち着かないのかわかった気がする。
ニルスを見つめながらエルヴィンは思った。
余計なことを話してしまって落ち着かなかったのも当初は確かにあった。だがいまだに落ち着かないのは、違う理由だ。そもそも話してしまう前もたまに妙に落ち着かないことはあったかもしれない。
いつからかは、だがわからない。何かの積み重ねなのだろうか。
そういえば俺、遡る前はどうやって誰かを好きになってたんだっけ……?
そう、エルヴィンは多分、おそらく、きっと、ニルスが好きなのだと思う。
断言できないのは相手が幼馴染であり親友であり、そして男だからだろうか。遡る前から含めて今まで一度も同性をそういう対象に見たことはなかったはずだけに、よくわからないのと正直、未知過ぎて少し怖い。
「エルヴィン?」
ずっと何も言わないままニルスを見ていたからだろう、怪訝そうな様子で名前を呼ばれた。
「あ、ああ……」
えっと、俺を守りたい、と言ってくれてたんだっけ。
その言葉があまりにもしみ込んできたせいで自覚した気がするものの、それに対しどう反応していいのか戸惑う。
嬉しいよ?
それとも、前のように「俺は守られなくとも」とでも言えばいいのか。いや、ニルスの真摯な気持ちが伝わってきただけにそれは言えない。
ありがとう、かな……。
「……その、嬉しい。……ありがとう」
結局どっちも言っていたし、どっちも口にしたところで言い足りなさしかなかった。
ここは「俺、ニルスが好きだ」と言うべきだろうかと思ったが、親友が真摯な気持ちでエルヴィンを思いやり言ってくれたことに対して、それは軽すぎるような気もしないでもない。
でも「嬉しい、ありがとう」だけじゃ足りない。本当に嬉しいしありがたいし好きなのに。
……っていうか、おそらくとか多分じゃないだろ俺。間違いなくニルスのこと、好きじゃないかこれじゃあ。
自分の中で自分と対話し自分の気持ちを確固たるものと理解する男、俺。さすが元引きこもりというか、友人を作ってこなかった過去を持つ男だな俺。
ありがとう、というエルヴィンに対し、ニルスは「うん」と頷いてきただけだった。
そしてまた二人の間に静かな時間が流れる。
……だから落ち着かないんだってば。いや、好きだから落ち着くんだけど、好きだから落ち着かないというか。俺は何言ってんだろね。
そもそもニルスはどういうつもりで改めて「守る」と言ってくれたのだろう。
好きだと先に自覚してたら「もしかして告白っ?」とか勘違いしそうだよな……。さすがにそんな訳ないだろうけど。
エルヴィンは自分に対しうんうん、と頷いた。
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