彼は最後に微笑んだ

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60話

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 無事成功して遡ったリックがまず行ったのは、情報を整理するためにメモすることだった。それにメモしておけば、ないとは思うが万が一詳細を忘れてしまっても大丈夫だ。
 あんな出来事を忘れるとは思えないものの、遡ってから記憶に障害がでないという保証はない。時の魔術は禁忌だけに使った後どうなるかまで記載されていなかった。アメーリアも実際に使ったことはないと言っていた。だから何があるかはリックを含め誰もわからない。
 もちろん、そんな魔法を使ったことに後悔はない。あとさすがに記憶障害はないだろうが念押ししておくに越したこともない。
 メモ帳にはことの詳細についてざっと書いた上で自分がやるべきことを大きく三つに分けて記載した。一つ一つを確実にこなしていきたい。とはいえある程度歳を取っていかないと実行できないことばかりではある。
 ただ一つ目は、エルヴィンと繋がりを持つことだ。これはやろうと思えば今からでもできるだろう。

 でも焦るな俺。三度目はない。さすがにもう時間を遡ることはきついし失敗はできない。焦らなくてもいいように、着実にこなしていけるようにゆとりをもって時間を遡ったんだしね。

 とりあえずは現状にまず慣れていこうと思った。自分の中身はもう大人なだけに、いくら自分が歩んできたものだと言えども勝手が違うこともあれば記憶のずれだってある。
 デニスやアリアネのこともそうだった。

 兄上や姉上はこんなに子どもっぽかったっけ?

 昔から俺様で偉そうだったデニスに、わがまま放題なアリアネではあったが、何というか今改めて接すると微笑ましささえ感じる。

「そっちのがいい。リックの持ってるもんと俺の、こーかんしろ」
「デニス様、弟君にそんな風に言うものではありません。デニス様のほうが年上の、お兄様なのですから、もっと……」
「いいよムッター。気にしないで。兄上、交換じゃなくて、俺のも兄上にあげますね」

 乳母のことを「お母さん」の意味を持つムッターとデニスもアリアネもリックも呼んでいた。さすがに記憶を持つリックとしては「ムッター」とは呼びづらいものの、何でもないような顔でニコニコと言い放つ。

「お、おう。……でもそれだとお前のがなくなるだろ……」

 昔は言われた通り交換と言われつつ結局奪われるだけだったが、別に今のリックにおもちゃやお菓子のこだわりはない。だから「あげる」と言ったのだが、俺様であったはずのデニスが気まずそうな顔をして自分が持っていたものをリックに自ら差し出してきた。

 ふふ、やっぱ子どもだなあ兄上。かわいらしい。

 リックとしては微笑ましく思いながらいつもデニスやアリアネの相手をしていたのだが、ある時ニルスに「デニス様やアリアネ様を手のひらでころがすようなまねは……」と、子どもながらにとてつもなく微妙そうな顔で言われた。

「ええっ? 心外だなあニルス。俺は愛ゆえに兄上や姉上を大事にしてるだけだよ?」
「……うそくさい」

 遡る前もニルスはリックに対しては思ったことを遠慮なく言ってくれていたが、今のニルスはさらにその上を行くニルスになったような気がする。

 まあ、でも悪くないね、そんなニルスもかわいいし。

 それにニルスにはなるべく自分を偽りたくない。今も昔もこれからも基本的にずっと一緒だし、かけがえのない幼馴染兼親友兼補佐だ。
 ある日、家族でピクニックへ出かけることになった時にリックはニルスにだけ、自分の力を見せた。
 ちょうど魚を調達するお役目を受けたものの、全然釣れていないニルスにリックは近づいていった。

「またどうせ真面目なこと、考えすぎて頭の中うるさいことになってんでしょ」
「……ウィスラー家のとりつぶし……」
「魚が釣れないくらいでよくそこまで考えられるね。尊敬に値するよ」

 今のニルスも相変わらず小さな頃から無口で無表情な子どもだった。別に家の環境が悪いだとか心に何かを抱えてといった事情はない。むしろ愛情深い家族に恵まれているし、本人は闇を抱えるどころかもし闇が近づいてきても淡々とスルーするタイプだ。
 とはいえ何も考えていないとか細かいことを気にしないとかではなく、本人なりに考え込んだり気にしたりはする。ただ、何というのだろうか。

 天然なところあるよね。あと……まぁ、そうだな、芯が強いんだろうね。

 尊敬に値すると冗談を言いながらニコニコとニルスを見つつも、その言葉に嘘はない。

「……お前はあいかわらずへらへらしながら子どもらしくない口を利く……」

 まあ、中身はある意味二十五歳だからね。

「はは。頭がいいんだよ俺は。あと優しいからね、全くもって取り越し苦労すぎる上で、無駄に悩んでるお前のために魚、俺がとってあげる」

 そうして、リックはニルスに今の自分が持つ魔力を目の当たりにさせた。
 ニルスには今の魔力を知っておいて欲しかったし、それをやたらと言いふらすような子ではないとよく知っている。
 マヴァリージ王国の人間はほぼ魔力を持ち合わせていない。ましてや属性を二つも持つことなど不可能だろう。
 だが今のリックは風の上位と水という二つの属性を操ることができる。今もその二つを使って湖にいる魚をニルスの前に落としていった。

「え、これ……」

 珍しく唖然としているニルスに、リックはウィンクしながら人差し指を唇に当て、笑いかけた。
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