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56話
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「ヴィリー」
ニルスが挨拶代わりにヴィリーに向かって頷いている。そんなニルスに対し、ヴィリーも礼儀を忘れたわけではないようで慌てて「お久しぶりです、カイセルヘルム卿」と頭を下げた。だがすぐにハッとなったように頭を上げてニルスをじろりと見上げている。
「? どうした」
「どうしたじゃありません、カイセルヘルム卿!」
「……お前はエルヴィンの弟だし、昔から顔見知りじゃないか。ニルスと呼べばいいと何度も言ってるが」
ごめん、ニルス。裏ではめちゃくちゃ呼び捨ててるわ、俺の弟。
「結構です、カイセルヘルム卿。そうではなくて! 俺の兄様とこんなところでイチャイチャするのやめてもらえませんか」
「イチャ……?」
「ッイ」
ニルスが何か続けるよりも早く、エルヴィンが反応した。
「イ、イチャイチャって、ヴィリー、何言ってんの?」
「兄様。兄様もですよ、気をつけてくださいと俺、いつも言ってますよね」
「な、何」
「……気をつける? 何にだ?」
「ですから」
「あーもー、っちょ、ほんと待って。ヴィリー、ちょっと」
何だこのややこしそうな、とてつもなく訳のわからない状況はとエルヴィンは頭を抱えたくなった。とりあえず一旦、一番興奮気味のヴィリーを連れ出そうと、ニルスから離れてブローチをつけているにも関わらずヴィリーの腕を取ろうとしたエルヴィンに、ニルスがぽんと肩に手を置いて珍しく間に入ってきた。
「おい。何に気をつけるんだ、ヴィリー」
「ちょ、ニル……」
「一つしかありません。カイセルヘルム卿が兄様にちょっかいをかけることに対してです!」
「あーもー……!」
「……ちょっかい」
「そうですよ。俺の兄様が純粋なのをいいことによからぬことを考えないでいただきたいんです。そりゃ婚約者とかそういった正式な関係なら俺もここまで言いませんけども! だいたい兄様が女じゃないからって気軽に手を出されては困ります。そういう扱いなどなさらないでいただきたい!」
はぁはぁと息を切らせながら勢いよく言ったヴィリーを、エルヴィンは青くなりながら唖然と見た。
俺の弟は何を言ってるんだ……?
あまりのことに頭の中が大混乱を起こしている気がする。理解が追いつかない。いや、前からヴィリーは何故かニルスに対して変な風にとらえてはいるが、だが今のこの状況は……? と混乱もする。顔を固まらせているとニルスが変わらない調子のまま「気軽に手など出していないが」と答えてきた。
そりゃそうだよ……! だって幼馴染の親友だってのに。ほんとヴィリーはどうしちゃったの。何で違うって言ってもひたすら俺とニルスをそういう間柄だと思うの……!
まだ青ざめた顔のまま、声にならない声でエルヴィンは口をパクパクさせた。エルヴィンだけだったら呆れつつもヴィリーをたしなめればいいことだが、今はニルスまで巻き込んでいる。というかほぼニルスに対してヴィリーはいちゃもんつけている。
「本当ですか? 今まで兄様に何もしていないと言えますか? 兄様が卿の屋敷でお世話になった時も何もしなかったとウィスラー家に誓えますか」
エルヴィンとて「アルスラン家に誓えるか」と言われたら、もし何か問われたことに嘘をついていなくとも緊張する。それくらい、家に誓うのは命をかけるのと同等だというのにとエルヴィンはますます顔を青ざめさせてヴィリーを見た。いくら幼馴染相手とはいえ、大公爵の子息相手に何てことを言うのだと顔が引きつる。
案の定、ニルスも戸惑った様子を見せている。それはそうだろう。そこまでのことか、とか、何て誓いを言わせるのか、と思っているに違いない。
「も、もういい。ヴィリー。失礼が過ぎるぞ」
「兄様……。……申し訳ありません」
一体どうしたんだと思ったが、ヴィリーはすぐにいつものヴィリーのように素直に謝ってきた。
「本当にうちの弟がすまない」
ヴィリーを見た後に振り返り、エルヴィンは謝罪した。だがニルスは少々困惑した様子の後に「……誓えない。すまない」と呟いてきた。
「い、いいよ。そんなのしなくていい。むしろ謝るのはこっちだ。ほら、ヴィリーも俺に謝るんじゃなくニルスに謝りなさい」
「……大変失礼をして申し訳ありませんでした、カイセルヘルム卿」
エルヴィンに対しては素直にしおらしく謝ってきたヴィリーだが、今は明らかにふくれっ面になっている。
「……ですが誓えないとおっしゃったこと、そういうことだと受け止めますので」
「こら! ヴィリー!」
「……いや、いい、エルヴィン。……ヴィリー、わかった。だが決していい加減なつもりはない」
「ど、どうだか。口では何とでも言えますからね」
「俺は無駄口は叩かない」
「……っそんなの……」
「っていうかお前ら何の話を続けてるんだよ……? 勝手に仲直りしてじゃれるのはいいけど」
「してないし、じゃれてません!」
「? してただろ……。とにかく、ヴィリーはあまり変なこと、言わないようにな。ニルスは俺の大事な」
「大事な……っ?」
「……大事」
かぶりつくように聞き返してくるヴィリーだけでなく、ニルスまでもが何故かじっとエルヴィンを見てきた。
ほんと、何……。
「あの、そう、大事な親友なんだから……」
「ですよね!」
「……親友……」
「いや……、ほんと何なのお前ら」
ニルスが挨拶代わりにヴィリーに向かって頷いている。そんなニルスに対し、ヴィリーも礼儀を忘れたわけではないようで慌てて「お久しぶりです、カイセルヘルム卿」と頭を下げた。だがすぐにハッとなったように頭を上げてニルスをじろりと見上げている。
「? どうした」
「どうしたじゃありません、カイセルヘルム卿!」
「……お前はエルヴィンの弟だし、昔から顔見知りじゃないか。ニルスと呼べばいいと何度も言ってるが」
ごめん、ニルス。裏ではめちゃくちゃ呼び捨ててるわ、俺の弟。
「結構です、カイセルヘルム卿。そうではなくて! 俺の兄様とこんなところでイチャイチャするのやめてもらえませんか」
「イチャ……?」
「ッイ」
ニルスが何か続けるよりも早く、エルヴィンが反応した。
「イ、イチャイチャって、ヴィリー、何言ってんの?」
「兄様。兄様もですよ、気をつけてくださいと俺、いつも言ってますよね」
「な、何」
「……気をつける? 何にだ?」
「ですから」
「あーもー、っちょ、ほんと待って。ヴィリー、ちょっと」
何だこのややこしそうな、とてつもなく訳のわからない状況はとエルヴィンは頭を抱えたくなった。とりあえず一旦、一番興奮気味のヴィリーを連れ出そうと、ニルスから離れてブローチをつけているにも関わらずヴィリーの腕を取ろうとしたエルヴィンに、ニルスがぽんと肩に手を置いて珍しく間に入ってきた。
「おい。何に気をつけるんだ、ヴィリー」
「ちょ、ニル……」
「一つしかありません。カイセルヘルム卿が兄様にちょっかいをかけることに対してです!」
「あーもー……!」
「……ちょっかい」
「そうですよ。俺の兄様が純粋なのをいいことによからぬことを考えないでいただきたいんです。そりゃ婚約者とかそういった正式な関係なら俺もここまで言いませんけども! だいたい兄様が女じゃないからって気軽に手を出されては困ります。そういう扱いなどなさらないでいただきたい!」
はぁはぁと息を切らせながら勢いよく言ったヴィリーを、エルヴィンは青くなりながら唖然と見た。
俺の弟は何を言ってるんだ……?
あまりのことに頭の中が大混乱を起こしている気がする。理解が追いつかない。いや、前からヴィリーは何故かニルスに対して変な風にとらえてはいるが、だが今のこの状況は……? と混乱もする。顔を固まらせているとニルスが変わらない調子のまま「気軽に手など出していないが」と答えてきた。
そりゃそうだよ……! だって幼馴染の親友だってのに。ほんとヴィリーはどうしちゃったの。何で違うって言ってもひたすら俺とニルスをそういう間柄だと思うの……!
まだ青ざめた顔のまま、声にならない声でエルヴィンは口をパクパクさせた。エルヴィンだけだったら呆れつつもヴィリーをたしなめればいいことだが、今はニルスまで巻き込んでいる。というかほぼニルスに対してヴィリーはいちゃもんつけている。
「本当ですか? 今まで兄様に何もしていないと言えますか? 兄様が卿の屋敷でお世話になった時も何もしなかったとウィスラー家に誓えますか」
エルヴィンとて「アルスラン家に誓えるか」と言われたら、もし何か問われたことに嘘をついていなくとも緊張する。それくらい、家に誓うのは命をかけるのと同等だというのにとエルヴィンはますます顔を青ざめさせてヴィリーを見た。いくら幼馴染相手とはいえ、大公爵の子息相手に何てことを言うのだと顔が引きつる。
案の定、ニルスも戸惑った様子を見せている。それはそうだろう。そこまでのことか、とか、何て誓いを言わせるのか、と思っているに違いない。
「も、もういい。ヴィリー。失礼が過ぎるぞ」
「兄様……。……申し訳ありません」
一体どうしたんだと思ったが、ヴィリーはすぐにいつものヴィリーのように素直に謝ってきた。
「本当にうちの弟がすまない」
ヴィリーを見た後に振り返り、エルヴィンは謝罪した。だがニルスは少々困惑した様子の後に「……誓えない。すまない」と呟いてきた。
「い、いいよ。そんなのしなくていい。むしろ謝るのはこっちだ。ほら、ヴィリーも俺に謝るんじゃなくニルスに謝りなさい」
「……大変失礼をして申し訳ありませんでした、カイセルヘルム卿」
エルヴィンに対しては素直にしおらしく謝ってきたヴィリーだが、今は明らかにふくれっ面になっている。
「……ですが誓えないとおっしゃったこと、そういうことだと受け止めますので」
「こら! ヴィリー!」
「……いや、いい、エルヴィン。……ヴィリー、わかった。だが決していい加減なつもりはない」
「ど、どうだか。口では何とでも言えますからね」
「俺は無駄口は叩かない」
「……っそんなの……」
「っていうかお前ら何の話を続けてるんだよ……? 勝手に仲直りしてじゃれるのはいいけど」
「してないし、じゃれてません!」
「? してただろ……。とにかく、ヴィリーはあまり変なこと、言わないようにな。ニルスは俺の大事な」
「大事な……っ?」
「……大事」
かぶりつくように聞き返してくるヴィリーだけでなく、ニルスまでもが何故かじっとエルヴィンを見てきた。
ほんと、何……。
「あの、そう、大事な親友なんだから……」
「ですよね!」
「……親友……」
「いや……、ほんと何なのお前ら」
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