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55話
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数日自宅でゆっくり休むと、エルヴィンは完全復活したとばかりにいそいそ王城へ出勤した。周りから「もういいのか?」「気をつけろよ」などと心配されたり温かい言葉をかけてもらい、改めて遡る前と違って人付き合いしてきてよかったと内心しみじみする。
自分の隊での訓練を終え、警備につこうと歩いているとエルヴィンはハンノを見かけた。
そういえばまだ礼も言てなかったな。
「ハンノ!」
名前を呼びながら近づくと、何故かハンノに少しギョッとされた。
「え、何その反応。俺、何かついてる?」
「い、いや……」
「じゃあ何だよ。じゃなくて、ハンノ。こないだはありがとうな。休憩室まで運んでくれて助かった」
「……あ、ああ。……、……それだけか?」
「え? あ、そうだな、お礼に食事でも……」
「しょ、食事……、じゃなくてそういう意味じゃなくて……! えっと、カイセルヘルム侯爵から何も……聞いてない、のか?」
「ニルスから? 何だろ……ひょっとして俺、お前に何かやらかしたのか? だとしたら悪……」
「いや! とんでもない! 謝るのはその、俺のほうというか……」
ニルスは口数が少ないし余計なことを言わない。だがもしハンノに何かやらかしてしまっていたのなら教えて欲しかったと思いつつ慌てて謝ろうとしたら、むしろハンノはさらに慌てて遮ってきた。
「ハンノが? 何で……」
「そ、それはその……お前に……あの、っていうか俺、前からお前の……」
「……エルヴィン。もう具合はいいのか」
ハンノが何やらもごもご言いかけていると、二人の背後からニルスが現れエルヴィンを見てきた。
「ニルス。ああ、もう全然いいよ。そうそう、ニルスにもお礼を……」
笑いかけながらエルヴィンが頷いているそばで、ハンノが思いきり体を文字通りびくりと大きく震わせている。
「ハンノ?」
「そ、その! と、とにかく礼も詫びもいいから」
「何で」
「とりあえず俺、用事あったんだ! あの、えっと、し、失礼いたしますカイセルヘルム侯爵!」
困ったようにエルヴィンに笑いかけた後で、ハンノは思いきりニルスに向かって頭を下げてからこの場を走り去ってしまった。
「……あいつ、一体どうしたんだ……?」
「用事があると言ってた」
「にしても何か」
「エルヴィン、病み上がりだし、無理はするな」
「え? あ、ああ。うん、しないよ。ニルスも本当にありがとうな。色々助かったよ」
改めてニルスを見上げ、笑いかけたところで例のキスシーンが頭をよぎってしまった。エルヴィンは笑顔と体を固まらせる。
「いや。……? どうかしたのか」
「なっ、何でもない! 何でもないんだ! ほんと何でもない」
「本当に?」
「ああ! ほんとに。……っ」
本当にと頷きながら、エルヴィンは両手で顔を覆った。今絶対に顔が赤くなっているはずだ。ニルスは怪訝に思うだろう。
というかキスくらいで俺は何こんなに引きずってんだ。あと動揺しすぎだろいつまでも。
確かに男同士だし相手は幼馴染で親友のニルスだ。動揺もするかもしれないが、引きずりすぎだとエルヴィンは自分に呆れる。しかも実際したのではなく、おそらくエルヴィンが勝手に見た夢だろうにこの体たらくだ。
童貞かよ。
いや、まあ今は童貞だけどさ!
そういえば童貞どころか、やり直してからは家族へのキス以外に誰ともキスしたことさえなかったと今さら改めて気づく。
まさか俺、飢えすぎて身近にいたニルスでさえ妄想の材料にしたとかじゃないだろうな?
ラウラとデニスの婚約回避のため恋愛どころではないとさえ思っていたが、ようやくラウラとニアキスの婚約が決まり気持ちが緩んだのだろうか。そこまで相手が欲しいと思ってはいないつもりだが、実は深層心理では欲しくて欲しくて仕方がないとかなのだろうか。
何だよそれ……俺、そんなやつだっけ?
「エルヴィン……顔が赤い」
そしてバレてるし。まあ手で隠してる時点で不審だろうし、隠せるものでもないだろうけどもさ。
「こ、れは……」
「やはりまだ快復していないだろ。回復しつつはあっても」
「や、違」
そうじゃなくてお前とキスをする夢を見てしまってずっとそれ以来地味に引きずってるんだ、とは言えない。まだ完全に具合がよくなっていないせいで顔が赤くなっていると思われたほうがマシな気がする。
「無理、するな」
「……ああ、そうだね」
してないけどね……。
「休憩室へ行くか?」
「いや、大丈夫」
「だが今もまだ赤い」
「そうですね……あと近い」
ニルスが心配そうな様子でにじり寄ってくる。
「近い?」
今の俺にはお前が間近という状況はある意味毒だから。
「その、だから」
「やはり具合が悪いんだろう? 歩くのもきついのか? 俺が抱えよう」
「い、いや! それは」
腰に手を回され、ただでさえ赤い顔がますます熱く感じる。おまけに引きずっているせいか、心臓まで煩くなってきた。
あの、困る、困るんだよ何だかマジでほんと……。
抱き寄せるかのように腰に回した手をさらに引き寄せようとするニルスにやんわり抗おうとしていると「そこ! カイセルヘルム卿離れて!」とヴィリーの声がした。
ヴィリー……そういえばヴィリーも俺とは違う隊だけど無事騎士として仕事してるもんな……。
エルヴィンがニルスから意識を離そうとあえてそんなことを思っている内にヴィリーがそばまで来ていた。
自分の隊での訓練を終え、警備につこうと歩いているとエルヴィンはハンノを見かけた。
そういえばまだ礼も言てなかったな。
「ハンノ!」
名前を呼びながら近づくと、何故かハンノに少しギョッとされた。
「え、何その反応。俺、何かついてる?」
「い、いや……」
「じゃあ何だよ。じゃなくて、ハンノ。こないだはありがとうな。休憩室まで運んでくれて助かった」
「……あ、ああ。……、……それだけか?」
「え? あ、そうだな、お礼に食事でも……」
「しょ、食事……、じゃなくてそういう意味じゃなくて……! えっと、カイセルヘルム侯爵から何も……聞いてない、のか?」
「ニルスから? 何だろ……ひょっとして俺、お前に何かやらかしたのか? だとしたら悪……」
「いや! とんでもない! 謝るのはその、俺のほうというか……」
ニルスは口数が少ないし余計なことを言わない。だがもしハンノに何かやらかしてしまっていたのなら教えて欲しかったと思いつつ慌てて謝ろうとしたら、むしろハンノはさらに慌てて遮ってきた。
「ハンノが? 何で……」
「そ、それはその……お前に……あの、っていうか俺、前からお前の……」
「……エルヴィン。もう具合はいいのか」
ハンノが何やらもごもご言いかけていると、二人の背後からニルスが現れエルヴィンを見てきた。
「ニルス。ああ、もう全然いいよ。そうそう、ニルスにもお礼を……」
笑いかけながらエルヴィンが頷いているそばで、ハンノが思いきり体を文字通りびくりと大きく震わせている。
「ハンノ?」
「そ、その! と、とにかく礼も詫びもいいから」
「何で」
「とりあえず俺、用事あったんだ! あの、えっと、し、失礼いたしますカイセルヘルム侯爵!」
困ったようにエルヴィンに笑いかけた後で、ハンノは思いきりニルスに向かって頭を下げてからこの場を走り去ってしまった。
「……あいつ、一体どうしたんだ……?」
「用事があると言ってた」
「にしても何か」
「エルヴィン、病み上がりだし、無理はするな」
「え? あ、ああ。うん、しないよ。ニルスも本当にありがとうな。色々助かったよ」
改めてニルスを見上げ、笑いかけたところで例のキスシーンが頭をよぎってしまった。エルヴィンは笑顔と体を固まらせる。
「いや。……? どうかしたのか」
「なっ、何でもない! 何でもないんだ! ほんと何でもない」
「本当に?」
「ああ! ほんとに。……っ」
本当にと頷きながら、エルヴィンは両手で顔を覆った。今絶対に顔が赤くなっているはずだ。ニルスは怪訝に思うだろう。
というかキスくらいで俺は何こんなに引きずってんだ。あと動揺しすぎだろいつまでも。
確かに男同士だし相手は幼馴染で親友のニルスだ。動揺もするかもしれないが、引きずりすぎだとエルヴィンは自分に呆れる。しかも実際したのではなく、おそらくエルヴィンが勝手に見た夢だろうにこの体たらくだ。
童貞かよ。
いや、まあ今は童貞だけどさ!
そういえば童貞どころか、やり直してからは家族へのキス以外に誰ともキスしたことさえなかったと今さら改めて気づく。
まさか俺、飢えすぎて身近にいたニルスでさえ妄想の材料にしたとかじゃないだろうな?
ラウラとデニスの婚約回避のため恋愛どころではないとさえ思っていたが、ようやくラウラとニアキスの婚約が決まり気持ちが緩んだのだろうか。そこまで相手が欲しいと思ってはいないつもりだが、実は深層心理では欲しくて欲しくて仕方がないとかなのだろうか。
何だよそれ……俺、そんなやつだっけ?
「エルヴィン……顔が赤い」
そしてバレてるし。まあ手で隠してる時点で不審だろうし、隠せるものでもないだろうけどもさ。
「こ、れは……」
「やはりまだ快復していないだろ。回復しつつはあっても」
「や、違」
そうじゃなくてお前とキスをする夢を見てしまってずっとそれ以来地味に引きずってるんだ、とは言えない。まだ完全に具合がよくなっていないせいで顔が赤くなっていると思われたほうがマシな気がする。
「無理、するな」
「……ああ、そうだね」
してないけどね……。
「休憩室へ行くか?」
「いや、大丈夫」
「だが今もまだ赤い」
「そうですね……あと近い」
ニルスが心配そうな様子でにじり寄ってくる。
「近い?」
今の俺にはお前が間近という状況はある意味毒だから。
「その、だから」
「やはり具合が悪いんだろう? 歩くのもきついのか? 俺が抱えよう」
「い、いや! それは」
腰に手を回され、ただでさえ赤い顔がますます熱く感じる。おまけに引きずっているせいか、心臓まで煩くなってきた。
あの、困る、困るんだよ何だかマジでほんと……。
抱き寄せるかのように腰に回した手をさらに引き寄せようとするニルスにやんわり抗おうとしていると「そこ! カイセルヘルム卿離れて!」とヴィリーの声がした。
ヴィリー……そういえばヴィリーも俺とは違う隊だけど無事騎士として仕事してるもんな……。
エルヴィンがニルスから意識を離そうとあえてそんなことを思っている内にヴィリーがそばまで来ていた。
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