彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
53 / 193

53話

しおりを挟む
 今までに何度か聞いたことがあるが、最近は聞いていなかった。エルヴィンは暖かい茶をゆっくりと飲んだ後にヴィリーを見た。

「どうかされましたか?」
「ヴィリーは誰かいい人いないの?」
「そうですね。今のところは」
「でもヴィリーも誰かとお付き合いしていてもおかしくない歳だよ? ラウラなんて結婚まで秒読みになってきたくらいなのに」
「それを言うなら兄様こそ、ですが」
「はは。まあ確かに」

 遡る前はヴィリーとこんな話をしたこともなかった。今の年齢だったあの頃はお互いラウラが心配でそれどころではなくて、エルヴィンも当時付き合っていた令嬢とも気づけば別れていた。ヴィリーに誰かいい人がいたかどうかは正直知らないが、間違いなくいなかったことはないだろう。ただ、お互いその後誰とも結婚することなく生を終えることになった。

「だいたい俺には兄様がいますので」
「そこに俺が出るのはちょっとおかしいぞ」

 エルヴィンとてヴィリーもラウラも大事で大切で仕方がないし、かわいくて堪らない。だが恋愛や結婚話に「俺にはヴィリーやラウラがいるから」とはさすがに出さない気がする。

「おかしくなんてありません。兄様は俺の大事な方なんですから」

 ああ、俺の弟かわいい。でも流れ的に人が聞けば勘違いされそうでしかない。

「それはとても嬉しいし、俺もお前たちがとてつもなく大事だよ。でも話の流れ的にちょっと違うくないか?」
「違わないですよ。俺としては兄弟じゃなければ兄様とお付き合いしたいくらいです」
「……ん?」
「それくらいかけがえのない大切な人ってことです」
「あ、ああ、なるほど。そっか。それなら俺もお前らが……」

 いや、さすがにお付き合いは無理だ。

「まあ、かけがえのない大事なかわいい弟妹だよ」

 これはだが本心だ。もし付き合っている令嬢がいたとしても、ヴィリーやラウラに何かあれば絶対弟妹を優先させてしまうだろう。遡る前だってそうだった。

「……俺に聞くより、兄様こそ誰か気になる方、いらっしゃらないんですか?」

 また昔を思い出していると聞かれ、何故か一瞬ニルスが頭をよぎる。どうやら病み上がりのせいで頭の中が不具合を起こしているようだ。苦笑しながら「いないよ」と答える前に、エルヴィンをじっと見ていたヴィリーがまた聞いてきた。

「今、誰を浮かべました?」
「う、浮かべてないよ」
「……兄様。兄様はご存じでないかもしれませんが、あなたは嘘が上手くないんです」
「それは初耳だな……」

 享年二十七歳だったエルヴィンは時間を遡り九歳になっていたわけだが、それから十一年経っている。ということは今の実年齢は二十歳とはいえ、意識的には三十八歳とも考えられる。そんないい歳をした自分が十八歳の弟から「嘘が上手くない」と言われた。言われてわかったが、案外ずしりとくる。

 何かこう「情けない」「未熟だ」とイコールっぽく聞こえるっていうかさ。

 それも自分の弟からだ。何だろうか。切ない。

「あ、その、兄様を馬鹿にしたり見下したりとか、決してそういうわけではありません! むしろとても尊敬していますしお慕いしています」
「はは。よかった。ありがとうヴィリー」

 エルヴィンの様子に気づいたのか、ヴィリーは慌てて言ってきた。ということは顔に出ていたのだろうし、結局わかりやすいということだし、嘘も上手くないのだろう。また苦笑するが、でもヴィリーこそあまり嘘をつく子ではないので尊敬しているとか慕っていると言われて単純に嬉しくも思う。
 エルヴィンは手を伸ばしてヴィリーの頭を撫でた。

「子ども扱いはよしてください」

 困惑したように言ってきながらも、ヴィリーは少し顔を赤らめつつ決して嫌そうな顔はしてこなかった。改めてエルヴィンは微笑む。

「……、兄様の笑顔は破壊力があるのであまり心臓によくありません」
「今のはちょっと言ってる意味がわからないな……」
「そのままですよ。あと、話は流すつもりありませんからね。気になる方、誰を浮かべたんです?」
「浮かべてないし……」
「はぁ……何故嘘をつかれるんです。まさかニルスが浮かんだわけじゃないですよね?」

 今、茶や菓子を口に含んでなくてよかったとエルヴィンは心底思った。含んでいたら絶対に吹き出している。

「な、何で」
「……、……、……何では俺が言いたいですよ……! 何でよりによって! 兄様には美しくて優しくて穏やかで、それでいてしっかりとされている方がお似合いなんです! 何であんな何考えてんだかわからない……」
「ヴィリー……お前、勘違いしてるぞ。何でニルスをそういう対象だと思うんだ? ニルスは親友だって言ってるだろ。あと、ニルスは美形だし優しいし穏やかだし、とてもしっかりしていると思うんだが」
「そういうところですよ……!」
「どういう……?」
「とにかく、俺は認めませんからね! あんなの、義兄さんなんて絶対に呼ばない」
「だから何で……」
「ほんっとうにあいつの屋敷に連れ込まれて何もされてないんですか? いや、兄様の意識がないのをいいことに……」
「いや、ほんと何で」
「どうしよう! 俺の大事な兄様の貞操が」
「ねえほんと聞いて? というか落ち着いて……!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です(笑)

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

お助けキャラに転生したのに主人公に嫌われているのはなんで!?

菟圃(うさぎはたけ)
BL
事故で死んで気がつけば俺はよく遊んでいた18禁BLゲームのお助けキャラに転生していた! 主人公の幼馴染で主人公に必要なものがあればお助けアイテムをくれたり、テストの範囲を教えてくれたりする何でも屋みたいなお助けキャラだ。 お助けキャラだから最後までストーリーを楽しめると思っていたのに…。 優しい主人公が悪役みたいになっていたり!? なんでみんなストーリー通りに動いてくれないの!? 残酷な描写や、無理矢理の表現があります。 苦手な方はご注意ください。 偶に寝ぼけて2話同じ時間帯に投稿してる時があります。 その時は寝惚けてるんだと思って生暖かく見守ってください…

処理中です...