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53話
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今までに何度か聞いたことがあるが、最近は聞いていなかった。エルヴィンは暖かい茶をゆっくりと飲んだ後にヴィリーを見た。
「どうかされましたか?」
「ヴィリーは誰かいい人いないの?」
「そうですね。今のところは」
「でもヴィリーも誰かとお付き合いしていてもおかしくない歳だよ? ラウラなんて結婚まで秒読みになってきたくらいなのに」
「それを言うなら兄様こそ、ですが」
「はは。まあ確かに」
遡る前はヴィリーとこんな話をしたこともなかった。今の年齢だったあの頃はお互いラウラが心配でそれどころではなくて、エルヴィンも当時付き合っていた令嬢とも気づけば別れていた。ヴィリーに誰かいい人がいたかどうかは正直知らないが、間違いなくいなかったことはないだろう。ただ、お互いその後誰とも結婚することなく生を終えることになった。
「だいたい俺には兄様がいますので」
「そこに俺が出るのはちょっとおかしいぞ」
エルヴィンとてヴィリーもラウラも大事で大切で仕方がないし、かわいくて堪らない。だが恋愛や結婚話に「俺にはヴィリーやラウラがいるから」とはさすがに出さない気がする。
「おかしくなんてありません。兄様は俺の大事な方なんですから」
ああ、俺の弟かわいい。でも流れ的に人が聞けば勘違いされそうでしかない。
「それはとても嬉しいし、俺もお前たちがとてつもなく大事だよ。でも話の流れ的にちょっと違うくないか?」
「違わないですよ。俺としては兄弟じゃなければ兄様とお付き合いしたいくらいです」
「……ん?」
「それくらいかけがえのない大切な人ってことです」
「あ、ああ、なるほど。そっか。それなら俺もお前らが……」
いや、さすがにお付き合いは無理だ。
「まあ、かけがえのない大事なかわいい弟妹だよ」
これはだが本心だ。もし付き合っている令嬢がいたとしても、ヴィリーやラウラに何かあれば絶対弟妹を優先させてしまうだろう。遡る前だってそうだった。
「……俺に聞くより、兄様こそ誰か気になる方、いらっしゃらないんですか?」
また昔を思い出していると聞かれ、何故か一瞬ニルスが頭をよぎる。どうやら病み上がりのせいで頭の中が不具合を起こしているようだ。苦笑しながら「いないよ」と答える前に、エルヴィンをじっと見ていたヴィリーがまた聞いてきた。
「今、誰を浮かべました?」
「う、浮かべてないよ」
「……兄様。兄様はご存じでないかもしれませんが、あなたは嘘が上手くないんです」
「それは初耳だな……」
享年二十七歳だったエルヴィンは時間を遡り九歳になっていたわけだが、それから十一年経っている。ということは今の実年齢は二十歳とはいえ、意識的には三十八歳とも考えられる。そんないい歳をした自分が十八歳の弟から「嘘が上手くない」と言われた。言われてわかったが、案外ずしりとくる。
何かこう「情けない」「未熟だ」とイコールっぽく聞こえるっていうかさ。
それも自分の弟からだ。何だろうか。切ない。
「あ、その、兄様を馬鹿にしたり見下したりとか、決してそういうわけではありません! むしろとても尊敬していますしお慕いしています」
「はは。よかった。ありがとうヴィリー」
エルヴィンの様子に気づいたのか、ヴィリーは慌てて言ってきた。ということは顔に出ていたのだろうし、結局わかりやすいということだし、嘘も上手くないのだろう。また苦笑するが、でもヴィリーこそあまり嘘をつく子ではないので尊敬しているとか慕っていると言われて単純に嬉しくも思う。
エルヴィンは手を伸ばしてヴィリーの頭を撫でた。
「子ども扱いはよしてください」
困惑したように言ってきながらも、ヴィリーは少し顔を赤らめつつ決して嫌そうな顔はしてこなかった。改めてエルヴィンは微笑む。
「……、兄様の笑顔は破壊力があるのであまり心臓によくありません」
「今のはちょっと言ってる意味がわからないな……」
「そのままですよ。あと、話は流すつもりありませんからね。気になる方、誰を浮かべたんです?」
「浮かべてないし……」
「はぁ……何故嘘をつかれるんです。まさかニルスが浮かんだわけじゃないですよね?」
今、茶や菓子を口に含んでなくてよかったとエルヴィンは心底思った。含んでいたら絶対に吹き出している。
「な、何で」
「……、……、……何では俺が言いたいですよ……! 何でよりによって! 兄様には美しくて優しくて穏やかで、それでいてしっかりとされている方がお似合いなんです! 何であんな何考えてんだかわからない……」
「ヴィリー……お前、勘違いしてるぞ。何でニルスをそういう対象だと思うんだ? ニルスは親友だって言ってるだろ。あと、ニルスは美形だし優しいし穏やかだし、とてもしっかりしていると思うんだが」
「そういうところですよ……!」
「どういう……?」
「とにかく、俺は認めませんからね! あんなの、義兄さんなんて絶対に呼ばない」
「だから何で……」
「ほんっとうにあいつの屋敷に連れ込まれて何もされてないんですか? いや、兄様の意識がないのをいいことに……」
「いや、ほんと何で」
「どうしよう! 俺の大事な兄様の貞操が」
「ねえほんと聞いて? というか落ち着いて……!」
「どうかされましたか?」
「ヴィリーは誰かいい人いないの?」
「そうですね。今のところは」
「でもヴィリーも誰かとお付き合いしていてもおかしくない歳だよ? ラウラなんて結婚まで秒読みになってきたくらいなのに」
「それを言うなら兄様こそ、ですが」
「はは。まあ確かに」
遡る前はヴィリーとこんな話をしたこともなかった。今の年齢だったあの頃はお互いラウラが心配でそれどころではなくて、エルヴィンも当時付き合っていた令嬢とも気づけば別れていた。ヴィリーに誰かいい人がいたかどうかは正直知らないが、間違いなくいなかったことはないだろう。ただ、お互いその後誰とも結婚することなく生を終えることになった。
「だいたい俺には兄様がいますので」
「そこに俺が出るのはちょっとおかしいぞ」
エルヴィンとてヴィリーもラウラも大事で大切で仕方がないし、かわいくて堪らない。だが恋愛や結婚話に「俺にはヴィリーやラウラがいるから」とはさすがに出さない気がする。
「おかしくなんてありません。兄様は俺の大事な方なんですから」
ああ、俺の弟かわいい。でも流れ的に人が聞けば勘違いされそうでしかない。
「それはとても嬉しいし、俺もお前たちがとてつもなく大事だよ。でも話の流れ的にちょっと違うくないか?」
「違わないですよ。俺としては兄弟じゃなければ兄様とお付き合いしたいくらいです」
「……ん?」
「それくらいかけがえのない大切な人ってことです」
「あ、ああ、なるほど。そっか。それなら俺もお前らが……」
いや、さすがにお付き合いは無理だ。
「まあ、かけがえのない大事なかわいい弟妹だよ」
これはだが本心だ。もし付き合っている令嬢がいたとしても、ヴィリーやラウラに何かあれば絶対弟妹を優先させてしまうだろう。遡る前だってそうだった。
「……俺に聞くより、兄様こそ誰か気になる方、いらっしゃらないんですか?」
また昔を思い出していると聞かれ、何故か一瞬ニルスが頭をよぎる。どうやら病み上がりのせいで頭の中が不具合を起こしているようだ。苦笑しながら「いないよ」と答える前に、エルヴィンをじっと見ていたヴィリーがまた聞いてきた。
「今、誰を浮かべました?」
「う、浮かべてないよ」
「……兄様。兄様はご存じでないかもしれませんが、あなたは嘘が上手くないんです」
「それは初耳だな……」
享年二十七歳だったエルヴィンは時間を遡り九歳になっていたわけだが、それから十一年経っている。ということは今の実年齢は二十歳とはいえ、意識的には三十八歳とも考えられる。そんないい歳をした自分が十八歳の弟から「嘘が上手くない」と言われた。言われてわかったが、案外ずしりとくる。
何かこう「情けない」「未熟だ」とイコールっぽく聞こえるっていうかさ。
それも自分の弟からだ。何だろうか。切ない。
「あ、その、兄様を馬鹿にしたり見下したりとか、決してそういうわけではありません! むしろとても尊敬していますしお慕いしています」
「はは。よかった。ありがとうヴィリー」
エルヴィンの様子に気づいたのか、ヴィリーは慌てて言ってきた。ということは顔に出ていたのだろうし、結局わかりやすいということだし、嘘も上手くないのだろう。また苦笑するが、でもヴィリーこそあまり嘘をつく子ではないので尊敬しているとか慕っていると言われて単純に嬉しくも思う。
エルヴィンは手を伸ばしてヴィリーの頭を撫でた。
「子ども扱いはよしてください」
困惑したように言ってきながらも、ヴィリーは少し顔を赤らめつつ決して嫌そうな顔はしてこなかった。改めてエルヴィンは微笑む。
「……、兄様の笑顔は破壊力があるのであまり心臓によくありません」
「今のはちょっと言ってる意味がわからないな……」
「そのままですよ。あと、話は流すつもりありませんからね。気になる方、誰を浮かべたんです?」
「浮かべてないし……」
「はぁ……何故嘘をつかれるんです。まさかニルスが浮かんだわけじゃないですよね?」
今、茶や菓子を口に含んでなくてよかったとエルヴィンは心底思った。含んでいたら絶対に吹き出している。
「な、何で」
「……、……、……何では俺が言いたいですよ……! 何でよりによって! 兄様には美しくて優しくて穏やかで、それでいてしっかりとされている方がお似合いなんです! 何であんな何考えてんだかわからない……」
「ヴィリー……お前、勘違いしてるぞ。何でニルスをそういう対象だと思うんだ? ニルスは親友だって言ってるだろ。あと、ニルスは美形だし優しいし穏やかだし、とてもしっかりしていると思うんだが」
「そういうところですよ……!」
「どういう……?」
「とにかく、俺は認めませんからね! あんなの、義兄さんなんて絶対に呼ばない」
「だから何で……」
「ほんっとうにあいつの屋敷に連れ込まれて何もされてないんですか? いや、兄様の意識がないのをいいことに……」
「いや、ほんと何で」
「どうしよう! 俺の大事な兄様の貞操が」
「ねえほんと聞いて? というか落ち着いて……!」
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