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48話
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何故あんな光景が頭によぎったのかはわからない。
願望?
いやまさか。それこそおかしいだろ。
俺とニルスが……あんな、あんな……。
ニルスにキスされ、エルヴィンは受け入れるどころかニルスの後頭部に手を回してしがみついていた。そして自らもキスを求めに行った。
どう考えてもおかしい。このよぎった光景も多分エルヴィンの夢なのだろう。ただ、何故ニルスとそんなお互い求めあうようなキスをしている夢など見るのか理解できない。
いや、でも夢ってよくわからないものわりと見るよな? いちいち全部に理由を求めても仕方ないものだろ?
だからシュテファンの夢も気にするべきではないし、ニルスとのキスも気にしなくていい。
そう、それでいい。
はず。
エルヴィンの額に手を置いていたニルスは今、また少し離れてからベッドの縁に腰かけ体を少しひねらせて心配そうにエルヴィンを見ている。
「エルヴィン……」
「な、何?」
多少は挙動不審な反応だったかもしれないが、変なことを口走ったりあからさまに動揺しなかった自分をエルヴィンは褒めてもいいのではとそっと思う。
「無理、しないで欲しい」
ああ、本当になんて優しいやつなんだろうな。
「……うん。ありがとうな、ニルス」
何とか笑みを見せて頷くと、ニルスも無言でこくりと頷いてきた。
「えっと、医者は何て?」
「寒さと疲れで免疫が落ちたんだろう、って」
「かもな。でも俺、別に疲れるほど仕事してないけどな。絶対ニルスのほうが疲れてそう」
疲れは疲れでも、精神的な疲れだろうか。過去のことはもう、あまり考えないほうがいいのかもしれない。そろそろ心配しなくても、もうあんなことにはならないだろう。
ただ、二度と会うことのないシュテファンを思わないというのはできそうにない。とはいえあんな夢はもう見ることのないよう、過去でもきっとリックたちがどうにかしてくれてシュテファンは幸せに暮らしたと思うようにしなければ、結局精神的に不健康だろうなとエルヴィンは考えた。
生まれてきてもきっと悲しいことばかりだったシュテファンまでもが非業の死を遂げ、しかも今の人生では生まれてくることすらないなんて、つらすぎる。
「俺は問題ない」
じっとエルヴィンを見ていたニルスは少ししてからそう言い切ってきた。
「……、はは。確かにニルスが具合悪そうなとこ、見たことないかも。仕事だけじゃなくて健康管理までちゃんとしてるんだな」
「それはわからない、けど俺が病気になるとリックやお前を守れない」
リックはわかる。リックに仕えている補佐官の仕事がどういった仕事なのかは正直知らないが、とりあえずニルスを見ているとある意味何でも屋かと思えたりする。当然、騎士ではないもののリックを守るのも仕事の内だろう。
だが何故そこにまだ自分が入っているのか。
「……まだ律儀にリックの指示を守り続けてるの? リックも戻ってきたし、俺もニルスと同じで、もう二十歳だよ? いい加減そろそろ俺まで守らなくても……」
「守るよ」
静かに言い切られ、何故かわからないが顔が熱くなった。
いや、熱だからだろ。さっきから喋ってるから熱、また上がってきたのかもだな。
「……えっと、一応、ありがと、う」
何となく落ち着かなくて礼を告げると、ニルスは無言のままふるふると頭を振ってきた。お互い無言のままでも普段なら気にならなかったが、今はどうにも落ち着かない。熱のせいか、もしくはさっき頭に浮かんだとんでもない光景のせいかもしれない。
「あ、あの、さ。とりあえず変な病気でもないし……いや、変な病気だったらそれはそれでここにいちゃ申し訳ないけど、えっとそうじゃなくて、あれだ、これ以上迷惑かけたくないし、俺、帰るよ。使いだけ出させてもらえるかな。いや、それだと時間かかっちゃうし、もしよければ馬車を借り……」
「ここにいろ」
「でも」
「いい。ここにいろ」
「……ありがとう」
正直なところ、まだ自宅へは帰りたくなかった。何となくだが、まだこの弱った状態で家族に会わないほうがいいような気がしている。きっと今、家族に会ったら訳もなく泣いてしまうかもしれない。それに自室に一人で眠ったらまたあんな夢を見てしまうかもしれない。
そんなこと、ないんだろけど……多分、昨日あんな夢見た上に熱出しちゃったから、変に構えちゃってるのかも、な。
「じゃあ、申し訳ないけど今日だけ……」
「治るまでいればいい」
「迷惑じゃないかな」
「そんなわけない」
「……よかった。あ、えっと……この部屋はニルスの部屋?」
「ま、まさか。その、ちゃんと客用の部屋、だから」
何故そこで動揺するのかわからないが、何となくそんなニルスが微笑ましく思う。あと、確かにベッドもニルスの匂いはしなかったなと思った後に自分のその考えに少々微妙になる。
「そっか。じゃあ、ありがたくこのままここで休ませてもらうよ」
「うん」
頷くと、ニルスが立ち上がった。エルヴィンの枕元に近づくとそっとエルヴィンを横たえさせてくる。そして今までずっとエルヴィンが手に持っていたタオルを優しく奪うと、近くに置いてある桶にひたしてからしぼり、エルヴィンの額に乗せてきた。
「冷たくて気持ちいい」
「うん。また少し眠るといい」
熱を計るかのようにニルスの手がそっとエルヴィンの頬や首元に触れる。その手も少しひんやりとしていて気持ちよかった。ついその手に顔をすりつけたくなった。
願望?
いやまさか。それこそおかしいだろ。
俺とニルスが……あんな、あんな……。
ニルスにキスされ、エルヴィンは受け入れるどころかニルスの後頭部に手を回してしがみついていた。そして自らもキスを求めに行った。
どう考えてもおかしい。このよぎった光景も多分エルヴィンの夢なのだろう。ただ、何故ニルスとそんなお互い求めあうようなキスをしている夢など見るのか理解できない。
いや、でも夢ってよくわからないものわりと見るよな? いちいち全部に理由を求めても仕方ないものだろ?
だからシュテファンの夢も気にするべきではないし、ニルスとのキスも気にしなくていい。
そう、それでいい。
はず。
エルヴィンの額に手を置いていたニルスは今、また少し離れてからベッドの縁に腰かけ体を少しひねらせて心配そうにエルヴィンを見ている。
「エルヴィン……」
「な、何?」
多少は挙動不審な反応だったかもしれないが、変なことを口走ったりあからさまに動揺しなかった自分をエルヴィンは褒めてもいいのではとそっと思う。
「無理、しないで欲しい」
ああ、本当になんて優しいやつなんだろうな。
「……うん。ありがとうな、ニルス」
何とか笑みを見せて頷くと、ニルスも無言でこくりと頷いてきた。
「えっと、医者は何て?」
「寒さと疲れで免疫が落ちたんだろう、って」
「かもな。でも俺、別に疲れるほど仕事してないけどな。絶対ニルスのほうが疲れてそう」
疲れは疲れでも、精神的な疲れだろうか。過去のことはもう、あまり考えないほうがいいのかもしれない。そろそろ心配しなくても、もうあんなことにはならないだろう。
ただ、二度と会うことのないシュテファンを思わないというのはできそうにない。とはいえあんな夢はもう見ることのないよう、過去でもきっとリックたちがどうにかしてくれてシュテファンは幸せに暮らしたと思うようにしなければ、結局精神的に不健康だろうなとエルヴィンは考えた。
生まれてきてもきっと悲しいことばかりだったシュテファンまでもが非業の死を遂げ、しかも今の人生では生まれてくることすらないなんて、つらすぎる。
「俺は問題ない」
じっとエルヴィンを見ていたニルスは少ししてからそう言い切ってきた。
「……、はは。確かにニルスが具合悪そうなとこ、見たことないかも。仕事だけじゃなくて健康管理までちゃんとしてるんだな」
「それはわからない、けど俺が病気になるとリックやお前を守れない」
リックはわかる。リックに仕えている補佐官の仕事がどういった仕事なのかは正直知らないが、とりあえずニルスを見ているとある意味何でも屋かと思えたりする。当然、騎士ではないもののリックを守るのも仕事の内だろう。
だが何故そこにまだ自分が入っているのか。
「……まだ律儀にリックの指示を守り続けてるの? リックも戻ってきたし、俺もニルスと同じで、もう二十歳だよ? いい加減そろそろ俺まで守らなくても……」
「守るよ」
静かに言い切られ、何故かわからないが顔が熱くなった。
いや、熱だからだろ。さっきから喋ってるから熱、また上がってきたのかもだな。
「……えっと、一応、ありがと、う」
何となく落ち着かなくて礼を告げると、ニルスは無言のままふるふると頭を振ってきた。お互い無言のままでも普段なら気にならなかったが、今はどうにも落ち着かない。熱のせいか、もしくはさっき頭に浮かんだとんでもない光景のせいかもしれない。
「あ、あの、さ。とりあえず変な病気でもないし……いや、変な病気だったらそれはそれでここにいちゃ申し訳ないけど、えっとそうじゃなくて、あれだ、これ以上迷惑かけたくないし、俺、帰るよ。使いだけ出させてもらえるかな。いや、それだと時間かかっちゃうし、もしよければ馬車を借り……」
「ここにいろ」
「でも」
「いい。ここにいろ」
「……ありがとう」
正直なところ、まだ自宅へは帰りたくなかった。何となくだが、まだこの弱った状態で家族に会わないほうがいいような気がしている。きっと今、家族に会ったら訳もなく泣いてしまうかもしれない。それに自室に一人で眠ったらまたあんな夢を見てしまうかもしれない。
そんなこと、ないんだろけど……多分、昨日あんな夢見た上に熱出しちゃったから、変に構えちゃってるのかも、な。
「じゃあ、申し訳ないけど今日だけ……」
「治るまでいればいい」
「迷惑じゃないかな」
「そんなわけない」
「……よかった。あ、えっと……この部屋はニルスの部屋?」
「ま、まさか。その、ちゃんと客用の部屋、だから」
何故そこで動揺するのかわからないが、何となくそんなニルスが微笑ましく思う。あと、確かにベッドもニルスの匂いはしなかったなと思った後に自分のその考えに少々微妙になる。
「そっか。じゃあ、ありがたくこのままここで休ませてもらうよ」
「うん」
頷くと、ニルスが立ち上がった。エルヴィンの枕元に近づくとそっとエルヴィンを横たえさせてくる。そして今までずっとエルヴィンが手に持っていたタオルを優しく奪うと、近くに置いてある桶にひたしてからしぼり、エルヴィンの額に乗せてきた。
「冷たくて気持ちいい」
「うん。また少し眠るといい」
熱を計るかのようにニルスの手がそっとエルヴィンの頬や首元に触れる。その手も少しひんやりとしていて気持ちよかった。ついその手に顔をすりつけたくなった。
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