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45話
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「先ほどまでここで仕事をしていたんだけどね、相当具合が悪そうで、休むように言ったんだ」
ウーヴェがため息をつきながら教えてくれた。いわく「休めばいいのに真面目でいい子だから休もうとしない。本当にいい子だけど変なところで真面目過ぎるんだろうな、そこは褒められるところでもあるが困ったところでもある」らしい。とりあえずエルヴィンのことを何か話す度どこかしらに親ばかを差し込まないと気が済まないようだ。
先ほどもすぐ休めばいいのに書類を持って行ってから休むと言っていたらしい。
「向こうへ行く途中にいくつか休憩できる部屋がある。今も多分そこで休んでいるのだと思う。できれば今すぐ馬車を用意してエルヴィンを運び、家へ連れて帰ってやりたいところだが、なかなか手が空かなくてね」
とてつもなく親ばかではありながらも、ウーヴェも仕事は一切ないがしろにしない。ニルスからすればこの親にしてこの子ありだ。
「では俺が……」
「しかし君も仕事があるのでは」
「ご存じの通り、エルヴィンを守るのも俺の仕事です。リックが帰国してもそれは解任されていないので」
「そう、か。ではありがたくお願いしようかな」
「了解しました閣下」
「君があくまでもエクセレンシーと呼ぶのであれば私は君のことをハイネスと呼ぶことにしよう」
「……では行ってきます、おじさん」
「ああ、頼んだ」
ウーヴェが満足げに頷いた。
リックほどではないがウーヴェも微妙にクセのある人だなとそっと思いつつ、ニルスは馬車の手配をしてから教えてもらった場所へ早足で向かった。
いくつか部屋が並んでいるが使われていない部屋は鍵もかかっていないため、ニルスは一つずつ確認していく。ただいくつめかの部屋も鍵はかかっていないものの、中から人がいる気配がした。
ここか?
寝ているのなら起こしては悪いなと思い、ニルスはノックもなしにそのまま中へ入った。
確かにエルヴィンはカウチに横たわっていた。だがそのエルヴィンに知らない騎士が一人、覆いかぶさっている。
「……誰だ」
ニルスの低い声に、その男はハッとしたように体を起こした。
「カ、カイセルヘルム侯爵……!」
「お前はこんなところで何をしている」
「あ、その、彼が具合を悪くしていたようですので声をかけ、休ませようとここへ連れてきて、その、介抱しておりました」
介抱……そうなのか?
そうだとしたらニルスに咎める資格はない。だが明らかに介抱の度が過ぎていたように見えた。しかもよく見れば、男の後ろでカウチに横たわったエルヴィンの服は、楽にするためだとしても必要以上に乱れている。
「……お前の介抱は相手の服を乱し、よからぬことをすることも含まれるのか?」
「い、いえ……そ、その、も、申し訳ありません……!」
今すぐこの男を消し炭にしてしまいたい気持ちをニルスは堪えた。
「……二度とよからぬ目的で近づくな」
「は、はい閣下……!」
男は敬礼すると、サッとエルヴィンから離れる。ニルスの横を通る時も頭を下げ、慌てて部屋を出て行った。
ニルスが近づくも、エルヴィンは顔色が悪いままぐっすりと眠っている。休ませようと声をかけて連れてきたというのなら、少なくともここへ来るまでは意識はあったのだろう。
あんな男に対しても無防備になるなんて。でもそれだけ具合が悪かったのか……?
ニルスは忌々しく思いつつも、具合の悪さを測るかのようにエルヴィンを覗き込んだ。呼吸は浅い。そっと手で額に触れると結構熱かった。おそらく高い熱が出ているのだろう。だが他に支障はなさそうにとりあえず見え、熱は心配ながらに少しホッとした。
体を離すとエルヴィンの乱れた服に目がいく。こんな姿を見てしまえば、その気のない男ですらその気になってしまうに違いない。とはいえ先ほどの男は元々エルヴィンに気があったのではないだろうかとニルスには思えた。
どのみちこのままだと自分も、具合が悪くて眠っているエルヴィンを襲いかねない。連れて帰るにしても、もう少し寝かせておいたほうがいいかもしれないし、一旦部屋を出たほうがいい。鍵は部屋のドア付近にかかっているため、施錠していける。部屋を出て、そして医務室へ連絡を取るのもいいかもしれない。もしくは馬車は用意させているが、それをあえて確認しに行ってついでに外の風に当たってから戻ってくるのもありかもしれない。
そう思うのになかなか足が動かないし、エルヴィンから目が離せない。
絶対、何があっても手だけは出すなよ……前のように。
以前もパーティーの際具合が悪そうだったエルヴィンが休憩室で眠っているのをいいことに、ついキスをしてしまったことがある。あの後幸福感に包まれるよりも罪悪感が半端なかった。自分は何という最低でひどいことをしたのだろうとひたすら苛まれた。
今のエルヴィンはあの時よりさらに具合が悪そうだ。時折うなされてもいる。絶対に何もしてはならない。
「……ん……、ニ、ルス……?」
「エルヴィン? 目が覚めたのか?」
「包み、は……?」
「包み?」
「赤く……滴る……」
まだ夢うつつなのだろうか。
「エルヴィン?」
「あ……、いや……そう、だ、違う……。ニルス……どうして、ここ、に……? ハンノは?」
「ハンノ? 誰。……ああ、さっきの騎士か……。彼なら出ていった。俺が代わりにいる。起きたのなら帰ろう。馬車は用意してある」
「……帰り、たくな……、いや、だ……もう、嫌だ……」
「エルヴィン?」
具合が悪いせいだろうか。どうもエルヴィンの様子がおかしい。ニルスは仕方なくまた近づいた。
ウーヴェがため息をつきながら教えてくれた。いわく「休めばいいのに真面目でいい子だから休もうとしない。本当にいい子だけど変なところで真面目過ぎるんだろうな、そこは褒められるところでもあるが困ったところでもある」らしい。とりあえずエルヴィンのことを何か話す度どこかしらに親ばかを差し込まないと気が済まないようだ。
先ほどもすぐ休めばいいのに書類を持って行ってから休むと言っていたらしい。
「向こうへ行く途中にいくつか休憩できる部屋がある。今も多分そこで休んでいるのだと思う。できれば今すぐ馬車を用意してエルヴィンを運び、家へ連れて帰ってやりたいところだが、なかなか手が空かなくてね」
とてつもなく親ばかではありながらも、ウーヴェも仕事は一切ないがしろにしない。ニルスからすればこの親にしてこの子ありだ。
「では俺が……」
「しかし君も仕事があるのでは」
「ご存じの通り、エルヴィンを守るのも俺の仕事です。リックが帰国してもそれは解任されていないので」
「そう、か。ではありがたくお願いしようかな」
「了解しました閣下」
「君があくまでもエクセレンシーと呼ぶのであれば私は君のことをハイネスと呼ぶことにしよう」
「……では行ってきます、おじさん」
「ああ、頼んだ」
ウーヴェが満足げに頷いた。
リックほどではないがウーヴェも微妙にクセのある人だなとそっと思いつつ、ニルスは馬車の手配をしてから教えてもらった場所へ早足で向かった。
いくつか部屋が並んでいるが使われていない部屋は鍵もかかっていないため、ニルスは一つずつ確認していく。ただいくつめかの部屋も鍵はかかっていないものの、中から人がいる気配がした。
ここか?
寝ているのなら起こしては悪いなと思い、ニルスはノックもなしにそのまま中へ入った。
確かにエルヴィンはカウチに横たわっていた。だがそのエルヴィンに知らない騎士が一人、覆いかぶさっている。
「……誰だ」
ニルスの低い声に、その男はハッとしたように体を起こした。
「カ、カイセルヘルム侯爵……!」
「お前はこんなところで何をしている」
「あ、その、彼が具合を悪くしていたようですので声をかけ、休ませようとここへ連れてきて、その、介抱しておりました」
介抱……そうなのか?
そうだとしたらニルスに咎める資格はない。だが明らかに介抱の度が過ぎていたように見えた。しかもよく見れば、男の後ろでカウチに横たわったエルヴィンの服は、楽にするためだとしても必要以上に乱れている。
「……お前の介抱は相手の服を乱し、よからぬことをすることも含まれるのか?」
「い、いえ……そ、その、も、申し訳ありません……!」
今すぐこの男を消し炭にしてしまいたい気持ちをニルスは堪えた。
「……二度とよからぬ目的で近づくな」
「は、はい閣下……!」
男は敬礼すると、サッとエルヴィンから離れる。ニルスの横を通る時も頭を下げ、慌てて部屋を出て行った。
ニルスが近づくも、エルヴィンは顔色が悪いままぐっすりと眠っている。休ませようと声をかけて連れてきたというのなら、少なくともここへ来るまでは意識はあったのだろう。
あんな男に対しても無防備になるなんて。でもそれだけ具合が悪かったのか……?
ニルスは忌々しく思いつつも、具合の悪さを測るかのようにエルヴィンを覗き込んだ。呼吸は浅い。そっと手で額に触れると結構熱かった。おそらく高い熱が出ているのだろう。だが他に支障はなさそうにとりあえず見え、熱は心配ながらに少しホッとした。
体を離すとエルヴィンの乱れた服に目がいく。こんな姿を見てしまえば、その気のない男ですらその気になってしまうに違いない。とはいえ先ほどの男は元々エルヴィンに気があったのではないだろうかとニルスには思えた。
どのみちこのままだと自分も、具合が悪くて眠っているエルヴィンを襲いかねない。連れて帰るにしても、もう少し寝かせておいたほうがいいかもしれないし、一旦部屋を出たほうがいい。鍵は部屋のドア付近にかかっているため、施錠していける。部屋を出て、そして医務室へ連絡を取るのもいいかもしれない。もしくは馬車は用意させているが、それをあえて確認しに行ってついでに外の風に当たってから戻ってくるのもありかもしれない。
そう思うのになかなか足が動かないし、エルヴィンから目が離せない。
絶対、何があっても手だけは出すなよ……前のように。
以前もパーティーの際具合が悪そうだったエルヴィンが休憩室で眠っているのをいいことに、ついキスをしてしまったことがある。あの後幸福感に包まれるよりも罪悪感が半端なかった。自分は何という最低でひどいことをしたのだろうとひたすら苛まれた。
今のエルヴィンはあの時よりさらに具合が悪そうだ。時折うなされてもいる。絶対に何もしてはならない。
「……ん……、ニ、ルス……?」
「エルヴィン? 目が覚めたのか?」
「包み、は……?」
「包み?」
「赤く……滴る……」
まだ夢うつつなのだろうか。
「エルヴィン?」
「あ……、いや……そう、だ、違う……。ニルス……どうして、ここ、に……? ハンノは?」
「ハンノ? 誰。……ああ、さっきの騎士か……。彼なら出ていった。俺が代わりにいる。起きたのなら帰ろう。馬車は用意してある」
「……帰り、たくな……、いや、だ……もう、嫌だ……」
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