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44話
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父親、ウーヴェに心配されながらも、エルヴィンは一緒に王城へ向かった。元々今日は騎士としての訓練などではなくウーヴェの補佐として仕事をする予定だった。
まだ少し夢が尾を引いているのか、体がとてつもなくだるい。
「エルヴィン。やはり休んだほうがいいぞ」
「父上……」
「無理をして結局悪化しては意味がないだろう。早く治るものも長引く可能性だってある。それらはもういいから、お前はもう帰りなさい。いや……、それより少し休んでいきなさい」
「……ありがとうございます。では、こちらの書類を院の官長のところへ持っていったらそうします」
「その書類は別に急ぎではないだろう?」
「はい。ですがせっかくですので」
持っていく途中に休める部屋がいくつかある。帰りにそこへ寄って少し休めばいい。またあの夢を見るのだけはごめんだが、確かに思っていた以上に体はだるかった。
行きは何とかたどり着いたものの、書類を手渡してから戻ってくる途中、エルヴィンは廊下でめまいがしてふらついた。思わずその場にしゃがみ込む。
「エルヴィン? どうした、大丈夫か?」
ちょうど通りかかったらしい誰かが声をかけてきた。ゆっくり頭を上げると顔見知りの同僚だった。
「……ハンノ。悪い、大丈夫だ……」
「無理するな。大丈夫かと声をかけた俺が間違ってた。お前は明らかに大丈夫そうではないよ。肩を貸すから、歩けるか? もう少ししたら休憩できる部屋がある」
「ああ、うん。ありがとう」
ひたすら大丈夫だとムキになる必要もない。エルヴィンはありがたく肩を借りて部屋まで連れていってもらった。ハンノ・ユンカーは隊は違うものの、エルヴィンの父親であるウーヴェが上司というのは共通している。なので普段よく顔を合わせるほどではないが、顔見知り程度には知っている。
「横になっておけ」
「ああ。……そうだ、申し訳ないんだけど、父……いや、総長に伝えてもらえないか」
「問題ないよ。伝えてくる。お前はもう帰ったほうがいいよ。多分総長が馬車を手配するだろう」
「わかった。ありがとう」
「……苦しそうだし、少し服、緩めておいたらいいんじゃないか?」
そこまで具合が悪そうに見えるのだろうかと思いつつ、確かにかっちりとした騎士の服を緩めたら多少は楽かもしれないとエルヴィンも思った。
「うん」
手を動かしてボタンを外そうとするが、腕や指を動かすことすら、もはやだるい。
「無理するなって。俺がやってやる」
「……ああ、悪い」
ベッドのようなゆったりとしたカウチソファーに横たわると、一気にめまいとだるさが押し寄せてきた。そのせいで「悪い」と言いながらもエルヴィンはすでに半分以上意識を保てなくなっていた。
「いい。眠っていろ」
「……うん」
ハンノの指がボタンにかかる際に、一瞬だけエルヴィンの手に触れた。
『……ああクソ、このまま襲っ』
何か少々おかしな言葉が聞こえたような気がしたが、エルヴィンはそれどころではなかった。あまりにだるくて、体の節々が痛んで、そして眠い。目が裏返りそうなほど眠い。到底意識を保てそうになかった。
一方、ニルスがウーヴェの執務室を訪れると、ちょうどウーヴェが誰かに仕事の指示をしているところだった。
「やあ、ニルス」
「失礼しました閣下。お忙しいようですので……」
「大丈夫だ。少し待っててくれないかな。ああ、ではそのようにしてくれ」
「は!」
ウーヴェに指示され、部下らしき男が敬礼をして部屋を去っていった。
「悪いね、待たせて」
「とんでもありません」
「今日はどうした? あと閣下はやめてくれ。同じ侯爵じゃないか。それにいずれは君のほうが身分は高くなる」
「ですが」
「何なら親友の父親として、おじさんと呼んでくれても構わないのに」
「……、……いえ、さすがにそれは……」
ウーヴェは愛妻家で子煩悩だ。だが妻は別として子どもに対しては厳しい父親で通したいと以前言っていた。その成果は出ているのか、エルヴィンは「父上もニルスほどじゃないけど寡黙な人でね、あと厳格な人だ。でも尊敬に値する人でもある」とニルスに言ってきたことがある。ただその後に「でも、もう少し考えてることとか思っていること、言って欲しいなって思うこともあるんだ」とも言っていた。
ニルスとしても耳が痛いのでその時はただ頷くくらいしかできなかったが、内心では「お前のお父さん、めちゃくちゃお前たちをかわいがってるぞ」と言いたくてたまらなかった。
「ともかく、今日はリック王子からの書簡を預かってきたので」
「ああ、それはどうもありがとう」
ウーヴェとリックがこういったやり取りをしていることに関しては別にそこまで不思議には思っていない。以前もリックが一時帰国した時に軍務関連の書類をウーヴェに預けていた。だが、少しだけは疑問に思ったりもする。第二王子と騎士団総長はそこまで書簡などのやり取りをちょくちょくするものだろうか、と。
とはいえ別に謀反だとかそういったことを心配に思ったことはない。あのリックとこのウーヴェがそういったことを行うと少しでも思うのは、エルヴィンがニルスに対して子猫のように甘え、女豹のように妖艶にせまってくるくらい、あり得ない。
「ところでエルヴィンはどうしたんでしょうか。今日はこちらで仕事だと窺っていたんですが」
直接本人から「今日は父親の執務室で仕事だよ」とかわいく報告を受けたわけではない。ただニルスがエルヴィンのおおざっぱな予定を基本把握しているだけだが、リックが以前「もちろん俺としてもそれくらいの勢いでエルヴィンを守って欲しいとは思うけど……下手したらストーカーみたいだからね、あまり人には言わないほうがいいんじゃない?」と苦笑していたため、今も適当に濁しておいた。
まだ少し夢が尾を引いているのか、体がとてつもなくだるい。
「エルヴィン。やはり休んだほうがいいぞ」
「父上……」
「無理をして結局悪化しては意味がないだろう。早く治るものも長引く可能性だってある。それらはもういいから、お前はもう帰りなさい。いや……、それより少し休んでいきなさい」
「……ありがとうございます。では、こちらの書類を院の官長のところへ持っていったらそうします」
「その書類は別に急ぎではないだろう?」
「はい。ですがせっかくですので」
持っていく途中に休める部屋がいくつかある。帰りにそこへ寄って少し休めばいい。またあの夢を見るのだけはごめんだが、確かに思っていた以上に体はだるかった。
行きは何とかたどり着いたものの、書類を手渡してから戻ってくる途中、エルヴィンは廊下でめまいがしてふらついた。思わずその場にしゃがみ込む。
「エルヴィン? どうした、大丈夫か?」
ちょうど通りかかったらしい誰かが声をかけてきた。ゆっくり頭を上げると顔見知りの同僚だった。
「……ハンノ。悪い、大丈夫だ……」
「無理するな。大丈夫かと声をかけた俺が間違ってた。お前は明らかに大丈夫そうではないよ。肩を貸すから、歩けるか? もう少ししたら休憩できる部屋がある」
「ああ、うん。ありがとう」
ひたすら大丈夫だとムキになる必要もない。エルヴィンはありがたく肩を借りて部屋まで連れていってもらった。ハンノ・ユンカーは隊は違うものの、エルヴィンの父親であるウーヴェが上司というのは共通している。なので普段よく顔を合わせるほどではないが、顔見知り程度には知っている。
「横になっておけ」
「ああ。……そうだ、申し訳ないんだけど、父……いや、総長に伝えてもらえないか」
「問題ないよ。伝えてくる。お前はもう帰ったほうがいいよ。多分総長が馬車を手配するだろう」
「わかった。ありがとう」
「……苦しそうだし、少し服、緩めておいたらいいんじゃないか?」
そこまで具合が悪そうに見えるのだろうかと思いつつ、確かにかっちりとした騎士の服を緩めたら多少は楽かもしれないとエルヴィンも思った。
「うん」
手を動かしてボタンを外そうとするが、腕や指を動かすことすら、もはやだるい。
「無理するなって。俺がやってやる」
「……ああ、悪い」
ベッドのようなゆったりとしたカウチソファーに横たわると、一気にめまいとだるさが押し寄せてきた。そのせいで「悪い」と言いながらもエルヴィンはすでに半分以上意識を保てなくなっていた。
「いい。眠っていろ」
「……うん」
ハンノの指がボタンにかかる際に、一瞬だけエルヴィンの手に触れた。
『……ああクソ、このまま襲っ』
何か少々おかしな言葉が聞こえたような気がしたが、エルヴィンはそれどころではなかった。あまりにだるくて、体の節々が痛んで、そして眠い。目が裏返りそうなほど眠い。到底意識を保てそうになかった。
一方、ニルスがウーヴェの執務室を訪れると、ちょうどウーヴェが誰かに仕事の指示をしているところだった。
「やあ、ニルス」
「失礼しました閣下。お忙しいようですので……」
「大丈夫だ。少し待っててくれないかな。ああ、ではそのようにしてくれ」
「は!」
ウーヴェに指示され、部下らしき男が敬礼をして部屋を去っていった。
「悪いね、待たせて」
「とんでもありません」
「今日はどうした? あと閣下はやめてくれ。同じ侯爵じゃないか。それにいずれは君のほうが身分は高くなる」
「ですが」
「何なら親友の父親として、おじさんと呼んでくれても構わないのに」
「……、……いえ、さすがにそれは……」
ウーヴェは愛妻家で子煩悩だ。だが妻は別として子どもに対しては厳しい父親で通したいと以前言っていた。その成果は出ているのか、エルヴィンは「父上もニルスほどじゃないけど寡黙な人でね、あと厳格な人だ。でも尊敬に値する人でもある」とニルスに言ってきたことがある。ただその後に「でも、もう少し考えてることとか思っていること、言って欲しいなって思うこともあるんだ」とも言っていた。
ニルスとしても耳が痛いのでその時はただ頷くくらいしかできなかったが、内心では「お前のお父さん、めちゃくちゃお前たちをかわいがってるぞ」と言いたくてたまらなかった。
「ともかく、今日はリック王子からの書簡を預かってきたので」
「ああ、それはどうもありがとう」
ウーヴェとリックがこういったやり取りをしていることに関しては別にそこまで不思議には思っていない。以前もリックが一時帰国した時に軍務関連の書類をウーヴェに預けていた。だが、少しだけは疑問に思ったりもする。第二王子と騎士団総長はそこまで書簡などのやり取りをちょくちょくするものだろうか、と。
とはいえ別に謀反だとかそういったことを心配に思ったことはない。あのリックとこのウーヴェがそういったことを行うと少しでも思うのは、エルヴィンがニルスに対して子猫のように甘え、女豹のように妖艶にせまってくるくらい、あり得ない。
「ところでエルヴィンはどうしたんでしょうか。今日はこちらで仕事だと窺っていたんですが」
直接本人から「今日は父親の執務室で仕事だよ」とかわいく報告を受けたわけではない。ただニルスがエルヴィンのおおざっぱな予定を基本把握しているだけだが、リックが以前「もちろん俺としてもそれくらいの勢いでエルヴィンを守って欲しいとは思うけど……下手したらストーカーみたいだからね、あまり人には言わないほうがいいんじゃない?」と苦笑していたため、今も適当に濁しておいた。
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