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43話
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結婚式が終わってもしばらく様子を窺っていたが、やはりラフェド王は病に倒れることなく元気らしい。さすがに侯爵家子息とはいえ父親のように騎士団総長でもないため、気軽に王を見ることはできないが、話題は入ってくるので様子はわかる。
確かに様々なことで未来が変わったと実感できている。だが病まで変わるものなのだろうか。病巣がなくなることなどあるのだろうか。
でも、そういえば俺、王が何の病で倒れ、亡くなったのか知らないんだよな。
明らかに避けられない病巣というわけではなかったのだろうか。それが原因で亡くなるくらいだからちょっとした軽い病気のわけはないと思うが、それでも未来が変わることで自然と避けられた何かがあったのだろうか。
例えば食事の内容一つ変わっても、体調はかなり変わる。何を食べるかで体型だけでなく健康も左右される。朝起きて夜寝るまでの習慣でも、変わることはある。もしかしたらそういった何か変化した積み重ねが影響したのだろうか。
遡る前は、ラウラが結婚する頃にはすでに一人で歩くこともできなかったラフェドは結婚後まもなく亡くなったはずだ。
それにより、王妃ラモーナは離宮へと下がり、デニスが王に、ラウラが王妃になった。おとなしいラウラが政治や夫をどうこう動かせるはずもなく、またデニスは周りの意見を次第に聞かなくなり圧政となっていった。
そしてラウラが亡くなった。産後の肥立ちが悪かったのかと思ったが、そうではなくラヴィニアが殺したようなものだった。そのラヴィニアがその後、低い身分にも関わらず王妃となった。その頃には誰もデニス王に意見することはできなくなっていたのもあるだろう。
今はそんな気配など全くない。相変わらず健在のラフェドが国を治め、デニスは次期王として妻を娶り日々精進している。未来の王と王妃に国民は大いなる期待を寄せて結婚を祝っていた。
やはりもう大丈夫なのだろうか。
もう力を抜いても問題ないのだろうか。
その時、ふとエルヴィンはシュテファンを思った。
未来が変わったことでめでたいことばかりではあるが、そのため二度と会うことがなくなったであろう、ラウラの子ども、愛しい甥っ子シュテファン。
エルヴィンは日記をつけながら、過去のことに思いを馳せていた。
妹を失い、母親はショックで亡くなり、弟を目の前で失い、父親は自害した。そしてシュテファンのことで心を痛めひどく気がかりながらもエルヴィンも投獄され、死んだ。
それらから比べると今は何て幸せな人生を送れているのだろうと思う。
今が夢だったらきっと耐えられないな。次に目を覚ますとあの冷たい不潔な牢の中だったら、俺はもう立ち直れない。
ははっと渇いた笑いを浮かべた後、エルヴィンは日記をしまってベッドに入った。
ラウラが婚約した頃は暖かい時期だったが、その後デニスが結婚し気づけばもうそろそろ木枯らしの冷たい時期になっている。ベッドの暖かい布団の中で、エルヴィンはふるりと体を震わせた。
ふと気づく。
床が冷たく、硬い。
体中が痛い。
どういうことだ……嘘だろ、まさか?
鉄格子の向こうに、ニルスが立っていた。
ニルス。
名前を呼ぼうとして気づいた。
声が出ない。
苦しい。
息ができない。
喉が焼け付くように熱くて痛い。
頭が割れそうで、眼球が飛び出そうなほど痛い。
ああ、そうだった。俺は毒を飲まされて死ぬんだった。
いや、でもまだ生きている。
それとも今、死ぬところなのか。
ニルスが「すまない……」と鉄格子を挟んで何度も繰り返し謝っている。
何をそんなに謝っているのかと聞きたいが、声が出ない。身動きも取れない。だがニルスの腕にある小さな包みには目がいった。
その包みの布は何故か赤く濡れている。時折ぴちゃん、とその濡れた赤いものが冷たい石の床に滴り落ちる。
手を伸ばそうとしたが、やはり動けない。というか体中がバラバラになりそうなほど痛い。
ああ、でもわかる……それは……その包みは……。
苦しくて喉が焼けて頭が割れそうで体中バラバラになりそうで、そして声が出ない。
だがエルヴィンは喉の奥から音を絞り出した。
……シュテファン……。
「シュテ……ッ」
手を伸ばしながら、エルヴィンは目を覚ました。
ゆ、め……?
今のは、夢?
じっとりと汗をかいている。呼吸も荒い。
「……なんて……ひどい夢だ」
エルヴィンは何とか起き上がった。めまいがする。ふと自分の手を見る。投獄のせいで痩せこけてもいないし、九歳の頃のように小さくもない。
何となくホッとしながらもエルヴィンは震えるその手で顔を覆った。
あまりにも残酷で苦しい夢だった。
……でも……本当に夢なのか?
いや、夢に違いない。だってエルヴィンは毒を飲んですぐに死んだはずだ。毒を飲んだ時、ニルスもリックもいなかった。
すぐ、俺は死んだんだ。即死だった。はず。
そう思わないとつらすぎる。毒に苛まれあれほどの苦しみを何時間も何日も味わった挙句、シュテファン……。
いや、夢だ。
エルヴィンは座ったまま顔を曲げた膝について深く重いため息をついた。
その後ようやく気を取り直し、朝食に降りると家族から「顔色が悪い」と心配された。親からは「どう見ても体調が悪そうだ。今日は休みなさい」と朝食の後、部屋に戻されるところだった。朝食はほぼ口に入らなかった。
確かにあまり体調はいいとは言えないが、部屋にこもってじっとしているとまたあの悪夢を見てしまうかもしれない。そうでなくとも思い出してしまう。
「いえ、大丈夫ですので仕事に出ます」
「でもお兄様……」
「そうですよ兄様。無理なさらないでください」
「ありがとう。本当に大丈夫だから」
エルヴィンは何とか弟妹に微笑む。父親は「では無理だけはしないように。少しでもつらかったら休むか帰りなさい」と言ってきた。
確かに様々なことで未来が変わったと実感できている。だが病まで変わるものなのだろうか。病巣がなくなることなどあるのだろうか。
でも、そういえば俺、王が何の病で倒れ、亡くなったのか知らないんだよな。
明らかに避けられない病巣というわけではなかったのだろうか。それが原因で亡くなるくらいだからちょっとした軽い病気のわけはないと思うが、それでも未来が変わることで自然と避けられた何かがあったのだろうか。
例えば食事の内容一つ変わっても、体調はかなり変わる。何を食べるかで体型だけでなく健康も左右される。朝起きて夜寝るまでの習慣でも、変わることはある。もしかしたらそういった何か変化した積み重ねが影響したのだろうか。
遡る前は、ラウラが結婚する頃にはすでに一人で歩くこともできなかったラフェドは結婚後まもなく亡くなったはずだ。
それにより、王妃ラモーナは離宮へと下がり、デニスが王に、ラウラが王妃になった。おとなしいラウラが政治や夫をどうこう動かせるはずもなく、またデニスは周りの意見を次第に聞かなくなり圧政となっていった。
そしてラウラが亡くなった。産後の肥立ちが悪かったのかと思ったが、そうではなくラヴィニアが殺したようなものだった。そのラヴィニアがその後、低い身分にも関わらず王妃となった。その頃には誰もデニス王に意見することはできなくなっていたのもあるだろう。
今はそんな気配など全くない。相変わらず健在のラフェドが国を治め、デニスは次期王として妻を娶り日々精進している。未来の王と王妃に国民は大いなる期待を寄せて結婚を祝っていた。
やはりもう大丈夫なのだろうか。
もう力を抜いても問題ないのだろうか。
その時、ふとエルヴィンはシュテファンを思った。
未来が変わったことでめでたいことばかりではあるが、そのため二度と会うことがなくなったであろう、ラウラの子ども、愛しい甥っ子シュテファン。
エルヴィンは日記をつけながら、過去のことに思いを馳せていた。
妹を失い、母親はショックで亡くなり、弟を目の前で失い、父親は自害した。そしてシュテファンのことで心を痛めひどく気がかりながらもエルヴィンも投獄され、死んだ。
それらから比べると今は何て幸せな人生を送れているのだろうと思う。
今が夢だったらきっと耐えられないな。次に目を覚ますとあの冷たい不潔な牢の中だったら、俺はもう立ち直れない。
ははっと渇いた笑いを浮かべた後、エルヴィンは日記をしまってベッドに入った。
ラウラが婚約した頃は暖かい時期だったが、その後デニスが結婚し気づけばもうそろそろ木枯らしの冷たい時期になっている。ベッドの暖かい布団の中で、エルヴィンはふるりと体を震わせた。
ふと気づく。
床が冷たく、硬い。
体中が痛い。
どういうことだ……嘘だろ、まさか?
鉄格子の向こうに、ニルスが立っていた。
ニルス。
名前を呼ぼうとして気づいた。
声が出ない。
苦しい。
息ができない。
喉が焼け付くように熱くて痛い。
頭が割れそうで、眼球が飛び出そうなほど痛い。
ああ、そうだった。俺は毒を飲まされて死ぬんだった。
いや、でもまだ生きている。
それとも今、死ぬところなのか。
ニルスが「すまない……」と鉄格子を挟んで何度も繰り返し謝っている。
何をそんなに謝っているのかと聞きたいが、声が出ない。身動きも取れない。だがニルスの腕にある小さな包みには目がいった。
その包みの布は何故か赤く濡れている。時折ぴちゃん、とその濡れた赤いものが冷たい石の床に滴り落ちる。
手を伸ばそうとしたが、やはり動けない。というか体中がバラバラになりそうなほど痛い。
ああ、でもわかる……それは……その包みは……。
苦しくて喉が焼けて頭が割れそうで体中バラバラになりそうで、そして声が出ない。
だがエルヴィンは喉の奥から音を絞り出した。
……シュテファン……。
「シュテ……ッ」
手を伸ばしながら、エルヴィンは目を覚ました。
ゆ、め……?
今のは、夢?
じっとりと汗をかいている。呼吸も荒い。
「……なんて……ひどい夢だ」
エルヴィンは何とか起き上がった。めまいがする。ふと自分の手を見る。投獄のせいで痩せこけてもいないし、九歳の頃のように小さくもない。
何となくホッとしながらもエルヴィンは震えるその手で顔を覆った。
あまりにも残酷で苦しい夢だった。
……でも……本当に夢なのか?
いや、夢に違いない。だってエルヴィンは毒を飲んですぐに死んだはずだ。毒を飲んだ時、ニルスもリックもいなかった。
すぐ、俺は死んだんだ。即死だった。はず。
そう思わないとつらすぎる。毒に苛まれあれほどの苦しみを何時間も何日も味わった挙句、シュテファン……。
いや、夢だ。
エルヴィンは座ったまま顔を曲げた膝について深く重いため息をついた。
その後ようやく気を取り直し、朝食に降りると家族から「顔色が悪い」と心配された。親からは「どう見ても体調が悪そうだ。今日は休みなさい」と朝食の後、部屋に戻されるところだった。朝食はほぼ口に入らなかった。
確かにあまり体調はいいとは言えないが、部屋にこもってじっとしているとまたあの悪夢を見てしまうかもしれない。そうでなくとも思い出してしまう。
「いえ、大丈夫ですので仕事に出ます」
「でもお兄様……」
「そうですよ兄様。無理なさらないでください」
「ありがとう。本当に大丈夫だから」
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