彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
43 / 193

43話

しおりを挟む
 結婚式が終わってもしばらく様子を窺っていたが、やはりラフェド王は病に倒れることなく元気らしい。さすがに侯爵家子息とはいえ父親のように騎士団総長でもないため、気軽に王を見ることはできないが、話題は入ってくるので様子はわかる。
 確かに様々なことで未来が変わったと実感できている。だが病まで変わるものなのだろうか。病巣がなくなることなどあるのだろうか。

 でも、そういえば俺、王が何の病で倒れ、亡くなったのか知らないんだよな。

 明らかに避けられない病巣というわけではなかったのだろうか。それが原因で亡くなるくらいだからちょっとした軽い病気のわけはないと思うが、それでも未来が変わることで自然と避けられた何かがあったのだろうか。
 例えば食事の内容一つ変わっても、体調はかなり変わる。何を食べるかで体型だけでなく健康も左右される。朝起きて夜寝るまでの習慣でも、変わることはある。もしかしたらそういった何か変化した積み重ねが影響したのだろうか。
 遡る前は、ラウラが結婚する頃にはすでに一人で歩くこともできなかったラフェドは結婚後まもなく亡くなったはずだ。
 それにより、王妃ラモーナは離宮へと下がり、デニスが王に、ラウラが王妃になった。おとなしいラウラが政治や夫をどうこう動かせるはずもなく、またデニスは周りの意見を次第に聞かなくなり圧政となっていった。
 そしてラウラが亡くなった。産後の肥立ちが悪かったのかと思ったが、そうではなくラヴィニアが殺したようなものだった。そのラヴィニアがその後、低い身分にも関わらず王妃となった。その頃には誰もデニス王に意見することはできなくなっていたのもあるだろう。
 今はそんな気配など全くない。相変わらず健在のラフェドが国を治め、デニスは次期王として妻を娶り日々精進している。未来の王と王妃に国民は大いなる期待を寄せて結婚を祝っていた。

 やはりもう大丈夫なのだろうか。
 もう力を抜いても問題ないのだろうか。

 その時、ふとエルヴィンはシュテファンを思った。
 未来が変わったことでめでたいことばかりではあるが、そのため二度と会うことがなくなったであろう、ラウラの子ども、愛しい甥っ子シュテファン。
 エルヴィンは日記をつけながら、過去のことに思いを馳せていた。
 妹を失い、母親はショックで亡くなり、弟を目の前で失い、父親は自害した。そしてシュテファンのことで心を痛めひどく気がかりながらもエルヴィンも投獄され、死んだ。
 それらから比べると今は何て幸せな人生を送れているのだろうと思う。

 今が夢だったらきっと耐えられないな。次に目を覚ますとあの冷たい不潔な牢の中だったら、俺はもう立ち直れない。

 ははっと渇いた笑いを浮かべた後、エルヴィンは日記をしまってベッドに入った。
 ラウラが婚約した頃は暖かい時期だったが、その後デニスが結婚し気づけばもうそろそろ木枯らしの冷たい時期になっている。ベッドの暖かい布団の中で、エルヴィンはふるりと体を震わせた。



 ふと気づく。
 床が冷たく、硬い。
 体中が痛い。

 どういうことだ……嘘だろ、まさか?

 鉄格子の向こうに、ニルスが立っていた。

 ニルス。

 名前を呼ぼうとして気づいた。
 声が出ない。
 苦しい。
 息ができない。
 喉が焼け付くように熱くて痛い。
 頭が割れそうで、眼球が飛び出そうなほど痛い。

 ああ、そうだった。俺は毒を飲まされて死ぬんだった。
 いや、でもまだ生きている。
 それとも今、死ぬところなのか。

 ニルスが「すまない……」と鉄格子を挟んで何度も繰り返し謝っている。
 何をそんなに謝っているのかと聞きたいが、声が出ない。身動きも取れない。だがニルスの腕にある小さな包みには目がいった。
 その包みの布は何故か赤く濡れている。時折ぴちゃん、とその濡れた赤いものが冷たい石の床に滴り落ちる。
 手を伸ばそうとしたが、やはり動けない。というか体中がバラバラになりそうなほど痛い。

 ああ、でもわかる……それは……その包みは……。

 苦しくて喉が焼けて頭が割れそうで体中バラバラになりそうで、そして声が出ない。
 だがエルヴィンは喉の奥から音を絞り出した。

 ……シュテファン……。



「シュテ……ッ」

 手を伸ばしながら、エルヴィンは目を覚ました。

 ゆ、め……?
 今のは、夢?

 じっとりと汗をかいている。呼吸も荒い。

「……なんて……ひどい夢だ」

 エルヴィンは何とか起き上がった。めまいがする。ふと自分の手を見る。投獄のせいで痩せこけてもいないし、九歳の頃のように小さくもない。
 何となくホッとしながらもエルヴィンは震えるその手で顔を覆った。
 あまりにも残酷で苦しい夢だった。

 ……でも……本当に夢なのか?

 いや、夢に違いない。だってエルヴィンは毒を飲んですぐに死んだはずだ。毒を飲んだ時、ニルスもリックもいなかった。

 すぐ、俺は死んだんだ。即死だった。はず。

 そう思わないとつらすぎる。毒に苛まれあれほどの苦しみを何時間も何日も味わった挙句、シュテファン……。

 いや、夢だ。

 エルヴィンは座ったまま顔を曲げた膝について深く重いため息をついた。
 その後ようやく気を取り直し、朝食に降りると家族から「顔色が悪い」と心配された。親からは「どう見ても体調が悪そうだ。今日は休みなさい」と朝食の後、部屋に戻されるところだった。朝食はほぼ口に入らなかった。
 確かにあまり体調はいいとは言えないが、部屋にこもってじっとしているとまたあの悪夢を見てしまうかもしれない。そうでなくとも思い出してしまう。

「いえ、大丈夫ですので仕事に出ます」
「でもお兄様……」
「そうですよ兄様。無理なさらないでください」
「ありがとう。本当に大丈夫だから」

 エルヴィンは何とか弟妹に微笑む。父親は「では無理だけはしないように。少しでもつらかったら休むか帰りなさい」と言ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...