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42話
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エルヴィンが納得していると、リックが静かに微笑んできた。いつもの何かを含んでいるとしか思えない笑みと違う笑みに、エルヴィンはついぽかんとリックを見てしまい「何? 俺に惚れた?」とまたふざけたことを言われてしまった。
公爵子息の麻薬事件はその後もしばらく貴族の間や庶民の間で話題だった。その話がそろそろ持ちあがることがなくなってきて、色とりどりの花が美しく咲きだした頃、ラウラはニアキスと婚約した。
ラウラが十八歳、エルヴィンが二十歳の年だ。
ずっと何を言われても流してきたラウラだが、とうとうニアキスの押しに負けたらしい。婚約が決まったラウラよりも一見ニアキスのほうが嬉しそうだったが、ラウラも見ているとちゃんと幸せそうだ。ニアキスに「結婚は今みたいな花の綺麗な季節がいい」と希望も言っていたようだ。
「ニアキスがあまりにもしつこかったから」
照れ隠しか本心か、家族にはそんなことを言っているが、ラウラだけでなくアルスラン家全員が幸せを噛みしめていた。ヴィリーも「何でニアキスなんかと」などと文句を言いつつも、どうやらニアキスならと納得しているようだ。
「デニス殿下と婚約しなくてよかったわよね、ラウラ。だって本当にニアキスとお似合いだし、二人ともとても幸せそうだしかわいいカップルですものね」
母親のネスリンが満足のため息をつきながら言っていた。エルヴィンも首がもげるほど頷きたい。本当によかったと思う。
以前のラウラは今の歳ではもうデニスと結婚していた。そこからのことを思い出すのは今でもつらい。だが、多分これでもう、きっと以前と同じようなことは起こらない気はする。
「俺は本当に幸せだよ。愛するラウラと結婚できるなんて、これ以上の幸せなんて何一つない」
男四人でニアキスの婚約を祝った時もうっとりとニアキスはのろけていた。だがついでに余計なことを言ってくる。
「あとはエルヴィンとテレーゼが婚約してくれれば俺はもう、言うことない」
「まだそんなこと言ってんのか」
エルヴィンは呆れてニアキスを見た。ニルスは黙っている。不思議なことに、普段のノリなら「えー、婚約話出てるならすればいいじゃない」くらい言ってきそうなリックも黙ってただニコニコしている。
「……リック。何か悪いものでも食べましたか?」
「エルヴィンの俺に対する認識がおかしい気がするな」
リックはあははと笑いながらそんなことを言っている。やはりいつものリックだ。
「そんなことって、だって絶対お似合いだろ。なあ、そう思わないか、リック王子、ニルス」
「……思わない」
「まあ、ニルスの言う通りだよねえ。本人たちがその気ないのにお兄さんが押しつけちゃ駄目でしょ。テレーゼはどう言ってんの?」
「……しつこい、と怒られるけど」
「じゃあもう黙ってるがいいと思うよ」
どうしたリックと思いつつ、よく言ったリック、ともエルヴィンは思った。もしかしたらリックも第二王子だし、自分の望まない婚約話などいくらでも出てくるのかもしれない。そしてそれに辟易としているのだろう。だからエルヴィンの味方もしてくれたのかもしれない。
そしてニアキスとラウラが結婚するよりも早く、とうとうデニスとその婚約者の結婚式が行われた。
とても晴れて気持ちのいい日だった。何度も花火が上がり、国中を上げて結婚を祝った。
もちろん侯爵家子息であり王の騎士でもあるエルヴィンも参列した。城にある大きな大聖堂の中で、王族や貴族に見守られる中、デニスと相手の令嬢は厳かに誓い合った。
リックは王族が集まる中心に座っていた。ニルスもリックの補佐というだけでなく王族所縁の者であるため、リックから少し離れたところではあるが座っている。
それを見ていると、一瞬エルヴィンはニルスと目が合ったような気がした。何となくドキリとして思わず目をそらす。
だが、普通に考えて今の自分は明らかに変だ。何故焦る必要があるのかわからない。
だいたいさ、ニルスをたまたま見かけたり見たりしてると高確率で目が合う気がするのが悪いんだよ。まるで俺がいつもニルス見てるみたいだろ。ただの変なやつじゃないかそんなの。
小さくため息をついてからエルヴィンはごまかすかのようにそっと辺りを見渡した。
誓いの儀が終わるとパーティーが始まった。儀式もこのパーティーも、とても盛大だ。婚約パーティーの時よりも大きい気がするし、庶民たちのお祭り騒ぎも同じく、だ。
ふと過去のラウラとデニスの結婚式を思い出す。
あの時も盛大な式だったし、国中が喜び、大騒ぎだった。まさか数年後にあんなことになるなど、エルヴィンだけではなく国民も思っていなかっただろう。
今回こそ、本当に素晴らしい結婚になればいいな。
それに結婚式を見ていて、改めて気づいたことがある。かなり大きな出来事だ。
王が、健在している。
過去のラフェド王はすでにこの頃には体調を崩しており、結婚式でもずっと座っていた。一人で歩くこともままならない様子だった。
だが今のラフェド王は過去のように体調を崩すこともなく、しっかりと自分の足で立っている。それどころかとても元気そうだ。
そもそもデニスも遡る前と違い、結婚相手を大切にしているのが伝わってくる。以前ならこの頃はもうラヴィニアと裏で付き合っていただろうが、今は愛に溺れることもなくしっかり王子としての役目を果たしている様子だ。
ラフェド王は時折、そんなデニスと何か話し、誇らしげに笑っていた。
公爵子息の麻薬事件はその後もしばらく貴族の間や庶民の間で話題だった。その話がそろそろ持ちあがることがなくなってきて、色とりどりの花が美しく咲きだした頃、ラウラはニアキスと婚約した。
ラウラが十八歳、エルヴィンが二十歳の年だ。
ずっと何を言われても流してきたラウラだが、とうとうニアキスの押しに負けたらしい。婚約が決まったラウラよりも一見ニアキスのほうが嬉しそうだったが、ラウラも見ているとちゃんと幸せそうだ。ニアキスに「結婚は今みたいな花の綺麗な季節がいい」と希望も言っていたようだ。
「ニアキスがあまりにもしつこかったから」
照れ隠しか本心か、家族にはそんなことを言っているが、ラウラだけでなくアルスラン家全員が幸せを噛みしめていた。ヴィリーも「何でニアキスなんかと」などと文句を言いつつも、どうやらニアキスならと納得しているようだ。
「デニス殿下と婚約しなくてよかったわよね、ラウラ。だって本当にニアキスとお似合いだし、二人ともとても幸せそうだしかわいいカップルですものね」
母親のネスリンが満足のため息をつきながら言っていた。エルヴィンも首がもげるほど頷きたい。本当によかったと思う。
以前のラウラは今の歳ではもうデニスと結婚していた。そこからのことを思い出すのは今でもつらい。だが、多分これでもう、きっと以前と同じようなことは起こらない気はする。
「俺は本当に幸せだよ。愛するラウラと結婚できるなんて、これ以上の幸せなんて何一つない」
男四人でニアキスの婚約を祝った時もうっとりとニアキスはのろけていた。だがついでに余計なことを言ってくる。
「あとはエルヴィンとテレーゼが婚約してくれれば俺はもう、言うことない」
「まだそんなこと言ってんのか」
エルヴィンは呆れてニアキスを見た。ニルスは黙っている。不思議なことに、普段のノリなら「えー、婚約話出てるならすればいいじゃない」くらい言ってきそうなリックも黙ってただニコニコしている。
「……リック。何か悪いものでも食べましたか?」
「エルヴィンの俺に対する認識がおかしい気がするな」
リックはあははと笑いながらそんなことを言っている。やはりいつものリックだ。
「そんなことって、だって絶対お似合いだろ。なあ、そう思わないか、リック王子、ニルス」
「……思わない」
「まあ、ニルスの言う通りだよねえ。本人たちがその気ないのにお兄さんが押しつけちゃ駄目でしょ。テレーゼはどう言ってんの?」
「……しつこい、と怒られるけど」
「じゃあもう黙ってるがいいと思うよ」
どうしたリックと思いつつ、よく言ったリック、ともエルヴィンは思った。もしかしたらリックも第二王子だし、自分の望まない婚約話などいくらでも出てくるのかもしれない。そしてそれに辟易としているのだろう。だからエルヴィンの味方もしてくれたのかもしれない。
そしてニアキスとラウラが結婚するよりも早く、とうとうデニスとその婚約者の結婚式が行われた。
とても晴れて気持ちのいい日だった。何度も花火が上がり、国中を上げて結婚を祝った。
もちろん侯爵家子息であり王の騎士でもあるエルヴィンも参列した。城にある大きな大聖堂の中で、王族や貴族に見守られる中、デニスと相手の令嬢は厳かに誓い合った。
リックは王族が集まる中心に座っていた。ニルスもリックの補佐というだけでなく王族所縁の者であるため、リックから少し離れたところではあるが座っている。
それを見ていると、一瞬エルヴィンはニルスと目が合ったような気がした。何となくドキリとして思わず目をそらす。
だが、普通に考えて今の自分は明らかに変だ。何故焦る必要があるのかわからない。
だいたいさ、ニルスをたまたま見かけたり見たりしてると高確率で目が合う気がするのが悪いんだよ。まるで俺がいつもニルス見てるみたいだろ。ただの変なやつじゃないかそんなの。
小さくため息をついてからエルヴィンはごまかすかのようにそっと辺りを見渡した。
誓いの儀が終わるとパーティーが始まった。儀式もこのパーティーも、とても盛大だ。婚約パーティーの時よりも大きい気がするし、庶民たちのお祭り騒ぎも同じく、だ。
ふと過去のラウラとデニスの結婚式を思い出す。
あの時も盛大な式だったし、国中が喜び、大騒ぎだった。まさか数年後にあんなことになるなど、エルヴィンだけではなく国民も思っていなかっただろう。
今回こそ、本当に素晴らしい結婚になればいいな。
それに結婚式を見ていて、改めて気づいたことがある。かなり大きな出来事だ。
王が、健在している。
過去のラフェド王はすでにこの頃には体調を崩しており、結婚式でもずっと座っていた。一人で歩くこともままならない様子だった。
だが今のラフェド王は過去のように体調を崩すこともなく、しっかりと自分の足で立っている。それどころかとても元気そうだ。
そもそもデニスも遡る前と違い、結婚相手を大切にしているのが伝わってくる。以前ならこの頃はもうラヴィニアと裏で付き合っていただろうが、今は愛に溺れることもなくしっかり王子としての役目を果たしている様子だ。
ラフェド王は時折、そんなデニスと何か話し、誇らしげに笑っていた。
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