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39話
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無言でソーサーを置いてくれたニルスにありがとうと礼を言いながら、とりあえず一旦ホッとしようとエルヴィンはカップに手を伸ばした。だがその際に指がうっかりニルスの手に触れてしまった。
普通なら箱入り娘でもあるまいし「キャッ、ごめんなさい」と動揺することもないが、リックに問いただすためブローチをつけているせいで「キャッ」ではないものの「わ……っ、ごめん」と熱湯に触れた勢いで手を遠ざけた。
それでも一瞬だけだというのにニルスの声が頭に入ってきていた。
『──だしリックはエルヴィンとこんな場所で個人的に会おうと考えているのかわからないし俺はここにいてはいけないらしいしやっぱりかわい……また思いきり手を払われ──』
久し振りに聞いてしまった懐かしのノンブレスは相変わらず少々意味不明な内容な気がするし、途中で遮断されたものの「かわいい」とやはり言おうとしていたように思える。
首を思いきり傾げたいが、勝手に聞いてしまった手前これ以上不審な言動は避けたい。とりあえず「ノンブレス」だの「なんでだよ」だの思わず口に出なかっただけでも及第点ではある。
っていうか、またって何だ? 俺、ニルスに対して手を払ったことなんて……?
結局首を傾げつつ、少しして思い出した。これも例の書類の時だ。たまたまか、エルヴィンの手に触れそうになったニルスの手を確かに払いのけたような感じになったような気が、少しする。
「あ、えっと、あの、ごめん、ニルス。今、俺別にニルスの手を払いのけたかったわけじゃないっていうか、その、びっくり、しちゃって……」
「……いや」
最小限の返事すぎてニルスの気持ちはわからないが、一瞬ニルスに当然ないはずの尻尾が揺れたような感覚になったのでとりあえず誤解はとけたのだろうかと思うことにする。というか今みたいな時こそニルスに触れて思っていることを聞いてみたいが、それこそやってはいけないこと過ぎるのでグッと堪えた。
「じゃあ、俺はこれで」
「え? ニルスもいればいいだろ。ここのところ、ゆっくり話する暇、ニルスともなかったし」
「いや。お前と話すのはまたの機会に。今は別の仕事がある……」
ニルスは静かに答えると部屋を出ていってしまった。
そういえば心の声でも「俺はここにいてはいけないらしい」と言っていた気がする。
ますますリックのほうから何故エルヴィンに声をかけてきたのかわからない。自分の補佐であるニルスですら聞いてはいけないこと、などエルヴィンも聞いてはいけない気がする。
だからリックが「お待たせ」と応接室に入ってきてソファーに座った途端、エルヴィンは開口一番で「リックのほうから時間を作ってと言ってきたのは何かお話でもあったのですか」と聞いていた。
「えー、それ、聞いちゃう?」
「……そりゃ聞きますよ……。言いたくないなら無理強いはしませんし、俺の要件だけ言いますが」
暗に「お前独特の茶番には付き合わないからとっとと言うなり言わないなり明確にしろ」と含めつつ笑顔でエルヴィンはリックを見た。
「エルヴィンも大人になっちゃったねえ。あ、体のほうじゃないよ、心ね、心」
どういう意味だよ。あまり身長が伸びてないとでも言いたいのか? リックより背の高い俺に? あー……じゃないか、やり直し人生の今の俺が童貞だって知ってて言ってるのか。いや、それはそれで複雑だけど。
「そりゃ成長しますよ。っていうかリックが留学した時点で俺もう十六で大人でしたけど。背はそれまでに十分伸びたので今さらもう伸びないんじゃないですか」
「あはは」
笑う意味がわからない。やはり童貞だと言われているのだろうか。というか、もしそうだとしてもずっと留学していたくせに何故バレているのか。
エルヴィンは何か言い返そうとしてやめた。一度ため息をついてから「で、リックの用件は何です?」と聞く。
「ゆっくりしようよ」
「あなたも俺もそれなりに仕事が多忙な人間です。時間は有限ですよ」
「なら王子として命令でもしようかな」
「俺に王子をつけるなと言っておきながら、よくそんなことが言えますね」
「はは。エルヴィンってばちょっとニルスに似てきたんじゃない? 俺にそういうツッコミしてくるとことか」
「は? というかニルスが? ツッコミ? ニルスが?」
「そう。結構突っ込んでくるよ、あの男は」
「え、でも」
あんなに無口なのに、と言いかけてハッとなる。また会話に流されて本筋から離れている。エルヴィンは再度ため息をついた。
「リック。用件、そちらにないなら俺のためにあえて時間を作ってくれたんだと思うことにしてこちらからお話しますが」
「まあ、それでもいいけどね。ところであんな無口なニルスがって思ったんだろうけど、考えてもみて? ニルスって案外心の中では饒舌じゃない?」
「心の中では饒舌って……」
思わず王子に対して「あんた何言ってんですか」と言いそうになり、不敬すぎるのと、ハッとなったために一旦口を閉じた。
「……リック。このブローチのおかげか、大した災害もなく俺は無事過ごしてこれたような気がします」
「本当? それはよかったよ、何より」
笑顔がわざとらしい。間違いなく楽しんでいる。
「……あんた、わざとおまけ、つけて渡してきただろ!」
結局不敬な話し方になってしまった。
普通なら箱入り娘でもあるまいし「キャッ、ごめんなさい」と動揺することもないが、リックに問いただすためブローチをつけているせいで「キャッ」ではないものの「わ……っ、ごめん」と熱湯に触れた勢いで手を遠ざけた。
それでも一瞬だけだというのにニルスの声が頭に入ってきていた。
『──だしリックはエルヴィンとこんな場所で個人的に会おうと考えているのかわからないし俺はここにいてはいけないらしいしやっぱりかわい……また思いきり手を払われ──』
久し振りに聞いてしまった懐かしのノンブレスは相変わらず少々意味不明な内容な気がするし、途中で遮断されたものの「かわいい」とやはり言おうとしていたように思える。
首を思いきり傾げたいが、勝手に聞いてしまった手前これ以上不審な言動は避けたい。とりあえず「ノンブレス」だの「なんでだよ」だの思わず口に出なかっただけでも及第点ではある。
っていうか、またって何だ? 俺、ニルスに対して手を払ったことなんて……?
結局首を傾げつつ、少しして思い出した。これも例の書類の時だ。たまたまか、エルヴィンの手に触れそうになったニルスの手を確かに払いのけたような感じになったような気が、少しする。
「あ、えっと、あの、ごめん、ニルス。今、俺別にニルスの手を払いのけたかったわけじゃないっていうか、その、びっくり、しちゃって……」
「……いや」
最小限の返事すぎてニルスの気持ちはわからないが、一瞬ニルスに当然ないはずの尻尾が揺れたような感覚になったのでとりあえず誤解はとけたのだろうかと思うことにする。というか今みたいな時こそニルスに触れて思っていることを聞いてみたいが、それこそやってはいけないこと過ぎるのでグッと堪えた。
「じゃあ、俺はこれで」
「え? ニルスもいればいいだろ。ここのところ、ゆっくり話する暇、ニルスともなかったし」
「いや。お前と話すのはまたの機会に。今は別の仕事がある……」
ニルスは静かに答えると部屋を出ていってしまった。
そういえば心の声でも「俺はここにいてはいけないらしい」と言っていた気がする。
ますますリックのほうから何故エルヴィンに声をかけてきたのかわからない。自分の補佐であるニルスですら聞いてはいけないこと、などエルヴィンも聞いてはいけない気がする。
だからリックが「お待たせ」と応接室に入ってきてソファーに座った途端、エルヴィンは開口一番で「リックのほうから時間を作ってと言ってきたのは何かお話でもあったのですか」と聞いていた。
「えー、それ、聞いちゃう?」
「……そりゃ聞きますよ……。言いたくないなら無理強いはしませんし、俺の要件だけ言いますが」
暗に「お前独特の茶番には付き合わないからとっとと言うなり言わないなり明確にしろ」と含めつつ笑顔でエルヴィンはリックを見た。
「エルヴィンも大人になっちゃったねえ。あ、体のほうじゃないよ、心ね、心」
どういう意味だよ。あまり身長が伸びてないとでも言いたいのか? リックより背の高い俺に? あー……じゃないか、やり直し人生の今の俺が童貞だって知ってて言ってるのか。いや、それはそれで複雑だけど。
「そりゃ成長しますよ。っていうかリックが留学した時点で俺もう十六で大人でしたけど。背はそれまでに十分伸びたので今さらもう伸びないんじゃないですか」
「あはは」
笑う意味がわからない。やはり童貞だと言われているのだろうか。というか、もしそうだとしてもずっと留学していたくせに何故バレているのか。
エルヴィンは何か言い返そうとしてやめた。一度ため息をついてから「で、リックの用件は何です?」と聞く。
「ゆっくりしようよ」
「あなたも俺もそれなりに仕事が多忙な人間です。時間は有限ですよ」
「なら王子として命令でもしようかな」
「俺に王子をつけるなと言っておきながら、よくそんなことが言えますね」
「はは。エルヴィンってばちょっとニルスに似てきたんじゃない? 俺にそういうツッコミしてくるとことか」
「は? というかニルスが? ツッコミ? ニルスが?」
「そう。結構突っ込んでくるよ、あの男は」
「え、でも」
あんなに無口なのに、と言いかけてハッとなる。また会話に流されて本筋から離れている。エルヴィンは再度ため息をついた。
「リック。用件、そちらにないなら俺のためにあえて時間を作ってくれたんだと思うことにしてこちらからお話しますが」
「まあ、それでもいいけどね。ところであんな無口なニルスがって思ったんだろうけど、考えてもみて? ニルスって案外心の中では饒舌じゃない?」
「心の中では饒舌って……」
思わず王子に対して「あんた何言ってんですか」と言いそうになり、不敬すぎるのと、ハッとなったために一旦口を閉じた。
「……リック。このブローチのおかげか、大した災害もなく俺は無事過ごしてこれたような気がします」
「本当? それはよかったよ、何より」
笑顔がわざとらしい。間違いなく楽しんでいる。
「……あんた、わざとおまけ、つけて渡してきただろ!」
結局不敬な話し方になってしまった。
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