彼は最後に微笑んだ

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37話

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 気づけばラウラが十七歳になっていて、そういえばあと一年もすれば本来はデニスと結婚していたのだなとエルヴィンはしみじみ思った。
 別の令嬢と婚約しているデニスは、おそらくこのままその令嬢と結婚するだろうと誰もが思っている。よって同じく気づけばラウラがデニスと結婚する可能性はほぼゼロと言っても過言ではなくなっている。
 ラヴィニアもあの事件があってから名前を聞くこともなくなった。というか、一度王城の仕事の面接にそれらしい女性は来たらしい。ニルスに聞いた。
 名前は変わっていたが、女性の顔を基本覚えないニルスが珍しくラヴィニアだけは覚えていて、面接を担当している者に身元をしっかり調べるよう助言しておいたらしい。王城に勤める者えメイドであっても、身元が怪しい者は不可だ。よってラヴィニアと疑わしい女性は身元不明確ということで面接で落とされたと聞いた。
 その女性がラヴィニアだったと断言できるものはない。違うかもしれない。だがエルヴィンはニルスに頼んでおいてよかったと心底思った。そしてニルスが珍しく女性の顔を覚えていてくれてよかったと同じく心底思う。

「何で顔、覚えてたんだ? もしかしてタイプだった?」

 エルヴィンが聞けば、とてつもなく不可解そうな顔をされた。多分少なくともタイプではないのだろうと内心苦笑しながら思っているとニルスは「……お前に言われてたから」と呟くように言ってきた。
 こんな身分のいい、しかも容姿もいい美形イケメンが友人の戯言のような言葉を真に受けてくれて顔まで覚えていてくれるとは、とエルヴィンは感動と少しの照れのため、思わず手で顔を覆った。

「エルヴィン?」
「……いいやつすぎだろ」

 ところでちょくちょくニルスに助けられてばかりだが、小説に出てくるように自ら派手に動いて物事を解決していくようなことをエルヴィンは一切していない。少々情けない気もするが、やり直しの人生は無駄ではないと思える程度には自分も多分運命を変えられているのではないだろうかと思うことにしている。
 いつもは仕事の後などに酒を飲んで喋ったりすることが多いが、今日は珍しくエルヴィンの屋敷にある庭園で、ニルスとニアキスの男三人でのんびり茶を飲んでいる。昔子どもの頃こういう集まりよくあったよな、などと懐かしがったり、今の仕事で見つけた面白おかしい話をしたりしている。主にエルヴィンとニアキスが。
 少し離れたところではラウラのスペースで、ラウラが花の世話をしながらテレーゼと楽しそうに会話をしている。ニアキスは時折そちらをちらりと見ては、また見る、と繰り返していた。

「いい加減チラ見してる振りしつつガン見するのやめろよな」

 エルヴィンが呆れつつ言えば「俺だって心置きなく堂々と見つめられる関係になりたい」と返ってきた。ニルスは耳にタコだといった様子で黙って茶を飲んでいる。

「あ。ニルス。今、聞き飽きたって思っただろ」
「……思ってない」
「嘘だ。絶対思ったはずだ。俺だってそろそろお前らに同じことじゃなくて新規情報をお伝えしたいよ。いい方でな。悪いニュースじゃなくて!」

 エルヴィンとしてもニアキスに任せてもいいと思ったりはしているが、肝心のラウラがその気でなければどうしようもない。

「というかな、お前だってそろそろ婚約者決めてもいいだろ。もう十九歳だろ? エルヴィンも」
「それを言うならニアキスはもう二十歳だろ」
「嫌ってほどわかってるぞ。それに俺はいつでも婚約オッケーだしむしろ今すぐ結婚だって問題ない。ただ相手が振り向いてくれないだけだ」
「一番大事なところだろうが、侯爵家ご長男様よ」
「エルヴィンだって同じだろうが。なあ、ニルス」

 大公爵家ながらに次男坊のニルスは、どうでもよさげに「……さあ」と答えただけだった。

「反応が微妙すぎる」
「……お前の話が微妙だからだろ」

 エルヴィンが呆れたように言えばニアキスは思いきり首を振ってきた。

「俺としてはだな、本気で、ほんっきでエルヴィン、お前とテレーゼが一緒になってくれたらって思っているんだ。お前になら俺の妹を……、ってニルスさん? 今俺のこと睨まなかったか?」

 言われてもただ茶を飲んでいるニルスの代わりにエルヴィンが代弁しておいた。

「お前がつまらない話ばかりするからだろ。ニルスが睨むなんてあり得ないかもだけど、もしほんとに睨んだとしてもとてもわかる。俺が睨んでもいい」
「なんでだよ」
「つまらないからな。あといい加減俺の言ってること、理解しろ、恋愛脳」
「ええ。俺のささやかな望みなのに」
「煩い。そういえばニルス」
「何」
「リック王子、もうそろそろ帰ってくるって噂を耳にしたんだけど」
「……ああ。本当だ」
「へえ。そうなんだ。二年ほど前に一時帰国はしてたけど、それ以来またずっと会ってないし、楽しみだな」
「ああ」
「俺も聞いたぞ、その話。もう向こうの国を出発したんじゃなかったか?」
「ああ。馬車で出てこっちに向かっている」

 リックは十四歳から外交を兼ねて他国へ留学していた。これは遡る前も変わらない。むしろ全く同じ時期だったため、エルヴィンは「結局同じ運命をたどるのでは」と少々動揺したくらいだ。
 だが、帰国は以前、もっと遅かったはずだ。とはいえあの頃はリックと知り合いでさえなかった。牢の中で初めて話したくらいだった。

 これも運命が変わったからなのだろうか?

 内心首を傾げつつ、でも久しぶりの友人に会えることは楽しみだった。
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