36 / 193
36話
しおりを挟む
嫌だという理由を親から聞かれた時、ラウラは困ったようにたまたま居合わせていたエルヴィンを見てきた。
「父上、母上。俺はラウラが好きな人と幸せになれたらそれが一番いいと思っています」
なので本心でもあるため助け舟を出しておいた。
「それは確かにそうだけど。でも第一王子なんですよ? それにデニス殿下は男前だし。何が嫌なのか気にもなるでしょう」
母親も本心なのだろう。困惑したような顔で首を傾げていた。父親はただ黙ってラウラを見ている。
父上は以前もよくこうして黙って何かを考えたりなさっていることが多かったな。ラウラが殺されたって俺たちがわかった時もこぶしを握りしめて怒りに震えておられた。多分以前からそれを疑っていても耐えておられたんだろうとは思ったけど、お気持ちは聞かせてもらってないままだ。ヴィリーが……斬首された時はむしろ燃え尽きたかのように表情をそぎ落とされたような顔をして立っておられた。
母親のネスリンは以前から社交的だった。誰とも明るく話す人で、いつも笑顔の絶えない人だった。悲しみのあまり、寝こんでしまう前までは。対して父親のウーヴェはニルスほどではないが、基本あまりべらべらと話すタイプではない。
だから記憶の中のウーヴェが結局何を考えていたのかエルヴィンは今もわかってはいない。怒り悲しんでいたことはわかるが、そういえば何を考えていたのだろうとウーヴェを見てエルヴィンは何となく思った。
「デニス殿下の……性格が私、多分合いません」
だがついしんみりとしていたエルヴィンはラウラの言葉に思わず吹き出してしまった。慌てて口を押える。
「エルヴィンったら。笑ったりして。ラウラ、デニス殿下のどこが合わないというの?」
「……言っても不敬になりませんか?」
「今は家族しかいない。言ったらいい」
ウーヴェが頷くとラウラはホッとしたように口を開いた。
「殿下は少しご自分本位なところがおありです。もちろん、誰かに指摘されても頑なにご自分を通されるほどでもないですし、国を担う方なのですからそれくらいでいいのだとも思います。でも逆に人に言われて鵜呑みにしがちなところもおありです。世間のことをよく知っていてしっかりされているご令嬢でしたらそういう殿下とうまくお付き合いできるでしょうが、私はまだまだ経験不足ですし、そんな殿下を上手く支えられる妃になれるとは思えません」
言うな、ラウラ、わりと言うよな。あと、今のお前だとひょっとしたらデニス殿下も上手くあしらえるんじゃないかって気がしてきたよ。
「まあ……。でもそうねえ。ラウラには何だかんだ言って、優しいながらもしっかり支えてくださる方のほうがいいんでしょうね」
「ふむ……。お前の気持ちはわかった。あちらから是非にでもと言われてしまうと断るのも難しいが、とりあえず今のところは控えてもらえるよう働きかけてみよう」
そんなやり取りもあって、ラウラはあまり候補として目立つことはなかった。以前のラウラだったならば親であっても何も言えずにただ上がった婚約話に対して首を縦に振っていた。内気でおとなしいため、親に何か言うことすら遠慮してしまう子だった。おまけに家族以外誰とも親しく付き合ってこなかったから人との付き合い方もよくわからず、デニスだろうが誰だろうが嫌ともいいとも思えなかったのだろう。
それでもシュテファンを体に宿してからは母親としてしっかりしてきたのか、少しずつ変わってはきていた気がする。今となっては気がするだけしかわかりようがないが。
改めて、九歳に遡った日に母親が持ちかけたパーティーの話にエルヴィン自ら乗ることにしてよかったとしみじみ思えた。もちろん変わったのは本人次第だ。ラウラが今のようになったのは本人の選択だし思考だし努力だ。それでも変われるきっかけを逃さなくてよかったと思わざるを得ない。
あの後も機会があればラウラを子どもの集まるパーティーへ連れ出した。それにより、ラウラは次第に自ら出かけるようになったしテレーゼと親しくなり、ニアキスに好かれている。
……変な読書趣味もできてしまったけどな。
「だからさ、俺は絶対嫌われてないと思う。それは絶対。でもそれだけじゃ駄目なんだよなー」
目の前ではニアキスがまだ熱く語っている。
「なあ。ラウラの兄としてじゃなくて第三者として思うことを言うけど、何で普通に親へ話を持ちかけないんだ?」
貴族の結婚はむしろ恋愛結婚のほうが少ないのかもしれない。家同士の結び付きや策略などで婚約し、ろくすっぽ知り合わないまま結婚するカップルも少なくない。
「そりゃそうしたほうが早いかもしらないけどな、それじゃ駄目だ。俺はラウラが好きなんだ。だからラウラにも好きになって欲しいし、好きなラウラだからこそ、本人が幸せだと思える状態を望む。それに嫌って言える子だからな、ラウラは。そんな風に持ちかけたら好かれるどころか避けられるだけだろ」
正解だな。
「だからお前が好きだよニアキス」
エルヴィンが笑いかけていると、ちょうど酒を口にしていたニルスがむせている。飲んだ酒が気管に入ったのだろう。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「エルヴィン。俺のこと好きなのは嬉しいけど、俺はラウラが好きだから」
「煩いな。そういうとこだよ」
「どういうとこだよ」
「普段からもう少し真面目にやれってこと」
「ラウラのことに関しては誰よりも真面目だぞ」
「あと、ラウラを攻略するなら、優しくてしっかり支えられる、頼りがいのある男になれ」
以前母親が言っていたことを思い出してエルヴィンが笑みを浮かべながら言えば「俺はすごく優しいし頼りがいしかないぞ。でもわかった。さらに努力しよう」とデニス並みに流されやすいのかもしれないニアキスが真剣な顔で頷いていた。
「父上、母上。俺はラウラが好きな人と幸せになれたらそれが一番いいと思っています」
なので本心でもあるため助け舟を出しておいた。
「それは確かにそうだけど。でも第一王子なんですよ? それにデニス殿下は男前だし。何が嫌なのか気にもなるでしょう」
母親も本心なのだろう。困惑したような顔で首を傾げていた。父親はただ黙ってラウラを見ている。
父上は以前もよくこうして黙って何かを考えたりなさっていることが多かったな。ラウラが殺されたって俺たちがわかった時もこぶしを握りしめて怒りに震えておられた。多分以前からそれを疑っていても耐えておられたんだろうとは思ったけど、お気持ちは聞かせてもらってないままだ。ヴィリーが……斬首された時はむしろ燃え尽きたかのように表情をそぎ落とされたような顔をして立っておられた。
母親のネスリンは以前から社交的だった。誰とも明るく話す人で、いつも笑顔の絶えない人だった。悲しみのあまり、寝こんでしまう前までは。対して父親のウーヴェはニルスほどではないが、基本あまりべらべらと話すタイプではない。
だから記憶の中のウーヴェが結局何を考えていたのかエルヴィンは今もわかってはいない。怒り悲しんでいたことはわかるが、そういえば何を考えていたのだろうとウーヴェを見てエルヴィンは何となく思った。
「デニス殿下の……性格が私、多分合いません」
だがついしんみりとしていたエルヴィンはラウラの言葉に思わず吹き出してしまった。慌てて口を押える。
「エルヴィンったら。笑ったりして。ラウラ、デニス殿下のどこが合わないというの?」
「……言っても不敬になりませんか?」
「今は家族しかいない。言ったらいい」
ウーヴェが頷くとラウラはホッとしたように口を開いた。
「殿下は少しご自分本位なところがおありです。もちろん、誰かに指摘されても頑なにご自分を通されるほどでもないですし、国を担う方なのですからそれくらいでいいのだとも思います。でも逆に人に言われて鵜呑みにしがちなところもおありです。世間のことをよく知っていてしっかりされているご令嬢でしたらそういう殿下とうまくお付き合いできるでしょうが、私はまだまだ経験不足ですし、そんな殿下を上手く支えられる妃になれるとは思えません」
言うな、ラウラ、わりと言うよな。あと、今のお前だとひょっとしたらデニス殿下も上手くあしらえるんじゃないかって気がしてきたよ。
「まあ……。でもそうねえ。ラウラには何だかんだ言って、優しいながらもしっかり支えてくださる方のほうがいいんでしょうね」
「ふむ……。お前の気持ちはわかった。あちらから是非にでもと言われてしまうと断るのも難しいが、とりあえず今のところは控えてもらえるよう働きかけてみよう」
そんなやり取りもあって、ラウラはあまり候補として目立つことはなかった。以前のラウラだったならば親であっても何も言えずにただ上がった婚約話に対して首を縦に振っていた。内気でおとなしいため、親に何か言うことすら遠慮してしまう子だった。おまけに家族以外誰とも親しく付き合ってこなかったから人との付き合い方もよくわからず、デニスだろうが誰だろうが嫌ともいいとも思えなかったのだろう。
それでもシュテファンを体に宿してからは母親としてしっかりしてきたのか、少しずつ変わってはきていた気がする。今となっては気がするだけしかわかりようがないが。
改めて、九歳に遡った日に母親が持ちかけたパーティーの話にエルヴィン自ら乗ることにしてよかったとしみじみ思えた。もちろん変わったのは本人次第だ。ラウラが今のようになったのは本人の選択だし思考だし努力だ。それでも変われるきっかけを逃さなくてよかったと思わざるを得ない。
あの後も機会があればラウラを子どもの集まるパーティーへ連れ出した。それにより、ラウラは次第に自ら出かけるようになったしテレーゼと親しくなり、ニアキスに好かれている。
……変な読書趣味もできてしまったけどな。
「だからさ、俺は絶対嫌われてないと思う。それは絶対。でもそれだけじゃ駄目なんだよなー」
目の前ではニアキスがまだ熱く語っている。
「なあ。ラウラの兄としてじゃなくて第三者として思うことを言うけど、何で普通に親へ話を持ちかけないんだ?」
貴族の結婚はむしろ恋愛結婚のほうが少ないのかもしれない。家同士の結び付きや策略などで婚約し、ろくすっぽ知り合わないまま結婚するカップルも少なくない。
「そりゃそうしたほうが早いかもしらないけどな、それじゃ駄目だ。俺はラウラが好きなんだ。だからラウラにも好きになって欲しいし、好きなラウラだからこそ、本人が幸せだと思える状態を望む。それに嫌って言える子だからな、ラウラは。そんな風に持ちかけたら好かれるどころか避けられるだけだろ」
正解だな。
「だからお前が好きだよニアキス」
エルヴィンが笑いかけていると、ちょうど酒を口にしていたニルスがむせている。飲んだ酒が気管に入ったのだろう。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「エルヴィン。俺のこと好きなのは嬉しいけど、俺はラウラが好きだから」
「煩いな。そういうとこだよ」
「どういうとこだよ」
「普段からもう少し真面目にやれってこと」
「ラウラのことに関しては誰よりも真面目だぞ」
「あと、ラウラを攻略するなら、優しくてしっかり支えられる、頼りがいのある男になれ」
以前母親が言っていたことを思い出してエルヴィンが笑みを浮かべながら言えば「俺はすごく優しいし頼りがいしかないぞ。でもわかった。さらに努力しよう」とデニス並みに流されやすいのかもしれないニアキスが真剣な顔で頷いていた。
5
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに
はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。
金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。
享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。
見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。
気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。
幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する!
リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。
カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。
魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。
オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。
ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる