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36話
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嫌だという理由を親から聞かれた時、ラウラは困ったようにたまたま居合わせていたエルヴィンを見てきた。
「父上、母上。俺はラウラが好きな人と幸せになれたらそれが一番いいと思っています」
なので本心でもあるため助け舟を出しておいた。
「それは確かにそうだけど。でも第一王子なんですよ? それにデニス殿下は男前だし。何が嫌なのか気にもなるでしょう」
母親も本心なのだろう。困惑したような顔で首を傾げていた。父親はただ黙ってラウラを見ている。
父上は以前もよくこうして黙って何かを考えたりなさっていることが多かったな。ラウラが殺されたって俺たちがわかった時もこぶしを握りしめて怒りに震えておられた。多分以前からそれを疑っていても耐えておられたんだろうとは思ったけど、お気持ちは聞かせてもらってないままだ。ヴィリーが……斬首された時はむしろ燃え尽きたかのように表情をそぎ落とされたような顔をして立っておられた。
母親のネスリンは以前から社交的だった。誰とも明るく話す人で、いつも笑顔の絶えない人だった。悲しみのあまり、寝こんでしまう前までは。対して父親のウーヴェはニルスほどではないが、基本あまりべらべらと話すタイプではない。
だから記憶の中のウーヴェが結局何を考えていたのかエルヴィンは今もわかってはいない。怒り悲しんでいたことはわかるが、そういえば何を考えていたのだろうとウーヴェを見てエルヴィンは何となく思った。
「デニス殿下の……性格が私、多分合いません」
だがついしんみりとしていたエルヴィンはラウラの言葉に思わず吹き出してしまった。慌てて口を押える。
「エルヴィンったら。笑ったりして。ラウラ、デニス殿下のどこが合わないというの?」
「……言っても不敬になりませんか?」
「今は家族しかいない。言ったらいい」
ウーヴェが頷くとラウラはホッとしたように口を開いた。
「殿下は少しご自分本位なところがおありです。もちろん、誰かに指摘されても頑なにご自分を通されるほどでもないですし、国を担う方なのですからそれくらいでいいのだとも思います。でも逆に人に言われて鵜呑みにしがちなところもおありです。世間のことをよく知っていてしっかりされているご令嬢でしたらそういう殿下とうまくお付き合いできるでしょうが、私はまだまだ経験不足ですし、そんな殿下を上手く支えられる妃になれるとは思えません」
言うな、ラウラ、わりと言うよな。あと、今のお前だとひょっとしたらデニス殿下も上手くあしらえるんじゃないかって気がしてきたよ。
「まあ……。でもそうねえ。ラウラには何だかんだ言って、優しいながらもしっかり支えてくださる方のほうがいいんでしょうね」
「ふむ……。お前の気持ちはわかった。あちらから是非にでもと言われてしまうと断るのも難しいが、とりあえず今のところは控えてもらえるよう働きかけてみよう」
そんなやり取りもあって、ラウラはあまり候補として目立つことはなかった。以前のラウラだったならば親であっても何も言えずにただ上がった婚約話に対して首を縦に振っていた。内気でおとなしいため、親に何か言うことすら遠慮してしまう子だった。おまけに家族以外誰とも親しく付き合ってこなかったから人との付き合い方もよくわからず、デニスだろうが誰だろうが嫌ともいいとも思えなかったのだろう。
それでもシュテファンを体に宿してからは母親としてしっかりしてきたのか、少しずつ変わってはきていた気がする。今となっては気がするだけしかわかりようがないが。
改めて、九歳に遡った日に母親が持ちかけたパーティーの話にエルヴィン自ら乗ることにしてよかったとしみじみ思えた。もちろん変わったのは本人次第だ。ラウラが今のようになったのは本人の選択だし思考だし努力だ。それでも変われるきっかけを逃さなくてよかったと思わざるを得ない。
あの後も機会があればラウラを子どもの集まるパーティーへ連れ出した。それにより、ラウラは次第に自ら出かけるようになったしテレーゼと親しくなり、ニアキスに好かれている。
……変な読書趣味もできてしまったけどな。
「だからさ、俺は絶対嫌われてないと思う。それは絶対。でもそれだけじゃ駄目なんだよなー」
目の前ではニアキスがまだ熱く語っている。
「なあ。ラウラの兄としてじゃなくて第三者として思うことを言うけど、何で普通に親へ話を持ちかけないんだ?」
貴族の結婚はむしろ恋愛結婚のほうが少ないのかもしれない。家同士の結び付きや策略などで婚約し、ろくすっぽ知り合わないまま結婚するカップルも少なくない。
「そりゃそうしたほうが早いかもしらないけどな、それじゃ駄目だ。俺はラウラが好きなんだ。だからラウラにも好きになって欲しいし、好きなラウラだからこそ、本人が幸せだと思える状態を望む。それに嫌って言える子だからな、ラウラは。そんな風に持ちかけたら好かれるどころか避けられるだけだろ」
正解だな。
「だからお前が好きだよニアキス」
エルヴィンが笑いかけていると、ちょうど酒を口にしていたニルスがむせている。飲んだ酒が気管に入ったのだろう。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「エルヴィン。俺のこと好きなのは嬉しいけど、俺はラウラが好きだから」
「煩いな。そういうとこだよ」
「どういうとこだよ」
「普段からもう少し真面目にやれってこと」
「ラウラのことに関しては誰よりも真面目だぞ」
「あと、ラウラを攻略するなら、優しくてしっかり支えられる、頼りがいのある男になれ」
以前母親が言っていたことを思い出してエルヴィンが笑みを浮かべながら言えば「俺はすごく優しいし頼りがいしかないぞ。でもわかった。さらに努力しよう」とデニス並みに流されやすいのかもしれないニアキスが真剣な顔で頷いていた。
「父上、母上。俺はラウラが好きな人と幸せになれたらそれが一番いいと思っています」
なので本心でもあるため助け舟を出しておいた。
「それは確かにそうだけど。でも第一王子なんですよ? それにデニス殿下は男前だし。何が嫌なのか気にもなるでしょう」
母親も本心なのだろう。困惑したような顔で首を傾げていた。父親はただ黙ってラウラを見ている。
父上は以前もよくこうして黙って何かを考えたりなさっていることが多かったな。ラウラが殺されたって俺たちがわかった時もこぶしを握りしめて怒りに震えておられた。多分以前からそれを疑っていても耐えておられたんだろうとは思ったけど、お気持ちは聞かせてもらってないままだ。ヴィリーが……斬首された時はむしろ燃え尽きたかのように表情をそぎ落とされたような顔をして立っておられた。
母親のネスリンは以前から社交的だった。誰とも明るく話す人で、いつも笑顔の絶えない人だった。悲しみのあまり、寝こんでしまう前までは。対して父親のウーヴェはニルスほどではないが、基本あまりべらべらと話すタイプではない。
だから記憶の中のウーヴェが結局何を考えていたのかエルヴィンは今もわかってはいない。怒り悲しんでいたことはわかるが、そういえば何を考えていたのだろうとウーヴェを見てエルヴィンは何となく思った。
「デニス殿下の……性格が私、多分合いません」
だがついしんみりとしていたエルヴィンはラウラの言葉に思わず吹き出してしまった。慌てて口を押える。
「エルヴィンったら。笑ったりして。ラウラ、デニス殿下のどこが合わないというの?」
「……言っても不敬になりませんか?」
「今は家族しかいない。言ったらいい」
ウーヴェが頷くとラウラはホッとしたように口を開いた。
「殿下は少しご自分本位なところがおありです。もちろん、誰かに指摘されても頑なにご自分を通されるほどでもないですし、国を担う方なのですからそれくらいでいいのだとも思います。でも逆に人に言われて鵜呑みにしがちなところもおありです。世間のことをよく知っていてしっかりされているご令嬢でしたらそういう殿下とうまくお付き合いできるでしょうが、私はまだまだ経験不足ですし、そんな殿下を上手く支えられる妃になれるとは思えません」
言うな、ラウラ、わりと言うよな。あと、今のお前だとひょっとしたらデニス殿下も上手くあしらえるんじゃないかって気がしてきたよ。
「まあ……。でもそうねえ。ラウラには何だかんだ言って、優しいながらもしっかり支えてくださる方のほうがいいんでしょうね」
「ふむ……。お前の気持ちはわかった。あちらから是非にでもと言われてしまうと断るのも難しいが、とりあえず今のところは控えてもらえるよう働きかけてみよう」
そんなやり取りもあって、ラウラはあまり候補として目立つことはなかった。以前のラウラだったならば親であっても何も言えずにただ上がった婚約話に対して首を縦に振っていた。内気でおとなしいため、親に何か言うことすら遠慮してしまう子だった。おまけに家族以外誰とも親しく付き合ってこなかったから人との付き合い方もよくわからず、デニスだろうが誰だろうが嫌ともいいとも思えなかったのだろう。
それでもシュテファンを体に宿してからは母親としてしっかりしてきたのか、少しずつ変わってはきていた気がする。今となっては気がするだけしかわかりようがないが。
改めて、九歳に遡った日に母親が持ちかけたパーティーの話にエルヴィン自ら乗ることにしてよかったとしみじみ思えた。もちろん変わったのは本人次第だ。ラウラが今のようになったのは本人の選択だし思考だし努力だ。それでも変われるきっかけを逃さなくてよかったと思わざるを得ない。
あの後も機会があればラウラを子どもの集まるパーティーへ連れ出した。それにより、ラウラは次第に自ら出かけるようになったしテレーゼと親しくなり、ニアキスに好かれている。
……変な読書趣味もできてしまったけどな。
「だからさ、俺は絶対嫌われてないと思う。それは絶対。でもそれだけじゃ駄目なんだよなー」
目の前ではニアキスがまだ熱く語っている。
「なあ。ラウラの兄としてじゃなくて第三者として思うことを言うけど、何で普通に親へ話を持ちかけないんだ?」
貴族の結婚はむしろ恋愛結婚のほうが少ないのかもしれない。家同士の結び付きや策略などで婚約し、ろくすっぽ知り合わないまま結婚するカップルも少なくない。
「そりゃそうしたほうが早いかもしらないけどな、それじゃ駄目だ。俺はラウラが好きなんだ。だからラウラにも好きになって欲しいし、好きなラウラだからこそ、本人が幸せだと思える状態を望む。それに嫌って言える子だからな、ラウラは。そんな風に持ちかけたら好かれるどころか避けられるだけだろ」
正解だな。
「だからお前が好きだよニアキス」
エルヴィンが笑いかけていると、ちょうど酒を口にしていたニルスがむせている。飲んだ酒が気管に入ったのだろう。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「エルヴィン。俺のこと好きなのは嬉しいけど、俺はラウラが好きだから」
「煩いな。そういうとこだよ」
「どういうとこだよ」
「普段からもう少し真面目にやれってこと」
「ラウラのことに関しては誰よりも真面目だぞ」
「あと、ラウラを攻略するなら、優しくてしっかり支えられる、頼りがいのある男になれ」
以前母親が言っていたことを思い出してエルヴィンが笑みを浮かべながら言えば「俺はすごく優しいし頼りがいしかないぞ。でもわかった。さらに努力しよう」とデニス並みに流されやすいのかもしれないニアキスが真剣な顔で頷いていた。
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