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34話
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「あいつが男から?」
唖然としたかと思うと、ニアキスはブハッと吹き出していた。
「そこまで笑うほどか?」
「いやだってニルスがだろ? 忌々しいことにたくさんのご令嬢が黙ってないぞそんなの」
だからないない、と手を振った後に薄切りの肉にフォークをさし、ニアキスはそれを口へ運んだ。エルヴィンも食べたが前菜のサラダに添えられている肉ながらになかなか美味い。あと酒に合う。
「ニルスが女性からモテてるのは俺でも知ってるよ。そうじゃなくてさ、それはちょっと置いておいて」
「どこに」
「どこでもいいんだよ。とにかく、ニスルに懸想してる令息とかもいるのかなって純粋に気になってさ」
「ニルスに、なあ。どうだろ。流行りなのか知らないが、俺は男同士の恋愛にこれっぽっちも興味がないから知らんな。お前も何で気になるのかな。もしかして流行りに乗ろうとか思ってるのか?」
「流行ってんのか?」
「多分?」
「多分って」
「いやだってさ、何が悲しくて野郎同士? 別に偏見があるわけじゃないけど、女の柔らかさ、いい匂いとか蹴って硬くてちっともいい匂いじゃない男の何がいいって思える?」
「俺に言われても。あと、ニルスはいい匂いだと思うけど」
「そうですか」
「なんで薄笑いで見てくるんだよ。そもそも流行りだからってそういう恋愛してみる人はさておき、元々そういう性的指向の人はお前が思うのとは全然違う感覚で異性ではなく同性が好きなわけだろ」
「そういやそうか」
一見強気そうに見えるニアキスだが、今のように性格は案外素直だったりする。というか流されやすそうで少々心配な時もある。将来事業に失敗しなければいいがと親心みたいな気持ちを抱いたりしてしまうのは、ニアキスがラウラのことをずっと変わらず好きでいるからだろうか。ラウラにその気がなければ例えニアキスだろうがと思ってきたが、大事な妹をここまでずっと一筋に好きでいてくれる親友をさすがに邪険にはできない。
流されやすいといえば、第一王子のデニスも多分そういう性質なのだろうなと改めてエルヴィンは思った。
いくらラヴィニアの、エルヴィンからすれば禍々しささえ感じてしまうとはいえ魅力にあらがえなかったのだとしても、あそこまで骨抜きにされ、国さえ傾けてしまうなんてこと、本人がもっとしっかりしていたらあり得なかったのではないだろうか。
「おい、エルヴィン? どうした」
考えごとにふけっているとニアキスが手のひらをエルヴィンの顔の前で振ってきていた。深く考えずにその手を払いのけようとしたらうっかりニアキスの心の声が聞こえてしまった。
『でもあんなに頑なに興味持ってもらえないとか、まさかラウラも同性が好きとか……』
「ないわ。ないだろ!」
「は? 何が?」
「……あ、いや」
やってしまった。久し振りにブローチをつけたままうっかり人に触ってしまい、つい油断していた。
というか、これじゃあ俺こそ偏見抱えたやつみたいだよな。同性愛だろうが異性愛だろうが本人さえとか思っておきながら、最愛の妹が同性が好きなんてあるはずないって強く否定してさ。
嫌悪感ではなく、単に遡る前も普通にデニスと子をもうけていただけに湧いた否定だろうとは思うが、エルヴィンは自分を微妙に思った。
「何でもないんだ。気にするな」
「えぇ……。まあいいけど」
「で、ニルスって男にもモテそうだと思う?」
「いや、だから何でお前はそこまで気になんの? むしろお前がニルス好きなんじゃないの?」
「は? いや、そりゃ友人としてとても好きだと思ってるけど……」
「友人相手にそんなにそこ、気になるか? あと、そういう時に変に顔を赤くすんな。他のやつなら勘違いされんぞ」
「赤い? なら、ニアキスが急に訳わからないこと言いだしたから驚いたんだろ」
実際びっくりして心臓がほんのりドキドキしている。
「訳わからないことならエルヴィンのが先に言ってきたし」
「いや、ニアキスが」
「エルヴィンだろ」
「……何子どもみたいな言い合いしてんの」
ニアキスの妹でラウラの親友でもあるテレーゼがいつの間にか近くまで来ていたようで、呆れた顔でエルヴィンとニアキスを見ている。
「テレーゼ。ラウラと庭園にいたんじゃなかったのか」
すぐに気を取り直してエルヴィンが笑いかけるとテレーゼも笑いかけてきた。
「いたけど、私たちもそろそろ食事しようかと思って。で、兄さんたちももし食事してるなら一緒にと思って」
「当然だ。当然一緒に食べよう」
ニアキスが力を込めてテレーゼに頷いている。テレーゼはまた呆れた顔を兄へ向けた。
「ラウラに変に絡まないでよ兄さん。この間もそれで体よく追い払われたの、忘れてないでしょうね」
「忘れるもんか! あとお前がいるしな。ラウラだけのことで力が入ったんじゃないからな」
「どういう意味?」
「もちろん、我が大切な妹と、大切な親友の間に婚約話が出ているの、二人も知らないわけじゃないだろ」
知ってはいる。知っているが、エルヴィンもテレーゼもお互い友人の兄、妹としてなら好きだがそういう目では見られないため、全くもって興味を示していないし無視していた。お互いの両親にもそう告げているはずだ。
エルヴィンの三歳下であるテレーゼは今十五歳で、兄に似て強気そうな顔立ちながらに綺麗で整った容姿をしている。遡る前ならエルヴィンももしかしたらその気になれたかもしれないし、やはりなれなかったかもしれない。
唖然としたかと思うと、ニアキスはブハッと吹き出していた。
「そこまで笑うほどか?」
「いやだってニルスがだろ? 忌々しいことにたくさんのご令嬢が黙ってないぞそんなの」
だからないない、と手を振った後に薄切りの肉にフォークをさし、ニアキスはそれを口へ運んだ。エルヴィンも食べたが前菜のサラダに添えられている肉ながらになかなか美味い。あと酒に合う。
「ニルスが女性からモテてるのは俺でも知ってるよ。そうじゃなくてさ、それはちょっと置いておいて」
「どこに」
「どこでもいいんだよ。とにかく、ニスルに懸想してる令息とかもいるのかなって純粋に気になってさ」
「ニルスに、なあ。どうだろ。流行りなのか知らないが、俺は男同士の恋愛にこれっぽっちも興味がないから知らんな。お前も何で気になるのかな。もしかして流行りに乗ろうとか思ってるのか?」
「流行ってんのか?」
「多分?」
「多分って」
「いやだってさ、何が悲しくて野郎同士? 別に偏見があるわけじゃないけど、女の柔らかさ、いい匂いとか蹴って硬くてちっともいい匂いじゃない男の何がいいって思える?」
「俺に言われても。あと、ニルスはいい匂いだと思うけど」
「そうですか」
「なんで薄笑いで見てくるんだよ。そもそも流行りだからってそういう恋愛してみる人はさておき、元々そういう性的指向の人はお前が思うのとは全然違う感覚で異性ではなく同性が好きなわけだろ」
「そういやそうか」
一見強気そうに見えるニアキスだが、今のように性格は案外素直だったりする。というか流されやすそうで少々心配な時もある。将来事業に失敗しなければいいがと親心みたいな気持ちを抱いたりしてしまうのは、ニアキスがラウラのことをずっと変わらず好きでいるからだろうか。ラウラにその気がなければ例えニアキスだろうがと思ってきたが、大事な妹をここまでずっと一筋に好きでいてくれる親友をさすがに邪険にはできない。
流されやすいといえば、第一王子のデニスも多分そういう性質なのだろうなと改めてエルヴィンは思った。
いくらラヴィニアの、エルヴィンからすれば禍々しささえ感じてしまうとはいえ魅力にあらがえなかったのだとしても、あそこまで骨抜きにされ、国さえ傾けてしまうなんてこと、本人がもっとしっかりしていたらあり得なかったのではないだろうか。
「おい、エルヴィン? どうした」
考えごとにふけっているとニアキスが手のひらをエルヴィンの顔の前で振ってきていた。深く考えずにその手を払いのけようとしたらうっかりニアキスの心の声が聞こえてしまった。
『でもあんなに頑なに興味持ってもらえないとか、まさかラウラも同性が好きとか……』
「ないわ。ないだろ!」
「は? 何が?」
「……あ、いや」
やってしまった。久し振りにブローチをつけたままうっかり人に触ってしまい、つい油断していた。
というか、これじゃあ俺こそ偏見抱えたやつみたいだよな。同性愛だろうが異性愛だろうが本人さえとか思っておきながら、最愛の妹が同性が好きなんてあるはずないって強く否定してさ。
嫌悪感ではなく、単に遡る前も普通にデニスと子をもうけていただけに湧いた否定だろうとは思うが、エルヴィンは自分を微妙に思った。
「何でもないんだ。気にするな」
「えぇ……。まあいいけど」
「で、ニルスって男にもモテそうだと思う?」
「いや、だから何でお前はそこまで気になんの? むしろお前がニルス好きなんじゃないの?」
「は? いや、そりゃ友人としてとても好きだと思ってるけど……」
「友人相手にそんなにそこ、気になるか? あと、そういう時に変に顔を赤くすんな。他のやつなら勘違いされんぞ」
「赤い? なら、ニアキスが急に訳わからないこと言いだしたから驚いたんだろ」
実際びっくりして心臓がほんのりドキドキしている。
「訳わからないことならエルヴィンのが先に言ってきたし」
「いや、ニアキスが」
「エルヴィンだろ」
「……何子どもみたいな言い合いしてんの」
ニアキスの妹でラウラの親友でもあるテレーゼがいつの間にか近くまで来ていたようで、呆れた顔でエルヴィンとニアキスを見ている。
「テレーゼ。ラウラと庭園にいたんじゃなかったのか」
すぐに気を取り直してエルヴィンが笑いかけるとテレーゼも笑いかけてきた。
「いたけど、私たちもそろそろ食事しようかと思って。で、兄さんたちももし食事してるなら一緒にと思って」
「当然だ。当然一緒に食べよう」
ニアキスが力を込めてテレーゼに頷いている。テレーゼはまた呆れた顔を兄へ向けた。
「ラウラに変に絡まないでよ兄さん。この間もそれで体よく追い払われたの、忘れてないでしょうね」
「忘れるもんか! あとお前がいるしな。ラウラだけのことで力が入ったんじゃないからな」
「どういう意味?」
「もちろん、我が大切な妹と、大切な親友の間に婚約話が出ているの、二人も知らないわけじゃないだろ」
知ってはいる。知っているが、エルヴィンもテレーゼもお互い友人の兄、妹としてなら好きだがそういう目では見られないため、全くもって興味を示していないし無視していた。お互いの両親にもそう告げているはずだ。
エルヴィンの三歳下であるテレーゼは今十五歳で、兄に似て強気そうな顔立ちながらに綺麗で整った容姿をしている。遡る前ならエルヴィンももしかしたらその気になれたかもしれないし、やはりなれなかったかもしれない。
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