32 / 193
32話
しおりを挟む
「……ニルス」
「うん」
「そこにある書類たちって、何?」
「……後回しにしても問題ない案件かそうでないかを仕分けてる」
「なるほど?」
のわりに無造作に置いてるな、と全然なるほどでないものの頷いた。
「えっと、機密情報とか重要書類とかじゃないなら、ちょっと見ても構わないだろうか」
「? ああ、それらは別に問題ないが」
「よかった。ありがとう」
エルヴィンは手を伸ばし、少々緊張しながらヒュープナー家の名前が見えた書類を手に取った。
「確認していくのを手伝ってくれるのか?」
ニルスはそう言いながらエルヴィンの指先に触れてきた。ニスルにしては珍しい行為の気がするためか、変に心臓が鼓動したが下手をすればまた勝手に感情を読んでしまうため、エルヴィンは笑いながらその手を軽く払った。
「はは。別に手伝ってもいいけど」
ニルスは払われた手を見ている。なんとなく「ごめん」と思いつつ、エルヴィンは手にした書類に目を通した。
領地の取引関連の内容か。確かにただの報告書って感じだし、後回しにされそうだな。というか基本流されそうな書類だ。
だが見ていると違和感を覚える。数字に強いわけではないが、記載されている取引の際に発生したであろう入出金に関わる数字がどうも不自然な気がする。多分、これも今のようにじっと見ていなければそのまま気づかず流れていたかもしれない程度だけに、エルヴィンは自信なくニルスに尋ねた。
「これさ、ちょっと数字、不自然じゃないだろうか」
ニルスは無言のまま受け取り、書類がどの書類かに気づくと「これは……リックによく見ておいてくれと言われていた内容だな……」と呟いた。
「リック王子が?」
「ああ……後回しの書類に紛れてたのか。うっかりしていた……」
確かに父親の仕事を手伝うとはいえ、いくつかの案件を請け負っているとこういったものに紛れた書類のことは流れてしまいそうだ。
そう思えば俺も父上に仕事を頼まれてよかったのかもな。それもリック王子絡み、か。留学しておきながら絡んでくるなあ。
内心苦笑していると、いつも無反応に近いニルスが書類を持ったまま立ち上がった。
「ニルス?」
「エルヴィンの言う通りだ。おそらく不正がある」
「えっ」
「まず父上に報告してくる」
「わ、わかった」
不正だって?
ニルスが出て行ったのをポカンとして眺めながらエルヴィンは少し首を傾げた。
遡る前にはなかったことだ。ヒュープナー家の名前がこういったことで上がることは確かになかった。一体どういうことなのだろう。色々と状況が変わったとはいえ、ヒュープナー家までもがガラッと変わることはあるのだろうか。それとも遡る前にも不正はあったものの、単に発覚していなかっただけだろうか。
……それは……あり得るな。
エルヴィンとヒュープナー家の間での直接的な関りはないが、エルヴィンの周りではずいぶん状況は変わっている。遡る前はニルスやニルスの父親といったウィスラー家と直接関わることがなかったが、今はこうして書類を持ってきたり一緒に茶を飲んだり、そして書類を見せてもらって違和感を覚えたりしていた。
ニルスも、わからないけどもしかしたら遡る前はリック王子の留学について行っていたのかもしれないし、そうすると仕事を山ほど抱えたニルスのお父さん、オッフェンブルク大公爵はヒュープナーの書類を見落としていたままだったかもしれない、よな……?
エルヴィンはぎゅっと自分の片手を握った。
ヒュープナー家では実際に不正を働いているようだった。エルヴィンが見つけた書類により調査することでどんどん埃が出てきたようだ。それらについてはニルスが調べる役割を請け負ったようだ。仕事が増え申し訳ないと思いつつも、ニルスなら間違いないと安心もできた。
国の存続に関わるような大きな不正ではなく、つまらない金の誤魔化しなどばかりだったのもあり、男爵という爵位はどうやら剥奪されなかったらしい。ただ、不正を正すだけでなく差し押さえや保釈金なども含めて諸々莫大な借金を抱える羽目になったヒュープナー家は没落するしかなかった。
もちろん、ラヴィニアも娯楽どころではなくなったのだろう。姿を見かけることは全くなくなったとエルヴィンはニルスから聞いた。
その後、膨大な負債を払いきれなくなった男爵家は結局爵位を返上し、姿を消したようだ。どうなったかはわからないが、どこかの国で庶民として暮らしているのかもしれない。ただ、ラヴィニアを思うと庶民としてやっていけるとは思えなく、実際のところ本当にどうなったかはエルヴィンにはわからない。
これは偶然なのだろうか。
正直、もろ手を挙げて大喜びしてもいい展開だが、エルヴィンとしては素直に踊って喜べない。
確かにあまりにも憎い相手だった。具合さえ悪くなるほど、姿を少しでも見るのも嫌だった。
とはいえ、今のラヴィニアは王族の男たちを狙っているとはいえ何かをやらかしたわけではない。そしてエルヴィンとしてはそれもあり、顔を見るのも嫌なのもあり、将来を思うとどうにかしたほうがいいと思いつつも手をこまねいている状態でしかなかった。
だがエルヴィンがまだ何もしないうちから、ラヴィニアのほうで勝手に倒れてくれた。遡る前にはあり得なかった出来事だ。
「うん」
「そこにある書類たちって、何?」
「……後回しにしても問題ない案件かそうでないかを仕分けてる」
「なるほど?」
のわりに無造作に置いてるな、と全然なるほどでないものの頷いた。
「えっと、機密情報とか重要書類とかじゃないなら、ちょっと見ても構わないだろうか」
「? ああ、それらは別に問題ないが」
「よかった。ありがとう」
エルヴィンは手を伸ばし、少々緊張しながらヒュープナー家の名前が見えた書類を手に取った。
「確認していくのを手伝ってくれるのか?」
ニルスはそう言いながらエルヴィンの指先に触れてきた。ニスルにしては珍しい行為の気がするためか、変に心臓が鼓動したが下手をすればまた勝手に感情を読んでしまうため、エルヴィンは笑いながらその手を軽く払った。
「はは。別に手伝ってもいいけど」
ニルスは払われた手を見ている。なんとなく「ごめん」と思いつつ、エルヴィンは手にした書類に目を通した。
領地の取引関連の内容か。確かにただの報告書って感じだし、後回しにされそうだな。というか基本流されそうな書類だ。
だが見ていると違和感を覚える。数字に強いわけではないが、記載されている取引の際に発生したであろう入出金に関わる数字がどうも不自然な気がする。多分、これも今のようにじっと見ていなければそのまま気づかず流れていたかもしれない程度だけに、エルヴィンは自信なくニルスに尋ねた。
「これさ、ちょっと数字、不自然じゃないだろうか」
ニルスは無言のまま受け取り、書類がどの書類かに気づくと「これは……リックによく見ておいてくれと言われていた内容だな……」と呟いた。
「リック王子が?」
「ああ……後回しの書類に紛れてたのか。うっかりしていた……」
確かに父親の仕事を手伝うとはいえ、いくつかの案件を請け負っているとこういったものに紛れた書類のことは流れてしまいそうだ。
そう思えば俺も父上に仕事を頼まれてよかったのかもな。それもリック王子絡み、か。留学しておきながら絡んでくるなあ。
内心苦笑していると、いつも無反応に近いニルスが書類を持ったまま立ち上がった。
「ニルス?」
「エルヴィンの言う通りだ。おそらく不正がある」
「えっ」
「まず父上に報告してくる」
「わ、わかった」
不正だって?
ニルスが出て行ったのをポカンとして眺めながらエルヴィンは少し首を傾げた。
遡る前にはなかったことだ。ヒュープナー家の名前がこういったことで上がることは確かになかった。一体どういうことなのだろう。色々と状況が変わったとはいえ、ヒュープナー家までもがガラッと変わることはあるのだろうか。それとも遡る前にも不正はあったものの、単に発覚していなかっただけだろうか。
……それは……あり得るな。
エルヴィンとヒュープナー家の間での直接的な関りはないが、エルヴィンの周りではずいぶん状況は変わっている。遡る前はニルスやニルスの父親といったウィスラー家と直接関わることがなかったが、今はこうして書類を持ってきたり一緒に茶を飲んだり、そして書類を見せてもらって違和感を覚えたりしていた。
ニルスも、わからないけどもしかしたら遡る前はリック王子の留学について行っていたのかもしれないし、そうすると仕事を山ほど抱えたニルスのお父さん、オッフェンブルク大公爵はヒュープナーの書類を見落としていたままだったかもしれない、よな……?
エルヴィンはぎゅっと自分の片手を握った。
ヒュープナー家では実際に不正を働いているようだった。エルヴィンが見つけた書類により調査することでどんどん埃が出てきたようだ。それらについてはニルスが調べる役割を請け負ったようだ。仕事が増え申し訳ないと思いつつも、ニルスなら間違いないと安心もできた。
国の存続に関わるような大きな不正ではなく、つまらない金の誤魔化しなどばかりだったのもあり、男爵という爵位はどうやら剥奪されなかったらしい。ただ、不正を正すだけでなく差し押さえや保釈金なども含めて諸々莫大な借金を抱える羽目になったヒュープナー家は没落するしかなかった。
もちろん、ラヴィニアも娯楽どころではなくなったのだろう。姿を見かけることは全くなくなったとエルヴィンはニルスから聞いた。
その後、膨大な負債を払いきれなくなった男爵家は結局爵位を返上し、姿を消したようだ。どうなったかはわからないが、どこかの国で庶民として暮らしているのかもしれない。ただ、ラヴィニアを思うと庶民としてやっていけるとは思えなく、実際のところ本当にどうなったかはエルヴィンにはわからない。
これは偶然なのだろうか。
正直、もろ手を挙げて大喜びしてもいい展開だが、エルヴィンとしては素直に踊って喜べない。
確かにあまりにも憎い相手だった。具合さえ悪くなるほど、姿を少しでも見るのも嫌だった。
とはいえ、今のラヴィニアは王族の男たちを狙っているとはいえ何かをやらかしたわけではない。そしてエルヴィンとしてはそれもあり、顔を見るのも嫌なのもあり、将来を思うとどうにかしたほうがいいと思いつつも手をこまねいている状態でしかなかった。
だがエルヴィンがまだ何もしないうちから、ラヴィニアのほうで勝手に倒れてくれた。遡る前にはあり得なかった出来事だ。
5
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説


新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる