彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
31 / 193

31話

しおりを挟む
 誕生日も終え、気づけばエルヴィンは十七歳を過ぎていた。何というか、一年一年過ぎるのが早い気がする。年配の人がそう言うのを聞いたりするが、エルヴィンはまだ成人して一年しか経っていない。

 もしかしてあれかな、二度目だからかな。

 二十七歳で一度人生を終えた身としては、九歳の頃から今のところ人生を二度送っていることになる。それに二十七歳だったあの時からある意味八年経ったということは考え方によれば外見は十七歳でもエルヴィンの意識としては三十代半ばとも考えられるのではないだろうか。

 のわりに俺、全然大人って感じじゃないけどもさ。

 二度目だからか、今のところ日常生活は結構スムーズに過ごせている。騎士としても貴族としても兄としても息子としても順風満帆ではないだろうか。おまけに以前はいなかった友人にも恵まれている。あとは無事、ラウラが十八歳を過ぎることを祈るくらいだろうか。そしてデニスが今の婚約者と結婚し、その後仲睦まじく過ごしてくれたら最高だろう。
 そのためにもラヴィニアに対して油断できないが、できればもう姿を見るのも嫌なエルヴィンとしてはいまだにニルスに頼るしかない。
 そう思っていたある日、エルヴィンは父親に頼まれてニルスの父親であるデトレフの執務室を訪れていた。そして預かってきた書類をデトレフに渡す。

「確かに。預かっておくよ。ありがとう、エルヴィン」
「いえ」

 騎士団長であるエルヴィンの父親、ウーヴェは先日、休暇中で国に一時帰国していたリックから軍関連の書類を渡されていた。リックが留学中に国外で見聞し参考にした軍関連の内容が記載された書類のため、王の騎士団長であるウーヴェが預かったのだが、内容を確認すると中に国政関連の書類が紛れていることに気づいたらしい。
 ウーヴェは「あのしっかりしたリック殿下が珍しい」と言いながら、エルヴィンにその国政関係の書類をラフェド王の補佐をしているデトレフに預けるよう頼んできた。そしてそれを渡すために今、執務室を訪れていた。

「手数をかけたね」
「とんでもない」
「あと、いつも私の息子と仲よくしてくれてありがとう」
「むしろ俺のほうこそ、ニルスと仲よくしてもらっています。色々助けてもらったりもしていて」
「ふ。この不精者がな」

 デトレフがおかしそうに笑って、部屋の少し離れたところにいるニルスを見る。ニルスは無言のまま茶の準備をしている。

「とりあえずこの書類を担当の官僚のところへ持っていこう」
「あ、でしたら俺が」
「いやいや。国政関連の内容だし、私が持って行ったほうがいいしな。エルヴィンはよかったらここでもう少しゆっくりしていってくれ」

 デトレフはにっこりと笑うと執務室を出ていった。ニルスの父親だけに顔は似ているのだが、いかんせん表情の変化が断然豊富で、エルヴィンは思わずデトレフに見とれてしまっていた。

「……中年が好きなのか」
「は……、いやいや、何でそうなるんだ。でもニルスのお父さん、かっこいいよな。すごく美形おじさまって感じ」

 というかニルスが老けたらデトレフのようになるのだろうか。とはいえ年を取ってもニルスはあまり表情が出ないままの気はする。そう思うとニルスに似たデトレフが微笑む姿が何だかレアな気がしてつい見とれていたようだ。

「綺麗なものとかかっこいいものって見とれちゃうだろ?」
「……自分の父親だから」

 だから見とれることがない、という意味だろうか。確かにエルヴィンもウーヴェがいくら尊敬できる父親でも見とれることはないだろう。

「まあ、そうだな」
「とりあえずがんばって老けるようにする」
「いや、なんでだよ。ニルスってたまによくわからないな」

 ははは、と笑いながらニルスを見るが、少なくとも冗談を言っている顔ではない。ただ、基本的にいつも同じ表情をしているのでなんとも言えない。
 ブローチをつけてはいるので触れたら今のよくわからない冗談らしき言葉の意味もわかるのかもしれないが、そういう目的のためにあえて触れることはしないでいようと思っているため、エルヴィンはとりあえず「じゃあ……」と執務室を出ようとした。

「茶を淹れた。飲んでいってくれ」
「そういえば準備してたな。おじさんにかと思ってたけど……俺に?」
「ああ」
「ありがとう。じゃあ呼ばれようかな」

 使用人に淹れさせたのではなくニルスが自ら淹れてくれたのなら飲まなければ嘘だ。
 ソファーへ移動し、茶を飲む。美味しい。ニルスもそばに座り、同じく茶を飲んでいる。特に会話はないが、幼馴染としてずっといる相手だからだろうか、何だか落ち着く。なんならこのままずっとぼんやり二人で茶を飲みたい気持ちにさえなる。

 って、俺はじいさんかよ。

 年寄りでなければもしくは──

 あれ? もしくは、何だ?

 首を傾げていると、ため息置かれていた書類に目がいった。いくつもの無造作に置かれている書類の中に、嫌いだからだろうか、それとも普段から気にしているからだろうか、ヒュープナー家の名前が目に入ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...