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28話
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あの後エルヴィンは気分が悪くなり、ニルスに付き添ってもらって控室として準備されている部屋まで連れてきてもらった。
情けないとは思うが、まともに立っていられないくらいに怒りと悲しみと憎しみでどうにかなりそうだった。ラヴィニアにだけは、会うのではなかったと心底後悔した。
今のラヴィニアはまだ何もしていない。例え遡る前にあれほどのことをしていても、今それを断罪するわけにはいかない。
「水を……」
「うん。ありがとうニルス。でもここで少し休んでたら大丈夫だから、ニルスは会場へ戻って」
ニルスもパーティーはあまり好きそうではないが、それでもせっかく出席したのなら楽しんで欲しい。ソファーに座っていたエルヴィンがなんとか笑みを作ってニルスを見上げると首を振ってきた。
「大丈夫だって、ほんとに」
「……俺がいると休めない、か」
「いや……ああ、うん、そうかもだな。ちょっと座ったまま居眠りするよ。だから戻って」
物静かなニルスが邪魔になることなどない。遡ってからのエルヴィンはずっと昔から親しくしてきたのだ、何も喋らなくてもニルスといて落ち着かないなんてこともない。
むしろ落ち着くよな。今だってニルスにいてもらってよかったと思ってるし。
だがいくら親しい友人であっても迷惑をかけることは落ち着かない。エルヴィンが深くソファーに座りなおすとニルスは頷き「また様子を見に来る」と言って部屋から出ていった。それを見届け、エルヴィンは深くため息をつく。
これほどラヴィニアを憎んでいるとはな。
当たり前と言えば当たり前だが、デニスが案外大丈夫だったからラヴィニアも同じようにとらえていた。
これでまたラヴィニアがデニスとそういう関係になってしまったらと思うと、想像するだけでも吐きそうな気分になる。いくらラウラが今のデニスと婚約関係にないとはいえ、将来ラウラがデニスと結婚する可能性がかなり低くなったとはいえ、耐え難い。今の婚約者の令嬢がどんな人かさえよく知らないが、だからといってラウラじゃないからどうなってもいいとは思えないし、どのみちこのマヴァリージ王国の将来が危ぶまれる。どうにかしてそれは阻止したい。
ラヴィニアがデニスとくっつかなければ問題ないのではないだろうか。とはいえもう一人の王子であるリックとくっつくのも、いくらリックがしっかりしていても安心はできない気がする。サヴェージ家からかけ離れたところにいて欲しい。
なら、王子だけでなくおそらく家柄が大公爵家であり王族の血を引き、本人もすでに侯爵の身分を持つニルスにも目をつけているはずのラヴィニアとニルスがくっつけばどうだろうか。
そう考えてみたが、とてつもなくモヤモヤとする。ニルスならばいくら身分が高い上に王族の血を引くと言えども、さすがにマヴァリージ王国の将来まで傾くほどではないのではと思えるというのに。
安パイじゃないか。ラウラは不幸にならない。今のデニス王子の婚約者も不幸にならない。マヴァリージも傾かない。なのに何でこんなモヤつくんだ。
ああ、ニルスみたいないいやつにあの悪女を押し付けるからか?
だが遡る前、ラヴィニアと一緒になったデニスがそれを後悔している様子はなかった。むしろますます夢中になっていったからこそ、どんどんマヴァリージ王国は駄目になっていったのではないだろうか。ということは金や身分やそういった諸々目当てであったとしても、少なくともラヴィニアは相手の男にだけは悪くないどころかいい女だったということではないだろうか。憶測でしかないが。
俺は大嫌いだけど、でも見た目は確かにいい女なんだろうよ。大嫌いだけどな俺は。
だとしたら王子が駄目でも王族であり将来有望すぎるニルス相手ならラヴィニアはきっとニルスにだけは悪女とならないはずだ。
だろ?
エルヴィンは自分に言い聞かせてみるが、それでもモヤモヤするどころかニルスとラヴィニアがくっつくのは嫌だと先ほどよりも明確に思った。
まあ、そうだわな。いくらニルスにとってもいい女になるかもしれないとしても、自分が吐き気するほど嫌いな女と、自分の大切な友人がくっつけばいいなんて、到底思えないわな。そういうことだよな。
「……はぁ」
ため息をつき、エルヴィンは深くもたれたソファーに顔を押しつけた。
ニルスに会場へ戻ってもらうために「居眠りする」と言ったが、本当に少し眠ろうと思った。寝たら少しはすっきりするだろう。
今のエルヴィンにできることはあまりない。身内が絡むことなら、例えば遡る前と違って弟妹とともに今度は社交的になってみる、だのやりようもあるし、実際それでずいぶん変わったと思える。だがラヴィニアやデニスに関してはエルヴィンが何かして影響を与えるといったことは難しい。
また、ラヴィニアと接触すること自体、今のエルヴィンにはきつい。ましてやラヴィニアが王子たちやニルスと恋愛関係にならないよう例えば他に誰かに興味を持たせるといった方法にも無理がある。
……ニルスが言ってくれた「あまりミス・ラヴィニアが殿下やリックに近づくことのないよう俺も気にしていよう」という言葉に頼るしかないよな。
やり直し人生ではニルスにかなり頼っている気がする。エルヴィンは「ごめん、ニルス……」と呟くように謝りつつ、眠りに陥った。
情けないとは思うが、まともに立っていられないくらいに怒りと悲しみと憎しみでどうにかなりそうだった。ラヴィニアにだけは、会うのではなかったと心底後悔した。
今のラヴィニアはまだ何もしていない。例え遡る前にあれほどのことをしていても、今それを断罪するわけにはいかない。
「水を……」
「うん。ありがとうニルス。でもここで少し休んでたら大丈夫だから、ニルスは会場へ戻って」
ニルスもパーティーはあまり好きそうではないが、それでもせっかく出席したのなら楽しんで欲しい。ソファーに座っていたエルヴィンがなんとか笑みを作ってニルスを見上げると首を振ってきた。
「大丈夫だって、ほんとに」
「……俺がいると休めない、か」
「いや……ああ、うん、そうかもだな。ちょっと座ったまま居眠りするよ。だから戻って」
物静かなニルスが邪魔になることなどない。遡ってからのエルヴィンはずっと昔から親しくしてきたのだ、何も喋らなくてもニルスといて落ち着かないなんてこともない。
むしろ落ち着くよな。今だってニルスにいてもらってよかったと思ってるし。
だがいくら親しい友人であっても迷惑をかけることは落ち着かない。エルヴィンが深くソファーに座りなおすとニルスは頷き「また様子を見に来る」と言って部屋から出ていった。それを見届け、エルヴィンは深くため息をつく。
これほどラヴィニアを憎んでいるとはな。
当たり前と言えば当たり前だが、デニスが案外大丈夫だったからラヴィニアも同じようにとらえていた。
これでまたラヴィニアがデニスとそういう関係になってしまったらと思うと、想像するだけでも吐きそうな気分になる。いくらラウラが今のデニスと婚約関係にないとはいえ、将来ラウラがデニスと結婚する可能性がかなり低くなったとはいえ、耐え難い。今の婚約者の令嬢がどんな人かさえよく知らないが、だからといってラウラじゃないからどうなってもいいとは思えないし、どのみちこのマヴァリージ王国の将来が危ぶまれる。どうにかしてそれは阻止したい。
ラヴィニアがデニスとくっつかなければ問題ないのではないだろうか。とはいえもう一人の王子であるリックとくっつくのも、いくらリックがしっかりしていても安心はできない気がする。サヴェージ家からかけ離れたところにいて欲しい。
なら、王子だけでなくおそらく家柄が大公爵家であり王族の血を引き、本人もすでに侯爵の身分を持つニルスにも目をつけているはずのラヴィニアとニルスがくっつけばどうだろうか。
そう考えてみたが、とてつもなくモヤモヤとする。ニルスならばいくら身分が高い上に王族の血を引くと言えども、さすがにマヴァリージ王国の将来まで傾くほどではないのではと思えるというのに。
安パイじゃないか。ラウラは不幸にならない。今のデニス王子の婚約者も不幸にならない。マヴァリージも傾かない。なのに何でこんなモヤつくんだ。
ああ、ニルスみたいないいやつにあの悪女を押し付けるからか?
だが遡る前、ラヴィニアと一緒になったデニスがそれを後悔している様子はなかった。むしろますます夢中になっていったからこそ、どんどんマヴァリージ王国は駄目になっていったのではないだろうか。ということは金や身分やそういった諸々目当てであったとしても、少なくともラヴィニアは相手の男にだけは悪くないどころかいい女だったということではないだろうか。憶測でしかないが。
俺は大嫌いだけど、でも見た目は確かにいい女なんだろうよ。大嫌いだけどな俺は。
だとしたら王子が駄目でも王族であり将来有望すぎるニルス相手ならラヴィニアはきっとニルスにだけは悪女とならないはずだ。
だろ?
エルヴィンは自分に言い聞かせてみるが、それでもモヤモヤするどころかニルスとラヴィニアがくっつくのは嫌だと先ほどよりも明確に思った。
まあ、そうだわな。いくらニルスにとってもいい女になるかもしれないとしても、自分が吐き気するほど嫌いな女と、自分の大切な友人がくっつけばいいなんて、到底思えないわな。そういうことだよな。
「……はぁ」
ため息をつき、エルヴィンは深くもたれたソファーに顔を押しつけた。
ニルスに会場へ戻ってもらうために「居眠りする」と言ったが、本当に少し眠ろうと思った。寝たら少しはすっきりするだろう。
今のエルヴィンにできることはあまりない。身内が絡むことなら、例えば遡る前と違って弟妹とともに今度は社交的になってみる、だのやりようもあるし、実際それでずいぶん変わったと思える。だがラヴィニアやデニスに関してはエルヴィンが何かして影響を与えるといったことは難しい。
また、ラヴィニアと接触すること自体、今のエルヴィンにはきつい。ましてやラヴィニアが王子たちやニルスと恋愛関係にならないよう例えば他に誰かに興味を持たせるといった方法にも無理がある。
……ニルスが言ってくれた「あまりミス・ラヴィニアが殿下やリックに近づくことのないよう俺も気にしていよう」という言葉に頼るしかないよな。
やり直し人生ではニルスにかなり頼っている気がする。エルヴィンは「ごめん、ニルス……」と呟くように謝りつつ、眠りに陥った。
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