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26話
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嘘だろ、とエルヴィンは頭を抱えていた。
ラヴィニアのことを聞いたのはたまたまだった。騎士として王城で警備を兼ねて訓練をしていた時に仲間が話していたのだ。
「お前、カイセルヘルム卿と親しかったよな」
特に会話に参加していなかったのだが、不意に聞かれてエルヴィンは首を傾げた。
「ニルス? ああ。どうかしたのか」
「この間のパーティーで我らがミス・ラヴィニアと卿がかなり親密そうだったらしくてな」
「そうそう。俺、出てたんだけどさ、ほぼずっと一緒だったんじゃないかな」
「まあカイセルヘルム卿なら仕方ないと思えるけどさー、ミス・ラヴィニアは男爵令嬢だし俺でも手が届くかなって」
「あのゴージャスな容姿にお前は届かないよ」
「うるさい、それ言うならお前もだろ」
「そうそう、男爵令嬢と言えばミス・ヘレネが……」
仲間たちの話は途中からエルヴィンの耳には入ってなかった。
ラヴィニアがニルスに近づいていたって……っ?
気づけばニルスの屋敷まで馬を走らせていた。そして突然の訪問に驚いているのであろうニルスに「ニルス……! お前、この間のパーティーでラヴィニアに、いや、ミス・ラヴィニアに言い寄られてたって……本当か!」とまるですがりつく勢いで聞いていた。
「え? あ、いや、言い寄られてた、というか……」
『一体どうしたって言うんだ、こんなに青ざめ……』
気づけばニルスの両腕を鷲掴みにしていたようで、心の声も聞こえてきた。とりあえず二重音声は混乱しそうなのでエルヴィンは慌てて手を離した。
「というか……っ?」
というか、何なのだ。ハラハラしながら聞くと「……デニスやリックについて聞かれてた気が」とニルスが答えてきた。
「ああああ神よ……!」
流れを変えても変えられないものはあるのだろうか。それとも根本的なことは変えられず、同じ未来をたどるのだろうか。もしくは変わってはいるもののラヴィニアの執念的なものが強くて今回も変わらず王子を狙っているだけだろうか。
どういうことなんだ。神よ。あなたが俺にチャンスを与えてくれるため、時を遡らせてくれたのではないのか。努力しても変わらないものは変わらないならもういっそはっきりそう言ってくれ。
もしくは神の仕業ではなく悪魔がエルヴィンを期待させた上で結局同じ未来が待ち受けていると思い知らせ、さらにどん底へ突き落そうとしているのだろうか。
クソ、基本的に信心深くないせいか? 今日から毎日教会へ通えば何か変わるのか?
とはいえ現実主義でもあるだけに、これらの考えには少々違和感もある。
あれだ、エルヴィン・アルスラン。ラヴィニアの執念が強いだけだ。落ち着け、俺。婚約者が変わってもラヴィニアが変わっていないだけだ。そうだろ? そう考えると別に驚くことはない。ラヴィニアが変わっていないだけ。自然じゃないか。
そう考えると多少落ち着いてきた。そして気づく。
ニルス、すごく困惑してるな……。
またやらかしてしまった。いきなり約束もなく屋敷に押しかけていきなりお互い認識のないはずの女性について聞いたかと思うと「神よ」と叫ぶ男。
そろそろ俺、ニルスによって病院かそれこそ教会へ連れ込まれても文句言えないだろうな。
治療もしくは悪魔祓いされてもおかしくない。だが今のところニルスは昔から変わらずエルヴィンの友人でいてくれている。
「あー……、えっと。ごめん」
「いや……、どうした」
ほんと、どうした、だよな……!
「いやほら、ミス・ラヴィニアって何ていうか、えっと、あれだ、扇情的な女性だし……」
取り繕うにしてもあの女を上品な言い方で持ち上げたくないんだけどな。
「扇情的……」
「だろ? 顔とか体つきとか。で、ほら、デニス殿下は正式に婚約したばかりだし、あまりそういう女性がチラチラしないほうがいいかなって」
「顔とか体つき……」
「え? うん」
「エルヴィンはミス・ラヴィニアが彼らに近づくのは嫌か」
そうだね、とてつもなく、めちゃくちゃ、心から、嫌だね!
「うん……だって、さ、えっと」
「いい。言いにくいなら。ミス・ラヴィニアを気にしているのかリックを気にしているのか、どちらにしても、わかった」
「……ん? リック?」
「あまりミス・ラヴィニアが殿下やリックに近づくことのないよう俺も気にしていよう」
「あ、うん。えっと、ありがとう、ニルス」
とりあえずホッとしてエルヴィンはニルスに笑いかけた。ニルスはただコクリと頷いてきた。
大丈夫、大丈夫だ。
仕事を抜け出していたため、また王城へ戻りながら、エルヴィンは自分に言い聞かせていた。
デニスの婚約パーティではひっそり影からデニスと婚約者である令嬢を見ていて安心したところだった。デニスが案外その令嬢を気に入っているようでホッとしたはずだ。ほんのり「この真面目そうな令嬢を気に入るなら何故遡る前のラウラにはあまり関心を寄せなかったんだ」と思いきり不満をぶつけたいなどと考えたりもしたが、以前のラウラは今のラウラと違って確かにおとなしすぎたのかもしれない。今回の婚約者もおしとやかそうではあるが、見た目に反してわりとはっきり、しっかりしてそうにも見える。きっとデニスにはそういう女性が合うのだろう。
そう思ったあの日から今までさほど月は経っていない。例えラヴィニアがチラチラしだしても、今回のデニスはちゃんと婚約者と結婚してその後もラヴィニアとそういう仲にはならない可能性は低くない。多分。
ラヴィニアのことを聞いたのはたまたまだった。騎士として王城で警備を兼ねて訓練をしていた時に仲間が話していたのだ。
「お前、カイセルヘルム卿と親しかったよな」
特に会話に参加していなかったのだが、不意に聞かれてエルヴィンは首を傾げた。
「ニルス? ああ。どうかしたのか」
「この間のパーティーで我らがミス・ラヴィニアと卿がかなり親密そうだったらしくてな」
「そうそう。俺、出てたんだけどさ、ほぼずっと一緒だったんじゃないかな」
「まあカイセルヘルム卿なら仕方ないと思えるけどさー、ミス・ラヴィニアは男爵令嬢だし俺でも手が届くかなって」
「あのゴージャスな容姿にお前は届かないよ」
「うるさい、それ言うならお前もだろ」
「そうそう、男爵令嬢と言えばミス・ヘレネが……」
仲間たちの話は途中からエルヴィンの耳には入ってなかった。
ラヴィニアがニルスに近づいていたって……っ?
気づけばニルスの屋敷まで馬を走らせていた。そして突然の訪問に驚いているのであろうニルスに「ニルス……! お前、この間のパーティーでラヴィニアに、いや、ミス・ラヴィニアに言い寄られてたって……本当か!」とまるですがりつく勢いで聞いていた。
「え? あ、いや、言い寄られてた、というか……」
『一体どうしたって言うんだ、こんなに青ざめ……』
気づけばニルスの両腕を鷲掴みにしていたようで、心の声も聞こえてきた。とりあえず二重音声は混乱しそうなのでエルヴィンは慌てて手を離した。
「というか……っ?」
というか、何なのだ。ハラハラしながら聞くと「……デニスやリックについて聞かれてた気が」とニルスが答えてきた。
「ああああ神よ……!」
流れを変えても変えられないものはあるのだろうか。それとも根本的なことは変えられず、同じ未来をたどるのだろうか。もしくは変わってはいるもののラヴィニアの執念的なものが強くて今回も変わらず王子を狙っているだけだろうか。
どういうことなんだ。神よ。あなたが俺にチャンスを与えてくれるため、時を遡らせてくれたのではないのか。努力しても変わらないものは変わらないならもういっそはっきりそう言ってくれ。
もしくは神の仕業ではなく悪魔がエルヴィンを期待させた上で結局同じ未来が待ち受けていると思い知らせ、さらにどん底へ突き落そうとしているのだろうか。
クソ、基本的に信心深くないせいか? 今日から毎日教会へ通えば何か変わるのか?
とはいえ現実主義でもあるだけに、これらの考えには少々違和感もある。
あれだ、エルヴィン・アルスラン。ラヴィニアの執念が強いだけだ。落ち着け、俺。婚約者が変わってもラヴィニアが変わっていないだけだ。そうだろ? そう考えると別に驚くことはない。ラヴィニアが変わっていないだけ。自然じゃないか。
そう考えると多少落ち着いてきた。そして気づく。
ニルス、すごく困惑してるな……。
またやらかしてしまった。いきなり約束もなく屋敷に押しかけていきなりお互い認識のないはずの女性について聞いたかと思うと「神よ」と叫ぶ男。
そろそろ俺、ニルスによって病院かそれこそ教会へ連れ込まれても文句言えないだろうな。
治療もしくは悪魔祓いされてもおかしくない。だが今のところニルスは昔から変わらずエルヴィンの友人でいてくれている。
「あー……、えっと。ごめん」
「いや……、どうした」
ほんと、どうした、だよな……!
「いやほら、ミス・ラヴィニアって何ていうか、えっと、あれだ、扇情的な女性だし……」
取り繕うにしてもあの女を上品な言い方で持ち上げたくないんだけどな。
「扇情的……」
「だろ? 顔とか体つきとか。で、ほら、デニス殿下は正式に婚約したばかりだし、あまりそういう女性がチラチラしないほうがいいかなって」
「顔とか体つき……」
「え? うん」
「エルヴィンはミス・ラヴィニアが彼らに近づくのは嫌か」
そうだね、とてつもなく、めちゃくちゃ、心から、嫌だね!
「うん……だって、さ、えっと」
「いい。言いにくいなら。ミス・ラヴィニアを気にしているのかリックを気にしているのか、どちらにしても、わかった」
「……ん? リック?」
「あまりミス・ラヴィニアが殿下やリックに近づくことのないよう俺も気にしていよう」
「あ、うん。えっと、ありがとう、ニルス」
とりあえずホッとしてエルヴィンはニルスに笑いかけた。ニルスはただコクリと頷いてきた。
大丈夫、大丈夫だ。
仕事を抜け出していたため、また王城へ戻りながら、エルヴィンは自分に言い聞かせていた。
デニスの婚約パーティではひっそり影からデニスと婚約者である令嬢を見ていて安心したところだった。デニスが案外その令嬢を気に入っているようでホッとしたはずだ。ほんのり「この真面目そうな令嬢を気に入るなら何故遡る前のラウラにはあまり関心を寄せなかったんだ」と思いきり不満をぶつけたいなどと考えたりもしたが、以前のラウラは今のラウラと違って確かにおとなしすぎたのかもしれない。今回の婚約者もおしとやかそうではあるが、見た目に反してわりとはっきり、しっかりしてそうにも見える。きっとデニスにはそういう女性が合うのだろう。
そう思ったあの日から今までさほど月は経っていない。例えラヴィニアがチラチラしだしても、今回のデニスはちゃんと婚約者と結婚してその後もラヴィニアとそういう仲にはならない可能性は低くない。多分。
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