彼は最後に微笑んだ

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20話

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 そもそも何故突然また声が聞こえたのだろうかと、まだ少し自分を居たたまれなく思いながらエルヴィンはそっと首を傾げた。
 誰に対しても、どうやっても聞こえなくなっていたはずだ。

 今、何か状況が変わったっけ?

 部屋に入った。だが今までも部屋に入ったり出たり入ったりと普通にしていたし屋内外問わず触れたら聞こえていたものが今度は聞こえなくなっていた。

 ……上着?

 いや、何でだよとエルヴィンは微妙な気持ちになる。上着を着ることで心の声が聞こえる男、エルヴィン。少々意味がわからない。
 とはいえ確かに聞こえていた時は今までも屋内外問わずこの上着を着ていたかもしれない。

 うーん……。

 首を傾げたところでふと上着につけているリックからもらったブローチが目に入ってきた。

「あ」
「……エルヴィン?」

 つい声に出てしまっていたようでまたニルスに怪訝そうな顔で見られた。むしろここのところエルヴィンはちょくちょくこんな調子だろうに、よく愛想もつかさず守ろうとしてくれているなと思う。

 それはさておきだな……まさか……このブローチ、か?

 エルヴィンはきゅっとニルスの腕をつかんだ。ニルスが少々ぴくりと反応したと同時に『本当にどうしたんだろう』という声を感じる。エルヴィンは気持ち頷くと、リックからもらったブローチを外し、それをテーブルに置いた。そしてまた同じようにニルスの腕をつかむ。

「……聞こえない」
「何がだ? あとそろそろ本当にわからない。どうしたんだ」
「悪い、ニルス。でもその、何でもないんだ」

 苦笑しつつ、エルヴィンはまたブローチを手にとった。そしてつけずに手にしたままニルスに触れる。

『全然わからないがエルヴィンが大丈夫ならいいし、かわいいから問題ないな』

 いや、だからかわいいって、何。

 懸命にも口に出さずに済ませられたものの、エルヴィンとしてもニルスと同じように、いや自分的にはそれ以上にニルスの言っていることの意味がわからない。
 ただ、今はとりあえずそれは置いておいて、これでわかった。ブローチだ。多分ブローチに仕込まれた魔法の一種なのだろう。
 だが心を読むなんて魔法、あったとしても相当高度な魔法ではないのだろうか。何故それを留学前のリックが使えるのか。もしかしてリックはエルヴィンが思ってる以上に魔力が強いのだろうか。

 精霊のエレメントがないこの国で生まれ育ってるのに?

 魔法を使うには魔力が必要だが、通常ならば人間には天然の魔力はない。ただ精霊の力を体内に魔力として取り込むことはある程度自然にできる。いわば精霊の力を借りて魔法を使っている。
 普通は体内に自然に取り込まれた人の魔力だと上手く魔法として発動するに至らないため、辺りに漂う精霊の力をさらに借りることになる。詠唱しなければならないのはそのためだ。魔法を使うたびに詠唱することで精霊に力を借りている。その際精霊のエレメントが宿っている土地ならば体内に蓄積する魔力もその分大きくなるし、魔法を使う時も力を借りやすいため威力が増す。
 逆に、精霊のエレメントが元々宿っていない土地だと体内に取り入れる魔力も少なくなるし、詠唱しても集まる力は弱くなる。
 マヴァリージ王国はいわば商売の国だ。流通が発達していることで国が潤っている。遠く離れた隣国では農作物が豊富に作られるらしいが、それは土の精霊による力だろう。他にも水の国や火の国と呼ばれる、美しい湖などによる資源が豊富な国や、活火山により温泉がたくさんある国など、それぞれ特徴ある国々がある。それらも精霊のエレメントの影響によると思われる。
 商売が発達していて十分に潤っているマヴァリージ王国も、基本的にエレメントがないことで不自由することはない。流通の過程で様々な魔道具が入ってくるが、その魔道具があれば魔力が低くても生活に困ることもない。
 ただ、魔法だけはどうしようもない。それこそ魔道具や魔法の札などで補うくらいだろうか。
 そんな中、リックのように比較的強い魔力を持つ人間もいる。それでも他国の魔術師に比べたら赤子のようなものだと思われる。

 ……リックはそんな中でも特別才能があるのかな。

 だからこそ留学したのだろうと考えると不思議でもなんでもないのだろう。

 だとしても何作ってくれてんだよあの王子サマは……。

 確かに魔除けでもあるのだろう。魔除けの魔術具を作るだけでも相当魔法の技術がいるはずだが、さらにつけてきたオマケがオマケのレベルではない。触れた者の強い感情が読める魔法など、少なくともマヴァリージ王国で使える者は他に誰もいないだろう。

「君のためにがんばったんだよ。いいからこれ、つけてて。綺麗でしょ。魔除けだよ。お守り。幼馴染の君につけてもらいたいんだ。毎日ちゃんとつけててね」

 リック……。

「毎日ちゃんとつけててね」

 お前……絶対留学先で俺の状態想像して笑ってるだろ……。

 馬鹿正直に毎日つけていた。というかつけたままの上着を着ていた。エルヴィンとしてはため息しか出ない。

「それ、つけさせておくよう言われてる」

 二度目のため息をついたところでブローチに気づいてきたニルスが言ってきた。

「は?」
「魔除けらしい。俺だけじゃなくそのブローチもエルヴィンを守ってくれる、と」

 リック……。
 お前というやつは……。
 俺がいずれ気づいて外すだろうと見越して真面目なニルスまで利用していたなんて……。

 エルヴィンは頭を抱えた。
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