20 / 193
20話
しおりを挟む
そもそも何故突然また声が聞こえたのだろうかと、まだ少し自分を居たたまれなく思いながらエルヴィンはそっと首を傾げた。
誰に対しても、どうやっても聞こえなくなっていたはずだ。
今、何か状況が変わったっけ?
部屋に入った。だが今までも部屋に入ったり出たり入ったりと普通にしていたし屋内外問わず触れたら聞こえていたものが今度は聞こえなくなっていた。
……上着?
いや、何でだよとエルヴィンは微妙な気持ちになる。上着を着ることで心の声が聞こえる男、エルヴィン。少々意味がわからない。
とはいえ確かに聞こえていた時は今までも屋内外問わずこの上着を着ていたかもしれない。
うーん……。
首を傾げたところでふと上着につけているリックからもらったブローチが目に入ってきた。
「あ」
「……エルヴィン?」
つい声に出てしまっていたようでまたニルスに怪訝そうな顔で見られた。むしろここのところエルヴィンはちょくちょくこんな調子だろうに、よく愛想もつかさず守ろうとしてくれているなと思う。
それはさておきだな……まさか……このブローチ、か?
エルヴィンはきゅっとニルスの腕をつかんだ。ニルスが少々ぴくりと反応したと同時に『本当にどうしたんだろう』という声を感じる。エルヴィンは気持ち頷くと、リックからもらったブローチを外し、それをテーブルに置いた。そしてまた同じようにニルスの腕をつかむ。
「……聞こえない」
「何がだ? あとそろそろ本当にわからない。どうしたんだ」
「悪い、ニルス。でもその、何でもないんだ」
苦笑しつつ、エルヴィンはまたブローチを手にとった。そしてつけずに手にしたままニルスに触れる。
『全然わからないがエルヴィンが大丈夫ならいいし、かわいいから問題ないな』
いや、だからかわいいって、何。
懸命にも口に出さずに済ませられたものの、エルヴィンとしてもニルスと同じように、いや自分的にはそれ以上にニルスの言っていることの意味がわからない。
ただ、今はとりあえずそれは置いておいて、これでわかった。ブローチだ。多分ブローチに仕込まれた魔法の一種なのだろう。
だが心を読むなんて魔法、あったとしても相当高度な魔法ではないのだろうか。何故それを留学前のリックが使えるのか。もしかしてリックはエルヴィンが思ってる以上に魔力が強いのだろうか。
精霊のエレメントがないこの国で生まれ育ってるのに?
魔法を使うには魔力が必要だが、通常ならば人間には天然の魔力はない。ただ精霊の力を体内に魔力として取り込むことはある程度自然にできる。いわば精霊の力を借りて魔法を使っている。
普通は体内に自然に取り込まれた人の魔力だと上手く魔法として発動するに至らないため、辺りに漂う精霊の力をさらに借りることになる。詠唱しなければならないのはそのためだ。魔法を使うたびに詠唱することで精霊に力を借りている。その際精霊のエレメントが宿っている土地ならば体内に蓄積する魔力もその分大きくなるし、魔法を使う時も力を借りやすいため威力が増す。
逆に、精霊のエレメントが元々宿っていない土地だと体内に取り入れる魔力も少なくなるし、詠唱しても集まる力は弱くなる。
マヴァリージ王国はいわば商売の国だ。流通が発達していることで国が潤っている。遠く離れた隣国では農作物が豊富に作られるらしいが、それは土の精霊による力だろう。他にも水の国や火の国と呼ばれる、美しい湖などによる資源が豊富な国や、活火山により温泉がたくさんある国など、それぞれ特徴ある国々がある。それらも精霊のエレメントの影響によると思われる。
商売が発達していて十分に潤っているマヴァリージ王国も、基本的にエレメントがないことで不自由することはない。流通の過程で様々な魔道具が入ってくるが、その魔道具があれば魔力が低くても生活に困ることもない。
ただ、魔法だけはどうしようもない。それこそ魔道具や魔法の札などで補うくらいだろうか。
そんな中、リックのように比較的強い魔力を持つ人間もいる。それでも他国の魔術師に比べたら赤子のようなものだと思われる。
……リックはそんな中でも特別才能があるのかな。
だからこそ留学したのだろうと考えると不思議でもなんでもないのだろう。
だとしても何作ってくれてんだよあの王子サマは……。
確かに魔除けでもあるのだろう。魔除けの魔術具を作るだけでも相当魔法の技術がいるはずだが、さらにつけてきたオマケがオマケのレベルではない。触れた者の強い感情が読める魔法など、少なくともマヴァリージ王国で使える者は他に誰もいないだろう。
「君のためにがんばったんだよ。いいからこれ、つけてて。綺麗でしょ。魔除けだよ。お守り。幼馴染の君につけてもらいたいんだ。毎日ちゃんとつけててね」
リック……。
「毎日ちゃんとつけててね」
お前……絶対留学先で俺の状態想像して笑ってるだろ……。
馬鹿正直に毎日つけていた。というかつけたままの上着を着ていた。エルヴィンとしてはため息しか出ない。
「それ、つけさせておくよう言われてる」
二度目のため息をついたところでブローチに気づいてきたニルスが言ってきた。
「は?」
「魔除けらしい。俺だけじゃなくそのブローチもエルヴィンを守ってくれる、と」
リック……。
お前というやつは……。
俺がいずれ気づいて外すだろうと見越して真面目なニルスまで利用していたなんて……。
エルヴィンは頭を抱えた。
誰に対しても、どうやっても聞こえなくなっていたはずだ。
今、何か状況が変わったっけ?
部屋に入った。だが今までも部屋に入ったり出たり入ったりと普通にしていたし屋内外問わず触れたら聞こえていたものが今度は聞こえなくなっていた。
……上着?
いや、何でだよとエルヴィンは微妙な気持ちになる。上着を着ることで心の声が聞こえる男、エルヴィン。少々意味がわからない。
とはいえ確かに聞こえていた時は今までも屋内外問わずこの上着を着ていたかもしれない。
うーん……。
首を傾げたところでふと上着につけているリックからもらったブローチが目に入ってきた。
「あ」
「……エルヴィン?」
つい声に出てしまっていたようでまたニルスに怪訝そうな顔で見られた。むしろここのところエルヴィンはちょくちょくこんな調子だろうに、よく愛想もつかさず守ろうとしてくれているなと思う。
それはさておきだな……まさか……このブローチ、か?
エルヴィンはきゅっとニルスの腕をつかんだ。ニルスが少々ぴくりと反応したと同時に『本当にどうしたんだろう』という声を感じる。エルヴィンは気持ち頷くと、リックからもらったブローチを外し、それをテーブルに置いた。そしてまた同じようにニルスの腕をつかむ。
「……聞こえない」
「何がだ? あとそろそろ本当にわからない。どうしたんだ」
「悪い、ニルス。でもその、何でもないんだ」
苦笑しつつ、エルヴィンはまたブローチを手にとった。そしてつけずに手にしたままニルスに触れる。
『全然わからないがエルヴィンが大丈夫ならいいし、かわいいから問題ないな』
いや、だからかわいいって、何。
懸命にも口に出さずに済ませられたものの、エルヴィンとしてもニルスと同じように、いや自分的にはそれ以上にニルスの言っていることの意味がわからない。
ただ、今はとりあえずそれは置いておいて、これでわかった。ブローチだ。多分ブローチに仕込まれた魔法の一種なのだろう。
だが心を読むなんて魔法、あったとしても相当高度な魔法ではないのだろうか。何故それを留学前のリックが使えるのか。もしかしてリックはエルヴィンが思ってる以上に魔力が強いのだろうか。
精霊のエレメントがないこの国で生まれ育ってるのに?
魔法を使うには魔力が必要だが、通常ならば人間には天然の魔力はない。ただ精霊の力を体内に魔力として取り込むことはある程度自然にできる。いわば精霊の力を借りて魔法を使っている。
普通は体内に自然に取り込まれた人の魔力だと上手く魔法として発動するに至らないため、辺りに漂う精霊の力をさらに借りることになる。詠唱しなければならないのはそのためだ。魔法を使うたびに詠唱することで精霊に力を借りている。その際精霊のエレメントが宿っている土地ならば体内に蓄積する魔力もその分大きくなるし、魔法を使う時も力を借りやすいため威力が増す。
逆に、精霊のエレメントが元々宿っていない土地だと体内に取り入れる魔力も少なくなるし、詠唱しても集まる力は弱くなる。
マヴァリージ王国はいわば商売の国だ。流通が発達していることで国が潤っている。遠く離れた隣国では農作物が豊富に作られるらしいが、それは土の精霊による力だろう。他にも水の国や火の国と呼ばれる、美しい湖などによる資源が豊富な国や、活火山により温泉がたくさんある国など、それぞれ特徴ある国々がある。それらも精霊のエレメントの影響によると思われる。
商売が発達していて十分に潤っているマヴァリージ王国も、基本的にエレメントがないことで不自由することはない。流通の過程で様々な魔道具が入ってくるが、その魔道具があれば魔力が低くても生活に困ることもない。
ただ、魔法だけはどうしようもない。それこそ魔道具や魔法の札などで補うくらいだろうか。
そんな中、リックのように比較的強い魔力を持つ人間もいる。それでも他国の魔術師に比べたら赤子のようなものだと思われる。
……リックはそんな中でも特別才能があるのかな。
だからこそ留学したのだろうと考えると不思議でもなんでもないのだろう。
だとしても何作ってくれてんだよあの王子サマは……。
確かに魔除けでもあるのだろう。魔除けの魔術具を作るだけでも相当魔法の技術がいるはずだが、さらにつけてきたオマケがオマケのレベルではない。触れた者の強い感情が読める魔法など、少なくともマヴァリージ王国で使える者は他に誰もいないだろう。
「君のためにがんばったんだよ。いいからこれ、つけてて。綺麗でしょ。魔除けだよ。お守り。幼馴染の君につけてもらいたいんだ。毎日ちゃんとつけててね」
リック……。
「毎日ちゃんとつけててね」
お前……絶対留学先で俺の状態想像して笑ってるだろ……。
馬鹿正直に毎日つけていた。というかつけたままの上着を着ていた。エルヴィンとしてはため息しか出ない。
「それ、つけさせておくよう言われてる」
二度目のため息をついたところでブローチに気づいてきたニルスが言ってきた。
「は?」
「魔除けらしい。俺だけじゃなくそのブローチもエルヴィンを守ってくれる、と」
リック……。
お前というやつは……。
俺がいずれ気づいて外すだろうと見越して真面目なニルスまで利用していたなんて……。
エルヴィンは頭を抱えた。
5
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説


新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる