彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
19 / 193

19話

しおりを挟む
「俺も……何故かとかあまり、よくわからない」
「ああ、なるほど?」

 ちっともなるほどではないが、エルヴィンはとりあえず頷いた。おそらくニルスもリックから頼まれたとはいえ何故かちゃんと説明されていない、といったところだろうか。リックならあり得る。遡ってから知り合ってわかるようになったが、間違いなくよく喋るわりに肝心なことは言わないタイプだ。

「でも俺は守られる必要性を感じてないけど」

 少なくとも今は、とエルヴィンは首を傾げる。確かに遡る前は家族が皆死んでいき、エルヴィンも若くして死んだ。おそらくは殺された。だがそれを知っているのはエルヴィンだけだし、知っているエルヴィンですら今は別に守られなくとも問題ないとしか思えない。
 自分が令嬢だったならばここは守るように言ったリックもしくは言われたからとはいえ何も語らず守ろうとしているニルスにときめくところなのだろうか。それはわからないが、とりあえず残念ながらエルヴィンは令息だ。それも剣の腕にそこそこ自信のある騎士だ。ときめく余地はない。

「ニルスは疑問に思わなかったの?」
「思った、けど……」

 けど、なんだろうとエルヴィンはまた首を傾げた。やっぱりこういう時に心が読めたらなあとつい思ってしまう。

「俺、騎士だよ。守られるより守るのが仕事だけど」
「ああ」
「それに剣の腕もいいよ」
「ああ」
「俺らの国、マヴァリージも今のところ平和だ」
「ああ」
「おかげ様で兄弟仲もいいし権力争いなどもないよ」
「ああ。……ヴィリーはお前が大好きだな」

 全て「ああ」で終わらせられると思っていたら違ったようだ。

「まあ、ね。俺もヴィリー好きだし。ブラコンはお互い様だろうな」
「……そう、か」

 心なしか、悲しげに見えた。だが気のせいだろう。そもそも悲しげになる理由がない。今の流れに悲しくなるようなところはまずなかったはずだ。

「どうかしたのか、ニルス」
「いや」
「……、……あ。ひょっとしてヴィリーがお前に何か言った?」
「え?」

 エルヴィンの頭に「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」と言っていたヴィリーがまた過る。

「えっと、うちのヴィリーが何かニルスに失礼はしていないだろうか」
「……別に。それに失礼って何だ」
「ああいや、だって親しくさせてもらってはいるけど、ニルスの家は大公爵だしニルス自身もすでに侯爵だ。そんなニルスに何かその、無礼な言動をとっていないかなと」
「俺の家柄は関係ない」
「いや、そういうわけには」
「お前らは幼馴染だ。失礼とか無礼なんてこと、ない」
「……そうか。ありがとう、ニルス」
「……いや」
「でもそれはさておき、ヴィリーが変なこと言ったりしてない?」
「別に」
「ならいいけど。特に何も言われてないんだな?」
「ああ。あまりまとわりつくな、くらいだろうか」
 言われてるだろ……!
「……はぁ」

 思わずため息をつくとニルスが不思議そうに見てきた。そんな表情で見られるいわれはないと思いつつ、エルヴィンは話を戻すことにした。ニルスはヴィリーに対して無礼だと思っていないし怒っていないことにとりあえずよかったと思っておこう。

「とにかく、俺の身の回りに少なくとも今のところ守られるような危険はないよ。あと何かあっても俺は基本大抵のことに対応できると思うよ」

 大抵のことなら。ラヴィニアがろくでもない影響を振りまいたり国王となったデニスが家族を含めエルヴィンを絶望の淵に落とし込みアルスラン家を断絶してくる以外の大抵のことなら。

「ああ」
「だからさ、リックの命令に背けとは言わないけど、守ってくれなくていいしニルスは自分の仕事をしてくれ」
「してる」

 確かにな!

 ニルスからすれば仕えているリックの命を受けての行動だ。思いきり仕事の範疇だろう。

「じゃあ言いかえる。ニルスのしたいことをしてくれ」
「してる」

 どこが!

 やっぱり心が読める能力があると便利だよなあとしみじみしているとくしゃみが出た。

「日差しはいいが肌寒い。多分冷えたんだろう。中へ……、あと上着を着たほうがいい」
「あ、ああ。そうしよう」

 テラスから部屋へ戻ると待っていた執事がすでに上着を手に待っていた。エルヴィンは礼を言いながら執事に上着を着せてもらう。

「暖かいお茶を淹れなおさせましょう」
「ありがとう」

 執事が部屋を出ていくとエルヴィンはニルスをソファーへ促した。その際たまたま背中に触れたのだが、突然聞こえてきた。

『──だろうし風邪をひかなければいいが。多分俺より筋肉が少ない分寒さにも弱いのかもしれないしかわいいけど心配だか──』
「何でだよ……!」
「え……何、がだ」

 ニルスが驚いたようにエルヴィンを見てくる。またやってしまった、とエルヴィンは手で顔を覆いながら、このまま全身覆いつくして隠れてしまいたいと思った。

「悪い。その、何でもない」
「……熱はないのか」
「ないよ……」

 もし熱があったとしても、熱のせいだとしても普通にどう考えても不審者でしかないだろう。会話の流れでも何でもなく突然「何でだよ」と叫ぶ男。やばさしかない。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...