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19話
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「俺も……何故かとかあまり、よくわからない」
「ああ、なるほど?」
ちっともなるほどではないが、エルヴィンはとりあえず頷いた。おそらくニルスもリックから頼まれたとはいえ何故かちゃんと説明されていない、といったところだろうか。リックならあり得る。遡ってから知り合ってわかるようになったが、間違いなくよく喋るわりに肝心なことは言わないタイプだ。
「でも俺は守られる必要性を感じてないけど」
少なくとも今は、とエルヴィンは首を傾げる。確かに遡る前は家族が皆死んでいき、エルヴィンも若くして死んだ。おそらくは殺された。だがそれを知っているのはエルヴィンだけだし、知っているエルヴィンですら今は別に守られなくとも問題ないとしか思えない。
自分が令嬢だったならばここは守るように言ったリックもしくは言われたからとはいえ何も語らず守ろうとしているニルスにときめくところなのだろうか。それはわからないが、とりあえず残念ながらエルヴィンは令息だ。それも剣の腕にそこそこ自信のある騎士だ。ときめく余地はない。
「ニルスは疑問に思わなかったの?」
「思った、けど……」
けど、なんだろうとエルヴィンはまた首を傾げた。やっぱりこういう時に心が読めたらなあとつい思ってしまう。
「俺、騎士だよ。守られるより守るのが仕事だけど」
「ああ」
「それに剣の腕もいいよ」
「ああ」
「俺らの国、マヴァリージも今のところ平和だ」
「ああ」
「おかげ様で兄弟仲もいいし権力争いなどもないよ」
「ああ。……ヴィリーはお前が大好きだな」
全て「ああ」で終わらせられると思っていたら違ったようだ。
「まあ、ね。俺もヴィリー好きだし。ブラコンはお互い様だろうな」
「……そう、か」
心なしか、悲しげに見えた。だが気のせいだろう。そもそも悲しげになる理由がない。今の流れに悲しくなるようなところはまずなかったはずだ。
「どうかしたのか、ニルス」
「いや」
「……、……あ。ひょっとしてヴィリーがお前に何か言った?」
「え?」
エルヴィンの頭に「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」と言っていたヴィリーがまた過る。
「えっと、うちのヴィリーが何かニルスに失礼はしていないだろうか」
「……別に。それに失礼って何だ」
「ああいや、だって親しくさせてもらってはいるけど、ニルスの家は大公爵だしニルス自身もすでに侯爵だ。そんなニルスに何かその、無礼な言動をとっていないかなと」
「俺の家柄は関係ない」
「いや、そういうわけには」
「お前らは幼馴染だ。失礼とか無礼なんてこと、ない」
「……そうか。ありがとう、ニルス」
「……いや」
「でもそれはさておき、ヴィリーが変なこと言ったりしてない?」
「別に」
「ならいいけど。特に何も言われてないんだな?」
「ああ。あまりまとわりつくな、くらいだろうか」
言われてるだろ……!
「……はぁ」
思わずため息をつくとニルスが不思議そうに見てきた。そんな表情で見られるいわれはないと思いつつ、エルヴィンは話を戻すことにした。ニルスはヴィリーに対して無礼だと思っていないし怒っていないことにとりあえずよかったと思っておこう。
「とにかく、俺の身の回りに少なくとも今のところ守られるような危険はないよ。あと何かあっても俺は基本大抵のことに対応できると思うよ」
大抵のことなら。ラヴィニアがろくでもない影響を振りまいたり国王となったデニスが家族を含めエルヴィンを絶望の淵に落とし込みアルスラン家を断絶してくる以外の大抵のことなら。
「ああ」
「だからさ、リックの命令に背けとは言わないけど、守ってくれなくていいしニルスは自分の仕事をしてくれ」
「してる」
確かにな!
ニルスからすれば仕えているリックの命を受けての行動だ。思いきり仕事の範疇だろう。
「じゃあ言いかえる。ニルスのしたいことをしてくれ」
「してる」
どこが!
やっぱり心が読める能力があると便利だよなあとしみじみしているとくしゃみが出た。
「日差しはいいが肌寒い。多分冷えたんだろう。中へ……、あと上着を着たほうがいい」
「あ、ああ。そうしよう」
テラスから部屋へ戻ると待っていた執事がすでに上着を手に待っていた。エルヴィンは礼を言いながら執事に上着を着せてもらう。
「暖かいお茶を淹れなおさせましょう」
「ありがとう」
執事が部屋を出ていくとエルヴィンはニルスをソファーへ促した。その際たまたま背中に触れたのだが、突然聞こえてきた。
『──だろうし風邪をひかなければいいが。多分俺より筋肉が少ない分寒さにも弱いのかもしれないしかわいいけど心配だか──』
「何でだよ……!」
「え……何、がだ」
ニルスが驚いたようにエルヴィンを見てくる。またやってしまった、とエルヴィンは手で顔を覆いながら、このまま全身覆いつくして隠れてしまいたいと思った。
「悪い。その、何でもない」
「……熱はないのか」
「ないよ……」
もし熱があったとしても、熱のせいだとしても普通にどう考えても不審者でしかないだろう。会話の流れでも何でもなく突然「何でだよ」と叫ぶ男。やばさしかない。
「ああ、なるほど?」
ちっともなるほどではないが、エルヴィンはとりあえず頷いた。おそらくニルスもリックから頼まれたとはいえ何故かちゃんと説明されていない、といったところだろうか。リックならあり得る。遡ってから知り合ってわかるようになったが、間違いなくよく喋るわりに肝心なことは言わないタイプだ。
「でも俺は守られる必要性を感じてないけど」
少なくとも今は、とエルヴィンは首を傾げる。確かに遡る前は家族が皆死んでいき、エルヴィンも若くして死んだ。おそらくは殺された。だがそれを知っているのはエルヴィンだけだし、知っているエルヴィンですら今は別に守られなくとも問題ないとしか思えない。
自分が令嬢だったならばここは守るように言ったリックもしくは言われたからとはいえ何も語らず守ろうとしているニルスにときめくところなのだろうか。それはわからないが、とりあえず残念ながらエルヴィンは令息だ。それも剣の腕にそこそこ自信のある騎士だ。ときめく余地はない。
「ニルスは疑問に思わなかったの?」
「思った、けど……」
けど、なんだろうとエルヴィンはまた首を傾げた。やっぱりこういう時に心が読めたらなあとつい思ってしまう。
「俺、騎士だよ。守られるより守るのが仕事だけど」
「ああ」
「それに剣の腕もいいよ」
「ああ」
「俺らの国、マヴァリージも今のところ平和だ」
「ああ」
「おかげ様で兄弟仲もいいし権力争いなどもないよ」
「ああ。……ヴィリーはお前が大好きだな」
全て「ああ」で終わらせられると思っていたら違ったようだ。
「まあ、ね。俺もヴィリー好きだし。ブラコンはお互い様だろうな」
「……そう、か」
心なしか、悲しげに見えた。だが気のせいだろう。そもそも悲しげになる理由がない。今の流れに悲しくなるようなところはまずなかったはずだ。
「どうかしたのか、ニルス」
「いや」
「……、……あ。ひょっとしてヴィリーがお前に何か言った?」
「え?」
エルヴィンの頭に「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」と言っていたヴィリーがまた過る。
「えっと、うちのヴィリーが何かニルスに失礼はしていないだろうか」
「……別に。それに失礼って何だ」
「ああいや、だって親しくさせてもらってはいるけど、ニルスの家は大公爵だしニルス自身もすでに侯爵だ。そんなニルスに何かその、無礼な言動をとっていないかなと」
「俺の家柄は関係ない」
「いや、そういうわけには」
「お前らは幼馴染だ。失礼とか無礼なんてこと、ない」
「……そうか。ありがとう、ニルス」
「……いや」
「でもそれはさておき、ヴィリーが変なこと言ったりしてない?」
「別に」
「ならいいけど。特に何も言われてないんだな?」
「ああ。あまりまとわりつくな、くらいだろうか」
言われてるだろ……!
「……はぁ」
思わずため息をつくとニルスが不思議そうに見てきた。そんな表情で見られるいわれはないと思いつつ、エルヴィンは話を戻すことにした。ニルスはヴィリーに対して無礼だと思っていないし怒っていないことにとりあえずよかったと思っておこう。
「とにかく、俺の身の回りに少なくとも今のところ守られるような危険はないよ。あと何かあっても俺は基本大抵のことに対応できると思うよ」
大抵のことなら。ラヴィニアがろくでもない影響を振りまいたり国王となったデニスが家族を含めエルヴィンを絶望の淵に落とし込みアルスラン家を断絶してくる以外の大抵のことなら。
「ああ」
「だからさ、リックの命令に背けとは言わないけど、守ってくれなくていいしニルスは自分の仕事をしてくれ」
「してる」
確かにな!
ニルスからすれば仕えているリックの命を受けての行動だ。思いきり仕事の範疇だろう。
「じゃあ言いかえる。ニルスのしたいことをしてくれ」
「してる」
どこが!
やっぱり心が読める能力があると便利だよなあとしみじみしているとくしゃみが出た。
「日差しはいいが肌寒い。多分冷えたんだろう。中へ……、あと上着を着たほうがいい」
「あ、ああ。そうしよう」
テラスから部屋へ戻ると待っていた執事がすでに上着を手に待っていた。エルヴィンは礼を言いながら執事に上着を着せてもらう。
「暖かいお茶を淹れなおさせましょう」
「ありがとう」
執事が部屋を出ていくとエルヴィンはニルスをソファーへ促した。その際たまたま背中に触れたのだが、突然聞こえてきた。
『──だろうし風邪をひかなければいいが。多分俺より筋肉が少ない分寒さにも弱いのかもしれないしかわいいけど心配だか──』
「何でだよ……!」
「え……何、がだ」
ニルスが驚いたようにエルヴィンを見てくる。またやってしまった、とエルヴィンは手で顔を覆いながら、このまま全身覆いつくして隠れてしまいたいと思った。
「悪い。その、何でもない」
「……熱はないのか」
「ないよ……」
もし熱があったとしても、熱のせいだとしても普通にどう考えても不審者でしかないだろう。会話の流れでも何でもなく突然「何でだよ」と叫ぶ男。やばさしかない。
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