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18話
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エルヴィンが触れた場合ならばどうやらニルスに限らず、心の声は聞こえるようだ。
何度か別の人で試してみたところ、変わらず聞こえてきた。もちろんなるべく不自然ではない触れ方をしたつもりだし、一瞬だけなのでその相手の思考までもは読み取っていない。
あと新たにわかったことは、おそらくだが強い感情しかあまりちゃんと聞こえないということだ。ぼんやりとしている相手に触れた時はあまりに不明瞭で小さな雑音のような何かが過った気はしたがそれくらいで、明確な言葉どころか何らかのはっきりした音としてすら聞こえてこなかった。
ってことはニルスに触れるたびにあいつ、はっきりと考えていたってことか。……あんな意味のわからないことを、強く……?
少々微妙な顔をしながらエルヴィンはふとだんだん言語化できていない声になっていった時のことを思い出す。あれも少なくとも何かを強く思っているからこそ、明確な言葉になっていないものの聞こえてきたわけだ。
内容はさておき、あの寡黙なニルスがな?
思わず笑ってしまいそうだったが、考えなくともエルヴィンはかなり失礼なことをしていることになる。人の心を勝手に覗くなんて、自分がされたら絶対に嫌だ。
なるべく触れないようにしようと改めて思った。だがそういう時に限ってたまたま何らかの拍子で触れてしまったりするのはどういうわけなのだろう。そのたびにニルスの声が聞こえてくる。
『エルヴィンの手が服をつかんできた。かわいい』
いや、かわいくないだろ……? 俺を何だと思ってんだ……?
『資料渡す時に当たった。多分今日は今週の中で一番運のいい日だ』
いや、今日で今週終わるけど、一番……?
『落ちた葉が髪についてくれて俺は多分一生分の運を使った』
いや、髪についたりちょっと払っただけで一生分……?
本当に勝手に聞いてしまって申し訳ないと思う。あと一体どういうことなのだと思う。
やっぱりニルスは俺が好き、とか?
……、……うーん。……ないだろ。
普通に考えて、ない。だがそうなると意味が繋がらない。
……ま、いいか。少なくともニルスは俺に悪意はない。どういう意味かはさておき、好意的なのだろうと思う、少なくとも。
それだけで十分ではある。人が心底信じられなくなるような経験をしてのやり直し人生としては、それだけでもう十分安心できるというか、ニルスがニルスでよかったとさえ思えた。
とりあえずごめんな、ニルス。ほんとなるべく読まないようにするから。
改めて思った翌日の朝、たまたま寝ぼけていたエルヴィンは朝の支度の際にメイドの一人に軽くだが触れてしまった。やってしまった、と内心慌てつつそっと手を離すが違和感を覚えた。
……うん?
何だろうと思った後に気づいた。雑音を含め、何も聞こえてこなかった。
あれ?
ごめんと思いつつ、さりげなさを装って「悪い、そこのタイを取ってもらえるかな」と頼み、ネクタイを渡してもらう時にまた軽く相手に触れる。
……やっぱり。何も聞こえてこない。何で? 能力が突然なくなった、とか? 今日は比較的暖かいから、とか? いやいや、何だよそれ。
とはいえさすがにメイドだろうが何だろうが女性にベタベタと触れるわけにもいかない。下手をすれば変態主人だ。一旦諦めて支度を済ませ、エルヴィンはその後機会があるたび、主に男性対象で誰かに触れてみた。親しい相手ならばいっそもうあからさまにベタベタと触れてみる。だがやはり何も聞こえてこない。
やっぱり能力が消えたのか。
何故だろう。なるべく触れないようにしようと改めて決意したからだろうかと首を傾げているとニルスが訪ねてきたと報告を受けた。王宮などでばったり会う以外に、最近そういえばよくウチに来るような気がする。ふとヴィリーが「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」と言っていたことを思い出し、少し笑っているとニルスがやって来た。
「どうかしたのか?」
「ああ、いや。っていうか最近ニルス、よくやって来るよな? 何で?」
「……困るか?」
「まさか。全然困らないけど、どうかしたのかなって」
笑いかけながら、ついでに内心「悪いな」と思いつつエルヴィンはニルスの腕に触れた。だがやはり何も聞こえてこない。
これはやっぱり完全に能力、消えちゃったか。
消えるとわかっているならもう少し堪能してもよかったかもしれない、などといい加減なことを考えながらエルヴィンは立ち上がった。
「今日は暖かい。よかったらテラスに出ないか」
「ああ」
外へ出るとさすがに少々肌寒さを感じたが、日差しは心地いい。日の当たるテーブルにつくとメイドに茶を頼み、エルヴィンは改めてニルスを見た。
「で、何かあった、とか? いくらリックがいないからってニルスも暇なわけじゃないだろ。なのに友人に会いに来るにしても少々頻度が高い気がする。もちろん嫌じゃないし嬉しいよ。だけど気になるだろ」
「本当に、何かあったわけじゃない。それにこれはこれで俺の仕事だ」
「ニルスの? 何で」
「リックから言われている」
「……、……えっと、何を?」
こういう時こそ声が聞こえたら把握しやすかっただろうなとエルヴィンは調子のいいことを思った。待ってみたが続きがないのでとりあえず先を促す。
「……お前を守るよう?」
「いや、何で。それに何で疑問形?」
何度か別の人で試してみたところ、変わらず聞こえてきた。もちろんなるべく不自然ではない触れ方をしたつもりだし、一瞬だけなのでその相手の思考までもは読み取っていない。
あと新たにわかったことは、おそらくだが強い感情しかあまりちゃんと聞こえないということだ。ぼんやりとしている相手に触れた時はあまりに不明瞭で小さな雑音のような何かが過った気はしたがそれくらいで、明確な言葉どころか何らかのはっきりした音としてすら聞こえてこなかった。
ってことはニルスに触れるたびにあいつ、はっきりと考えていたってことか。……あんな意味のわからないことを、強く……?
少々微妙な顔をしながらエルヴィンはふとだんだん言語化できていない声になっていった時のことを思い出す。あれも少なくとも何かを強く思っているからこそ、明確な言葉になっていないものの聞こえてきたわけだ。
内容はさておき、あの寡黙なニルスがな?
思わず笑ってしまいそうだったが、考えなくともエルヴィンはかなり失礼なことをしていることになる。人の心を勝手に覗くなんて、自分がされたら絶対に嫌だ。
なるべく触れないようにしようと改めて思った。だがそういう時に限ってたまたま何らかの拍子で触れてしまったりするのはどういうわけなのだろう。そのたびにニルスの声が聞こえてくる。
『エルヴィンの手が服をつかんできた。かわいい』
いや、かわいくないだろ……? 俺を何だと思ってんだ……?
『資料渡す時に当たった。多分今日は今週の中で一番運のいい日だ』
いや、今日で今週終わるけど、一番……?
『落ちた葉が髪についてくれて俺は多分一生分の運を使った』
いや、髪についたりちょっと払っただけで一生分……?
本当に勝手に聞いてしまって申し訳ないと思う。あと一体どういうことなのだと思う。
やっぱりニルスは俺が好き、とか?
……、……うーん。……ないだろ。
普通に考えて、ない。だがそうなると意味が繋がらない。
……ま、いいか。少なくともニルスは俺に悪意はない。どういう意味かはさておき、好意的なのだろうと思う、少なくとも。
それだけで十分ではある。人が心底信じられなくなるような経験をしてのやり直し人生としては、それだけでもう十分安心できるというか、ニルスがニルスでよかったとさえ思えた。
とりあえずごめんな、ニルス。ほんとなるべく読まないようにするから。
改めて思った翌日の朝、たまたま寝ぼけていたエルヴィンは朝の支度の際にメイドの一人に軽くだが触れてしまった。やってしまった、と内心慌てつつそっと手を離すが違和感を覚えた。
……うん?
何だろうと思った後に気づいた。雑音を含め、何も聞こえてこなかった。
あれ?
ごめんと思いつつ、さりげなさを装って「悪い、そこのタイを取ってもらえるかな」と頼み、ネクタイを渡してもらう時にまた軽く相手に触れる。
……やっぱり。何も聞こえてこない。何で? 能力が突然なくなった、とか? 今日は比較的暖かいから、とか? いやいや、何だよそれ。
とはいえさすがにメイドだろうが何だろうが女性にベタベタと触れるわけにもいかない。下手をすれば変態主人だ。一旦諦めて支度を済ませ、エルヴィンはその後機会があるたび、主に男性対象で誰かに触れてみた。親しい相手ならばいっそもうあからさまにベタベタと触れてみる。だがやはり何も聞こえてこない。
やっぱり能力が消えたのか。
何故だろう。なるべく触れないようにしようと改めて決意したからだろうかと首を傾げているとニルスが訪ねてきたと報告を受けた。王宮などでばったり会う以外に、最近そういえばよくウチに来るような気がする。ふとヴィリーが「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」と言っていたことを思い出し、少し笑っているとニルスがやって来た。
「どうかしたのか?」
「ああ、いや。っていうか最近ニルス、よくやって来るよな? 何で?」
「……困るか?」
「まさか。全然困らないけど、どうかしたのかなって」
笑いかけながら、ついでに内心「悪いな」と思いつつエルヴィンはニルスの腕に触れた。だがやはり何も聞こえてこない。
これはやっぱり完全に能力、消えちゃったか。
消えるとわかっているならもう少し堪能してもよかったかもしれない、などといい加減なことを考えながらエルヴィンは立ち上がった。
「今日は暖かい。よかったらテラスに出ないか」
「ああ」
外へ出るとさすがに少々肌寒さを感じたが、日差しは心地いい。日の当たるテーブルにつくとメイドに茶を頼み、エルヴィンは改めてニルスを見た。
「で、何かあった、とか? いくらリックがいないからってニルスも暇なわけじゃないだろ。なのに友人に会いに来るにしても少々頻度が高い気がする。もちろん嫌じゃないし嬉しいよ。だけど気になるだろ」
「本当に、何かあったわけじゃない。それにこれはこれで俺の仕事だ」
「ニルスの? 何で」
「リックから言われている」
「……、……えっと、何を?」
こういう時こそ声が聞こえたら把握しやすかっただろうなとエルヴィンは調子のいいことを思った。待ってみたが続きがないのでとりあえず先を促す。
「……お前を守るよう?」
「いや、何で。それに何で疑問形?」
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