彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
17 / 193

17話

しおりを挟む
 間違いなくニルスはエルヴィンにドン引きしているのだろう。とてもわかる。エルヴィンとていくら友だちだとしてもわけのわからないことばかり言ってきたら戸惑うし、触れてくれとしつこければ何事かと引きもするだろう。
 だがニルスは何も言わずエルヴィンの手の甲にそっと触れてきた。

 優しい。

 そう思いながらも集中してみる。何に集中すればいいのかもわからないが、とにかく集中してみる。

 ……何も聞こえてこないな?

 やはり心の声が聞こえるなどと、勘違いも甚だしいのだろう。エルヴィンは自分がとても痛い人間のようにしか思えなかった。

「悪かった。ありがとうな、ニルス」
「いや……。これで何かわかるのか?」
「うーん、わかるというかわからなかったというか」

 煮え切らないエルヴィンに、ニルスは首を傾げている。

「いや、ほんとうん、ありがとう」

 ははは、と力なく笑いながらエルヴィンは手を離してきたニルスの同じく手の甲に軽く触れた。別に意味はなく、軽いジェスチャーのようなつもりだった。

『──けどでもそんなの別に気にならないしいっそもうひたすらずっと──』
「っ声ェェェ!」
「っえ?」

 ニルスからすれば突然意味のわからない奇声を発したとしか思えないだろう。現にとても驚いたような顔をエルヴィンに向けてきた。
 だがエルヴィンはそれどころではない。

 今、間違いなく聞こえてきたよな?
 何で?
 俺、何した?
 何したら聞こえてきた?

 何とも言えない顔でニルスに見られているのは承知しているが、エルヴィンはひたすら先ほどの流れを思い返していた。

 悪い、ありがとうって言って……そんで?
 いやそれだけだろ?
 え?
 んぁ、違う。えっと確か……そうだ、ぽんぽんって感じで俺、ニルスの手に触れた……!

 しかし先ほどはニルスに触れてもらったものの何も聞こえてこなかったはずだ。

 いや、待てよ……? あ、ひょっとして?

 エルヴィンはそっと手でニルスの手の甲に触れた。

『──とうに大丈夫なんだろうか。何か悩みでもあるとか……だったら打ち明けて欲しいけどでも俺が──』
「ああ……!」

 ニルスが今度はびくりとしてくる。いい加減そろそろ「医者に診てもらえ」と言われかねない。
 だがやはりエルヴィンはそれどころではなかった。正直少々興奮している。

 俺に突然湧いた能力?
 え、何、すごくないか?
 時間遡るだけでなく心が読めるの?
 っていうかこれ、俺の能力なのか?
 時間遡ったのだって俺の力とは思えないしな。多分神様だろ?
 じゃあこれも神様?
 ……いや、ほんとに?
 とにかく、俺が触れたら聞こえてくるんだ、これ多分。
 あ、待てよ? 俺が触れたらってのはわかったけど、どこに触れたらって限定あるのかな。

 ハッとなり、エルヴィンはニルスの今度は手のひらを握ってみた。

『本当に一体どうしたんだ、嬉しいを通り越して心配……』

 聞こえる。
 あとかなり心配させてしまっている。

 ごめんな、ニルス。でもあともう少しだけ調べさせて。

 手だけなのか、それとも別のところに触れても聞こえるのか確認してみたかった。
 エルヴィンはニルスの腕や肩、首筋、頬と触れていく。その度にニルスのおそらく心の声が聞こえてきたが、その声がどんどん不明瞭というか何を言っているのかわからなくなってきた。手から遠くなったからだろうかと思ったが、しかし聞こえにくいというよりは、ニルスそのものが心の中で言語化できていないといったほうが合っている気がする。

 言語化できないくらい動揺してるのかな……そろそろ俺がやばいやつだって思ってる、とか?

 本当にすまないという気持ちとともに「これは新しい発見か」とわくわくする気持ちもある。ニルスは、というか人は、だろうか。人は動揺が過ぎると心の中でも言語化できず何かを思っている。

 まあ、俺も絶えず言語化してるわけでもないもんな。

 そして言語化できていない思考は読み取れないということだ。

 というか、ニルス限定なのかな。それともやっぱり他の人の心も読めるのかな。

色々試してみたいが、いくら読めるからといって断りもなく他人の心の中を覗く行為には抵抗もある。

 ……後で一人だけ試してみよう。そうだ、知人じゃないほうがいいかもしれないな。ニルスだけなのか、知人だけなのか、誰でもなのかわかりやすい。

うんうんと頷いているとニルスがますます心配そうな顔で見てくる。

「あの、えっと、俺、大丈夫なんで」

 今までの流れを思い返してみるが、たくさん会話したような気になっているもののエルヴィンが手でニルスに触れてからニルスが実際発した声は「っえ?」だけのような気がする。心配そうな顔をしているが実際に「心配だ」とも「大丈夫か」とも言われていない。心の中では溢れんばかりの勢いで心配してくれていたが、言葉として発していない。

 これじゃあ俺が一人で奇声発した後勝手に「大丈夫なんで」と言い出してきた本当に総合失調みたいな怪しい男でしかない気がする……!

 また思わず「あああ」とでも発しそうになったが、その前にニルスが「そうか」とだけ返してきた。その顔を見るとわかりにくいが多分ホッとしたような表情をしているように見えた。

 優しい……!

 エルヴィンは心底思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...