彼は最後に微笑んだ

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16話

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 ヴィリーが何故かニルスに対して目の敵にするかのような態度を取る。これも遡る前にはなかったことだが、そもそもあの頃はまだニルスに会ったことさえなかった。
 多分存在は何となく知っていたはずではある。ただし何となくであって認識すらしていなかった。
 第二王子についている大公爵家の次男となれば普通ならば知らないはずがないのだが、エルヴィンが成人し社交界デビューも渋々果たした頃にはもうリックは留学していた。それもあって身分の違うニルスとも接触する機会はなかったのだろう。今知っているニルスの剣の腕前はかなりすごいが、それでもニルスは騎士ではない。以前も今もウィスラー家は家業以外では王族の補佐についている家系であり、余計会うこともなかったのかもしれない。
 遡る前も今もデニスに仕えている、ジェム・スラヴォナという伯爵家の次男は一応知っている。以前仮にも妹のラウラがデニスと結婚していた関係で顔を少しだけ合わせることもあったからだが、今は顔を合わせる機会がない。
 ジェムもリックとニルスのように、デニスの幼馴染のようだ。とはいえ今知っているリックとニルスのような気安いところは、遡る前の話だが見たことがなかった。

 今もそうなのかな。デニス王子とジェム・スラヴォナって。

 今日は王宮へ仕事で出向く日だったのもあり、出かける時にヴィリーから「ニルスがもしいても、あまり二人きりにならないでくださいね」とまた妙な念押しをされてきたエルヴィンだったが、ニルスを見かけると自分から声をかけた。

「やあ、ニルス。今日は何の仕事?」

 一応渡り廊下だし、個室で二人というわけでもないしこれくらい、ヴィリーとのあまり受ける気がしなかった約束を破ることにはならないだろうとニコニコ笑いかける。

「デニス王子殿下についているジェムの補佐だ」

 ニルスは相変わらず淡々とした言葉数の少ない様子で答えてきた。
 デニスと聞いてエルヴィンは少しドキリとする。もう構えてしまう癖がついているのかもしれない。王に仕える騎士の家系であるアルスラン家としたらあまり褒められたことではないのかもしれないが、エルヴィンとしては幸なことに今のところデニスと直接接する機会はない。だがそれでも名前を聞くだけでこれだ。

「そ、うか。でもニルス自身も侯爵だしリックに仕えている人でしょ。なのにジェムの補佐?」

 父親から侯爵を使用する許可を得ているということは、領地を与えられているということでもある。仕えているリックがここにいない今、ニルスは別に王宮で仕事をしなくとも自分の領地の仕事をしていればいいはずだ。

「近々デニス王子殿下の婚約パーティーが開かれるから」
「ああ、なるほど。それで皆忙しいわけだ」

 エルヴィンが納得して頷くと、ニルスもコクリと頷いてきた。
 デニスの婚約パーティ。

 そうか、婚約パーティか。

 これでまた一歩、ラウラの不幸が遠のいたわけだ。是非盛大に祝って欲しい。エルヴィンはさらにニコニコとした。
 それに気づいたニルスが怪訝そうな顔でエルヴィンを見てくる。

「ん? ああえっと、今日はいい天気だなあって」
「……ああ」

 そうか、と頷かれた。相変わらず、なんともわからない反応だ。

 今は別に声、聞こえてこないよな? なんだろう。やっぱ気のせいとか? それとも何か条件でもあんのかな。

 いくつか試してみようかなとエルヴィンはじっとニルスを見た。前にも確かじっと見た時があったような気がする。多分。
 エルヴィンも背は高い方だが、ニルスには適わない。少し見上げる形になるがそのままじっと見続ける。するとニルスが困ったように目をそらしてきた。あまり見られるのは好きでないのだろうか。とはいえエルヴィンも訳もなく人からじっと見られたら落ち着かない気もする。
 とりあえず見つめただけでは聞こえてこないようだ。

「ニルス」
「……?」

 今度は見つめた状態で名前も呼んでみた。ニルスが渋々といった様子でエルヴィンを見返してきた。だがやはり声は聞こえてこない。

「うーん」
「……さっきからどうした」
「いや、気にしないでくれ」
「……そうか」

 あ、そういえばニルスが触れてきた時に聞こえてきた気がしないでもないな?

 聞こえてきた時の状況を走馬灯の勢いで思い出そうとしていたエルヴィンはハッとなった。

「なあ、ニルス」
「うん」
「俺に触れてくれ」
「……え?」

 聞き返された。それも仕方ない。いきなり「触れてくれ」なんて言われたら多分エルヴィンも「は?」っとなるだろう。

「悪い、ちょっとした確認なんだ。どこでもいいから触ってみてくれないか」

 明らかにニルスは困っている。少し申し訳ないなと思いつつも、エルヴィンとしては明確にしておきたかった。

「頼む」
「……わかった」

 スッと手を上げると、ニルスはエルヴィンの肩にそっと触れてきた。構えていたエルヴィンだったが、何も聞こえてこない。

「……うーん。えっと、頭に触れてみて」
「うん」

 やはり聞こえてこない。
 違ったのだろうかと思ったエルヴィンの脳裏に「手が触れた」と言っていたニルスやグラスを渡した時のニルスが浮かんだ。

「いや、そうだ! 手!」
「?」
「手に触れてくれ……!」
「え?」

 エルヴィンの勢いに押されたのか、ニルスが引いたような顔で見てきた。
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