彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
16 / 193

16話

しおりを挟む
 ヴィリーが何故かニルスに対して目の敵にするかのような態度を取る。これも遡る前にはなかったことだが、そもそもあの頃はまだニルスに会ったことさえなかった。
 多分存在は何となく知っていたはずではある。ただし何となくであって認識すらしていなかった。
 第二王子についている大公爵家の次男となれば普通ならば知らないはずがないのだが、エルヴィンが成人し社交界デビューも渋々果たした頃にはもうリックは留学していた。それもあって身分の違うニルスとも接触する機会はなかったのだろう。今知っているニルスの剣の腕前はかなりすごいが、それでもニルスは騎士ではない。以前も今もウィスラー家は家業以外では王族の補佐についている家系であり、余計会うこともなかったのかもしれない。
 遡る前も今もデニスに仕えている、ジェム・スラヴォナという伯爵家の次男は一応知っている。以前仮にも妹のラウラがデニスと結婚していた関係で顔を少しだけ合わせることもあったからだが、今は顔を合わせる機会がない。
 ジェムもリックとニルスのように、デニスの幼馴染のようだ。とはいえ今知っているリックとニルスのような気安いところは、遡る前の話だが見たことがなかった。

 今もそうなのかな。デニス王子とジェム・スラヴォナって。

 今日は王宮へ仕事で出向く日だったのもあり、出かける時にヴィリーから「ニルスがもしいても、あまり二人きりにならないでくださいね」とまた妙な念押しをされてきたエルヴィンだったが、ニルスを見かけると自分から声をかけた。

「やあ、ニルス。今日は何の仕事?」

 一応渡り廊下だし、個室で二人というわけでもないしこれくらい、ヴィリーとのあまり受ける気がしなかった約束を破ることにはならないだろうとニコニコ笑いかける。

「デニス王子殿下についているジェムの補佐だ」

 ニルスは相変わらず淡々とした言葉数の少ない様子で答えてきた。
 デニスと聞いてエルヴィンは少しドキリとする。もう構えてしまう癖がついているのかもしれない。王に仕える騎士の家系であるアルスラン家としたらあまり褒められたことではないのかもしれないが、エルヴィンとしては幸なことに今のところデニスと直接接する機会はない。だがそれでも名前を聞くだけでこれだ。

「そ、うか。でもニルス自身も侯爵だしリックに仕えている人でしょ。なのにジェムの補佐?」

 父親から侯爵を使用する許可を得ているということは、領地を与えられているということでもある。仕えているリックがここにいない今、ニルスは別に王宮で仕事をしなくとも自分の領地の仕事をしていればいいはずだ。

「近々デニス王子殿下の婚約パーティーが開かれるから」
「ああ、なるほど。それで皆忙しいわけだ」

 エルヴィンが納得して頷くと、ニルスもコクリと頷いてきた。
 デニスの婚約パーティ。

 そうか、婚約パーティか。

 これでまた一歩、ラウラの不幸が遠のいたわけだ。是非盛大に祝って欲しい。エルヴィンはさらにニコニコとした。
 それに気づいたニルスが怪訝そうな顔でエルヴィンを見てくる。

「ん? ああえっと、今日はいい天気だなあって」
「……ああ」

 そうか、と頷かれた。相変わらず、なんともわからない反応だ。

 今は別に声、聞こえてこないよな? なんだろう。やっぱ気のせいとか? それとも何か条件でもあんのかな。

 いくつか試してみようかなとエルヴィンはじっとニルスを見た。前にも確かじっと見た時があったような気がする。多分。
 エルヴィンも背は高い方だが、ニルスには適わない。少し見上げる形になるがそのままじっと見続ける。するとニルスが困ったように目をそらしてきた。あまり見られるのは好きでないのだろうか。とはいえエルヴィンも訳もなく人からじっと見られたら落ち着かない気もする。
 とりあえず見つめただけでは聞こえてこないようだ。

「ニルス」
「……?」

 今度は見つめた状態で名前も呼んでみた。ニルスが渋々といった様子でエルヴィンを見返してきた。だがやはり声は聞こえてこない。

「うーん」
「……さっきからどうした」
「いや、気にしないでくれ」
「……そうか」

 あ、そういえばニルスが触れてきた時に聞こえてきた気がしないでもないな?

 聞こえてきた時の状況を走馬灯の勢いで思い出そうとしていたエルヴィンはハッとなった。

「なあ、ニルス」
「うん」
「俺に触れてくれ」
「……え?」

 聞き返された。それも仕方ない。いきなり「触れてくれ」なんて言われたら多分エルヴィンも「は?」っとなるだろう。

「悪い、ちょっとした確認なんだ。どこでもいいから触ってみてくれないか」

 明らかにニルスは困っている。少し申し訳ないなと思いつつも、エルヴィンとしては明確にしておきたかった。

「頼む」
「……わかった」

 スッと手を上げると、ニルスはエルヴィンの肩にそっと触れてきた。構えていたエルヴィンだったが、何も聞こえてこない。

「……うーん。えっと、頭に触れてみて」
「うん」

 やはり聞こえてこない。
 違ったのだろうかと思ったエルヴィンの脳裏に「手が触れた」と言っていたニルスやグラスを渡した時のニルスが浮かんだ。

「いや、そうだ! 手!」
「?」
「手に触れてくれ……!」
「え?」

 エルヴィンの勢いに押されたのか、ニルスが引いたような顔で見てきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です(笑)

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...