彼は最後に微笑んだ

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15話

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「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」

 家系でもありエルヴィンに倣ってでもあり、正騎士を目指して日々がんばっているヴィリーの稽古にエルヴィンが久しぶりに付き合っていた時だった。ひととおり稽古を終え、汗をぬぐいながら水分補給をしているエルヴィンに、ヴィリーが少し膨れたような顔で言ってきたのは。

「まとわり……? ヴィリー、相手は幼馴染とはいえ大公爵家子息でしかも自身も次男でありながらすでに父親の身分から侯爵を使用する許可を得ている人だぞ。ロード・ニルス・ウィスラーと呼べとまでは言わないけど、もう少し敬意を持ってだな……」
「ニルスで十分ですあんなや……はぁ。あんな人。だって何故ニルスは気づけばいつも兄様のそばにいるんですか。リック王子が留学してそばにいられないから兄様を代わりに見立てて付きまとってるんですか」
「いや、何で見立てられるんだよ……。ヴィリーがそもそも何でそれに対して憤慨してるのかわからないんだけど」
「だって俺の兄様だ!」

 ああ、俺の弟が今日もかわいい。

 思わずにやけた顔をしてぎゅっと抱きしめたくなったが、ヴィリーもずいぶん大きくなった。兄からの抱擁はきっとウザいことこの上ないだろうと諦める。代わりに微笑みながら「そしてヴィリーは俺の大事な弟だよ」と返した。

「そ、そうですよ」

 ヴィリーが照れてくれている。ありがたい。兄弟仲がいいのは遡る前も同じだったが、今は各自友人もできていることだし下手をすれば友人優先で兄などウザい存在にもなりかねない。だが今日もこうして弟がかわいい。
 結局エルヴィンは我慢できずヴィリーをぎゅっと抱きしめた。嫌がられるかと思ったが抱き返される。

「……何やってんのお前ら」

 いつのまにかニアキスが来ていたようで、とてつもなく微妙な顔で二人を見ていた。

「何って、兄弟愛の確認に決まってるだろ」
「そうですよ。ニアキスこそ相変わらず勝手に入ってこないでください」
「なっ、ちゃんとお邪魔しますって言ったぞ」

 そこじゃない。

 エルヴィンはむしろニコニコとニアキスを無言で見た。初対面の時にあれほど強気そうなタイプに見えたのがとてもとても嘘のようだ。

「おいエルヴィン。今俺のこと、馬鹿を見るような顔で見てきただろ」
「気のせいだよ」

 生温い気持ちでは見たけども。

「だいたい何の用ですか。俺と兄様は剣の稽古で忙しいんです」
「いや、終わってる感じだっただろ」

 終わったつもりだったけれども、とエルヴィンも思い、そっと苦笑する。

「終わってません。ニアキスといえども邪魔しないでください」
「俺といえどもって何だよ」
「ニルスよりマシって意味です」
「いや、わかんねえよ……! まあいい。せっかく来たんだし、お前らが終わるまで待っとくわ」
「何故です。だから何の用ですか」
「用って! 親友だってのに用なけりゃ遊びにも来れねえのか? ったく。とりあえず待ってる間、そうだな、その、あれだ。ラウラとよかったらお茶でも……」

 ラウラのことを言いだした途端、ニアキスはそわそわと体を少し揺らしているし顔がそもそも少し赤くなっている。

 隠し事のできないやつだな、ニアキスは。

 エルヴィンがまた苦笑している横で今までツンケンとしていたヴィリーが突如ニコニコしだした。

「そうですよね、ニアキスは兄様の親友ですもんね。あとラウラなら今は多分図書室にいると思います。予定はなかったはずなのでお茶に誘ってあげたら喜ぶと思いますよ」

 突然の態度の違いにニアキスがあからさまに戸惑っている。だがすぐにまた顔を赤らめながら「そ、そうか? じゃあまた後でな」と頷き立ち去って行った。

「ヴィリー……」
「ニアキスってわかりやすいですよね」

 そこは俺も否定しないけど。あとラウラは別に喜ばないと思うぞ。

 ニアキスのことをラウラは嫌ってもいないかわりに特別好いてもいない。ただひたすら「仲のいいテレーゼの」兄だと思っているようだ。というかまだ家族以外の男性とむやみに二人きりにはあまりなりたくないとも思っている気がする。
 それを指摘すると「ラウラもそろそろ年頃ですし慣れていかないと。ニアキスなら誰かと違ってわかりやすいですしラウラに対してはひたすらあんなだし、安全じゃないですか?」と返ってきた。

 ニアキス、お前俺の弟にもほんのり生温い目で見られてるぞ。

 ほんの少しだけ親友に対して、憐憫の……いや、違う、同情だ、同情した。おまけにニアキスがラウラを好きだと思っていることは周りから見てとてもわかりやすいというのに、ラウラからは全く気づかれていない。
 エルヴィンとしてはデニスより当然ニアキスのほうがラウラの相手としてありがたい。ラウラを好きになって周りから「ヘタレてしまった男」の烙印をそっと押されてはいるものの、ニアキス自身は別に駄目な男でもない。仕事はできるし顔も別に悪くない。背も高いほうではないだろうか。エルヴィンと同じくらい、いやエルヴィンよりもほんの少しだけ高かったはずだ。家柄だって侯爵家のそれも長男だ。

 それにあいつ、何だかんだでいいやつだしな。
 ラウラに対してもきっと、ずっと、愛情深く優しく接してくれそうな気がする。

 ただ、せっかく遡ったのだ。今回はせめてラウラが好きだと思う相手と幸せな結婚をして欲しい。なので今のところ何とも思われていなさそうなニアキスは対象ではない。

 今のところ、な。がんばれ、ニアキス。

「ニアキスはラウラにとって安全だと思うし二人きりにしてもいいと思いましたけど、兄様」
「何?」
「兄様はニルスとあまり二人きりにならないでください」
「いや、ほんと何で」

 また苦笑しているとヴィリーがキッと見上げてきた。

「だってあの人は何考えてるかわからないですし」

 それは俺も思うけど、ただ最近はもしかしたらあの人の考え読んじゃってるんじゃないかなぁって思うようになってもいるんだよな。気のせいかもしれないともまだ思ってるけど。

「でもやたら兄様にまとわりついてくるので」
「だからそれ……」
「危険です」
「いやほんと何で」
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