15 / 193
15話
しおりを挟む
「最近やたらとニルスが兄様にまとわりついてるのでは?」
家系でもありエルヴィンに倣ってでもあり、正騎士を目指して日々がんばっているヴィリーの稽古にエルヴィンが久しぶりに付き合っていた時だった。ひととおり稽古を終え、汗をぬぐいながら水分補給をしているエルヴィンに、ヴィリーが少し膨れたような顔で言ってきたのは。
「まとわり……? ヴィリー、相手は幼馴染とはいえ大公爵家子息でしかも自身も次男でありながらすでに父親の身分から侯爵を使用する許可を得ている人だぞ。ロード・ニルス・ウィスラーと呼べとまでは言わないけど、もう少し敬意を持ってだな……」
「ニルスで十分ですあんなや……はぁ。あんな人。だって何故ニルスは気づけばいつも兄様のそばにいるんですか。リック王子が留学してそばにいられないから兄様を代わりに見立てて付きまとってるんですか」
「いや、何で見立てられるんだよ……。ヴィリーがそもそも何でそれに対して憤慨してるのかわからないんだけど」
「だって俺の兄様だ!」
ああ、俺の弟が今日もかわいい。
思わずにやけた顔をしてぎゅっと抱きしめたくなったが、ヴィリーもずいぶん大きくなった。兄からの抱擁はきっとウザいことこの上ないだろうと諦める。代わりに微笑みながら「そしてヴィリーは俺の大事な弟だよ」と返した。
「そ、そうですよ」
ヴィリーが照れてくれている。ありがたい。兄弟仲がいいのは遡る前も同じだったが、今は各自友人もできていることだし下手をすれば友人優先で兄などウザい存在にもなりかねない。だが今日もこうして弟がかわいい。
結局エルヴィンは我慢できずヴィリーをぎゅっと抱きしめた。嫌がられるかと思ったが抱き返される。
「……何やってんのお前ら」
いつのまにかニアキスが来ていたようで、とてつもなく微妙な顔で二人を見ていた。
「何って、兄弟愛の確認に決まってるだろ」
「そうですよ。ニアキスこそ相変わらず勝手に入ってこないでください」
「なっ、ちゃんとお邪魔しますって言ったぞ」
そこじゃない。
エルヴィンはむしろニコニコとニアキスを無言で見た。初対面の時にあれほど強気そうなタイプに見えたのがとてもとても嘘のようだ。
「おいエルヴィン。今俺のこと、馬鹿を見るような顔で見てきただろ」
「気のせいだよ」
生温い気持ちでは見たけども。
「だいたい何の用ですか。俺と兄様は剣の稽古で忙しいんです」
「いや、終わってる感じだっただろ」
終わったつもりだったけれども、とエルヴィンも思い、そっと苦笑する。
「終わってません。ニアキスといえども邪魔しないでください」
「俺といえどもって何だよ」
「ニルスよりマシって意味です」
「いや、わかんねえよ……! まあいい。せっかく来たんだし、お前らが終わるまで待っとくわ」
「何故です。だから何の用ですか」
「用って! 親友だってのに用なけりゃ遊びにも来れねえのか? ったく。とりあえず待ってる間、そうだな、その、あれだ。ラウラとよかったらお茶でも……」
ラウラのことを言いだした途端、ニアキスはそわそわと体を少し揺らしているし顔がそもそも少し赤くなっている。
隠し事のできないやつだな、ニアキスは。
エルヴィンがまた苦笑している横で今までツンケンとしていたヴィリーが突如ニコニコしだした。
「そうですよね、ニアキスは兄様の親友ですもんね。あとラウラなら今は多分図書室にいると思います。予定はなかったはずなのでお茶に誘ってあげたら喜ぶと思いますよ」
突然の態度の違いにニアキスがあからさまに戸惑っている。だがすぐにまた顔を赤らめながら「そ、そうか? じゃあまた後でな」と頷き立ち去って行った。
「ヴィリー……」
「ニアキスってわかりやすいですよね」
そこは俺も否定しないけど。あとラウラは別に喜ばないと思うぞ。
ニアキスのことをラウラは嫌ってもいないかわりに特別好いてもいない。ただひたすら「仲のいいテレーゼの」兄だと思っているようだ。というかまだ家族以外の男性とむやみに二人きりにはあまりなりたくないとも思っている気がする。
それを指摘すると「ラウラもそろそろ年頃ですし慣れていかないと。ニアキスなら誰かと違ってわかりやすいですしラウラに対してはひたすらあんなだし、安全じゃないですか?」と返ってきた。
ニアキス、お前俺の弟にもほんのり生温い目で見られてるぞ。
ほんの少しだけ親友に対して、憐憫の……いや、違う、同情だ、同情した。おまけにニアキスがラウラを好きだと思っていることは周りから見てとてもわかりやすいというのに、ラウラからは全く気づかれていない。
エルヴィンとしてはデニスより当然ニアキスのほうがラウラの相手としてありがたい。ラウラを好きになって周りから「ヘタレてしまった男」の烙印をそっと押されてはいるものの、ニアキス自身は別に駄目な男でもない。仕事はできるし顔も別に悪くない。背も高いほうではないだろうか。エルヴィンと同じくらい、いやエルヴィンよりもほんの少しだけ高かったはずだ。家柄だって侯爵家のそれも長男だ。
それにあいつ、何だかんだでいいやつだしな。
ラウラに対してもきっと、ずっと、愛情深く優しく接してくれそうな気がする。
ただ、せっかく遡ったのだ。今回はせめてラウラが好きだと思う相手と幸せな結婚をして欲しい。なので今のところ何とも思われていなさそうなニアキスは対象ではない。
今のところ、な。がんばれ、ニアキス。
「ニアキスはラウラにとって安全だと思うし二人きりにしてもいいと思いましたけど、兄様」
「何?」
「兄様はニルスとあまり二人きりにならないでください」
「いや、ほんと何で」
また苦笑しているとヴィリーがキッと見上げてきた。
「だってあの人は何考えてるかわからないですし」
それは俺も思うけど、ただ最近はもしかしたらあの人の考え読んじゃってるんじゃないかなぁって思うようになってもいるんだよな。気のせいかもしれないともまだ思ってるけど。
「でもやたら兄様にまとわりついてくるので」
「だからそれ……」
「危険です」
「いやほんと何で」
家系でもありエルヴィンに倣ってでもあり、正騎士を目指して日々がんばっているヴィリーの稽古にエルヴィンが久しぶりに付き合っていた時だった。ひととおり稽古を終え、汗をぬぐいながら水分補給をしているエルヴィンに、ヴィリーが少し膨れたような顔で言ってきたのは。
「まとわり……? ヴィリー、相手は幼馴染とはいえ大公爵家子息でしかも自身も次男でありながらすでに父親の身分から侯爵を使用する許可を得ている人だぞ。ロード・ニルス・ウィスラーと呼べとまでは言わないけど、もう少し敬意を持ってだな……」
「ニルスで十分ですあんなや……はぁ。あんな人。だって何故ニルスは気づけばいつも兄様のそばにいるんですか。リック王子が留学してそばにいられないから兄様を代わりに見立てて付きまとってるんですか」
「いや、何で見立てられるんだよ……。ヴィリーがそもそも何でそれに対して憤慨してるのかわからないんだけど」
「だって俺の兄様だ!」
ああ、俺の弟が今日もかわいい。
思わずにやけた顔をしてぎゅっと抱きしめたくなったが、ヴィリーもずいぶん大きくなった。兄からの抱擁はきっとウザいことこの上ないだろうと諦める。代わりに微笑みながら「そしてヴィリーは俺の大事な弟だよ」と返した。
「そ、そうですよ」
ヴィリーが照れてくれている。ありがたい。兄弟仲がいいのは遡る前も同じだったが、今は各自友人もできていることだし下手をすれば友人優先で兄などウザい存在にもなりかねない。だが今日もこうして弟がかわいい。
結局エルヴィンは我慢できずヴィリーをぎゅっと抱きしめた。嫌がられるかと思ったが抱き返される。
「……何やってんのお前ら」
いつのまにかニアキスが来ていたようで、とてつもなく微妙な顔で二人を見ていた。
「何って、兄弟愛の確認に決まってるだろ」
「そうですよ。ニアキスこそ相変わらず勝手に入ってこないでください」
「なっ、ちゃんとお邪魔しますって言ったぞ」
そこじゃない。
エルヴィンはむしろニコニコとニアキスを無言で見た。初対面の時にあれほど強気そうなタイプに見えたのがとてもとても嘘のようだ。
「おいエルヴィン。今俺のこと、馬鹿を見るような顔で見てきただろ」
「気のせいだよ」
生温い気持ちでは見たけども。
「だいたい何の用ですか。俺と兄様は剣の稽古で忙しいんです」
「いや、終わってる感じだっただろ」
終わったつもりだったけれども、とエルヴィンも思い、そっと苦笑する。
「終わってません。ニアキスといえども邪魔しないでください」
「俺といえどもって何だよ」
「ニルスよりマシって意味です」
「いや、わかんねえよ……! まあいい。せっかく来たんだし、お前らが終わるまで待っとくわ」
「何故です。だから何の用ですか」
「用って! 親友だってのに用なけりゃ遊びにも来れねえのか? ったく。とりあえず待ってる間、そうだな、その、あれだ。ラウラとよかったらお茶でも……」
ラウラのことを言いだした途端、ニアキスはそわそわと体を少し揺らしているし顔がそもそも少し赤くなっている。
隠し事のできないやつだな、ニアキスは。
エルヴィンがまた苦笑している横で今までツンケンとしていたヴィリーが突如ニコニコしだした。
「そうですよね、ニアキスは兄様の親友ですもんね。あとラウラなら今は多分図書室にいると思います。予定はなかったはずなのでお茶に誘ってあげたら喜ぶと思いますよ」
突然の態度の違いにニアキスがあからさまに戸惑っている。だがすぐにまた顔を赤らめながら「そ、そうか? じゃあまた後でな」と頷き立ち去って行った。
「ヴィリー……」
「ニアキスってわかりやすいですよね」
そこは俺も否定しないけど。あとラウラは別に喜ばないと思うぞ。
ニアキスのことをラウラは嫌ってもいないかわりに特別好いてもいない。ただひたすら「仲のいいテレーゼの」兄だと思っているようだ。というかまだ家族以外の男性とむやみに二人きりにはあまりなりたくないとも思っている気がする。
それを指摘すると「ラウラもそろそろ年頃ですし慣れていかないと。ニアキスなら誰かと違ってわかりやすいですしラウラに対してはひたすらあんなだし、安全じゃないですか?」と返ってきた。
ニアキス、お前俺の弟にもほんのり生温い目で見られてるぞ。
ほんの少しだけ親友に対して、憐憫の……いや、違う、同情だ、同情した。おまけにニアキスがラウラを好きだと思っていることは周りから見てとてもわかりやすいというのに、ラウラからは全く気づかれていない。
エルヴィンとしてはデニスより当然ニアキスのほうがラウラの相手としてありがたい。ラウラを好きになって周りから「ヘタレてしまった男」の烙印をそっと押されてはいるものの、ニアキス自身は別に駄目な男でもない。仕事はできるし顔も別に悪くない。背も高いほうではないだろうか。エルヴィンと同じくらい、いやエルヴィンよりもほんの少しだけ高かったはずだ。家柄だって侯爵家のそれも長男だ。
それにあいつ、何だかんだでいいやつだしな。
ラウラに対してもきっと、ずっと、愛情深く優しく接してくれそうな気がする。
ただ、せっかく遡ったのだ。今回はせめてラウラが好きだと思う相手と幸せな結婚をして欲しい。なので今のところ何とも思われていなさそうなニアキスは対象ではない。
今のところ、な。がんばれ、ニアキス。
「ニアキスはラウラにとって安全だと思うし二人きりにしてもいいと思いましたけど、兄様」
「何?」
「兄様はニルスとあまり二人きりにならないでください」
「いや、ほんと何で」
また苦笑しているとヴィリーがキッと見上げてきた。
「だってあの人は何考えてるかわからないですし」
それは俺も思うけど、ただ最近はもしかしたらあの人の考え読んじゃってるんじゃないかなぁって思うようになってもいるんだよな。気のせいかもしれないともまだ思ってるけど。
「でもやたら兄様にまとわりついてくるので」
「だからそれ……」
「危険です」
「いやほんと何で」
5
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説


新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる