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11話
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リックが留学してしまい、エルヴィンは何だか少々気持ちが落ち込む。
王子とはいえ今や仲のいい友人でもあるリックだから寂しいという気持ちも多少はあるが、もちろんそんなことで落ち込んでいるのではない。
まだ小さな子どもだったならば遠くへ行ってしまった友だちを思い寂しがるかもしれないが、二十七歳の記憶を持つ男としてはそれくらいで寂しがるのはちょっと無理だ。実際の歳も成人である十六歳になっている。さすがにもう子どもの振りをしなくてもいいだろう。今やアルスランの家系でもある騎士にも無事なった。もはや着々と父親の後を継いでいる立派な大人だ。
そうではなく、最近は遡る前とは異なる出来事が増えてきていたのもあり、記憶通りの出来事が起きると何だか「やはり結局は運命をたどるしかないのでは」とどこかでつい考えてしまうからだ。
基本的には前向き思考のつもりではあるが、遡る前のあのつらさを一度味わってしまうと、どうしたって多少ネガティブにもなる。
今も騎士としての訓練を終えて休憩しつつほんのりため息をついていると、ニルスが近づいてきた。
「ああ、ニルス。来てたんだ?」
気づいて笑みを向けながら言うと、ニルスはコクリと頷いてきた。そしてエルヴィンをじっと見てくる。
「……どうかしたのか」
「え? ああ、ううん。何でもないよニルス」
実はさ、そんなことないっていうか、そうならないよう日々がんばってるつもりだけどさ、リックが予定通り留学しちゃったからさ、これから先の出来事もさ、以前と変わっても結局は予定通り進んでしまうのではってついね、考えちゃってて。
とはさすがに口に出せない。
笑みを向けたまま、エルヴィンはニルスに座るよう促しながら予備に置いてあるティーカップとポットに触れようとした。その際にティーポットカバーがテーブルの下に落ちてしまった。やってしまったと慌てて拾おうとするとニルスも無言のまま拾おうとしてくれていたようで手が重なった。
『──が留学してしまったこと、そんなに落ち込むものなのか? もしかしてエルヴィンはリックのことが好きなのか? というか手が触れた。手が触れたんだけど』
「なんて?」
思わず声に出た上に唖然とニルスを見るも、ニルスも怪訝な様子でエルヴィンを見てくる。
「あ、え、っと。あれ? あ……えっと、今、ニルス何か言っ……」
どもりながら、何か言ったかと聞きかけている途中でニルスは首を振ってきた。否定され、エルヴィンも「確かに直接声がしたという感じじゃなかったような……?」と思い直す。
何だ……? 気のせいだったのか?
念のため、じっとニルスを見るとニルスは困ったように少し顔をそらせてきたが、やはり何も聞こえてこない。
そう、だよな。そりゃそうだ。直接聞こえてるんじゃないなら心の声が聞こえたとかそんな馬鹿な話があるか。
時を遡っている人間の言うことではないのかもしれないが、これでもわりと現実主義だ。それこそいくら時を何故か遡ったとしても、だからといって突然人の心の声が聞こえるなどといった不思議な現象が軽率に起きるわけがない。
声が聞こえた気がしたとはいえ、直接ニルスの声が聞こえたといった風でもなかった上に、ただでさえ寡黙な人だ、そもそもニルスはあんなこと言わない。
やばい。俺、何か恥ずかしいやつだな……最近流行ってるからってラウラに無理やり勧められた恋愛歴史ファンタジー小説の影響だろうか。
茶会に出るようになって知り合いが増えたラウラも、最初はそこでできた友だちに勧められたらしい。あまり小説の類は読まないラウラが渋々読んでみたところ、思わずハマってしまったようだ。
「本当に面白いのよ、お兄様。でもいくらテレーゼに勧めても鼻で笑って読んでくださらないの。でもいつでもお話できる相手って欲しいでしょう? だからお願い。読んでみてお兄様。絶対好きになると思うの」
兄さま兄さまと少々舌足らずで呼んでくれていたラウラも十四歳になるとはいえずいぶん大人びた話し方をするようになった。これも友だちの影響なのだろう。
そういった影響は別に悪くないかもしれないけど、趣味の影響に関しては少々下世話な趣味じゃないだろうかとお兄様は思うぞラウラ。
幸いきわどいシーンはないものの、恋愛のシーンはてんこ盛りに書かれている、ひたすら娯楽小説だった。半分読んだところで腹いっぱいだったし、なんなら胸焼けしそうだった。それなりに貴重な紙を使って何を書いているんだとさえ、つい思ってしまった。そして今どきの少女はこんなものも読むのかと思わされた。鼻で笑うテレーゼと握手したい気持ちになる。
歴史ファンタジーといっても本格的なものではなく、あくまでも娯楽の範囲というのだろうか。歴史とあるだけに過去の話だろうに都合のいい魔法や都合のいい道具がこれでもかと出てくる話だった。
俺、もしかしてめちゃくちゃその話の影響受けてるんじゃないだろうな。
微妙過ぎて顔が熱くなる。いっそ自分の友人にもこのとてつもなく微妙にならざるを得ない気持ちを味わわせたい、もしくはテレーゼのように鼻で笑い合いたいと思うが、例えばニアキスはむしろ参考にさえしそうだ。出会った頃は強気そうなやつだなとまで思っていたが、今となっては懐かしい。間違いなく本の恋愛や展開を参考にしようとするだろう。
あいつはそういうやつだよ。
願わくばこういった小説は目にしないで欲しいと思う。ニアキスがラウラをそういう意味で好きなのはエルヴィンにはバレバレだった。ニアキスは親友だしラウラは大事な妹だけに少々複雑だが、別に反対しようとは思っていない。デニスでなければ誰でもいいくらいの気持ちさえある。というかできればラウラが好きだと思う相手と一緒になって欲しい。
でもこんな小説を参考にした日にはまず全力で反対してやる。
かといって目の前にいるニルスは鼻で笑うどころか真顔で「それで?」と聞いてきそうな気がする。こちらが居たたまれなくなるあれだ。
リックならばきっと鼻で笑いはしないながらも「あはは、これはない、ないねえ」などと言いながら斜め上な楽しみ方をしてくれそうだ。そう思うと確かにここにリックがいないのは寂しいかもしれない。
「……リック、何故いないんだ」
思わず口にしているとニルスがまるでショックを受けたかのように、何を言っているんだこいつは大丈夫なのか、といった顔でエルヴィンを見てきた。
王子とはいえ今や仲のいい友人でもあるリックだから寂しいという気持ちも多少はあるが、もちろんそんなことで落ち込んでいるのではない。
まだ小さな子どもだったならば遠くへ行ってしまった友だちを思い寂しがるかもしれないが、二十七歳の記憶を持つ男としてはそれくらいで寂しがるのはちょっと無理だ。実際の歳も成人である十六歳になっている。さすがにもう子どもの振りをしなくてもいいだろう。今やアルスランの家系でもある騎士にも無事なった。もはや着々と父親の後を継いでいる立派な大人だ。
そうではなく、最近は遡る前とは異なる出来事が増えてきていたのもあり、記憶通りの出来事が起きると何だか「やはり結局は運命をたどるしかないのでは」とどこかでつい考えてしまうからだ。
基本的には前向き思考のつもりではあるが、遡る前のあのつらさを一度味わってしまうと、どうしたって多少ネガティブにもなる。
今も騎士としての訓練を終えて休憩しつつほんのりため息をついていると、ニルスが近づいてきた。
「ああ、ニルス。来てたんだ?」
気づいて笑みを向けながら言うと、ニルスはコクリと頷いてきた。そしてエルヴィンをじっと見てくる。
「……どうかしたのか」
「え? ああ、ううん。何でもないよニルス」
実はさ、そんなことないっていうか、そうならないよう日々がんばってるつもりだけどさ、リックが予定通り留学しちゃったからさ、これから先の出来事もさ、以前と変わっても結局は予定通り進んでしまうのではってついね、考えちゃってて。
とはさすがに口に出せない。
笑みを向けたまま、エルヴィンはニルスに座るよう促しながら予備に置いてあるティーカップとポットに触れようとした。その際にティーポットカバーがテーブルの下に落ちてしまった。やってしまったと慌てて拾おうとするとニルスも無言のまま拾おうとしてくれていたようで手が重なった。
『──が留学してしまったこと、そんなに落ち込むものなのか? もしかしてエルヴィンはリックのことが好きなのか? というか手が触れた。手が触れたんだけど』
「なんて?」
思わず声に出た上に唖然とニルスを見るも、ニルスも怪訝な様子でエルヴィンを見てくる。
「あ、え、っと。あれ? あ……えっと、今、ニルス何か言っ……」
どもりながら、何か言ったかと聞きかけている途中でニルスは首を振ってきた。否定され、エルヴィンも「確かに直接声がしたという感じじゃなかったような……?」と思い直す。
何だ……? 気のせいだったのか?
念のため、じっとニルスを見るとニルスは困ったように少し顔をそらせてきたが、やはり何も聞こえてこない。
そう、だよな。そりゃそうだ。直接聞こえてるんじゃないなら心の声が聞こえたとかそんな馬鹿な話があるか。
時を遡っている人間の言うことではないのかもしれないが、これでもわりと現実主義だ。それこそいくら時を何故か遡ったとしても、だからといって突然人の心の声が聞こえるなどといった不思議な現象が軽率に起きるわけがない。
声が聞こえた気がしたとはいえ、直接ニルスの声が聞こえたといった風でもなかった上に、ただでさえ寡黙な人だ、そもそもニルスはあんなこと言わない。
やばい。俺、何か恥ずかしいやつだな……最近流行ってるからってラウラに無理やり勧められた恋愛歴史ファンタジー小説の影響だろうか。
茶会に出るようになって知り合いが増えたラウラも、最初はそこでできた友だちに勧められたらしい。あまり小説の類は読まないラウラが渋々読んでみたところ、思わずハマってしまったようだ。
「本当に面白いのよ、お兄様。でもいくらテレーゼに勧めても鼻で笑って読んでくださらないの。でもいつでもお話できる相手って欲しいでしょう? だからお願い。読んでみてお兄様。絶対好きになると思うの」
兄さま兄さまと少々舌足らずで呼んでくれていたラウラも十四歳になるとはいえずいぶん大人びた話し方をするようになった。これも友だちの影響なのだろう。
そういった影響は別に悪くないかもしれないけど、趣味の影響に関しては少々下世話な趣味じゃないだろうかとお兄様は思うぞラウラ。
幸いきわどいシーンはないものの、恋愛のシーンはてんこ盛りに書かれている、ひたすら娯楽小説だった。半分読んだところで腹いっぱいだったし、なんなら胸焼けしそうだった。それなりに貴重な紙を使って何を書いているんだとさえ、つい思ってしまった。そして今どきの少女はこんなものも読むのかと思わされた。鼻で笑うテレーゼと握手したい気持ちになる。
歴史ファンタジーといっても本格的なものではなく、あくまでも娯楽の範囲というのだろうか。歴史とあるだけに過去の話だろうに都合のいい魔法や都合のいい道具がこれでもかと出てくる話だった。
俺、もしかしてめちゃくちゃその話の影響受けてるんじゃないだろうな。
微妙過ぎて顔が熱くなる。いっそ自分の友人にもこのとてつもなく微妙にならざるを得ない気持ちを味わわせたい、もしくはテレーゼのように鼻で笑い合いたいと思うが、例えばニアキスはむしろ参考にさえしそうだ。出会った頃は強気そうなやつだなとまで思っていたが、今となっては懐かしい。間違いなく本の恋愛や展開を参考にしようとするだろう。
あいつはそういうやつだよ。
願わくばこういった小説は目にしないで欲しいと思う。ニアキスがラウラをそういう意味で好きなのはエルヴィンにはバレバレだった。ニアキスは親友だしラウラは大事な妹だけに少々複雑だが、別に反対しようとは思っていない。デニスでなければ誰でもいいくらいの気持ちさえある。というかできればラウラが好きだと思う相手と一緒になって欲しい。
でもこんな小説を参考にした日にはまず全力で反対してやる。
かといって目の前にいるニルスは鼻で笑うどころか真顔で「それで?」と聞いてきそうな気がする。こちらが居たたまれなくなるあれだ。
リックならばきっと鼻で笑いはしないながらも「あはは、これはない、ないねえ」などと言いながら斜め上な楽しみ方をしてくれそうだ。そう思うと確かにここにリックがいないのは寂しいかもしれない。
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