彼は最後に微笑んだ

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10話

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 留学することで、マヴァリージ王国では学べないような魔術や政治など様々なことを学んできたのであろうリックは歯がゆそうな顔を見せてきた。

「父の訃報を聞き、急いで戻ろうとしたんだ。だが遠く離れた国外だったのもあり、葬儀には間に合わなかった。とりもなおさずの一時帰国だったため、その後一旦また国を出て国外でのことをすべて片づけてから最近正式に帰国した。ここまでわが国が変わっているとは……」

 それでもどうにか国を立て直そうと動き始めた時にどうやらヴィリーがとうとう行動に移してしまったようだ。

「シュテファンは俺にとっても大切な甥だ。必ず救うことを約束する」

 リックはそう言うと牢から立ち去っていった。その時に一緒にいた青年、要はニルスだが、その青年がエルヴィンをじっと見て呟くように口を開いてきた。

「……もっと早く出会っていれば……」

 だったら何か変わっていたのだろうか。

「とにかく……信じて待っていてくれ」

 そう言い残すとニルスもリックの後に続いて立ち去っていった。
 そこからのことはあまり覚えていない。二人を信じる間もなかった。二人がやって来た数日後に、おそらくエルヴィンは牢の中で毒殺されたのだと思う。



 改めて思い返すのもつらい出来事だ。
 とにかく、遡る前の流れを思うと、やはり今のところ諸々変わってきているように思える。
 おとなしいラウラにも親しい友人ができたし、デビュタント前に子ども同士とはいえ社交の場に出ている。エルヴィンもヴィリーもそうだ。何より十八歳となるデニスの婚約者はまだ決定していない。
 とはいえもしかしたら運命には逆らえず、どうあがこうが同じ未来が待っている可能性もなくはない。だが変えられる可能性は絶対にある。ならばやはりそのためにがんばりたい。
 ラウラが十四歳となり大きな分岐点に差し掛かるであろう、実はその前に近づいている事柄がある。
エルヴィンが十六歳の今、リックも十四歳となる。そう、リックが留学のため国外へ旅立つ年だ。
 さすがにこの国の王子の留学を止めることはできない。ただ、せめてリックが留学から戻ってきたのを知るのは牢の中でないことを願う。
 留学のために旅立つ前日、リックはエルヴィンの元を訪ねてきた。

「どうされたんですか」

 メイドが用意した茶と茶菓子をリックに勧めながら、エルヴィンは怪訝な顔を隠すことなくリックを見た。いつもは絶対にそばにいるニルスもいない。何かあったのかとついそわそわしてしまう。遡る前と同じ出来事ならあらかじめわかっているため対応もできるが、最近はあの頃にはなかった出来事のほうが多くなってきているように思う。

「長らく君にも会えないしね、挨拶だよ」
「それは嬉しいですが、ニルスもつけずに?」
「ニルスに会いたかった?」
「いや、それは別にないですが……」

 怪訝な顔のまま答えると何故かリックが吹き出している。ますます意味がわからない。

「何故笑うんです」
「いやぁ、これは君を笑ったんじゃなくて、そうだね、ニルスを笑ったんだよ」

 何故だ。
 それはそれでわからない。

「明日には旅立たれるんですよね。今日はゆっくりなさったほうが……」
「君はいくら成人したとはいえまだ十六歳なんだから、そういう成熟した大人のような気遣いは不要だよ」

 何言ってんだ、ならあんたこそまだ十四歳のわりに大人びた言い方してるだろ。

 内心思いつつも、まるで本当は十六歳じゃないのだろうと言われているかのような気もしてエルヴィンは口元を引きつらせながら微笑んだ。

「どうやら俺は昔から大人びてるそうで」
「うんうん。ああ、そうそう。用事もあったんだ」

 適当な頷きをしてくるくらいなら、先にその用事とやらを言ってくれとまた内心思ったが、いつだって飄々としているリック相手にそう思っても詮無き事だろう。牢で会った時はこんな風だとは思ってもみなかった。何というか、もっと真面目というか、何というか。
 ただ、デニスの圧政を思うとリックの気が抜けるような感じはむしろこのマヴァリージ王国には必要なのかもしれないとも思う。

 だから頼む、リック王子。留学、とっとと終えて帰ってきてくれよ。

「用事とは?」
「これ」

 リックが笑顔で何やら差し出してきた。手の甲を上にしてゆるりと握っているため、差し出してきたものがわからない。また怪訝な顔をしていると「手を出して」と笑われた。
 いくら飄々としていても、さすがに第二王子ともあろう人が恐ろしげなものを人に寄こしはしないだろうと踏んで、エルヴィンは言われたとおりに手を出した。リックはエルヴィンの手のひらに手の中のものをそっと置いてくる。美しい青とも水色とも言える石が目に飛び込んできた。

「……こ、れはブローチ?」
「うん。大丈夫、ちゃんと男性用だよ」

 いえ別にそんな心配はしていませんが。

「は、ぁ」
「魔術具なんだ。俺が作った」
「リックが?」

 確かリックは精霊のエレメントが宿らないこの国の中では、珍しく魔力が強い人だった。それは遡る前から知っている情報だ。だがあくまでも全体的に魔力の低いこの国の中では、だったはずだ。それもあり、リックは外交も兼ねてその才能を伸ばすために留学した。
 だから留学前に魔術具を作ることができると知り、エルヴィンは純粋に驚いた。

「そんな唖然とされるなんて。俺は結構魔力あるほうなのになあ」
「そ、れは知ってますが……魔術具を作るのって確か難しいのでは」
「君のためにがんばったんだよ。いいからこれ、つけてて。綺麗でしょ。魔除けだよ。お守り。幼馴染の君につけてもらいたいんだ。毎日ちゃんとつけててね」
「は、ぁ。……あ、えっと、ありがとうございます」

 魔術具のお守りならば、もしかしたら多少はあの恐ろしい災害ともいえる出来事から守ってくれるかもしれない。それに微々たる力だとしても気持ちはとても嬉しい。さすがにエルヴィンの今後の境遇など知るはずのないリックは、単に親しい相手に対してそういった気持ちを示してくれる人なのだろう。
 エルヴィンは微笑みながら礼を言い、ブローチを上着につけた。
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