彼は最後に微笑んだ

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6話

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 ニルスがどれだけ反対しようが止めようが、リックがそうと決めたら止められないことくらい、小さな頃からの付き合いなのでニルスもわかってはいた。
 だから結局城を抜け出した時も渋々ながらにせめて護衛になればとついていった。ニルスの父親が王の補佐をしていた関係で、幼馴染としてずっと一緒だった二歳年下のこの少年は、この国の第二王子でもある。何かあっては大変だった。
 とはいえニルスもまだ十歳だ。すでに剣などを習ってはいるものの自分でも力不足だとはわかっていた。

「だいたいなんでお忍びなんかしてまで……」

 ニルスは基本的に無口だが、リックは普段はよく喋るくせに肝心なことは言わないことが度々ある。この時も特に理由は言ってこなかった。単に「したかっただけ」と言われニルスはため息をつく。そんな気まぐれな気持ちで第二王子である人間が、安易に外へ出てしかも道に迷わないで欲しいと思う。ニルスも正直町に詳しくはないが、リックはまるでわかっているかのようにさくさくと歩いていた。からの「迷ったみたいだ」だ。笑顔で言ってくるなと言いたい。
 おまけに歩き慣れないがたがたの石畳のせいでリックは転んでしまった。慌てて様子を窺うと見た目は酷そうな怪我をしている。だが泣くこともなくリックは「やらかした」といった様子で苦笑している。八歳児のくせにどうかと思う反応だ。

「こんな場所だし、傷に細かい石が入ってるかもしれない。どこかで洗い流して……」
「んー、でも俺の魔法でどうにかなるんじゃないかな」
「他人事すぎる……」

 そんな時だった。見知らぬ少年が「あの……大丈夫ですか?」と声をかけてきたのは。
 いくら少年とはいえ、何があるかわからない。ニルスは警戒し、リックを庇い隠すようにして立ちはだかった。そして相手を見ると、どうやら自分と同じ歳くらいの少年だと気づいた。珍しい、青みのあるシルバーの髪色に目が行く。目の色は吸い込まれそうな水色をしていた。そして綺麗で上品そうな顔立ちをしている。身なりもそうだが、どう見てもいいところの出の貴族の坊ちゃんといった様子にニルスはほんの少し警戒を解いた。
 相手の少年もニルスが警戒していたのに気づいたのか、両手を掲げて笑いかけてくる。

「怪我したならあの、俺、救急セットすぐ取ってくるから待っててください。悪いことなんて考えてないので。ただ応急処置するだけですから。ね?」

 しかも結構しっかりした様子だ。とはいえ見知らぬ相手だけにニルスが黙っているとリックから「見つけた」と聞こえてきた気がしたが気のせいだろう。単に笑顔で「お願いしよう」と言ってきた。リックはいい加減そうではあるが八歳ながらに人を見る目は結構ある。ニルスは黙って頷いた。そしてまた見知らぬ少年を見る。

「あ。じゃ、じゃあ少し待っててくださいね。すぐ取ってくるので!」

 少年は笑いかけてきたかと思うとどこかへ走っていった。ニルスはその後を目で追う。

「やたら見てるけど、どうしたの」
「……警戒してるだけだ」
「へえ」

 リックがそれこそやたら楽しそうだ。怪我をしているくせに楽しそうとか変なやつでしかないが、リックは王子ながらにだいたい変なやつなので今さらでもある。
 戻ってきた少年は慣れているかのように強そうな酒でリックの患部を洗い流してきた。さすがにその時はしみたような顔をしていて、ニルスとしては「ああ、ちゃんと痛みを感じる子どもでよかった」と思わず淡々と思う。

「手早いね」

 さらし布を巻き終えた少年に、リックがにこにこと笑いかけると少年も笑みを返してきた。

「弟で慣れてるので。とりあえずの応急処置なので家に帰ったらお医者さんとか魔術師とか聖職者とか、そういうちゃんとした人に診てもらってください。ばい菌が入ってたら大変だし」
「そうだね」
「……じゃあ、俺もどるので」
「あ……」

 ニルスは思わず声が漏れた。まだちゃんと礼も言えていない上に少年の名前すら知らない。リックも同じように思ったのか「待って」と引き留めようとした。

「え?」
「本当にありがとう。ちゃんとお礼がしたいんだけど。えっと名前を聞いても……」

 普通なら名前を聞く前に自分から名乗るものだろう。だが貴族は基本的に身分が高い者から名乗ることはないしリックはそもそも王族だ。こういう時についその習慣が出たのだろう。庶民のつもりである格好をしながらも当たり前のように相手の名前から聞いている。

「ああ。エルヴィンです。エルヴィン・アルスラン。お礼はいいですよ。大したことしてないし。じゃあ!」

 エルヴィンと名乗ってきた少年は名前を聞き返してくることもなく、会釈するとそのまま立ち去っていった。
 何故か妙に心に残るというか気になる少年だった。まるで以前どこかで会ったことがあるかのようだ。だがニルスは会ったことのある相手を基本忘れないし気のせいであることはわかる。

 ……じゃあ何でこんなに気になるんだろう。

 不思議に思い、また会ってみたい気になった。
 エルヴィン・アルスラン。
 間違いなく貴族だ。アルスランという姓にも聞き覚えがある。確か王宮の騎士団総長である侯爵がそんな姓だった気がする。

「何? ニルスってばもしかしてかなり気に入ったとか?」
「……何故そうなる。単に多少気になっただけだ」
「ふーん? でもまあちゃんとお礼したいしね。それに俺は気に入ったよ、エルヴィンのこと」
「……」
「だからお礼も兼ねて招待しようかな。アルスランってことはウーヴェ騎士団長の息子さんだろうね」
「……ああ」

 ニルスは単に頷くだけに留めた。
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