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5話
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騎士もさすがに直接王子たちから聞いたのでなく向こうの使用人に聞いた話らしいが、リックはニルスが止めるのも聞かずにお忍びで城を抜け出したらしい。結局ニルスもついて行かざるを得なかったようだ。だが道に迷った上に王子は転んで怪我をしてしまった。エルヴィンが見つけたのはちょうどその辺りだったのだろう。
へぇ。リック王子って牢で会った時はあんなに落ち着いた人だったのに子どもの頃はやんちゃだったのかな。
少しおかしく思ったりしつつ、偶然とはいえきっかけはできたのだからどうにかして二人と接触を持つことはできないか、それともやはり身分の高すぎる二人だけに難しいだろうか、などとエルヴィンは考えた。もしかしてこうして多少事情は変わっても結局同じ未来への道しかなかったりして、とネガティブな考えまで浮かんでしまっていたが取り越し苦労だったようだ。
少しして王族であるそれも王の直系であるサヴェージ家から礼がしたいと茶会の招待状がエルヴィン宛に届いた。サヴェージ家からとはいえ、その茶会は格式ばったものではなく子どもであるエルヴィンのために準備させる気楽なものらしい。
お茶会……。まあ男同士とはいえ子どもだもんな。葉巻をくゆらせながらの酒の席というわけにいかないもんな。
保護者として母親が当然ついていくが、さすがにサヴェージ家に自分一人は心細い。そこでエルヴィンはニアキスを誘った。
「いや、何で俺」
「頼むよ。だって俺だけとか心細いだろ」
「呼ばれてない俺のが心細いとか思わないのか?」
「美味しいお菓子が出るんだって」
「いや別に……」
「それにもしかしたらびっくりするくらいかわいい女の子がいるかもしれないぞ」
「……お前は俺を何だと思ってんの? あとかわいい子ならラウ……」
「何?」
「ああ、いや。わかったよ。行けばいいんだろ、行けば。その代わりちゃんと紹介してくれよ?」
「まかせて親友」
エルヴィンはにっこり微笑んだ。
ちなみに、何で俺と首を振っていたニアキスとは別に、ヴィリーも「何でボクじゃなくてニアキスなの?」と不満そうだった。だが、それは仕方ない。時間が戻る前を思うと、兄心としてはヴィリーを極力サヴェージ家に近づけたくなかった。
いざ当日になるとエルヴィンも少々緊張した。第一王子であり、時間が戻る前はラウラの婚約者でその後結婚し、ことの原因を作ったデニスもその茶会にいたらどうしよう、会ってしまったらどうしようと今さらながらに思えてきた。
だが幸いデニスはいなかった。気楽なものと言っていたようにサヴェージ家から出席しているのは他の護衛を抜けばリックとニルス、そしてリックやその兄姉デニス、アリアネという三人の母親であり王妃であるラモーナの三人だけだった。
エルヴィンの母親であるネスリンは社交的な人だ。今も王妃であるにも関わらず、もちろん礼儀作法をしっかりとした上でラモーナと朗らかに接している。
ラモーナ王妃のことは時間が戻る前のこともそれほど詳しくは知らない。確か外交があまり得意ではないながらに王妃としてがんばっていた人だ。それもあり、夫である王ラフェドが亡くなり長男であるデニスが王となった後は全てを任せて離宮へ引っ込んだはずだった。
ラフェド王は悪く言えば可もなく不可もない王だったかもしれないが、逆に言えばそれなりに王としていい政治を行っていたのだと思う。その王亡き後に王となったデニスは多分魔女のような、少なくともエルヴィンたちにとってはろくでもない女の虜になってからおかしくなったのだと、エルヴィンは時間が遡った今でも思っている。圧政で抑えつけられていた国民の不満はどんどん高まっていった。
……そして俺たちは……。
「もしかして具合でも悪いのかな? だとしたらそんな日に誘ってしまって申し訳ないんだけど」
ハッとなり、エルヴィンは慌てて話しかけてきた相手に笑いかけた。
「殿下、とんでもない。誘ってもらって嬉しいですし、具合も悪くありません。多分少々緊張してしまったんだと思います」
「緊張はいらないよ。公的な場ではないからね。どうか気楽にして俺とも接して欲しいな」
「しかし……」
「社交辞令で言ってるんじゃないんだよ。心から言ってる。怪我の手当て、本当に嬉しかったし助かったよ。改めてありがとう。ようやく君に会えた。ずっとずっと会いたいと思っていたんだ」
あの日から数日くらいしか経っていない。あまりに大げさすぎやしないかと苦笑したくなるほど、リックは力を込めて言ってきた。少なくとも誠意は伝わってくる。
「是非これからも友人として会いたい。駄目だろうか?」
「そんな、駄目だなんて……」
「よかった。嬉しいよ、ありがとう。ならエルヴィン、俺のことはリックと呼んで欲しい」
「いや、さすがにそれは」
「公的な場では殿下だろうが王子だろうが呼んでくれたらいいけど、普段ならいいだろう?」
いや、よくない。
「私が困ります」
「友だちじゃないか」
「困ります」
「リック……いい加減にしろ」
今までリックのそばにいてほぼずっと黙っていたニルスが呆れた顔でため息をついている。エルヴィンはホッとしてニルスを見た。するとその視線に気づいたニルスは無表情のまま顔をそらしてきた。もしかしたら大切な第二王子をたぶらかす者くらいに思われてしまっているのかもしれない。
「いい加減にするのはニルスでしょ。そんな顔と態度ではエルヴィンに誤解されちゃうよ? エルヴィン、安心して。ニルスはこんなだけど君のことは本当に感謝していた上にかなり好意的なんだから」
「リック……!」
「え? そ、そうなんですか?」
にこにこと言ってくるリックに戸惑いの顔を向けてから、エルヴィンはまたニルスを見た。できれば親しくなりたいが嫌われているのなら仕方がないと思っていた。
またエルヴィンの視線に気づいたらしいニルスは小さくため息をついてからエルヴィンを見てきた。
「悪い。俺は無口だし顔にもあまり出ないらしい。だが確かに感謝している」
そして手を差し出してきた。
へぇ。リック王子って牢で会った時はあんなに落ち着いた人だったのに子どもの頃はやんちゃだったのかな。
少しおかしく思ったりしつつ、偶然とはいえきっかけはできたのだからどうにかして二人と接触を持つことはできないか、それともやはり身分の高すぎる二人だけに難しいだろうか、などとエルヴィンは考えた。もしかしてこうして多少事情は変わっても結局同じ未来への道しかなかったりして、とネガティブな考えまで浮かんでしまっていたが取り越し苦労だったようだ。
少しして王族であるそれも王の直系であるサヴェージ家から礼がしたいと茶会の招待状がエルヴィン宛に届いた。サヴェージ家からとはいえ、その茶会は格式ばったものではなく子どもであるエルヴィンのために準備させる気楽なものらしい。
お茶会……。まあ男同士とはいえ子どもだもんな。葉巻をくゆらせながらの酒の席というわけにいかないもんな。
保護者として母親が当然ついていくが、さすがにサヴェージ家に自分一人は心細い。そこでエルヴィンはニアキスを誘った。
「いや、何で俺」
「頼むよ。だって俺だけとか心細いだろ」
「呼ばれてない俺のが心細いとか思わないのか?」
「美味しいお菓子が出るんだって」
「いや別に……」
「それにもしかしたらびっくりするくらいかわいい女の子がいるかもしれないぞ」
「……お前は俺を何だと思ってんの? あとかわいい子ならラウ……」
「何?」
「ああ、いや。わかったよ。行けばいいんだろ、行けば。その代わりちゃんと紹介してくれよ?」
「まかせて親友」
エルヴィンはにっこり微笑んだ。
ちなみに、何で俺と首を振っていたニアキスとは別に、ヴィリーも「何でボクじゃなくてニアキスなの?」と不満そうだった。だが、それは仕方ない。時間が戻る前を思うと、兄心としてはヴィリーを極力サヴェージ家に近づけたくなかった。
いざ当日になるとエルヴィンも少々緊張した。第一王子であり、時間が戻る前はラウラの婚約者でその後結婚し、ことの原因を作ったデニスもその茶会にいたらどうしよう、会ってしまったらどうしようと今さらながらに思えてきた。
だが幸いデニスはいなかった。気楽なものと言っていたようにサヴェージ家から出席しているのは他の護衛を抜けばリックとニルス、そしてリックやその兄姉デニス、アリアネという三人の母親であり王妃であるラモーナの三人だけだった。
エルヴィンの母親であるネスリンは社交的な人だ。今も王妃であるにも関わらず、もちろん礼儀作法をしっかりとした上でラモーナと朗らかに接している。
ラモーナ王妃のことは時間が戻る前のこともそれほど詳しくは知らない。確か外交があまり得意ではないながらに王妃としてがんばっていた人だ。それもあり、夫である王ラフェドが亡くなり長男であるデニスが王となった後は全てを任せて離宮へ引っ込んだはずだった。
ラフェド王は悪く言えば可もなく不可もない王だったかもしれないが、逆に言えばそれなりに王としていい政治を行っていたのだと思う。その王亡き後に王となったデニスは多分魔女のような、少なくともエルヴィンたちにとってはろくでもない女の虜になってからおかしくなったのだと、エルヴィンは時間が遡った今でも思っている。圧政で抑えつけられていた国民の不満はどんどん高まっていった。
……そして俺たちは……。
「もしかして具合でも悪いのかな? だとしたらそんな日に誘ってしまって申し訳ないんだけど」
ハッとなり、エルヴィンは慌てて話しかけてきた相手に笑いかけた。
「殿下、とんでもない。誘ってもらって嬉しいですし、具合も悪くありません。多分少々緊張してしまったんだと思います」
「緊張はいらないよ。公的な場ではないからね。どうか気楽にして俺とも接して欲しいな」
「しかし……」
「社交辞令で言ってるんじゃないんだよ。心から言ってる。怪我の手当て、本当に嬉しかったし助かったよ。改めてありがとう。ようやく君に会えた。ずっとずっと会いたいと思っていたんだ」
あの日から数日くらいしか経っていない。あまりに大げさすぎやしないかと苦笑したくなるほど、リックは力を込めて言ってきた。少なくとも誠意は伝わってくる。
「是非これからも友人として会いたい。駄目だろうか?」
「そんな、駄目だなんて……」
「よかった。嬉しいよ、ありがとう。ならエルヴィン、俺のことはリックと呼んで欲しい」
「いや、さすがにそれは」
「公的な場では殿下だろうが王子だろうが呼んでくれたらいいけど、普段ならいいだろう?」
いや、よくない。
「私が困ります」
「友だちじゃないか」
「困ります」
「リック……いい加減にしろ」
今までリックのそばにいてほぼずっと黙っていたニルスが呆れた顔でため息をついている。エルヴィンはホッとしてニルスを見た。するとその視線に気づいたニルスは無表情のまま顔をそらしてきた。もしかしたら大切な第二王子をたぶらかす者くらいに思われてしまっているのかもしれない。
「いい加減にするのはニルスでしょ。そんな顔と態度ではエルヴィンに誤解されちゃうよ? エルヴィン、安心して。ニルスはこんなだけど君のことは本当に感謝していた上にかなり好意的なんだから」
「リック……!」
「え? そ、そうなんですか?」
にこにこと言ってくるリックに戸惑いの顔を向けてから、エルヴィンはまたニルスを見た。できれば親しくなりたいが嫌われているのなら仕方がないと思っていた。
またエルヴィンの視線に気づいたらしいニルスは小さくため息をついてからエルヴィンを見てきた。
「悪い。俺は無口だし顔にもあまり出ないらしい。だが確かに感謝している」
そして手を差し出してきた。
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