彼は最後に微笑んだ

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4話

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 ニルスに似ている気がしたのは髪と目の色のせいだろうか。
 エルヴィンたちの青みがかったシルバーの髪も珍しいかもしれないが、ミルクを入れたカフェーのような髪の色はエルヴィンたちが住むこの国、マヴァリージではわりと珍しい色だ。大抵の人は黒に近いこげ茶か金色系の髪色をしている。
 反面、目の色はこの国の人も様々な色をしているもののニルスの色は、緑とエルヴィンの持つ水の色を混ぜて溶かし込んだような美しい色をしていた。
 目の前の少年も同じ色をしている。ニルスに似ているとつい思ってしまうのも無理はない。
 またうずくまっている少年は前に出ているニルス似の少年に隠れてあまりよく見えないが、髪色は柔らかみのある金色をしていて、確かリックもそんな色だったとエルヴィンは記憶している。
 そのせいでつい期待してしまったようだ。だがよく考えなくとも第二王子という立場なら子ども二人だけでこんなところを歩いているわけがない。

 でも俺らみたいに普通、貴族なら護衛つけるよな。俺の勘違いなのかな。貴族かなって思ったけどやっぱ平民の子どもなのかな?

 とりあえずエルヴィンは警戒しなくていいよと伝えるつもりで両手のひらをニルスっぽい子どもに上げて見せながら笑いかけ「怪我したならあの、俺、救急セットすぐ取ってくるから待っててください」と告げた。

「悪いことなんて考えてないので。ただ応急処置するだけですから。ね?」

 エルヴィンに対して先ほどよりは警戒を解きながらもまだ躊躇しているニルス似の少年に、怪我をしているほうの少年が「お願いしよう」と話しかけた。するとニルス似の少年は無言のままだが頷き、じっとエルヴィンを見てきた。

「あ。じゃ、じゃあ少し待っててくださいね。すぐ取ってくるので!」

 エルヴィンは走って馬車まで戻る。ヴィリーも前に比べて外で遊ぶことが増えたからか最近怪我が増えたため、馬車に救急セットが準備されていることを知っている。何なら怪我をして泣くヴィリーにエルヴィンがあやしながら応急処置をしてやることも少なくない。

 何てったって十歳でもその前に一度二十七歳まで生きたからな。貴族とはいえ応急処置くらい余裕。

 後で事情を話すからとエルヴィンは救急セットだけ出してもらい、一人で先ほどの場所まで急いで戻った。そして手早く度数のある酒で洗い流して消毒し、さらし布を患部に巻きつけた。

「手早いね」

 怪我をしていた少年が笑いかけてきた。髪色だけでなく青い目の色もリックを思い出させてくる。

 とはいっても俺、リック王子もニルスって青年も牢を挟んで一瞬しか会ってないからなぁ。

「弟で慣れてるので。じゃあ、とりあえずの応急処置なので家に帰ったらお医者さんとか魔術師とか聖職者とか、そういうちゃんとした人に診てもらってください。ばい菌が入ってたら大変だし」

 平民ならどれもあまり関わりのない人たちだろう。大抵は町や村の修道院や教会の関係者が医術に関わっていると以前聞いた気がする。
 だが怪我をした少年はエルヴィンの言ったことに関して特に違和感も疑問もないようで「そうだね」と笑って頷いてきた。やはり平民というより貴族の子どもなのかもしれない。とはいえ見ず知らずの相手に、それも片方にはとても警戒されたというのにいきなり「リック王子とニルスですか?」などと聞けるはずもない。あと、普通にそろそろエルヴィンが店にいないことにラウラが気づいて心配している気がする。
 エルヴィンは仕方なく、礼を言ってきて引き留めようとしてくる二人に名前だけ名乗ると会釈してその場を離れた。そして馬車に一旦戻ると救急セットを置いて、御者に「さっきはろくすっぽ説明もせずにごめんなさい。知らない子どもが怪我してたんだ。もう大丈夫」と告げるとラウラたちのいる店へ戻った。そして店内に入らず前で待機していた護衛の一人に「向こうで怪我をしてる子どもがいる」と話しかけた。

「心配だから、あなたにお願いしたいんだけど、家まで送ってあげてもらえないかな」
「しかし私はエルヴィン様たちの護衛で……」
「大丈夫。まだ俺たちを護衛してくれる人は二人もいるし、ラウラの側近もいるし。ね、だからお願い」

 その騎士は戸惑うものの了承してくれ、二人がいたところへ向かってくれた。ちょうどその時、ラウラが店から出てくる。

「兄さまこんなとこにいたのね。どこへ行ったのかと」
「ごめんごめん。で、欲しいものはあった? 買えたの?」
「ええ! すてきなものたくさん見つけたのよ。兄さまとお母さまとお父さまと、あとついでにヴィリーにもプレゼントを買ったの」

 ラウラが嬉しそうに微笑む。エルヴィンもにっこりと微笑んだ。

「それは嬉しいな。プレゼント、楽しみだ。じゃあ急いで帰ろうか。はやく見たい」
「そうね」

 あとで子ども二人を送ってくれた騎士が戻ってくるとエルヴィンにわざわざ報告しに来た。

「それは丁寧に……。でも戻った報告なんて構わないのに」
「あ、いえ。あのお二人の内お一人は第二王子殿下であらせられまして。そしてもうお一人は殿下におつきしていた大公爵ご子息でいらっしゃいました。なので報告しておこうと思いまして」
「ああなるほど。……、……ええっ?」
「驚かれるのも無理はないと思います」

 いや、多分あなたが思っているのと違う意味で俺は驚いているよとエルヴィンは思った。
 まさかそんな偶然はないと思っていたが、どうやらあったようだ。偶然やばすぎだろと少々引きそうだったが、思えば時を遡るくらいなら、ちょっとした偶然くらい驚くほどのことでもないのかもしれない。
 第二王子と聞いてとりあえずあれはリック・サヴェージで間違いなかったのだと驚いていたのだが、大公爵子息と聞いただけではピンとこなかったもう一人も、名前を聞いてやはりニルスだったとわかった。ニルス・ウィスラー。ウィスラー家の次男だった。
 牢にいた時はどこの誰かわかっていなかったし全然結びつかなかったが、そういえば第二王子には大公爵家の次男がついていることは当時は昔から有名だった。
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