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2話
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二十七歳の男が簡単に泣くことはほとんどない。だが今の自分が九歳の体だと、妙に実感した。多分大人の体だったとしても泣きそうにはなっていたかもしれないが、こんな風に当たり前のように勝手に涙が流れることはなかっただろう。
まだ少し心配している両親に「怖い夢を見ただけです。母上たちを見て安心してしまい、恥ずかしいことに泣いてしまいました」と何とか誤魔化し、涙を浮かべながら「兄さま、悲しいの? 痛いの? 大丈夫なの?」と抱きついてくるヴィリーとラウラにも「全然大丈夫。ほら、笑ってるだろ?」と抱きしめ返した。
食事を続けながらも、エルヴィンはともすればまた泣きそうになる自分を何とか必死に抑えた。そして思った。
これは神の奇跡なのだろうか、と。
救えなかった家族を、今度は救えとチャンスを授けてくれたのではないだろうか、と。
だったら?
だったら。
エルヴィンが少し俯き加減でぐっと唇を噛みしめていると母親が「そういえばラウラ」と妹に声をかけた。
「なぁに」
「ロンメルの伯爵家で子どもたちの交流会が開かれるのよ。そろそろあなたもそういうの、参加してみない?」
「え……わ、わたし」
「もちろんね、顔を見せてすぐに帰ってもいいの。でも年の近いお友だちができるかもしれないのよ?」
母親に言われ、ラウラはもじもじとしている。その様子を見ながらエルヴィンは考えていた。
確かラウラは十一歳の時に第一王子であるデニスの婚約者候補に挙げられたはずだった。そしてその後十四歳のデビュタントの時に正式に婚約した。
……デニス王子。
エルヴィンの口元が少し引きつった。
駄目だ。
ラウラを……デニス王子と婚約させては駄目だ。
こうして時間が戻る前のエルヴィンやヴィリー、そしてラウラは仲のいい貴族の友人をつくることをしなかった。そういった交流が苦手だったし関心がなかった。別にそういった者などいなくとも家族がいればそれでよかったし、楽しむことは他にたくさんあった。
だがもし、もっと交流をはかっていれば、自分たちの味方になってくれるような友人がいれば、もしかしたら違った道が見えたということはないだろうか。
それに、あの牢に入れられた数日後、第二王子のリックがエルヴィンに面会を求めてきた。側近だったのかよく覚えてないが、そこにもう一人の青年がいた。確かニルスと聞いた気がする。その時に「もう少し待って欲しかった」とリックは言ってきた。政治が傾き始めたことに危機感を覚えたリックがデニスの圧政に対して声を上げるべきだと考え、確か周りの貴族たちと交渉し味方をつけていると言っていた気がする。
ニルスという青年も「もっと早く出会っていれば……。とにかく信じて待っていてくれ」と言っていなかっただろうか。
結局さらに数日後、エルヴィンは殺されてしまい、待ちたくとも待てなかったが。
もしもリックやニルスにもっと早くに出会っていれば、未来も変わっていたかもしれない。リックは確か今から七年後に留学してしまう。そして帰ってくるのはことが起きてからだ。だがその前に友人となれれば、あるいは。
今の目標がとりあえず定まった。
貴族の友人をつくること。リックとニルスになるべく早く出会ってみること。そして、何より一番重要なことはラウラをデニスと婚約させないこと、だ。
「ラウラ。交流会というかお茶会か。行ってみたらどう?」
エルヴィンが提案すると、家族全員が意外そうな顔でエルヴィンを見てきた。確かに以前の自分は交流など別に必要でもないと思っていたかもしれないが、ここまで意外そうな顔で見られるほどかとエルヴィンは苦笑した。
俺、引きこもりとか思われてたのかな。
「ラウラにはいい友だちが必要だよ。同じ歳か年齢の近い女の子のね。もちろん、俺もヴィリーと一緒について行ってあげる」
「ほんと? 兄さま」
「え、ボクも行くの?」
ラウラは嬉しそうな、ヴィリーは微妙そうな顔でエルヴィンを見てきた。
「どうしたのでしょうね、エルヴィンは。喋り方も急に大人びちゃって」
母親がおかしそうに見てくる。
しまった。一応子どもであることは覚えていたけど、九歳の俺はこんな話し方しなかったんだっけ?
一瞬焦ったが、九歳の頃の自分がどういう風に喋っていたかなどさすがにわからない。そもそもいつから自分のことを「俺」と言っていたかさえ覚えていない。かといって意識し過ぎてわざとらしい子どもになるのも自分が嫌だ。なるようになれだ。あまり難しい言葉を口にしなければ何とかなるだろうと思うことにした。
「お、となびてるんじゃなくて、俺はもう九歳です。だから大人なんです」
「ははは、いいぞエルヴィン。では領地のことについてもそろそろ学んでいくか?」
「……えっと、はい……父上。でもお手柔らかにお願いします」
「とにかく、そうと決まればお茶会のために素敵なお洋服を仕立てないとね!」
母親が嬉しそうに手を叩いた。ラウラは「すてきなドレスがいい」と目を輝かせたが、ヴィリーだけでなくエルヴィンもそれに関しては微妙な顔になった。確か小さな頃、滅多になかったがどこかへ出かける時は襟や袖口に大きなフリルやリボンのついたブラウスシャツを着させられた記憶がある。
「そちらに関しても……お手柔らかに願います」
エルヴィンは心を込めて口にした。
まだ少し心配している両親に「怖い夢を見ただけです。母上たちを見て安心してしまい、恥ずかしいことに泣いてしまいました」と何とか誤魔化し、涙を浮かべながら「兄さま、悲しいの? 痛いの? 大丈夫なの?」と抱きついてくるヴィリーとラウラにも「全然大丈夫。ほら、笑ってるだろ?」と抱きしめ返した。
食事を続けながらも、エルヴィンはともすればまた泣きそうになる自分を何とか必死に抑えた。そして思った。
これは神の奇跡なのだろうか、と。
救えなかった家族を、今度は救えとチャンスを授けてくれたのではないだろうか、と。
だったら?
だったら。
エルヴィンが少し俯き加減でぐっと唇を噛みしめていると母親が「そういえばラウラ」と妹に声をかけた。
「なぁに」
「ロンメルの伯爵家で子どもたちの交流会が開かれるのよ。そろそろあなたもそういうの、参加してみない?」
「え……わ、わたし」
「もちろんね、顔を見せてすぐに帰ってもいいの。でも年の近いお友だちができるかもしれないのよ?」
母親に言われ、ラウラはもじもじとしている。その様子を見ながらエルヴィンは考えていた。
確かラウラは十一歳の時に第一王子であるデニスの婚約者候補に挙げられたはずだった。そしてその後十四歳のデビュタントの時に正式に婚約した。
……デニス王子。
エルヴィンの口元が少し引きつった。
駄目だ。
ラウラを……デニス王子と婚約させては駄目だ。
こうして時間が戻る前のエルヴィンやヴィリー、そしてラウラは仲のいい貴族の友人をつくることをしなかった。そういった交流が苦手だったし関心がなかった。別にそういった者などいなくとも家族がいればそれでよかったし、楽しむことは他にたくさんあった。
だがもし、もっと交流をはかっていれば、自分たちの味方になってくれるような友人がいれば、もしかしたら違った道が見えたということはないだろうか。
それに、あの牢に入れられた数日後、第二王子のリックがエルヴィンに面会を求めてきた。側近だったのかよく覚えてないが、そこにもう一人の青年がいた。確かニルスと聞いた気がする。その時に「もう少し待って欲しかった」とリックは言ってきた。政治が傾き始めたことに危機感を覚えたリックがデニスの圧政に対して声を上げるべきだと考え、確か周りの貴族たちと交渉し味方をつけていると言っていた気がする。
ニルスという青年も「もっと早く出会っていれば……。とにかく信じて待っていてくれ」と言っていなかっただろうか。
結局さらに数日後、エルヴィンは殺されてしまい、待ちたくとも待てなかったが。
もしもリックやニルスにもっと早くに出会っていれば、未来も変わっていたかもしれない。リックは確か今から七年後に留学してしまう。そして帰ってくるのはことが起きてからだ。だがその前に友人となれれば、あるいは。
今の目標がとりあえず定まった。
貴族の友人をつくること。リックとニルスになるべく早く出会ってみること。そして、何より一番重要なことはラウラをデニスと婚約させないこと、だ。
「ラウラ。交流会というかお茶会か。行ってみたらどう?」
エルヴィンが提案すると、家族全員が意外そうな顔でエルヴィンを見てきた。確かに以前の自分は交流など別に必要でもないと思っていたかもしれないが、ここまで意外そうな顔で見られるほどかとエルヴィンは苦笑した。
俺、引きこもりとか思われてたのかな。
「ラウラにはいい友だちが必要だよ。同じ歳か年齢の近い女の子のね。もちろん、俺もヴィリーと一緒について行ってあげる」
「ほんと? 兄さま」
「え、ボクも行くの?」
ラウラは嬉しそうな、ヴィリーは微妙そうな顔でエルヴィンを見てきた。
「どうしたのでしょうね、エルヴィンは。喋り方も急に大人びちゃって」
母親がおかしそうに見てくる。
しまった。一応子どもであることは覚えていたけど、九歳の俺はこんな話し方しなかったんだっけ?
一瞬焦ったが、九歳の頃の自分がどういう風に喋っていたかなどさすがにわからない。そもそもいつから自分のことを「俺」と言っていたかさえ覚えていない。かといって意識し過ぎてわざとらしい子どもになるのも自分が嫌だ。なるようになれだ。あまり難しい言葉を口にしなければ何とかなるだろうと思うことにした。
「お、となびてるんじゃなくて、俺はもう九歳です。だから大人なんです」
「ははは、いいぞエルヴィン。では領地のことについてもそろそろ学んでいくか?」
「……えっと、はい……父上。でもお手柔らかにお願いします」
「とにかく、そうと決まればお茶会のために素敵なお洋服を仕立てないとね!」
母親が嬉しそうに手を叩いた。ラウラは「すてきなドレスがいい」と目を輝かせたが、ヴィリーだけでなくエルヴィンもそれに関しては微妙な顔になった。確か小さな頃、滅多になかったがどこかへ出かける時は襟や袖口に大きなフリルやリボンのついたブラウスシャツを着させられた記憶がある。
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