彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
1 / 193

1話

しおりを挟む
 苦しい。
 息が、できない。
 喉が焼けつくように痛い。
 頭がガンガンする。
 眼球が飛び出そうなほど痛い。
 もう、死ぬのか。
 俺は結局死んでしまうのか。
 でも、そうだ……死んだら家族に会えるかもしれない。懐かしい、愛しい俺の両親や弟妹……会いたい、会いたい……会える、なら、もう、いい……か?
 ──、いや。
 駄目だ!
 駄目だ、俺が死んでしまったらシュテファンが独りぼっちになってしまう。駄目だ。
 いや、でもシュテファンは……?
 もう……ああ……、いや、まだ……。
 リック王子は……ニルスという男は……信じていいのだろうか……。
 ああ、駄目だ……もう、何も、見え、な──



 思いきり息を吸い込んだ。そしてエルヴィンは自分が目を覚ましたことに気づく。

 ……ゆ、め……?

 呼吸が荒い。とても苦しかった気がする。
 思いきり肩で息をしながらエルヴィンは辺りを見回した。自分の部屋だ。

 どうなってる……?
 俺は確か……牢に……。

 意味がわからない。牢に入れられ、不便で不潔な環境を強いられ、そして確かに死ぬところ、いや、死んだはずだった。

 それとも、そっちが、夢、だった……?

 いやまさか。
 そんなはずはない。例え死にかけたのが夢だったとしても、それまでのあれほどつらく悲しい思い、今もまだ浮かべるだけで胸が痛む数々の出来事が夢なはず、ない。
 それに死にかけていたのも夢ではない。かけがえのない愛する甥を最期に思っていた自分の気持ちを考えると間違いなくそれらが夢だったと思えない。

 どっちかといえば……今が夢、では?

 もしかして走馬灯とか? と思ってみるが、知識として何となく知っている走馬灯はこういうものではなかったはずだ、と微妙な気持ちになった。
 ただ、ここが自分の部屋だという認識はあるが、違和感が拭えない。何だろうか、部屋の雰囲気が違う気がする。やはり夢なのか。
 とりあえず一旦ベッドから降りようと、ぼんやり考えごとをしながら降りたところでまた違和感を覚えた。妙に体が軽い上に、ベッドから床という着地点までの間隔が長かった気がする。
 怪訝に思い、下を向いたところで自分の体にますます違和感を覚えた。

 どうなってる……?

 何気に手のひらを見て確信した。小さい。

「……いやいや、何だ? 死にかけて幻覚を見てるとかか?」

 声に出してみると、その声は明らかに幼子のそれだ。微妙な気持ちで首を振っているとベッドサイドに置いてある水差しが目についた。水を飲めば幻覚も消えるかもしれない。もしくは死んでからの幻なら、そもそも水を飲もうにも飲めないかもしれない。
 水差しに手を伸ばすも、何とか届く自分の小さな体にまた違和感を覚える。

 これが幻覚?
 毒で脳が完全にやられたか?
 もしくは死んでからも夢って見るのか?

 こぼさないよう必死になって水差しからグラスへ水を移し、エルヴィンはそれを飲んだ。少しぬるくなっている水は間違いなく水の味がした。コクリと飲み込む。そしてグラスを持つ手を見る。

「……まだ小さい」

 いやいやいや、おかしいだろ。何だこれほんと。もしくは死にかけたもののまだしぶとく生きてる俺に、誰かが魔術具などでまやかしを見せてる、とか?

「……だとしたらそいつも殺す」

 これ以上俺を混乱させるな。苦しめるな。

 ただ、少なくともあの恐ろしく痛くて呼吸のできない感覚はもう完全にない。エルヴィンは正常な呼吸をしている。
 そういえば、とベッドサイドの引き出しを開けた。ここがもし自分が小さな頃の部屋ならば、そこに日記帳と一緒に手鏡も入っていたはずだ。
 開けるとやはり入っていた。手鏡を取り、エルヴィンは一瞬躊躇した後に思い切って自分の顔を見た。そこに映っていたのは顔色の悪い死にかけの男でもなく、ましてや顔の映らない幽霊でもない、子どもの頃のエルヴィンの顔だった。
 小さな体や手を見て何となく薄々わかっていたというのに改めて驚愕し、エルヴィンは手鏡を下へ落とした。もちろんその衝撃でこの状況ともども割れて牢の中へ戻るなんてこともなく、手鏡はふかふかとしたラグに包み込まれるようにして落ちた。
 考えがまとまらないまま、エルヴィンは一緒に入っていた日記帳も取り出す。大人になってからは中々書く暇もなかったそれを読むと、今の自分がこの間九歳になったばかりだとわかった。
 あの牢でエルヴィンが死んだのは二十七歳の時だ。あり得なさすぎて実感もないが、ひとまず一旦受け入れたとして計算すると、エルヴィンは十八年前に戻ったということになる。
 ときめきが止まらないなどだったら楽しいのかもしれないが、とにかく戸惑いが止まらない。頭を抱えて十回くらい床を転がりまわり、その後で壁にその頭を打ちつけてから叫びたいしそうしようと思い立ったところで「起きておられるんですか?」というメイドの声が部屋の外から聞こえてきた。ハッとなり、我に返れたエルヴィンは深呼吸をしてから「うん、起きたよ」と返事した。
 着替えなどの支度を済ませ、食事を取りに部屋を出たエルヴィンは慎重に周りを窺った。廊下も壁も、窓から見える庭園も、同じようでいてどこか少し違う。とはいえ別物でもない。
 ダイニングとして使っている大部屋に着くと、両親も弟妹もすでにテーブルについていた。その両親が若々しい。ヴィリーとラウラに至っては小さい。
 それもそうかもしれない。エルヴィンが本当に九歳なら、この双子の弟妹は七歳ということになる。十八年後の家族の姿を知っているだけに妙な感覚だ。

 いや、何より……何より、生き……生きてる……!

 生きている。話している。目が口が、手が体が、彼らが動いている。彼らの命が、そこにある。

「エルヴィン? どうしたんだ? 早く席に……」
「……っうっ」

 いきなりぼたぼたと大粒の涙を落とし始めたエルヴィンを見て、両親は慌てて立ち上がり、弟妹たちはつられて泣き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...