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65話
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気づけば過ごしやすい気候になっている。ついこの前までは暑さにやられそうになっていたというのにとサファルは荷卸しをしながら思っていた。
空が高くみえる。まだ日中は暑いこともあるが、吹く風は爽やかだ。
「おはようサフ」
「おはよー! 今日もいっぱい買ってってね!」
「可愛く言っても騙されねぇぞ」
「そう言うなよ」
いつものように軽いやり取りをしながら仕事を進める。
「そういやお前は防具や魔法具などは扱わないのか」
「え? 何かあったのか? そもそも俺が用意したとして、あんたのとこでそういう商品扱ってなくない?」
今、相手をしているところも他のサファルの取引相手もいわゆる道具屋ではあるが、食品も取り扱っている雑貨屋のようなものだ。武器や防具は取り扱っていないし客もそれを希望するなら武器屋へ行くだろう。
「まぁな。もちろん本格的な武器を扱うつもりはねぇけどよ、最近少々きな臭い話を耳にするんでな」
道具屋のくせに太い腕を、話をしながらおもむろに組んだ相手をサファルは見た。
「きな臭い?」
「ああ。詳しくは知らねぇけど、どこぞの遠い山だかなんだかで竜が暴れてるってな」
「竜が? 何かの間違いじゃないの?」
竜自体、どこかお伽噺じみていて現実味はあまりない。いや、間違いなく存在しているらしいのだがこの目で見たことがない。
ただ、神格化した存在とさえ思われている竜だけに暴れるというのは違和感しかない。
「まぁなぁ。でも火のないところに煙は立たねぇだろ? それにここは旅人もよく立ち寄る町だしな。本当にどこかで見たというやつか、もしくはそういう話を聞いてきたってやつが何人かいてじわじわ広がってんのかもしれん。とはいえ全くのデマかもしれん」
サファルが黙って聞いていると続けてきた。
「それは今のところどっちでもいいんだよ。今のところはな。この町とは関係のない話だ。大事なのはそういった噂話が影響して関連する商品が売れるってことだろ?」
「わあ。全くさぁ、世知辛いし現実的過ぎだろ」
「商売人だからな」
「……うーん。防具はでもやっぱり武器屋に任せたほうが……いや、でも一般人が身に付けやすいものなら……気休め程度でもないよりましだろみたいな……。でも実際戦いに出向くのでもないのに防具って普段の生活には邪魔だしなぁ……」
世知辛いなどと言いながらも、そこはサファルも商人だ。商売になることなら見過ごし難い。ぶつぶつと呟いていたらしかし笑われた。
「お前には世知辛いだの現実的過ぎだの言われたくねえな」
「あは、ですよねー」
仕事を終えた後、酒場へ向かったサファルは店主に確認してみた。
「マリ、こーゆー噂って聞いてる?」
「ああ、それな」
驚くことも否定することもなく、どちらかというと流すような態度はいつものことだ。
「信憑性あるの?」
「さぁなぁ。俺が直接聞いた訳じゃないからな」
「あてにならないなー」
「やっすい酒しか飲まねえくせに、情報だけあてにしてんじゃねえよ」
「そこはほら、お得意さんのよしみだろ」
「何がお得意さんだ。まあほんとここ数日の間にちらほらと耳に入ってきた程度だな。どこの山だかなんだかも知らねえし、本当に竜が暴れてんのかも知らねえ。ただ竜ってだけにむしろ真実味あるのかもな」
ごくりとエールを飲み干すと、サファルはおかわりを頼んだ。
「そりゃまぁ、ベヒモスとかレヴィアタンとか言われるほうが微妙かもだけど」
ベヒモスもレヴィアタンも一応実在はすると言われている名前だけは有名な魔物だが、あまりに巨大だったり強力な魔力を持つ魔力過ぎて魔界にいるとされている。
「今のところ話半分に聞いてるけど、絶対ないとは言い切れないな。かといって俺ら一般市民は何もしようねえからな」
店主は淡々と言った後に別のカウンター客へ飲み物を出しに行った。
確かに一般人は何もしようがない。もし本当の話だったとしても竜が村や町を脅かすのでなければ、ある意味触らぬ神になんとやらだし、危険が近づきそうだとしても対策するのは上の人間だし、対応するのは騎士や戦士、魔術師になるだろう。人間同士の戦争ならば一般人も歩兵としてかり出されることもあるらしいが、魔物ともなれば完全に非力だ。サファルのように弓が出来ても戦闘向けではないので一般人扱いになる。
──カジャックが村や町の人間なら魔物対策要員としてかり出されちゃうんだろな。
実現するはずがないことだと承知の上で、カジャックが皆から頼られ称賛されるところが見てみたいとサファルは思った。かり出されるのはいくらカジャックの能力が優れていても心配過ぎて歓迎出来ないが、周りから「カジャック」「カジャックさん」と親しげに呼ばれたり尊敬の眼差しを向けられるカジャックは見たい。
「……きっと淡々と受けたりさらっと対応したりするんだろな」
あの鋭い目付きで。だというのに静かで男らしい様子で。それを想像するだけで、恐怖ではなく興奮で身震いしそうだ。
「何をさらっとなのか知らんが、欲望にまみれたような顔してんぞ」
「え、あ……ってまみれてないよ!」
いつの間にか呆れた顔を向けてきていた店主にサファルは微妙な顔をした。
空が高くみえる。まだ日中は暑いこともあるが、吹く風は爽やかだ。
「おはようサフ」
「おはよー! 今日もいっぱい買ってってね!」
「可愛く言っても騙されねぇぞ」
「そう言うなよ」
いつものように軽いやり取りをしながら仕事を進める。
「そういやお前は防具や魔法具などは扱わないのか」
「え? 何かあったのか? そもそも俺が用意したとして、あんたのとこでそういう商品扱ってなくない?」
今、相手をしているところも他のサファルの取引相手もいわゆる道具屋ではあるが、食品も取り扱っている雑貨屋のようなものだ。武器や防具は取り扱っていないし客もそれを希望するなら武器屋へ行くだろう。
「まぁな。もちろん本格的な武器を扱うつもりはねぇけどよ、最近少々きな臭い話を耳にするんでな」
道具屋のくせに太い腕を、話をしながらおもむろに組んだ相手をサファルは見た。
「きな臭い?」
「ああ。詳しくは知らねぇけど、どこぞの遠い山だかなんだかで竜が暴れてるってな」
「竜が? 何かの間違いじゃないの?」
竜自体、どこかお伽噺じみていて現実味はあまりない。いや、間違いなく存在しているらしいのだがこの目で見たことがない。
ただ、神格化した存在とさえ思われている竜だけに暴れるというのは違和感しかない。
「まぁなぁ。でも火のないところに煙は立たねぇだろ? それにここは旅人もよく立ち寄る町だしな。本当にどこかで見たというやつか、もしくはそういう話を聞いてきたってやつが何人かいてじわじわ広がってんのかもしれん。とはいえ全くのデマかもしれん」
サファルが黙って聞いていると続けてきた。
「それは今のところどっちでもいいんだよ。今のところはな。この町とは関係のない話だ。大事なのはそういった噂話が影響して関連する商品が売れるってことだろ?」
「わあ。全くさぁ、世知辛いし現実的過ぎだろ」
「商売人だからな」
「……うーん。防具はでもやっぱり武器屋に任せたほうが……いや、でも一般人が身に付けやすいものなら……気休め程度でもないよりましだろみたいな……。でも実際戦いに出向くのでもないのに防具って普段の生活には邪魔だしなぁ……」
世知辛いなどと言いながらも、そこはサファルも商人だ。商売になることなら見過ごし難い。ぶつぶつと呟いていたらしかし笑われた。
「お前には世知辛いだの現実的過ぎだの言われたくねえな」
「あは、ですよねー」
仕事を終えた後、酒場へ向かったサファルは店主に確認してみた。
「マリ、こーゆー噂って聞いてる?」
「ああ、それな」
驚くことも否定することもなく、どちらかというと流すような態度はいつものことだ。
「信憑性あるの?」
「さぁなぁ。俺が直接聞いた訳じゃないからな」
「あてにならないなー」
「やっすい酒しか飲まねえくせに、情報だけあてにしてんじゃねえよ」
「そこはほら、お得意さんのよしみだろ」
「何がお得意さんだ。まあほんとここ数日の間にちらほらと耳に入ってきた程度だな。どこの山だかなんだかも知らねえし、本当に竜が暴れてんのかも知らねえ。ただ竜ってだけにむしろ真実味あるのかもな」
ごくりとエールを飲み干すと、サファルはおかわりを頼んだ。
「そりゃまぁ、ベヒモスとかレヴィアタンとか言われるほうが微妙かもだけど」
ベヒモスもレヴィアタンも一応実在はすると言われている名前だけは有名な魔物だが、あまりに巨大だったり強力な魔力を持つ魔力過ぎて魔界にいるとされている。
「今のところ話半分に聞いてるけど、絶対ないとは言い切れないな。かといって俺ら一般市民は何もしようねえからな」
店主は淡々と言った後に別のカウンター客へ飲み物を出しに行った。
確かに一般人は何もしようがない。もし本当の話だったとしても竜が村や町を脅かすのでなければ、ある意味触らぬ神になんとやらだし、危険が近づきそうだとしても対策するのは上の人間だし、対応するのは騎士や戦士、魔術師になるだろう。人間同士の戦争ならば一般人も歩兵としてかり出されることもあるらしいが、魔物ともなれば完全に非力だ。サファルのように弓が出来ても戦闘向けではないので一般人扱いになる。
──カジャックが村や町の人間なら魔物対策要員としてかり出されちゃうんだろな。
実現するはずがないことだと承知の上で、カジャックが皆から頼られ称賛されるところが見てみたいとサファルは思った。かり出されるのはいくらカジャックの能力が優れていても心配過ぎて歓迎出来ないが、周りから「カジャック」「カジャックさん」と親しげに呼ばれたり尊敬の眼差しを向けられるカジャックは見たい。
「……きっと淡々と受けたりさらっと対応したりするんだろな」
あの鋭い目付きで。だというのに静かで男らしい様子で。それを想像するだけで、恐怖ではなく興奮で身震いしそうだ。
「何をさらっとなのか知らんが、欲望にまみれたような顔してんぞ」
「え、あ……ってまみれてないよ!」
いつの間にか呆れた顔を向けてきていた店主にサファルは微妙な顔をした。
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