銀色の魔物

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38話

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 いつもは厚かましいくらいのサファルがまさかの遠慮を見せて帰った後、アルゴは近況について色々聞いてきていた。

「それも問題ない」
「またそれか。カジャック、お前はジン以上に愛想がないぞ? ジンは寡黙ながらも愛嬌もあるやつで──」

 また始まった。
 カジャックは微妙な顔でアルゴを見た。アルゴは何かにつけてすぐジンを引き合いに出したかと思うとそのままジンとの思い出を語り出す。そしてカジャックにはその思い出はどうにも時折補正や修正されているようにしか思えなかった。ジン、そんな人だっけ……? とたまに思わされる。
 そして今、新たにふと思ったことがある。

 もしかして……アルゴはジンのことをそういう意味で好きだったのだろうか……?

 だが思った後で「いや、まさかな」と思い直した。サファルの悪影響が及んでいるのかもしれない。もしくは、自分の生産的でないという考えがアルゴから植え付けられたものだと知った反動だろうか。それこそそんな考えを植え付けてくるアルゴがジンを? まさか、と内心苦笑する。
 さらりとしか聞かせてもらっていないが、ジンは過去に女性と結婚したこともあるらしい。それが何故森の奥にひとりで暮らすようになったのかは分からないが、少なくとも相手は女だった。そしてジンはアルゴとはまだ子どもの頃に出会っているとカジャックは聞いていた。

 だから違うな……多分。

 それにもしアルゴがジンを好きだったとしてもカジャックとしては別に問題ない。アルゴに偏った考えを植え付けられてはいるが、人に価値観や考えを押しつける気はなかった。

「そんなことより、アルゴ」

 座って酒とあてを時折口にしながら、ようやくカジャックは切り出した。

「そんなこととは何だ」
「ここから西のほうへずっと行ったところに開墾集落の跡地があるのを知っているか」
「……何故そんなことを?」
「聞いているのは俺だ、アルゴ」
「お前は何だかんだでジンに似ているな」
「それは聞いていない」
「全く。……私に知らないことはない」

 カジャックがじっと見つめると、仕方なしといった風にアルゴが返してきた。その尊大な様子を見れば、サファルがいなくてやはりよかったのかもしれないとカジャックは思った。おそらくサファルがいればアルゴは何も言ってくれなかったかもしれない。

「村というより町だと思った。それもかなりしっかり作られた町だ」
「行ったのか」
「ああ。……ジンはあの町の住民だっただろう?」
「──そうだ」

 これに関しては名簿のようなものでほぼ確実だと思っていた。聞きたかったのはその先だ。

「あの町だが……崩壊しているとはいえ、残っている瓦礫などの様子から思うところがあった。あの町はかなり強い魔力を持つ者の集まりだったんじゃないか?」
「何故そう思う」
「聞いているのは俺だと言っている。でもまぁいい。崩れてはいるが、よく見れば所々魔法で出来ている感じがした。多分普通だと分からないが、俺はジンがこの家に魔法をかけ、俺の暴走した火で燃えないよう細工したりしているのを見ている」
「ああ……なるほど」

 ふとアルゴが懐かしそうに目を細めた。

「小さなお前をジンが拾ったと知った時は何を考えているんだと思ったものだ。だがもしかして乗り越えたからこそかと様子を見ることにした。……お前は当時よく魔力を暴発させては怪我をしていたな」

 乗り越え?

 何の話だと思ったが、聞きたい話がまた逸らされてしまうかもとカジャックは話を戻した。

「で、合っているのか? あの跡地は魔力の強い者たちの町だったのか?」
「……そうだ。だが知ってどうする? もはや無くなった町だ」
「俺は……ジンのことが知りたいと本当はずっと思っていた……」
「……そうか」
「……、で、何故そんな町を?」
「モーティナの神話は知っているか」
「いくつかは本で読んだ」
「では、神を裏切りこの世界を犠牲にして禁忌を犯した少女と少年の話は?」
「読んだ」

 お互いを思いあっていた二人の少女と少年だが、少女は神の子であり一緒になることは出来なかった。だがとうとう二人は何もかも放り出して逃げた。そのため、世界は闇におおわれ魔物も蔓延るようになったし、少女と少年にも神の裁きが下ったという話だ。
 カジャックが子どもの頃に読んだ。それを読んでいるのを知ったジンに感想を聞かれて「神さまはひどい」と答えたのを覚えている。世間では禁忌を犯した子どもたち、と忌まれている話らしいが、カジャックにしてみればお互い思いあっている気持ちを裁く神というのが分からなかった。
 ジンは笑い、そして「こんな言い伝えもある」と、とある唄を教えてくれた。
 本当は神の怒りに触れたのではない。ただ、元々存在していた魔物から世界を見守ろうと自らを犠牲にした勇者たちの力が弱まってしまっただけなのだと。魔物が更に蔓延るようになったのは、そういうことなのだと。
 小さなカジャックにとっては少し難しい内容だったが、なんとなくホッとしたのを覚えている。

「あの物語は真実でなく、本当はこの世界を見守ってくれていたそれこそ神のような存在の力が薄れてきたのだ、だからその守り神たちを解放し、これからは自らの手で請け負っていこうと考えた者たちがいる」

 アルゴは淡々と口にしてきた。ジンが教えてくれた唄に似ている。だがその口調に違和感を覚え、カジャックはつい口をはさんだ。

「アルゴはその考えが間違っている、と?」
「いや。それは間違ってはいない。気持ちとして請け負うのはいい。だが、戦いは何も生み出さない。あるようにあるのが自然なのだ。魔物がいるのは、そら、今外で鳴いている鳥がいるのと同じだ。時に戦いを余儀なくされても共存するしかない。我々エルフが、基本的に気にくわない人間どもと共存しているようにな」

 だが、とアルゴは続けてきた。

「力を持つ者たちが集まり、更にその力を鍛え蓄え、魔物を討伐していこうと考えた。それの一つがあの町だ」
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