満月の夜

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58話

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 笑顔の海翔に月時は心臓を実際口から飛ばしそうだった。多分二重の意味でドキドキした。そもそも海翔の笑顔はいつだって月時をドキドキさせてくる。
 ――例え今のように意味ありげでも。

 契約、忘れてなかったんだ……!
 っていうかあの、それもだけど待ってその今ひろが言ったことに関してもう少し掘り下げてじっくり話したい……!

 とはいえ実際は口をパクパクとしながら月時は引っ張られるがまま海翔の側に座り込む形になった。

「あの」
「で、契約ってどうするの?」

 笑みを浮かべた海翔に、取り付く島もないと判断した月時は、その前に海翔が言ったことに関してを一旦諦めるしかなかった。
 とはいえ「契約」に関しても月時にとって結局逃れられない内容だし、むしろ海翔から聞きたがってくれる展開に感謝すべきだろうと居住いを正した。

「えっと、さっき契約の話した時に言ったようにね、魔界の住人と契約すると人間ですら魔物になる。で、元々魔物だろうが人間だろうが契約した者を基本的に主と見なし従うなり仕えるなりして側につく。ここまではいい?」
「うん。忠誠を誓うけど、心までは支配されないんだよね」
「だね。魔界でも結構いるよ、悪魔とかはよく主従契約結ぶんだけど主人や上司に対してなんというか、まあ、強いタイプ。……万が一ひろが俺と契約してもそーなりそうだね」
「そう? 俺結構従順だけど」

 海翔の口から従順と聞いて、興奮はするが「ないない」と微妙にもなる。

 だってひろ、素直で真っ直ぐだけど頑固なとこあるしマイペースでいてあまり自分曲げないもん。

 ふ、っと小さく笑うとだが海翔に怪訝な顔をされた。

「とりあえず、そういう基本的には主従を結ぶ感覚ではあるんだけど心を奪われる訳じゃないし、まあ強制力の強い、会社の雇用契約みたいなもの、かな」
「身も蓋もないな」
「だって。あ、だからさっきは言ってなかったけど、人間が魔物になっても基本的に性格とかは変わらないよ。体が変わるだけ」
「そうなの? 魔物になった途端、人を喰らうようになるとか血を求めるとか……」
「いやいや……。俺、人間食いたいとか言ったことある?」
「ないけど」

 ないけどと言いつつも海翔は考えるような表情をしている。不思議な生き物や世界を信じている海翔ですら、魔物に対する認識はそんなものなのだ。ましてやそういったものを受け付けない人間なら尚更酷いものに思われているのだろうなと月時は思った。
 確かに肉は好きだが別に近所にある肉屋がくれる骨ですら幸せを感じられる勢いで、別に人間を食べたいなどと思ったことはない。食べられないことはないが、気持ちの上で無理だ。
 魔界のワーウルフも同じで、肉なら基本的になんでも好きだが、無差別に漁るなんてことはしない。そんな生き物なら今頃悪魔や下手をしたら天使によって根絶やしされていたかもしれない。

「確かにそういう魔物も中にはいるけど、そういう魔物は契約なんてまず出来ないし基本的に討伐対象だよ……。例えひろがもし俺と契約しても、ひろはやっぱりひろのままなの。見た目は変わるかもしれないけどね」
「俺も犬になる?」
「犬じゃねーってば! もう。狼ね。あと、どうだろうなぁ。完全に契約主そのものと同じになる訳じゃないんだ」
「そうなの?」
「うん」

 頷きながら月時は自分の知っている範囲で説明した。契約主と似た能力や容姿を得ることもあれば、ただ単に魔力を貰い受けるだけで似て非なるものだったり。

「じゃあどうやって誰と契約したとか分かんの? 気持ちの上だけ?」
「あはは、まさか。そんなだったら不履行する者も出そうだよ。ちゃんと印が体に現れる。文様という形で」

 月時が笑いながら言うと、海翔は「文様? 模様のこと?」と首を傾げてきた。確かに普段使うものではないかもしれない、と月時は思った。
 見本として自分のものを見せればいいのだろうが、人間の姿になっている今は消えている、というか人間には見えなくなっている。半獣になれば見えるが、かといって家族が居るこの家で万が一を考えて海翔の前で例え半獣であっても姿を変える訳にもいかない。

「うーんと、服とかのデザインとしての模様とはまた違うよ。そーだなー。ちょっと刺青に近いかも」
「へえ」
「契約者と同じタイプの文様が体に出る。それによって絆が結ばれてるのが分かるし、魔力などの力も得られるんだよ」
「なるほどな。……でもトキって基本魔力ないんだよね?」

 海翔は単純明快なことをぐさりと時に刺してくる。

「ぅ。な、くは、ないよ。だってこうして人間の姿保ってるもん」
「あ、そっか」
「でも確かに俺の魔力はかなり弱いと思う。だからひろもどんな風になるのかは俺も分かんない、けど中身は変わらないよって話」
「そっか」

 真顔で聞いていた海翔がふっと笑みを見せてきた。何故かは分からないまま月時がそんな海翔にドキドキとしていると「契約したら即、魔物になるの?」と海翔が聞いてくる。

「あ、っと……本契約したら、うん。でも最初は巻き付いた文様はあまり大きくなくて、自分に備わる力が大きくなると広がっていく感じかも」
「へえ、……って本契約?」
「うん。いきなり本契約することもあるけど、聞いた話では人間だと仮契約からする場合も割とあるか、な」
「どう違うの?」
「んー……とりあえずすぐに完全に契約出来ないけれども、将来的に必ず結びますって時に先に仮契約する感じ、かな」
「クーリングオフあり、みたいな?」
「あー……それは、ない、かな……。仮契約をすると胸に痣が出来るんだ。これも印。で、見た目は人間のままだけど、仮契約者がもし契約主を裏切る行為を行ったらその痣が仮契約者の心臓を締め付けて殺しちゃう、から」

 普段は当たり前のように知識として入っている内容も、海翔がするかもしれないものとして海翔に説明すると非常に残酷な内容に感じられた。もちろん月時たち魔界の者の感覚としては契約をするという時点で裏切りがあり得ないからこその制約の為、特に疑問も持っていなかった。
 だが海翔に説明すると実際人間ではないのだから仕方がないのだが、酷く非人道的に聞こえる。現にそれを聞いた海翔も少し緊張したような表情を浮かべている。

「……結構厳密なんだ、な……」
「そ、そうなの、かな」
「……まあとりあえず契約については今のところもういい。仮契約をした時点ではまだ人間だがもう後には戻れないってことと、契約をしてもどんな風に変わるかは決まってない。だけれども性格といった中身が変わることはない。こんな感じだよな?」

 自分が説明するより端的にまとめてきて、月時は「さすがひろ」とキラキラした目を海翔に向けた。学校の成績だけを見たら月時のほうがいいのだが、実際の頭のよさは多分海翔だと普段から月時は思っている。

 ……たまにわざとなの? ってくらい不思議なボケはしてくるけれども。

「いや、そういうのはいいから、肝心の契約方法。これを聞いてたのにまだ全然それに触れてない、なにやってんの」

 ボケてくるが、基本的には容赦ない。月時は苦笑しながら「えっと」と口を開く。

「仮契約にしても本契約にしても、一旦呪文で魔法円を出して行うよ。もしくはかなり魔力の高い悪魔とかなら円すら出さなくて簡単な呪文でいけるらしい」
「へえ」
「で、仮契約の時は陣を出してから相手に噛み付くことで出来る。前にひろが聞いてきたことあるけど、ただ噛み付くとかキスするとかだけならなにも効果ないんだ」
「……なるほど」
「で、仮契約が成立すると心臓がある方の胸に印が浮き出てくる。でもこれは魔界の者しか見えないよ。人間には見えない。だから仮契約中は基本的に人間にはなにも変わらないようにしか見えないんだ」

 月時が説明することを、海翔は真剣に聞いているようだ。やる気のなさそうな相槌すら打つのを忘れている海翔に、月時は構わず続けた。

「でも、魔界の者には見える。だから他の獲物や契約を結んでいる対象者を間違って奪うことはないよ。わざとならまた別だけど」
「わざと?」
「契約って言ってもあくまでも仮だから……基本的には契約者以外に印を消すことは出来ないけど契約者より強い魔力を持つ者なら上書きも出来るらしーよ。俺もあまりその辺は詳しく分かんないけど……」
「なるほどな。一応分かった。で、本契約は?」

 なにを聞かれているのか分からずに月時が首を傾げると海翔が続けてきた。

「仮契約だと呪文で陣出して噛み付かれるかなんかで契約、なんだろ。本契約だとまた違うんじゃないの?」
「ああ! うん、仮だと噛み付くんだけど、本契約は接触をして契約成立させるんだよ」
「接触? ……ああそれこそ体液のやりとりみたいな」
「まあ、そうだね」
「ふーん。要は性交ってことか」
「うん、そ……、……っえっ?」

 海翔があまりにもさらりと言った言葉に、思いもよらなかった月時が真っ赤になって二度見した。
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