満月の夜

Guidepost

文字の大きさ
上 下
28 / 128

27話

しおりを挟む
 プールに行く日は朝の早くから月時はそわそわしながら準備していた。それに気づいた月凪に「トキは可愛いねえ」と恐らく馬鹿にされる。とはいえ一緒にプールに行けるというだけで最高の気分だったのでからかってくる月凪すらも愛しく思えるくらいだった。
 そわそわして待ちきれなく家を出ようとしたら現地集合での待ち合わせ場所に下手をしたら一時間以上前に着く勢いだと気づき、時間をなんとか潰していたら今度はむしろギリギリになってしまった。夢中になって走り、待ち合わせ場所で海翔がぼんやりと立っているのを見つけると更に猛ダッシュした。

「ひろ、久しぶり!」

 思い切りギュッと抱きしめながら言うと容赦なく引きはがしながら「数日前に会ったよな……?」と微妙な顔で海翔が見てくる。同じくすでに来ていた昌希と悠音は、そろそろ見慣れてきたのか元々気にもしてないのか、思い切りスルーして別の話をしていた。
 月時はプール自体、あまり行ったことがない。子どもの頃は力が安定していなかったので当然水着という無防備な姿を晒すところでゆっくり遊べる筈もなかった。
 そもそも魔物は幼体でこの人間界に居ること自体、滅多にないらしい。大抵は成長してから、留学という形でそっと忍び込む。
 悪魔などは発生した時点で完成されているが、魔物は人間界の生き物と同じで大抵は親から生まれ育っていく。外見や力の成長も人間界の生き物と途中までは大差ない。
 基本ヒトの姿で生きている月時たちも人間と同じようなスピードで成長してきた。だいたい外見の成長はそろそろ止まるか、あと数年くらいまでは成長するかだと思われる。そのまま何十年、何百年、下手をすれば千年以上生きる。その間に力の成長は留まらずどんどんしていくので、長らく生きている魔物はこの人間界ではたまに神様のような扱いを受けることもあった。
 その為、幼体の時は実際中身も幼い。
 とても気をつけて過ごす理由としては、正体がバレてしまう恐れもあるが、人間界で無意味な殺生を引き起こすことを回避しがたくなるのもある。
 それでも月時たちの両親はここでちゃんと月時たちを育ててくれた。

「魔界も好きだけどね、この世界も大好きなんだよ」

 よくそう言いながら、月時たちを可愛がってくれたり、時には酷く叱ったりしてきた。月時たち兄弟も、その為きちんと理解している。両親のエゴだと思ったことはない。いつも誤魔化すことなく理由を説明してくれたおかげで、月時たちも皆、ここで育って良かったと今も思っている。
 だから、本当は小学生の頃も休まず学校へ行きたかったし、友達を作りたかったし、こうしてプールや海などへ遊びに行きたかったが、我慢してきた。時に力が思うようにならなくて悲しかったり悔しい思いもしてきたけれども、だからこそ今こうして「友達とプールへ遊びに行く」という行為が嬉しくて堪らない。よく「いつも楽しそう」と学校の友達に言われるが、実際に楽しくて仕方ないのだ。
 子どもの頃から憧れていた。
 普通に学校へ通い、友達を作り、そして遊ぶ。楽しくない訳がない。
 月時と月侑太は特に子どもの頃、月梨や月凪よりも能力を上手く扱えなかった。だから余計に今、二人とも毎日ひたすらはしゃいでいるのかもしれない。
 おまけに大好きな海翔が居る。
 有頂天にならないほうがおかしい。
 チケットを買ったり着替えたりする度にいちいち驚いたりはしゃいでいると海翔や昌希から「大丈夫か」と苦笑されたが、嬉しいので仕方がない。

「俺、プール来たこと、ほとんどないんだよ。だからどれも珍しくて!」

えへへと笑うと二人から「意外だ」と言われた。

「なんで」
「体を使う系っつーのかなんて言えばいいのか分からないけどこういう遊びはひたすら楽しみ尽くしてそうに見えるけど」

 海翔が言うのを聞いて、自分はいったいどういう風に見えているんだろうと少々謎に思った。
 水着になった海翔を見て、だがやたらめったらはしゃいでいた月時は一気に心臓が煩くなり、少し大人しくなった。

「どうかしたのか?」

 更衣室を出て外に出たところで海翔に聞かれ「えっとね」と素直に話す。

「ひろの裸見てドキドキしてた」
「……意味が分からないんだけど」

 言うと海翔がとてつもなく微妙な顔で月時を見返してくる。

「ええ? なんで!」
「なんで、って……」

 おまけに悠音の水着姿に月時が全然反応していないことに気づいて余計に怪訝そうな顔をされた。

「なんでそんな顔で見てくるの」
「いや、だって俺に対してすらドキドキするなら悠音だと大変だろうなって思ってたら、あんた全然反応ないから」
「俺をどんな変態だと思ってるの……? 関さんは昌希の彼女だし、そもそも関さんにはそういう目線じゃないよ? そりゃもし関さんが裸だったりしたらびっくりするだろけど」
「余計意味分からないだろ……。……ああ、もしかして乳首マニアとかそんな……?」
「待って! ほんっとうに俺をなんだと思ってんの? そこが露出してるからってのが原因じゃないよっ?」

 そんなことを言い合っていたら昌希と悠音に「なにやっているんだ」と生ぬるい目線を頂いた。
 気を取り直して月時は思い切りプールを楽しんだ。学校の授業でも楽しかったが、こういう施設だともっと楽しい。ついでにどさくさに紛れて大いに海翔にくっついた。
 二人乗りのウォータースライダーは楽し過ぎて何度も乗りたかったが、海翔が「高いとこって訳じゃないけど、なんか足すくむから」と言ってきたので我慢した。
 サラリと言ってはいたが、恐らくなんでもない風を装っているんだと月時は思った。

 ……高いとこ、凄く苦手になったんだろうな。

 屋上でのことが思い出され、少しまた自分の不甲斐なさにこっそり落ち込むが海翔に気づかれたくないのですぐに気を取り直した。
 昌希がだが付き合ってくれたので、その後も何回か乗った。
 かなりはしゃぎすぎたのか、帰る頃にはさすがの月時も眠くなっていた。電車に揺られながらウトウトとしており、気づけば隣に座っている海翔に寄りかかっていた。ハッとなるが海翔にくっついている状態なのに海翔が大人しい。そっと隣を窺うと、同じく疲れたのか海翔も眠っていた。
 なんとなく凄く幸せな気分になったのでまた月時は目を瞑る。大好きな相手にくっつきながらゴトゴトと揺られているのが気持ちよくて、気づけばまた普通に眠っていたようだ。
 穏やかな状態で眠る場合は耳と尻尾の心配もないのもあり、下車駅までぐっすりだった。
 その後乗り換えがある昌希たちを見送ってから月時と海翔は駅を出る。

「ひろ、また遊ぼうね」

 まだ眠気が取れないのかぼんやりとしている海翔に笑いかけると「ああ」と返ってきた。それすらも嬉しい。

「でももう少ししたら俺らは合宿あるから」
「……そっか」

 そういえば、と月時ががっかりしていると「それ、終わってからな」と海翔が少しだけ笑いかけてくれた。

「うん!」

 とてつもなく嬉しくて、月時が手を広げて抱き着こうとしたらスルリと避けられた。

「だからどこだろうがそういうことすんの、ほんと止めろよな……」

 呆れたように言った後で、だが海翔は月時を少し見た後で手を伸ばし、一瞬だけだが頭を撫でてくれた。

「ひろ?」
「髪がぐちゃってなってた」

 ああ、撫でてくれたんじゃなかったのか。

 少しがっかりしたが、それでも普通に触れてくれるだけでも嬉しい。

「じゃあ、またな」

 そして「また」と言ってくれるのも最高に嬉しかった。
 送ると言ったのを本気で「いらない」と言われて今回は渋々、海翔と反対方向の道を歩く。普段は通学に電車を使わないので少し新鮮な気持ちで歩いていると、ふわりと懐かしい匂いが漂ってきた。

「……この、匂い……?」

 ハッとなって駆け出すと、鼻がいいので匂いの元へすぐにたどり着いた。
 そこにはいくつかの花が咲いていた。

「これ、あの時咲いてた花だ……」

 ヒトの体に戻れなくて必死に隠れていた山の片隅に咲き乱れていた花を月時は思い出す。その後見つけることが出来なかった匂いだ。もちろんあの場所ではないことは、普通の家の庭に少し咲いているだけの状態なので分かる。
 月時は花を撮ると海翔へ「この花、なんて花か分かる?」と送ってみた。別に海翔が花に詳しいと思っている訳ではないが、前に花について言っていたことを思い出したからだ。

『ああ、これ。前に豆ついてるってあんたが言ってただろ。それだよ。ルピナスの花。咲いてたんだ』

 海翔からはそう返ってきた。
 海翔が懐かしい匂いだと言っていたルピナスは、月時にとっても懐かしい匂いだったと分かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

からっぽを満たせ

ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。 そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。 しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。 そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

EDEN ―孕ませ―

豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。 平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。 【ご注意】 ※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。 ※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。 ※前半はほとんどがエロシーンです。

わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆
BL
※2024年12月中旬アルファポリス・アンダルシュノベルズさまより本作が書籍化されます! <本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です> ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。 記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

処理中です...