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22話
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最近よく一緒に居るようになって、なんとなく月時のことが少しは分かるようになってきたと思っていた海翔だが、間違っていた。なにを考えているのか、やはり全然分からない。昌希のことを言ってきたかと思えばいきなりキスをしてくる。
変わった味が好きという訳でもないし古い歌が好きという訳でもない。そう言ったら返ってくるのが何故キスなのか。
「っ、ん」
引き離そうとしたが、びくともしなかった。確かに海翔よりはがっしりしているのかもしれないが、月時も背は高いとはいえそれ程力が強そうには見えないのにと思いながら再度、月時の体を押す。
すると一旦離れてくれたのでホッと息を吐くと、今度はそこにするり、と舌が入ってきた。
「ふ?」
これはなんだ、と海翔は唖然とした。
いや、もちろん舌を絡ませるキスを知らない訳ではない。知識としては知っているし彼女が辛うじて居たこともある。最後までの経験はないがキスに関しては多少なら経験はしている。
そうではなく、何故、月時がこんなキスをしてくるのか。
改めて抵抗しようとしたが、やはりびくともしない。
「ん、ぅ」
月時の舌は海翔の抵抗に構うこともなく、ぬるりと口の中を動いていく。上顎を舐められると体がビクリと震えた。とはいえ、舌の動きは決して慣れたものではなく、手探りのごとく這いまわるといった感じでそれがとても苦しい。
息がしにくくて、そして時折海翔自身も知らないような敏感な箇所を擦っていくとなんとも表現しがたいものがぞくぞくと擦られたところから心臓へと走っていく。深くとも拙いキスのせいで、海翔の唇の端から唾液がこぼれた。
「っト、キ……っ、トキっ、……や、め」
抵抗しながらもなんとか合間に声を出す。するとようやくハッとなったように月時が海翔を離してきた。
「……っは、ぁ、はぁ」
すぐにでも文句を言いたいところだったが、呼吸が乱れてそれどころではなかった。息を整えながらキッと月時を睨みつけると、海翔がなにか言う前に「ごめん、ごめんね」と月時が謝ってきた。
「つい。嫌だった? ひろ、嫌だった?」
こいつにはもしかして犬の耳でも生えているんじゃないだろうかと改めて錯覚を起こしそうなくらい、飼い主に叱られた犬のような様子を見せてこられ、海翔はむしろ怒る気分ではなくなった。
「ついってなんだよ。……嫌ってのじゃないけど――」
「ほんとっ? ひろ、俺嬉し……」
言いかけている時に月時は実際嬉しそうにまた抱き着いてくる。
「離せ……」
思い切り微妙な表情で月時を少し睨みながら海翔はそんな月時を引きはがした。
「最後まで聞けよ。ったく。嫌とかじゃないけどそういうことしてくる意味が分からないしされても困る」
「なんで」
「は?」
「なんで困るの? 嫌じゃないのに?」
苦しいだけじゃなくて、なんだかおかしな気持ちになりそうだったから困るんだ、と海翔は脳内で呟く。だが月時にそう答える自分がなんとなく妙な気がして「こんなところでするものじゃないだろ……」と顔を逸らしながら答えた。
「じゃ、じゃあ場所違うかったらいいの?」
「……待て。そもそもいいとか悪いとか……っていうかほんと、なんでする必要があるんだよ?」
「えっと、ね。えっと……その、あれ。俺はほんっとにすっごく親しい人にはやっぱ抱き締めたりしたくなるし、親愛の気持ち溢れてキスしたくなる」
「俺とあんた、そんなに親しかったっけ」
つい一、二か月程前までは存在すら知らなかったんだが、と海翔が怪訝そうに月時を見るとショックを受けたような顔をしてきた。
「親しくないの?」
「……いや、まあ親しい、の、かな」
捨て犬のような目で見られると、自分がとてつもなく血も涙もないようなことを言ってしまったような錯覚にさえ陥りそうになる。ため息をついてから改めて海翔は月時を見た。
「親しいにしても、だ。さっきみたいなキスは恋人同士でするものじゃないのか?」
「……、じゃあ、恋び……」
海翔の言葉に顔を困惑したように赤くしながらなにか言いかけた月時だが、一旦俯くと今度は笑いかけてきた。
「でも俺はひろが好きだからしたいなって思ったんだ。ひろも嫌じゃないんだよね? あの、そんなにいっつもはしないから」
そんなにいつもはしないって、なんだ。
海翔はますます微妙な顔になった。
なんだろう、いつから? どこから? よく分からないが気づけばなんで自分はこんなところに居たんだと驚く感覚に似ている。そして把握出来ていないまま、とりあえず分かる範囲で進んでみたり分からないまま案内された通りに進んでみたりするような感覚。
確かに海翔も月時のことは嫌いではない。つい最近まで知らない相手だったが、人懐こい月時はするりと海翔の中に入ってきて嬉しげに楽しげに笑いかけてくる。アスレチックの時のように無茶なことをすることもあるが、基本的にはこちらのことをむしろ気遣ってきている感じも最近はする。
こちらもなんとなく月時と居ると楽しかったりするし、普段騒がしい相手は得意ではない筈なのに変に落ち着く時もある。
だからだろうか、普通に考えたら先ほどのようなキスをするなんてどうにもおかしいと思えそうなのだが、実際のところ不愉快ではなかった。
「……分かった、け──」
「ほんとっ? ひろ! 俺、めっちゃ嬉しいっ」
また言いかけている時に月時が同じようなセリフを吐きながら思い切り抱き着いてきた。
「……離せ……」
さすがに少しイライラとしながら海翔は今度も引きはがす。
「なんで最後まで聞けないんだ? いい加減にしろよ」
「ごめんなさい」
ため息を吐きながら言うと、正座でもし兼ねない勢いで月時はシュンとなりながら謝ってきた。
「いい? 分かったけど、だからと言ってむやみやたらにしてくるな。あんたの感覚に同意してる訳じゃない。俺は普段そういうことを例え兄さんとだろうがしないんだよ」
言い聞かせるように言えば、何故か月時は嬉しそうに目をキラキラさせながら頷いてきた。
「うん、分かった! 兄ちゃんともまさともしねぇんだよな!」
「……なんでそこで昌希が出てくんの? しないよ……ほんとあんたの感覚分からないんだからな」
「関さんともしない?」
「悠音ともしない」
「さっきの美術部員の子たちとも?」
「しない!」
「でも、俺とはしてくれるんだよね」
いい加減どうでもいい質問を止めてくれと言おうとすると、月時が嬉しそうに聞いてきた。海翔は言いかけて開けていた口を一旦閉じ、なんとなく釈然としない気持ちになりながらもまた口を開く。
「そういう、こと、になる、のか」
「えへへ」
月時がニコニコとまた抱き締めながら、今度は軽く合わせるだけのキスを、だが何度もしてくる。
「だから! あんたほんっと分かってんの? むやみやたらにするなって……!」
「ふっかいやつだろ? これはあれ。挨拶みたいなの。でも俺もひろにしかしないよ」
「あ、あ? うん?」
結局月時のことを分かったような分かってないままのような、やはり「気づけばなんで自分がこんなところに居るんだ」という感覚に陥りそうになりながらも海翔はつい、頷いていた。
変わった味が好きという訳でもないし古い歌が好きという訳でもない。そう言ったら返ってくるのが何故キスなのか。
「っ、ん」
引き離そうとしたが、びくともしなかった。確かに海翔よりはがっしりしているのかもしれないが、月時も背は高いとはいえそれ程力が強そうには見えないのにと思いながら再度、月時の体を押す。
すると一旦離れてくれたのでホッと息を吐くと、今度はそこにするり、と舌が入ってきた。
「ふ?」
これはなんだ、と海翔は唖然とした。
いや、もちろん舌を絡ませるキスを知らない訳ではない。知識としては知っているし彼女が辛うじて居たこともある。最後までの経験はないがキスに関しては多少なら経験はしている。
そうではなく、何故、月時がこんなキスをしてくるのか。
改めて抵抗しようとしたが、やはりびくともしない。
「ん、ぅ」
月時の舌は海翔の抵抗に構うこともなく、ぬるりと口の中を動いていく。上顎を舐められると体がビクリと震えた。とはいえ、舌の動きは決して慣れたものではなく、手探りのごとく這いまわるといった感じでそれがとても苦しい。
息がしにくくて、そして時折海翔自身も知らないような敏感な箇所を擦っていくとなんとも表現しがたいものがぞくぞくと擦られたところから心臓へと走っていく。深くとも拙いキスのせいで、海翔の唇の端から唾液がこぼれた。
「っト、キ……っ、トキっ、……や、め」
抵抗しながらもなんとか合間に声を出す。するとようやくハッとなったように月時が海翔を離してきた。
「……っは、ぁ、はぁ」
すぐにでも文句を言いたいところだったが、呼吸が乱れてそれどころではなかった。息を整えながらキッと月時を睨みつけると、海翔がなにか言う前に「ごめん、ごめんね」と月時が謝ってきた。
「つい。嫌だった? ひろ、嫌だった?」
こいつにはもしかして犬の耳でも生えているんじゃないだろうかと改めて錯覚を起こしそうなくらい、飼い主に叱られた犬のような様子を見せてこられ、海翔はむしろ怒る気分ではなくなった。
「ついってなんだよ。……嫌ってのじゃないけど――」
「ほんとっ? ひろ、俺嬉し……」
言いかけている時に月時は実際嬉しそうにまた抱き着いてくる。
「離せ……」
思い切り微妙な表情で月時を少し睨みながら海翔はそんな月時を引きはがした。
「最後まで聞けよ。ったく。嫌とかじゃないけどそういうことしてくる意味が分からないしされても困る」
「なんで」
「は?」
「なんで困るの? 嫌じゃないのに?」
苦しいだけじゃなくて、なんだかおかしな気持ちになりそうだったから困るんだ、と海翔は脳内で呟く。だが月時にそう答える自分がなんとなく妙な気がして「こんなところでするものじゃないだろ……」と顔を逸らしながら答えた。
「じゃ、じゃあ場所違うかったらいいの?」
「……待て。そもそもいいとか悪いとか……っていうかほんと、なんでする必要があるんだよ?」
「えっと、ね。えっと……その、あれ。俺はほんっとにすっごく親しい人にはやっぱ抱き締めたりしたくなるし、親愛の気持ち溢れてキスしたくなる」
「俺とあんた、そんなに親しかったっけ」
つい一、二か月程前までは存在すら知らなかったんだが、と海翔が怪訝そうに月時を見るとショックを受けたような顔をしてきた。
「親しくないの?」
「……いや、まあ親しい、の、かな」
捨て犬のような目で見られると、自分がとてつもなく血も涙もないようなことを言ってしまったような錯覚にさえ陥りそうになる。ため息をついてから改めて海翔は月時を見た。
「親しいにしても、だ。さっきみたいなキスは恋人同士でするものじゃないのか?」
「……、じゃあ、恋び……」
海翔の言葉に顔を困惑したように赤くしながらなにか言いかけた月時だが、一旦俯くと今度は笑いかけてきた。
「でも俺はひろが好きだからしたいなって思ったんだ。ひろも嫌じゃないんだよね? あの、そんなにいっつもはしないから」
そんなにいつもはしないって、なんだ。
海翔はますます微妙な顔になった。
なんだろう、いつから? どこから? よく分からないが気づけばなんで自分はこんなところに居たんだと驚く感覚に似ている。そして把握出来ていないまま、とりあえず分かる範囲で進んでみたり分からないまま案内された通りに進んでみたりするような感覚。
確かに海翔も月時のことは嫌いではない。つい最近まで知らない相手だったが、人懐こい月時はするりと海翔の中に入ってきて嬉しげに楽しげに笑いかけてくる。アスレチックの時のように無茶なことをすることもあるが、基本的にはこちらのことをむしろ気遣ってきている感じも最近はする。
こちらもなんとなく月時と居ると楽しかったりするし、普段騒がしい相手は得意ではない筈なのに変に落ち着く時もある。
だからだろうか、普通に考えたら先ほどのようなキスをするなんてどうにもおかしいと思えそうなのだが、実際のところ不愉快ではなかった。
「……分かった、け──」
「ほんとっ? ひろ! 俺、めっちゃ嬉しいっ」
また言いかけている時に月時が同じようなセリフを吐きながら思い切り抱き着いてきた。
「……離せ……」
さすがに少しイライラとしながら海翔は今度も引きはがす。
「なんで最後まで聞けないんだ? いい加減にしろよ」
「ごめんなさい」
ため息を吐きながら言うと、正座でもし兼ねない勢いで月時はシュンとなりながら謝ってきた。
「いい? 分かったけど、だからと言ってむやみやたらにしてくるな。あんたの感覚に同意してる訳じゃない。俺は普段そういうことを例え兄さんとだろうがしないんだよ」
言い聞かせるように言えば、何故か月時は嬉しそうに目をキラキラさせながら頷いてきた。
「うん、分かった! 兄ちゃんともまさともしねぇんだよな!」
「……なんでそこで昌希が出てくんの? しないよ……ほんとあんたの感覚分からないんだからな」
「関さんともしない?」
「悠音ともしない」
「さっきの美術部員の子たちとも?」
「しない!」
「でも、俺とはしてくれるんだよね」
いい加減どうでもいい質問を止めてくれと言おうとすると、月時が嬉しそうに聞いてきた。海翔は言いかけて開けていた口を一旦閉じ、なんとなく釈然としない気持ちになりながらもまた口を開く。
「そういう、こと、になる、のか」
「えへへ」
月時がニコニコとまた抱き締めながら、今度は軽く合わせるだけのキスを、だが何度もしてくる。
「だから! あんたほんっと分かってんの? むやみやたらにするなって……!」
「ふっかいやつだろ? これはあれ。挨拶みたいなの。でも俺もひろにしかしないよ」
「あ、あ? うん?」
結局月時のことを分かったような分かってないままのような、やはり「気づけばなんで自分がこんなところに居るんだ」という感覚に陥りそうになりながらも海翔はつい、頷いていた。
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