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3話
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確かに少々飲み過ぎたかもしれない。
いつも抑えて飲んでいるように見える宵は実際のところ強いのか弱いのか分からなく、今もいつもと変わらない。
暁はほろ酔いよりももう少し酔っていて、個室とはいえ店だというのに宵の話を聞きながら微睡んでいた。
今は最近あった面白かったらしい出来事を話しているようだが、暁の頭の中では先ほど宵が話していた輪廻転生の話がぐるぐるとしていた。
転生……かあ……転生……てん、せい──
ふと気づくと、誰かが暁を思って泣いていた。
夢?
いや、違う……これは夢じゃない。
これは──記憶、なのだろうか。
不思議な感覚だった。
夢ではなく自分の記憶だと分かりつつ、その記憶の中に「今」の感覚がある。それでもこれは夢や想像の産物ではないと何故か断言出来た。
この泣いている相手は自分の遠い過去に恋人だった人だ。その人は、既にもうほぼ灰になりかけた消し炭のような自分にそっと触れ、語りかけていた。
──どんな姿になってもどんなあなたでも、愛している。
何もかも忘れてもずっと見守っている。
むしろこんな辛かったことはもう綺麗に忘れて、どうかおやすみなさい。
次に生まれてくる時は、あなたが幸せでありますよう……どうか──
悲しみを堪えた優しい声だった。
無理に微笑もうと優しく細める瞳は何故か懐かしい。まるで未来にいずれまた見ることが出来るかのよう。
そうして、もう既に人の姿とは言えない自分を優しく撫で、そっと死者へ可愛い花を添えてくれた。
これは、なんという花だっただろうか。
自分はもう、そこに意識がないどころか、魂が残っていないはずだというのに強く願っていた。
早くここから去って。
君が今度は捕まらないよう、どうかもう、ここから今すぐに立ち去って。
君まで魔女だと疑われて欲しくない。
想像を絶するあまりに酷い拷問のあげく、消し炭になるまで火あぶりになんて、されて欲しくない。
大切な人。
愛しい人。
せめて君は幸せになって欲しい。そして君が願ったように、自分は例え生まれ変われたとしても、この恐ろしかった記憶は思い出すことのないよう失ってしまおう。だから安心して、立ち去って。
そしてどうか幸せになって。
でも──
でもこの記憶を失おうとも、絶対に君への想いだけは忘れない。何があっても忘れない。
記憶をなくそうとも、ずっと変わらない愛を、君へ──
不思議な感覚が現実のものへとなる。
ああ……君は……君はそれからもずっと見守っていてくれたのか。
ずっと忘れず、幸せを祈り、辛く悲しい記憶から逃し、見守ってくれていたのか。
君を忘れ、今を生きる存在をただひたすらずっと見守り続け、君はどんなに寂しく辛い悲しい想いを抱えていたのだろうか。
意識が浮上する。
確かに眠っていた。だがやはり夢などではないと暁は確信していた。きっかけは何なのだろう。宵が口にした輪廻転生だろうか。
いい加減自分の中でも埋もれさせていた記憶が表へ出たいと溢れそうになっていたところへ宵の言葉がきっかけになったのだろうか。
そして失っていた前世の記憶を取り戻すことで宵が今まで取ってきた言動を思い起こし、彼が過去の記憶をずっと持ち続けていることをも確信した。
穏やかそうでいてしっかりとしている人。不安があっても優しく目を細めて笑ってくれる人。
ずっと暁の中に存在していた人の雰囲気や性格を知っているなどと言いつつ、ずっとある意味たった一人で生きてきたからこそとても大人びているとはいえ、本人に気づけなかった。
宵……俺の言葉や態度でどんなに傷ついてきた?
俺はどれほど、言い知れぬ悲しみを君に与え続けたのだろう。
テーブルに突っ伏していた暁の目から涙が溢れた。
でも、と暁は思う。
でもこの世界ではもう、自分たちは障害なんてない。男同士など、些細すぎて障害になり得ない。もう、忘れる必要なんて、ない。
だからもう一度、過去のあの頃のように君に愛を囁いてもいいだろうか。
ふと記憶の中の花が浮かんだ。
あれはそう──
「スターチス……」
声に出ていたのだろうか。宵が暁を驚いたように見てきた。
なぜ花の名前を言えたかといえば、以前別の彼女に振られる前に宵と話していたことがあったからだ。
「花プレゼントしたら機嫌直ってくれると思う?」
「さあな。でも悪い気はしないんじゃないか。そうだな、鉄板狙いで薔薇とか」
「薔薇かー」
「……スターチスとかな」
「なにそれ。花?」
「可愛い花だぞ。海外の花言葉だと『記憶』かな。日本の花言葉なら『変わらぬ心』とか『途絶えぬ記憶』、『変わらない誓い』とかあってプロポーズにもぴったりだ」
「プロポーズゥ? さすがにそれは早いだろ……! つかよく知ってんな、花、ことば? ってやつ」
「はは。……幸せになれ、暁」
「お? おぉ……。俺もなりてーよ」
思い出すとまた泣きそうだった。
心が痛くて切なくて、そして宵への気持ちが溢れ出しそうだ。
幾度の生を重ねてようやく会えた。暁が生まれる前から既に心の中を占めていた大切な人。
ねぇ、宵……。
「愛してる」
そばにいた宵が目を見開いた。
こんな時だというのに、酔いはまだ覚めていないのか頭の中ははっきりしているつもりでも眠気はまだ残っていたようだ。
暁は今度こそ本当の夢の中へ落ちていった。
微睡む夢は、過去の続きを綴る愛しい未来の話だと思う。きっとそれは目が覚めた後も続いてくれる。
きっと。
その時はこちらから、スターチスの花をプレゼントしようか。
いつも抑えて飲んでいるように見える宵は実際のところ強いのか弱いのか分からなく、今もいつもと変わらない。
暁はほろ酔いよりももう少し酔っていて、個室とはいえ店だというのに宵の話を聞きながら微睡んでいた。
今は最近あった面白かったらしい出来事を話しているようだが、暁の頭の中では先ほど宵が話していた輪廻転生の話がぐるぐるとしていた。
転生……かあ……転生……てん、せい──
ふと気づくと、誰かが暁を思って泣いていた。
夢?
いや、違う……これは夢じゃない。
これは──記憶、なのだろうか。
不思議な感覚だった。
夢ではなく自分の記憶だと分かりつつ、その記憶の中に「今」の感覚がある。それでもこれは夢や想像の産物ではないと何故か断言出来た。
この泣いている相手は自分の遠い過去に恋人だった人だ。その人は、既にもうほぼ灰になりかけた消し炭のような自分にそっと触れ、語りかけていた。
──どんな姿になってもどんなあなたでも、愛している。
何もかも忘れてもずっと見守っている。
むしろこんな辛かったことはもう綺麗に忘れて、どうかおやすみなさい。
次に生まれてくる時は、あなたが幸せでありますよう……どうか──
悲しみを堪えた優しい声だった。
無理に微笑もうと優しく細める瞳は何故か懐かしい。まるで未来にいずれまた見ることが出来るかのよう。
そうして、もう既に人の姿とは言えない自分を優しく撫で、そっと死者へ可愛い花を添えてくれた。
これは、なんという花だっただろうか。
自分はもう、そこに意識がないどころか、魂が残っていないはずだというのに強く願っていた。
早くここから去って。
君が今度は捕まらないよう、どうかもう、ここから今すぐに立ち去って。
君まで魔女だと疑われて欲しくない。
想像を絶するあまりに酷い拷問のあげく、消し炭になるまで火あぶりになんて、されて欲しくない。
大切な人。
愛しい人。
せめて君は幸せになって欲しい。そして君が願ったように、自分は例え生まれ変われたとしても、この恐ろしかった記憶は思い出すことのないよう失ってしまおう。だから安心して、立ち去って。
そしてどうか幸せになって。
でも──
でもこの記憶を失おうとも、絶対に君への想いだけは忘れない。何があっても忘れない。
記憶をなくそうとも、ずっと変わらない愛を、君へ──
不思議な感覚が現実のものへとなる。
ああ……君は……君はそれからもずっと見守っていてくれたのか。
ずっと忘れず、幸せを祈り、辛く悲しい記憶から逃し、見守ってくれていたのか。
君を忘れ、今を生きる存在をただひたすらずっと見守り続け、君はどんなに寂しく辛い悲しい想いを抱えていたのだろうか。
意識が浮上する。
確かに眠っていた。だがやはり夢などではないと暁は確信していた。きっかけは何なのだろう。宵が口にした輪廻転生だろうか。
いい加減自分の中でも埋もれさせていた記憶が表へ出たいと溢れそうになっていたところへ宵の言葉がきっかけになったのだろうか。
そして失っていた前世の記憶を取り戻すことで宵が今まで取ってきた言動を思い起こし、彼が過去の記憶をずっと持ち続けていることをも確信した。
穏やかそうでいてしっかりとしている人。不安があっても優しく目を細めて笑ってくれる人。
ずっと暁の中に存在していた人の雰囲気や性格を知っているなどと言いつつ、ずっとある意味たった一人で生きてきたからこそとても大人びているとはいえ、本人に気づけなかった。
宵……俺の言葉や態度でどんなに傷ついてきた?
俺はどれほど、言い知れぬ悲しみを君に与え続けたのだろう。
テーブルに突っ伏していた暁の目から涙が溢れた。
でも、と暁は思う。
でもこの世界ではもう、自分たちは障害なんてない。男同士など、些細すぎて障害になり得ない。もう、忘れる必要なんて、ない。
だからもう一度、過去のあの頃のように君に愛を囁いてもいいだろうか。
ふと記憶の中の花が浮かんだ。
あれはそう──
「スターチス……」
声に出ていたのだろうか。宵が暁を驚いたように見てきた。
なぜ花の名前を言えたかといえば、以前別の彼女に振られる前に宵と話していたことがあったからだ。
「花プレゼントしたら機嫌直ってくれると思う?」
「さあな。でも悪い気はしないんじゃないか。そうだな、鉄板狙いで薔薇とか」
「薔薇かー」
「……スターチスとかな」
「なにそれ。花?」
「可愛い花だぞ。海外の花言葉だと『記憶』かな。日本の花言葉なら『変わらぬ心』とか『途絶えぬ記憶』、『変わらない誓い』とかあってプロポーズにもぴったりだ」
「プロポーズゥ? さすがにそれは早いだろ……! つかよく知ってんな、花、ことば? ってやつ」
「はは。……幸せになれ、暁」
「お? おぉ……。俺もなりてーよ」
思い出すとまた泣きそうだった。
心が痛くて切なくて、そして宵への気持ちが溢れ出しそうだ。
幾度の生を重ねてようやく会えた。暁が生まれる前から既に心の中を占めていた大切な人。
ねぇ、宵……。
「愛してる」
そばにいた宵が目を見開いた。
こんな時だというのに、酔いはまだ覚めていないのか頭の中ははっきりしているつもりでも眠気はまだ残っていたようだ。
暁は今度こそ本当の夢の中へ落ちていった。
微睡む夢は、過去の続きを綴る愛しい未来の話だと思う。きっとそれは目が覚めた後も続いてくれる。
きっと。
その時はこちらから、スターチスの花をプレゼントしようか。
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