近づく足音

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6話

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 寺の住職は祖母のことをよく知っていた。

「昔からおおらかで明るい、いい人だったよ。私とのぶちゃんは幼馴染でなぁ」

 修紀からしたら祖母の「修江」という名前すら聞き慣れないものだったが「のぶちゃん」という呼び名はますます聞き慣れなかった。当たり前のことだが祖母たちにも小さかった頃があったんだなと思い知る。
 祖父と祖母は見合い結婚で、家は代々継いできた家でなく今の場所に新築したようだった。そのため、祖父の婿入りではなく祖母が嫁入りをしているにも関わらず、この辺の住民と幼馴染だったのは元々この近くに住んでいた祖母になる。祖父の実家はここからそう遠くはないものの別のところにあったらしい。だが長男でないのもあり、どうせなら祖母が住んでいたところに近いほうが祖母も心細くないだろうとここに家を建てたのだと、修紀は祖母から聞いたことがある。不器用なところもある真面目な祖父を「不器用だけど優しい人でねぇ」と修紀にこっそり教えてくれた。本人のいないところで言うのは、本人が聞いていたら恥ずかしがってむしろ機嫌を損ねてしまうからだと笑っていた。
 そんな祖母のことを思い出した後に、祖母が亡くなってもの凄くがっくりときていた祖父の姿を思い出してしまい、修紀は鼻の奥がツンとした。だが唾を飲み込んで住職の話に集中する。

「その日本人形は元々のぶちゃんの親友のもんでな」

 祖母の親友は和子という名前で、住職はその人も「かずちゃん」と呼んだ。

「かずちゃんが産まれた時に贈られたもんらしいよ、元々は。顔の作りとか似せてなぁ」

 それを何故祖母が持っているかも住職は知っていた。
 和子は人形を自分の妹のように大事にしていたらしい。その和子は修江が八歳の頃に事故に遭い、帰らぬ人となってしまった。事故に遭った時も日本人形は一緒だったようだ。和子の家族は人形を補修させて一緒に火葬するつもりだったが、結局あまりに泣きじゃくる修江に、親友の形見として大事にして欲しいと贈ってくれたのだという。
 修江は人形をそれはそれは大事にした。しかし成人する頃になるとその人形の存在を忘れたかのようにしまい込んだままという状態になっていた。
 実はその時にも日本人形におかしな現象が起きていたのだと住職は言う。
 実際目の当たりにしたのではないし幼馴染とはいえさすがに大人となり修江ともあまり会わなくなっていたのだが、当時住職をしていた親から聞いたようだ。
 最初、しまわれていたはずの日本人形が戸棚の上にあった時は修江も家族が置いたのかと思っていたが、それがまた違う場所に置かれていたり、修江の机の上にあったり床の上にあったりが続くと不審に思い怖くなり、寺に相談に来たようだ。
 お焚き上げを勧められたが、かつての親友が大切にしていた形見だけに焼いてしまうのは悲しくなったようで、御札などでしばらく様子を見ることになったらしい。
 その後不審な出来事もなくなったらしく、そのままとなった。修江は結婚した際も持ってはきたが、護符に包んでいるのもあり飾ることもなくダンボールに入れたまま、また存在を忘れていったのではないだろうかと住職は苦笑してきた。

「ばーちゃん忘れすぎだろ……」

 思わずぼそりと修紀が呟くと、住職は「マイペースで好きに生きてるとこあったからねぇ、のぶちゃんは」とまた苦笑してきた。それを聞いた祖父も懐かしげに笑っている。

「そういえば本来こういう人形はね、江戸時代かなぁ、その頃武家の女の子が嫁ぐ時に婚礼道具として扱われてたんだけど、人形に本人の災厄を身代わりさせるという大切な役割もあってなぁ」

 昔、祖母の親友だった和子が亡くなった時、遺体は事故の酷さのわりにとても綺麗なものだったらしい。代わりに人形は目や手足などが潰れ酷いありさまだったようだと住職はつらつら語った。

「……目」

 ふと、今朝方夢で見た人形を思い出し、修紀はふるりと体を震わせた。

「人形……修江の親友が乗り移ったとかなのだろうか。修江が亡くなって悲しんでる、のかなぁ……」

祖父が住職に聞くというよりは呟くように口にした。

「でもじーちゃん、夢の話になるけど、人形はそんなことは言ってなかった。見つけてくれて嬉しいとは言ってたけど」
「私もそれはかずちゃんが乗り移ったもんじゃないと思うねぇ。修紀くんの夢に出てきたのも人形自身って気がするよ。首、痛かったんだろうねぇ」
「う……」

 住職の言葉に修紀はほんのり身を縮ませた。

「かずちゃんのことを話したのはあくまでも人形の由来を加賀山さんたちに聞かせるためだ。とりあえず、人形は供養してあげたほうがいいと私は思うねぇ」
「そうだなぁ。そうしたほうがいいな。修紀、それでいいかぁ?」
「俺はもちろんそれでいいよ。むしろじーちゃんこそ、いいの? 忘れちゃってるけど一応ばーちゃんの大事な形見っぽいよ?」
「そんでえぇ。当たり前だ。ばあちゃんだって天国でそー思ってるに決まっとる」

 祖父は小さく笑うと修紀の頭をぽん、と撫でてきた。
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