近づく足音

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2話

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 どう見ても恐ろしさしかないが、白い紙に包まれていた人形は大事なもののようにも思えた。そして高価なもののようにも思える。壊してしまったことで相当怒られるのではと思った修紀は咄嗟に誤魔化したわけだが、翌朝になってそれを少し後悔していた。正直に言ってしまえばよかったと思う。
 変な夢を見たからかもしれない。はっきりは見えなかったしあまり覚えていないが、少なくともあの髪型は人形に似ているような気がして気味が悪い。

「……母さんに話したほうがいいのかな。それとともじーちゃんに人形のこと、聞いたほうがいいのかも……」

 どうにも気になりつつも中々言い出しにくくもあり、修紀は今日も荷物の整理をしたり掃除をしながら迷っていた。あの人形が入った段ボールはなるべく自分の目につかないところに置いている。そもそもいわくありげで高価なものなら段ボールなんかに入れるなと修紀としては言いたい。着物を入れている桐だんすのように桐の箱にでも入れてくれていたら、もしかしたら開けなかったかもしれない。

「……いやまぁ、開けてたかもだけど」

 ようやく押し入れの中を一旦空にしたが、あの人形の他には怖そうなものは幸いなかった。
 その夜も同じような夢を見た。
 黒く長い髪をした少女が泣いている。泣かないでと言おうとしても声が出ない。近づこうとしても動けない。靄は相変わらずあってあまり姿は見えないのだが、その少女が着物を着ていることはわかった。翌日も夢を見た。その時は着物の柄もなんとなくわかった。
 夢は連日続いた。毎回同じ夢だ。

 いや、違う……同じだけど違う。

 何日目だろうか、修紀は夢の中で思った。同じ場面のようだが、靄がどんどん薄れてきている気がする。相変わらず声は出ないし指すら動かせないのだが、今日はとうとう泣いている少女の着物の帯の柄まで明確に見えるようになっているのだ。靄が晴れてきているのだろうか。それとも人形が俯いて泣きながらゆっくりと修紀に近づいてきているのだろうか。
 翌朝、だるい体を起こし、修紀は呟いた。

「こうに相談しよう……」

 こう、こと幸明は顔色を青くしながら「うわぁ……」と呟いてきた。
 家に呼んで先に説明すれば「何それ怖い」などと言いつつも好奇心でも湧いたのか「俺にも見せて」とせがまれた。押入れを空にした分、畳はあらゆるものでひっくり返っている状態を見た時も「わぁ」と呟いていたが、人形を見せたらとてつもなくドン引きしたような青い顔で呟いてきたのだ。

「な? なんかヤバそうだろ」
「ヤバいの極地だよ……その白い包み紙、多分護符だと思う……」
「さすが住職の孫こうめい」
「茶化してる場合じゃないって! あと戒名で呼ぶのやめたげて。俺まだ死んでない。ゆきあきだから可愛くゆきちゃんって言ってくれていいんだよ?」
「別に茶化してない。で、こう。護符って何するものなの。お守りみたいなもんだろ?」
「名前、スルーなの? あー普通はまあ神仏の加護で災難を免れる札とかだけど、なんつーの? アミュレットよりはタリスマンというかさー」
「余計わからない」
「アミュレットは災いを未然に防ぐ予防的なやつで、タリスマンはすでに被ってる災厄を除いて福を招こうとするやつだよ」
「つか住職の孫が何で横文字なんだよ」
「俺つがねーもん」
「立派なお兄さんが継ぐもんな」

 積極的に跡継ぎにならないと日頃から言っているくせに、修紀が幸明の兄のことを口にしたり褒めたりするとムッとしたり唇を尖らせたりする。今も「兄ちゃん関係ねーし」などと拗ねるような口ぶりになった後に幸明はハッとしたように修紀を見てきた。

「つかそんなこと言ってる場合じゃねって! 絶対これヤバそうだし危険かもだろ。早く正直にまさのおばちゃんとじいちゃんに話せ。んで人形の由来とか聞いて、祓ってもらったほうがいいって!」
「えぇ……でも母さんやじいちゃんに言いたくないから仕方なくお前に言ったのに」
「仕方なくなのっ? つかんなこと言ってる場合じゃねーよ。ヤバいことになったらどーすんの」

 人形を見てからの幸明は何故か妙に必死だった。

「まあ、そうなんだけど……お前んとこでこっそりお祓いみたいなのできないの?」よにもお
「由来とか何もわからないのに? じいちゃんもしかしたら何か知ってるかもだけど……でもやっぱりちゃんとおばさんとかにまず言ったほうがいいと思う」
「……わかったよ。えっと、じゃあ今晩か明日、言う」
「何で今じゃないの」
「心構えがいるだろが」
「ヤバい人形とおばさん、どっちが怖いんだよ……!」
「母さんだよ!」

 そろそろ盆が近くなってきているからか、修紀の家に来ていた幸明はその後すぐに呼び戻されていた。「またすぐ来るから!」などと言ってきたので「来なくていいからちゃんと手伝えよ」と言い返すと「絶対来るもんね!」とムキになっていた。改めて住職が似合わなさそうだなと修紀はしみじみ思う。
 幸明は寺の跡を継がないものの、寺の手伝いからは免れないらしい。忙しい時期は他の手が空いている親戚も駆り出されるんだと前に幸明が言っていた。
 修紀は一人になり、とりあえずあまり見ないようにして人形をまた段ボールの中にしまった。
 その後自室のベッドで寛ぎながら携帯電話のアプリゲームをしたり本を読んだりしていると妙に視線を感じる気がする。とはいえ一人っ子なので勝手に入ってくるような兄弟がいるわけもなく、母親なら一言二言何か言いながら入ってくるし、父親や祖父はそもそも勝手に入ってくることはない。自意識過剰かと自分に苦笑しながら何でもないとわかりつつわざと振り向くと、ドアの側にあの日本人形の首だけが置いてあり、こちらを見ていた。

「うわっ?」

 慌てて起き上がり、改めてそちらを見るが何もない。

「気のせいかよ……」

 心臓の鼓動が煩い。血の気が引くとはこのことかと思いつつ、修紀は部屋から出た。少なくとも今はそのままそこに一人でいたくなかった。
 どうしようかと思う。ちゃんと人形の首が胴体と一緒に白い包み紙に包まれたままあるのか確認しておくべきなのだろうか。だがさすがに少し怖くて見れそうになかった。もし万が一首がなかったらそれこそ本当にどうしていいかわからない。
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