電車lover

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3話

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 始業点呼を終えると、信太はメモした重要な連絡事項を再度確認しつつ仕業表でスケジュールをチェックした。今日のペアは福田 勝正(ふくだ かつまさ)という二歳上の友人であり先輩だった。

「福田さんとは久しぶりですね」
「夏吉くんとかあ」
「どういう意味ですか」
「意味はねぇけどな」

 そんなやり取りをしながらホームへ向かう。乗務開始時間よりもかなり早めに出勤し、制服に着替えて準備も終えている。
 仕事であっても、やはり電車を見る度に気分は高揚した。信太はいそいそと乗務を開始する。
 信太は車掌をやっていた。昔は大卒だと現場勤務ではなく本社で総合職が基本だったらしい。今も鉄道現業職は高卒、特に工業高校や商業高校卒業生が多いが、大卒でも信太のように現業職への希望を聞いてもらえるところは増えている。
 無事鉄道会社へ入社した信太は二年間、駅員として改札や案内などの業務をこなした。その後車掌登用試験を受け、座学や実地研修を受け、最近晴れて車掌となった。仕事は楽しくて仕方がない。
 今後は車掌業務を続けて指導車掌へなっていくのもありだし、さらに二年間ほど続けてから上司の推薦は必要だが、勝正のように運転士になるべく国家試験や訓練を受けてもいい。
 勤務時間中は大抵一時間から二時間程度で一度休憩を取る。そしてまた別の電車に乗る。その際には別の車掌と異常の有無などの引き継ぎを必ず行う。
 休憩が多いと聞くと学生時代の友人は勤務体制を羨ましがるが、電車に乗っている間は基本的にトイレにも行けない。休憩時間にトイレや食事を済ませなければならないし、その時間も乗り換えの間だしホームを移動することもあってあまり取れなかったりもする。絶えず時計との睨み合いだし体力も使う。関係ないが、回送車に乗務する時は誰も客のいない車両に少し心許ない気分になり、変な精神力も使う。夜勤の時は電車の動かない三、四時間程度の仮眠は取れるが、夜勤務なので酔っぱらいの相手をすることもあり、やはり精神力を使う。なので休憩は多いのかもしれないが、別に楽ではない。
 勤務が終了すると終了点呼を行う。乗務中に異常やトラブルがなかったか、そして翌日の勤務スケジュールを確認し、終了となる。

「明日休みだろ?」
「はい」
「この後、飲みに行く?」
「いいですね」

 制服を着替えながら信太は笑みを浮かべて頷いた。今日は朝勤務のため、終業時間は普通のサラリーマンよりは早い。まだ昼のように明るい外を歩きながら、ふと兄の利一のことを考えた。利一のことはこうして何でもない時にも浮かぶ。大抵、人様に迷惑をかけてないだろうか、車内で妙なことをしでかしてないだろうかといった心配だ。
 居酒屋は早い時間もありかなり空いていた。飲み始めてしばらくすると、勝正が「そういえば」と思い出したように信太を見てきた。

「何すか」
「今朝、お前の兄さん見たわ」
「ひぅ」

 口に入れていたホッケが喉に詰まった。勝正は「何だよ今の声」と笑いながら続けてきた。

「丁度お前が点検業務してる時だったんじゃないかな。あの時間だとお兄さん、出勤中の乗り換えだろうな。自分の乗っていた電車を名残惜しそうに見ていたよ」
「見」
「ん?」
「見、ていただけです、か」
「あー、なんか今にも別れのキスでもしそうで俺、めっちゃ笑い堪えながら見てたけどな」
「はぅ」

 今度は空気が詰まった。
 利一は地元で就職していた。だというのに転勤とやらで今やとてつもなくご近所様だ。
 利一がこちらに来る際、恐ろしいことに親から信太の様子も知りたいしせっかくだから一緒に住めばといった提案があったらしい。ある意味利一から逃げてきたというのに冗談じゃないと思った信太は「絶対に嫌だ」と頑として首を縦に振らなかった。利一は一緒に住みたそうだったが近くに住むことで落ち着いた。
 だがそれで終わらなかった。利一の通勤がこちらの勤務と重なることが判明したのだ。もちろん信太はシフト制なので毎度ではない。だがこうしてたまに勝正から報告を受けたり自分で見かけることもあった。
 ちなみに勝正が利一は信太の兄だと知っているのは以前利一を見つけてしまい、つい挙動不審になりかけていた信太が、怪訝そうにしてきた勝正に渋々兄だと影で紹介したからだ。ただしもちろんというか、勝正は利一の性癖を知っている訳ではない。さすがに利一が本気で電車に恋をするタイプの人間だと知っていたら「笑い堪えながら見てた」などとは言わないだろう。口は多少悪いがいい人なのだ。信太が鉄道オタクだと知っているので、利一も少々斜め上を行くオタクなのだろうと思っているようだ。
 だがいつあの変わった性癖がバレやしないかと信太はハラハラする。いっそ打ち明ければいいのかもしれないが、例え兄であろうが勝手に誰かの性癖を人に話すというのはどうかと思ってしまう。それにどちらにしても「俺の兄、電車に揺られてハァハァするタイプの人間なんです」などと信太もできれば言いたくなかった。

「お前の兄さん、楽しいよな。今度紹介してくれよ」
「それだけは……いくら福田さんが先輩とはいえ、それだけは勘弁してください……」
「大げさだなぁ。何、それブラコン拗らせてんの」

 大げさじゃねぇですよ! あんただって「どうしても乗り換えなきゃならないなんて、何て俺は穢れた男なんだ……あの子は軽蔑するだろうか……!」なんて言われたら紹介してくれと言ったこと心底後悔するに違いないですよ……!

 苦笑いで「ブラコンじゃないですよ」と口にしつつ、信太は心の中で言い返していた。
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