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昔、親戚のおじさんが話す旅の話を、信太は兄の利一と一緒に夢中になって聞いていた。中でも電車の話が特に好きで、見せてくれる写真がむしろ欲しくて堪らなかったし、たまに持ってきてくれる土産の鉄道玩具が最高に嬉しかった。
最初は地元に走る電車をひたすら観察していた。お年玉などを貯めた金でようやく自分専用のカメラを買うと、今度はひたすら電車を撮った。初めは近くから、そのうち風景と一緒にとか遠くから自分の好きなアングルで、など懲り始めた。夢はもっと色んな種類の電車を見て、乗って、そして撮ることだった。
利一も信太と同じく電車が好きなのだろうと思っていた。そう、中学生になるまでは。
当時、信太は利一に懐いており、よく遊んでくれと絡んでいた。利一は優しいので他に用事があっても「仕方ないなあ」と信太に笑いかけ、遊んでくれた。家の中だと専ら自分たちで色んなレールを敷き、電車を走らせた。外で遊ぶ時は山菜を摘んだり探検したりで、電車を見学に行くことはあまりなかった。利一は信太と違って地元の電車や駅にはさほど興味がないようだった。
そして信太が中学生になり、利一が高校生になってから事態は変わった。
「俺、好きな子できちゃった」
「え、兄ちゃんほんと? 相手、どんな子? かわいい?」
今まで利一の口から恋愛について一切聞いたことがなかった。もしかしたら兄弟でそういう話をするのが嫌なのかなと思っていた信太は自分も控えていたが、丁度自分も好きな子ができたばかりだったので利一にこれからは聞いてもらえるとばかりにそわそわした。
「最高にかわいいよ。学校の帰りに会う子なんだ」
「へえ。じゃあ学校の子じゃないの?」
「? ああ。丁度下校の時間的に同じタイミングになることが多くて。今はもう、時刻表でどの子か把握してるんだけど」
違う学校の子を電車の中で見かける感じなのだなと、わくわくしながら聞いていた信太は少し怪訝に思った。
時刻表でどの子か把握する?
少し日本語がおかしい気がする。時刻表でどの電車に乗ればその子に会える、とかじゃないのか。
「その子の名前すらわからないんだ」
「そう、なんだ。話しかけてみるの、難しい?」
「心の中ではいつも話しかけてるんだけど」
「兄ちゃん、モテそうなのに案外小心者なんだな」
実際モテているであろう利一に笑いかけると、利一は顔を赤らめてきた。
「だって毎回凄いドキドキしちゃって。今も思い出すだけでドキドキしてるけど。でもその子、積極的なんだ」
「え?」
名前も知らないのに?
「いつもここぞとばかりに動いてきて俺の我慢を試してくるし……」
何の話……っ?
もしかして中学生の自分が聞いてはいけない大人の話なのだろうかと信太もドキドキしてきた。顔を赤くしていると、利一が「信太はもう精通してんの?」とあからさまに聞いてくる。
何てことを聞いてくるのだと思いながらも「し、してるよ。だって俺ももう中学生だよ」と答えると、利一はにっこりと微笑んできた。
「なら大人だね」
「えっ、う、うん」
子ども扱いをされたくない年頃過ぎて、信太はわかってないまま頷いた。そして後で「まだ子どもだ」と答えればよかったと心底後悔した。
「じゃあ聞いて。その子はいつもホームに到着すると、俺を喜んで歓迎するみたいにドアを開けてくれるんだ」
何を言っているのかわからない感じだが、多分というか間違いなく電車のことだと信太は怪訝な顔を利一に向けながら思った。
「そうして最初は静かに俺を包み込んでくれる感じなんだけど、途中からじわじわ俺を突き上げてくるみたいに動き出して」
本当にこの人は何を言っているのだろう。
「俺、初めて性的な気分になっちゃって。ダメだって心の中で言うんだけど、その子やめてくれないんだよな。意地悪だなって思うんだけど、でも気になって仕方なくて。あぁあ、どうしよう、もうその子のことばかり考えちゃって!」
「あの……兄、ちゃん?」
「ん?」
「その、兄ちゃんの好きな子って……」
「学校の帰りに一緒になる電車だよ」
いっそ無邪気かという風に、爽やかな笑みを見せながら利一は答えてきた。その時受けた衝撃は未だにどんな言葉を以てしても表現できそうもない。
ちなみに、さすがに利一も誰に対しても明け透けに自分の好きな子の話はしていないようだった。ただし警戒や自己嫌悪からというよりは、信太が人に好きな子の話をするのが恥ずかしいと思ってしまう感情とまるで同じようだった。
信太は大切な弟だし、自分と同じく電車が好きだからこそ言いやすかったんだと利一は笑みを見せながら言ってきた。
「……兄ちゃん……それでいいから……」
「え?」
「それでいいから、その、俺が聞く、から絶対誰にも言わないほうが、いいよ……っていうか、言うな」
できるのであれば信太も聞きたくなんてなかった。自分の兄が電車に恋をし、その上性的な感情を抱き、あまつさえ公共の場でまるでそういった行為のようなことをしている話など、誰が聞きたいというのか。だが第三者に聞かせる訳にはいかなかった。
──こんな変態が兄だと思われたくねえよ……!
それに本人だって迫害されるだろう。苛められる兄など見たくはなかった。
だが「そうか、聞いてくれるか!」と喜ばれ、幾度となく電車とのめくるめくストーリーを聞かされることとなった信太がその後高校までは仕方ないにしても、家を出て一人暮らしを始め、都会の大学を卒業してそのままそこで就職することになったのは必然の帰結というものだ。
最初は地元に走る電車をひたすら観察していた。お年玉などを貯めた金でようやく自分専用のカメラを買うと、今度はひたすら電車を撮った。初めは近くから、そのうち風景と一緒にとか遠くから自分の好きなアングルで、など懲り始めた。夢はもっと色んな種類の電車を見て、乗って、そして撮ることだった。
利一も信太と同じく電車が好きなのだろうと思っていた。そう、中学生になるまでは。
当時、信太は利一に懐いており、よく遊んでくれと絡んでいた。利一は優しいので他に用事があっても「仕方ないなあ」と信太に笑いかけ、遊んでくれた。家の中だと専ら自分たちで色んなレールを敷き、電車を走らせた。外で遊ぶ時は山菜を摘んだり探検したりで、電車を見学に行くことはあまりなかった。利一は信太と違って地元の電車や駅にはさほど興味がないようだった。
そして信太が中学生になり、利一が高校生になってから事態は変わった。
「俺、好きな子できちゃった」
「え、兄ちゃんほんと? 相手、どんな子? かわいい?」
今まで利一の口から恋愛について一切聞いたことがなかった。もしかしたら兄弟でそういう話をするのが嫌なのかなと思っていた信太は自分も控えていたが、丁度自分も好きな子ができたばかりだったので利一にこれからは聞いてもらえるとばかりにそわそわした。
「最高にかわいいよ。学校の帰りに会う子なんだ」
「へえ。じゃあ学校の子じゃないの?」
「? ああ。丁度下校の時間的に同じタイミングになることが多くて。今はもう、時刻表でどの子か把握してるんだけど」
違う学校の子を電車の中で見かける感じなのだなと、わくわくしながら聞いていた信太は少し怪訝に思った。
時刻表でどの子か把握する?
少し日本語がおかしい気がする。時刻表でどの電車に乗ればその子に会える、とかじゃないのか。
「その子の名前すらわからないんだ」
「そう、なんだ。話しかけてみるの、難しい?」
「心の中ではいつも話しかけてるんだけど」
「兄ちゃん、モテそうなのに案外小心者なんだな」
実際モテているであろう利一に笑いかけると、利一は顔を赤らめてきた。
「だって毎回凄いドキドキしちゃって。今も思い出すだけでドキドキしてるけど。でもその子、積極的なんだ」
「え?」
名前も知らないのに?
「いつもここぞとばかりに動いてきて俺の我慢を試してくるし……」
何の話……っ?
もしかして中学生の自分が聞いてはいけない大人の話なのだろうかと信太もドキドキしてきた。顔を赤くしていると、利一が「信太はもう精通してんの?」とあからさまに聞いてくる。
何てことを聞いてくるのだと思いながらも「し、してるよ。だって俺ももう中学生だよ」と答えると、利一はにっこりと微笑んできた。
「なら大人だね」
「えっ、う、うん」
子ども扱いをされたくない年頃過ぎて、信太はわかってないまま頷いた。そして後で「まだ子どもだ」と答えればよかったと心底後悔した。
「じゃあ聞いて。その子はいつもホームに到着すると、俺を喜んで歓迎するみたいにドアを開けてくれるんだ」
何を言っているのかわからない感じだが、多分というか間違いなく電車のことだと信太は怪訝な顔を利一に向けながら思った。
「そうして最初は静かに俺を包み込んでくれる感じなんだけど、途中からじわじわ俺を突き上げてくるみたいに動き出して」
本当にこの人は何を言っているのだろう。
「俺、初めて性的な気分になっちゃって。ダメだって心の中で言うんだけど、その子やめてくれないんだよな。意地悪だなって思うんだけど、でも気になって仕方なくて。あぁあ、どうしよう、もうその子のことばかり考えちゃって!」
「あの……兄、ちゃん?」
「ん?」
「その、兄ちゃんの好きな子って……」
「学校の帰りに一緒になる電車だよ」
いっそ無邪気かという風に、爽やかな笑みを見せながら利一は答えてきた。その時受けた衝撃は未だにどんな言葉を以てしても表現できそうもない。
ちなみに、さすがに利一も誰に対しても明け透けに自分の好きな子の話はしていないようだった。ただし警戒や自己嫌悪からというよりは、信太が人に好きな子の話をするのが恥ずかしいと思ってしまう感情とまるで同じようだった。
信太は大切な弟だし、自分と同じく電車が好きだからこそ言いやすかったんだと利一は笑みを見せながら言ってきた。
「……兄ちゃん……それでいいから……」
「え?」
「それでいいから、その、俺が聞く、から絶対誰にも言わないほうが、いいよ……っていうか、言うな」
できるのであれば信太も聞きたくなんてなかった。自分の兄が電車に恋をし、その上性的な感情を抱き、あまつさえ公共の場でまるでそういった行為のようなことをしている話など、誰が聞きたいというのか。だが第三者に聞かせる訳にはいかなかった。
──こんな変態が兄だと思われたくねえよ……!
それに本人だって迫害されるだろう。苛められる兄など見たくはなかった。
だが「そうか、聞いてくれるか!」と喜ばれ、幾度となく電車とのめくるめくストーリーを聞かされることとなった信太がその後高校までは仕方ないにしても、家を出て一人暮らしを始め、都会の大学を卒業してそのままそこで就職することになったのは必然の帰結というものだ。
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