電車lover

Guidepost

文字の大きさ
上 下
2 / 20

2話

しおりを挟む
 昔、親戚のおじさんが話す旅の話を、信太は兄の利一と一緒に夢中になって聞いていた。中でも電車の話が特に好きで、見せてくれる写真がむしろ欲しくて堪らなかったし、たまに持ってきてくれる土産の鉄道玩具が最高に嬉しかった。
 最初は地元に走る電車をひたすら観察していた。お年玉などを貯めた金でようやく自分専用のカメラを買うと、今度はひたすら電車を撮った。初めは近くから、そのうち風景と一緒にとか遠くから自分の好きなアングルで、など懲り始めた。夢はもっと色んな種類の電車を見て、乗って、そして撮ることだった。
 利一も信太と同じく電車が好きなのだろうと思っていた。そう、中学生になるまでは。
 当時、信太は利一に懐いており、よく遊んでくれと絡んでいた。利一は優しいので他に用事があっても「仕方ないなあ」と信太に笑いかけ、遊んでくれた。家の中だと専ら自分たちで色んなレールを敷き、電車を走らせた。外で遊ぶ時は山菜を摘んだり探検したりで、電車を見学に行くことはあまりなかった。利一は信太と違って地元の電車や駅にはさほど興味がないようだった。
 そして信太が中学生になり、利一が高校生になってから事態は変わった。

「俺、好きな子できちゃった」
「え、兄ちゃんほんと? 相手、どんな子? かわいい?」

 今まで利一の口から恋愛について一切聞いたことがなかった。もしかしたら兄弟でそういう話をするのが嫌なのかなと思っていた信太は自分も控えていたが、丁度自分も好きな子ができたばかりだったので利一にこれからは聞いてもらえるとばかりにそわそわした。

「最高にかわいいよ。学校の帰りに会う子なんだ」
「へえ。じゃあ学校の子じゃないの?」
「? ああ。丁度下校の時間的に同じタイミングになることが多くて。今はもう、時刻表でどの子か把握してるんだけど」

 違う学校の子を電車の中で見かける感じなのだなと、わくわくしながら聞いていた信太は少し怪訝に思った。

 時刻表でどの子か把握する?

 少し日本語がおかしい気がする。時刻表でどの電車に乗ればその子に会える、とかじゃないのか。

「その子の名前すらわからないんだ」
「そう、なんだ。話しかけてみるの、難しい?」
「心の中ではいつも話しかけてるんだけど」
「兄ちゃん、モテそうなのに案外小心者なんだな」

 実際モテているであろう利一に笑いかけると、利一は顔を赤らめてきた。

「だって毎回凄いドキドキしちゃって。今も思い出すだけでドキドキしてるけど。でもその子、積極的なんだ」
「え?」

 名前も知らないのに?

「いつもここぞとばかりに動いてきて俺の我慢を試してくるし……」

 何の話……っ?

 もしかして中学生の自分が聞いてはいけない大人の話なのだろうかと信太もドキドキしてきた。顔を赤くしていると、利一が「信太はもう精通してんの?」とあからさまに聞いてくる。
 何てことを聞いてくるのだと思いながらも「し、してるよ。だって俺ももう中学生だよ」と答えると、利一はにっこりと微笑んできた。

「なら大人だね」
「えっ、う、うん」

 子ども扱いをされたくない年頃過ぎて、信太はわかってないまま頷いた。そして後で「まだ子どもだ」と答えればよかったと心底後悔した。

「じゃあ聞いて。その子はいつもホームに到着すると、俺を喜んで歓迎するみたいにドアを開けてくれるんだ」

 何を言っているのかわからない感じだが、多分というか間違いなく電車のことだと信太は怪訝な顔を利一に向けながら思った。

「そうして最初は静かに俺を包み込んでくれる感じなんだけど、途中からじわじわ俺を突き上げてくるみたいに動き出して」

 本当にこの人は何を言っているのだろう。

「俺、初めて性的な気分になっちゃって。ダメだって心の中で言うんだけど、その子やめてくれないんだよな。意地悪だなって思うんだけど、でも気になって仕方なくて。あぁあ、どうしよう、もうその子のことばかり考えちゃって!」
「あの……兄、ちゃん?」
「ん?」
「その、兄ちゃんの好きな子って……」
「学校の帰りに一緒になる電車だよ」

 いっそ無邪気かという風に、爽やかな笑みを見せながら利一は答えてきた。その時受けた衝撃は未だにどんな言葉を以てしても表現できそうもない。
 ちなみに、さすがに利一も誰に対しても明け透けに自分の好きな子の話はしていないようだった。ただし警戒や自己嫌悪からというよりは、信太が人に好きな子の話をするのが恥ずかしいと思ってしまう感情とまるで同じようだった。
 信太は大切な弟だし、自分と同じく電車が好きだからこそ言いやすかったんだと利一は笑みを見せながら言ってきた。

「……兄ちゃん……それでいいから……」
「え?」
「それでいいから、その、俺が聞く、から絶対誰にも言わないほうが、いいよ……っていうか、言うな」

 できるのであれば信太も聞きたくなんてなかった。自分の兄が電車に恋をし、その上性的な感情を抱き、あまつさえ公共の場でまるでそういった行為のようなことをしている話など、誰が聞きたいというのか。だが第三者に聞かせる訳にはいかなかった。

 ──こんな変態が兄だと思われたくねえよ……!

 それに本人だって迫害されるだろう。苛められる兄など見たくはなかった。
 だが「そうか、聞いてくれるか!」と喜ばれ、幾度となく電車とのめくるめくストーリーを聞かされることとなった信太がその後高校までは仕方ないにしても、家を出て一人暮らしを始め、都会の大学を卒業してそのままそこで就職することになったのは必然の帰結というものだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚されて召喚先で人生終えたら、召喚前の人生に勇者能力引き継いでたんだけど!?

にゃんこ
BL
平凡で人見知りのどこにでもいる、橋本光一は、部活の試合へと向かう時に突然の光に包まれ勇者として異世界に召喚された。 世界の平和の為に魔王を倒して欲しいと頼まれて、帰ることも出来ないと知り、異世界で召喚後からの生涯を終えると……!? そこから、始まる新たな出会いと運命の交差。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

処理中です...