蛇 と 兎

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41.落ち着く兎

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 優史が「男が好きだ」と打ち明けた後、善高はぎゅっと抱きしめてくれてから抱擁を緩めてきた。そして相変わらず涙が零れ続けている優史の唇に掠めるようなキスをしてきた。

「……今の、何……?」

 優史はポカンとして呟くように言う。

 唇、掠めた、よ、な……? あれ? 気のせい、だっけ……? 気のせいじゃないよな? キス、されたような気が、する……。

「ん? 何でもない。あれだ、元気、出せ」

 だがそう言われ、優史は頷いた。気のせいだったのかもしれない。そうじゃなくても善高が何でもないと言うなら何でもないのだろう。

「う、うん。いつもありがとう、そしてごめんな、善高」
「バカだな、何言ってんだ。俺はお前の親友だろ? 何だって言ってきていいんだし、どんな風なお前を見せてきてもいいんだぞ!」
「……っうん、うん……、ありがとう」

 少し微笑んで善高を見ると、笑って優史の頭を優しく撫でるように叩いてくれた。
 善高に言って良かった。男を好きになったと告げても、この幼馴染兼親友は受け入れてくれた。
 そう思った後で優史はハッとなった。そして少し逡巡した後でおずおずと言う。

「あの、な……」
「ん」
「俺、その……しかも好きな人、ね……高校生、なんだ……。男子高校生」
「まじですか」
「ぅ」
「もしかしてあいつか。前に会わせてくれた高校生。なんつったっけ、春日谷くん?」

 一瞬唖然としたような善高が少し考えた後で聞いてきた。

「うん……」
「……そう、か。……くそ……お前に泣いてもいいと言う権利は……ムカつくけどじゃあその高校生に譲ってやる」
「え? どういう意味?」
「俺はお前にこれからも笑え、て言うよ。今言った意味はまあ何でもないんだ。その……あれだ、第一あいつ、高校生っつってもそれっぽくないよな。今時の高校生ってあんなもんなのか? いや、逸れたな。……あー、うん、大丈夫。大丈夫だ! きっと上手くいく。だからやっぱりお前は笑ってろ」

 善高はよくわからないことを言ってきた。だがとりあえず「笑っていろ」と言ったのはわかる。そして「きっと上手くいくから大丈夫だ」ということも。
 善高にそう言ってもらうと、本当に大丈夫な気がしてくる。いつだって善高の言うことは優史の心にすんなりと入ってきた。

「……うん。ありがとう善高。だいたい俺が好きになったのに勝手に挫折しちゃうのもな。千景の色んなところを含め好きなんだ。なのに俺はやっぱ情けないな。いつまでたっても弱くて。強くなりたい」

 優史は力なく笑った。すると善高が優しい表情を浮かべ頭を撫でてくる。

「お前は、強いよ」
「でも」
「お前は強い。だからそのままでいい。そのままでいてくれ」

 善高の言葉がどれも優史の心を暖めてくれる。

「うん! 俺、あれだ、がんばるよ。ごめんな、ほんとに。そうだ、善高何か持ってきてくれたんだよね? 俺お腹空いたな。俺も何か作るよ。そんで食べよう!」

 ニッコリして優史が言うと、少し考えた後で善高も言ってきた。

「いや、お前が作らなくてもいいくらいは持ってきた。お前まだスーツ姿のままだってわかってるか?あれだ、先シャワー浴びてこいよ。その間に用意しといてやるから」
「でも」
「いいから。浴びとけって。そしたら後でゆっくり食べてゆっくり喋られるだろ?」

 優史が躊躇していると善高がニヤリと笑ってきた。

「そうだね。じゃあなんかほんと迷惑しかかけてないけど、頼んでもいいかな」
「まかせとけ。行って来い」
「うん!」

 優史はニッコリ笑うとバスルームへ向かった。夏であってもたまに湯船に浸かったりしてはいるが、今は善高がいるため手っ取り早くシャワーで済ます。
 浴室に入り熱い湯を浴びていると、善高によって軽くなった心がさらにほぐれてきたのがわかった。
 結局のところ解決したわけではない。それでも善高のおかげで優史はまたがんばれる気がした。
 初めから自分の片想いだったはだ。千景はただ、そんな自分を相手にしてくれていただけ。なのに連絡がないと泣きごとを言う自分は改めて考えると本当に情けないなと優史は思った。

 まだ、がんばりたい。がんばると言っても無理するわけでも無茶するわけでもないけれども。

 千景が本当にもう優史と会いたくないというのならすがりつく事はできない。だがまだはっきり確認さえしていない。
 いつの間にかどうしようもなく好きになっていた人。理由なんてどうでもいい。大事なのは好きだということ。その好きという思いをこんな形のまま終わらせたくない。

 もう少し、もう少しだけがんばらさせて。もし本当に鬱陶しいと思われているのだとしても、せめてはっきりと知りたい。

「よし」

 優史は改めて自分に気合いを込めると、浴室を出た。体を拭いて簡単な部屋着を着た後で部屋に戻ると、善高がテーブルに綺麗に並べていてくれていた。

「うわー、美味しそう!」
「だろ? 今回考えたメニューも俺の自信作だ。是非お前に食べて欲しくてな」
「楽しみ! じゃあ早速食べようか」

 ニコニコ優史が言うと、善高は腕時計を見た。

「んー。そうだな。ああその前にちょっと座れよ、色々鬱憤が溜まってる優に、俺が特別すっきりするようマッサージしてやる。その後で俺の料理食え。きっと数倍美味いぞ」
「いいの?」
「おう。んじゃとりあえずベッドに座れ」
「うん!」

 今日はとことん善高に甘えさせてもらおう。それに善高はスポーツをしていたのもあってストレッチやマッサージが上手い。
 優史は嬉しげに頷いた。ベッドの上へ座ると「とりあえずストレッチからな」と優史が後ろからゆっくり、そして長々と優史の体を押してくる。
 ストレッチは筋肉をゆっくり伸ばすことが重要なため、実際何度も押しては戻すのではなく、こうしてゆっくりでも長々と伸ばされ続ける方法が正しいらしい。

「相変わらずお前って体柔らかいな」
「っん……、そ、かな?」

 普段使わない筋肉を伸ばされ続けるのはわりと痛かったりするが、優史は心地よくもある。

「痛いか?」
「っんぅん、大丈、夫……。筋肉、凄く伸びてる感じ、俺、嫌いじゃ、ない」

 何となく玄関の方で音がしたような気がする。だが気のせいかな、と優史はぼんやり思った。

「……そうだな、俺もわりと好きかな、好きだよ」

 少し間があった後で善高が囁くように言ってきた。

「ん、好き」

 優史が繰り返すように言うと、聞こえるはずのない声が聞こえた。

「何が好きだってっ?」
「来た来た。まあ思ってたより、早かったかな……」

 それに対し何故か善高がわけのわからないことを呟いた後、ゆっくり優史の体を起してくれた。
 優史は今や相当混乱していた。

「どういう……? ち、か……げ……?」

 部屋に入ってきたのは、あれほど会いたくて堪らなくて、でも連絡のとれない千景だった。
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