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38.耐えられない兎
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ようやく千景と一つになれた。それはずっと願っていたことで、どれほど優史が欲していたか言葉では表現しきれない。
実際経験したそれは思っていた以上に苦しく、そして切なく、そして気持ちよく。優史は自分が本当におかしくなってしまうのではないかと思った。ひたすら快楽の波にもまれながら、それでも頭の中にあったのは千景のことばかりだった。
好きで好きで。堪らなく好きな人と抱き合うのが、これほど嬉しくて素晴らしいと知った。
もちろん今までも女性となら経験はある。だがそれとは比べものにならないほど気持ちよくて幸せだった。
幸せ。
優史はため息をついた。
あの日あの後、千景は何となくおかしかった。優史が「どうかした?」と聞いても「別にどうもしない」としか言ってくれなかったが、どこか上の空でいて優史はずっと気になっていた。
おまけに夏休みというのもあり、いつもは優史の家に来たらそのまま泊まっていく千景が、その日は帰ってしまった。
「またね」
そう言って。
そしてその後からずっと会っていない。前にも暫く会えなかった事はあった。また千景をたまたま見かけて勘違いしたりもした。
そういった諸々がつらくて優史は千景にお願いし、ようやく携帯情報を教えてもらった。だから連絡を取ろうと思えばとれるはずだ。
だがメールなど送っても返事が返ってこない。元々すぐに返してこない人ではあったが、今回のは何となくそれとは違う気がして優史はまたため息をついた。
本当は気を抜けば泣きそうだった。一体どうしたのだろうと気になって仕方ない。様子がおかしかった千景ばかりが頭を過ってしまう。
最近千景の性格にも慣れ、少し会ってくれない場合はもしかしたらわざとかなと思えるようにはなっていた。そう思えても実際会えないとつらいのだから結局のところ踊らされているわけなのだが。
だが今回は違うような気がした。どうしたのだろう、何故だろうと優史の脳内はそればかりが巡る。
最後までしたのが何かよくなかったのだろうか。もしかして自分に相当非があったのだろうか。
そういう風にしか思えない。
授業のない休み期間で本当によかったと思った。多分きちんと授業を行う自信がない。私事で生徒に迷惑をかけるなどもっての外なので、本当に夏休みでよかったと思う。
とはいえ書類仕事だけでなく先生という仕事は会議や出張もある。そういった仕事を優史は何とかこなしながら、頭の中は千景の事で一杯だった。それでも仕事自体を疎かにはしていないので注意されることはまずなかったが「大丈夫?」と心配されることはあった。隣のクラスの先生にも「元気がない」と心配された。
いい加減にしろ、と一人の時に心の中で叱咤するのだが、どうにもままならなかった。
そんな週末の昼、優史がぼんやり食欲のないままパンを齧っているとメールか電話の着信に気づいた。音は出しておらず振動のみだが今の優史はそんなわずかな振動すら敏感になるほどスマートフォンを意識していた。
慌ててスマートフォンを取り出す。そしてドキドキしながら震える手で画面をスライドさせて画面を見た。
「……よし、たか」
千景じゃなかった。
思ったのはまずそれだった。そして激しく落胆した自分を嫌悪する。大切で大好きな幼馴染からの通知に落胆する自分が嫌だと思った。
限界だった。
「元気だったか……てどう考えても元気じゃないな。どうした……」
改めて内容を読み、『今晩空いてたらメシ行かないか』と誘ってきた善高には「家で食べたい」と送り返していた。
『だったら丁度いい。店の新作考えてたのがあるから、それ作って持って行く。少しだけ遅れる』
そう返してきた善高はそれでも優史の家にやってきたのは思っていたよりも早かった。多分急いで作って、急いでやってきてくれたのだろうなと思われる。
いつだって善高はそうだった。いつも優史のことを考えてくれる、かけがえのない友人だ。
千景とは違う。
もちろん比べるものでないとわかっている。全然何もかも違う人だし、片や優史が好きな人、片や優史の幼馴染だ。
それでもつい比べてしまうほど、今の優史は参っていた。千景の全てが好きなはずなのに、あの千景の少し怖い部分ですら愛おしいはずなのに、今はそれがつらくて堪らない。
好きな人がこの目の前にいる友人だったらどんなに楽だっただろうか。
そんなことまでふと思ってしまった自分に気づき、優史はとうとう善高の目の前で涙を落した。
「っておい! どうしたんだ? 何かあったのかっ?」
善高は慌てて持っていた荷物をテーブルに置くと優史を抱きよせて聞いてきた。慌てて涙をぬぐい、優史は首を振った。
「ごめん」
「謝る必要なんかないだろ。泣いていいよ。だから何があったのか、ちゃんと言ってくれ」
善高は心配そうに、だが優しく優史に問いかけてきた。
泣いていい? うん、何だかもう善高の前でも堪えられそうにないかも。
優史の目からさらに涙が落ちる。善高の前では泣かないとずっと心に誓ってきたのに。
それでも善高はむしろギュッと優史を抱きしめてくれた。
大切な幼馴染。
大切な友人。
優史は息を吸い込んだ。
言えていなかった。優史が今度好きになった相手のことを、ずっと善高に言えなかった。
何でも話を聞いてくれて、何でも受け入れてくれる親友だと思っている。
それでも優史はなかなか言えなかった。
昔から優史を知っている相手。
小柄だった子供の頃、優史はよく女の子に間違えられていた。そしてその頃からかわいいものが大好きだったせいで周りからからかわれたりバカにされていた。親からも「情けない。男らしくしなさい」と言われていた。それでも善高は仲よくしてくれた。
だが優史が男を好きになったと知ったらさすがにいい加減呆れるかもしれない。いや、軽蔑されるかもしれない。やはりこいつは駄目なヤツだと思われるかもしれない。
そう思ってなかなか言えなかった。
優史自身は千景を、男を好きになったことに関して後悔していない。千景が好きで好きで仕方なく、男である云々はいつの間にか気にならなくなっていた。
それでも目の前にいる大切な幼馴染に言えば軽蔑されるかもしれないと怖くて仕方なかった。
でも、もう耐えられない。
結局俺はやはり情けない男なんだ。
「善高……、好きな人が会ってくれないし連絡も返してくれない。嫌われたのかな……。俺、何かしたのかな……、もうどうしていいかわからなくて」
「優……。お前を嫌いになる女なんかいないよ、大丈夫だって」
「好きなんだ。すごく」
「うん」
「会いたいんだ。でも連絡しても何も返してくれない。善高、俺、俺ね、好きな人ね、男なんだ。その人とようやくね、前に少し進めたような気がしたのに、もう、俺、ほんとどうしていいかわからない。俺……」
好きな人が男と聞いた時、善高がピクリと動いたのがわかった。だが抱擁を解かれることはなく、そのままギュと抱きしめてくれた。
優史は胸が熱くなり、さらに泣いた。
実際経験したそれは思っていた以上に苦しく、そして切なく、そして気持ちよく。優史は自分が本当におかしくなってしまうのではないかと思った。ひたすら快楽の波にもまれながら、それでも頭の中にあったのは千景のことばかりだった。
好きで好きで。堪らなく好きな人と抱き合うのが、これほど嬉しくて素晴らしいと知った。
もちろん今までも女性となら経験はある。だがそれとは比べものにならないほど気持ちよくて幸せだった。
幸せ。
優史はため息をついた。
あの日あの後、千景は何となくおかしかった。優史が「どうかした?」と聞いても「別にどうもしない」としか言ってくれなかったが、どこか上の空でいて優史はずっと気になっていた。
おまけに夏休みというのもあり、いつもは優史の家に来たらそのまま泊まっていく千景が、その日は帰ってしまった。
「またね」
そう言って。
そしてその後からずっと会っていない。前にも暫く会えなかった事はあった。また千景をたまたま見かけて勘違いしたりもした。
そういった諸々がつらくて優史は千景にお願いし、ようやく携帯情報を教えてもらった。だから連絡を取ろうと思えばとれるはずだ。
だがメールなど送っても返事が返ってこない。元々すぐに返してこない人ではあったが、今回のは何となくそれとは違う気がして優史はまたため息をついた。
本当は気を抜けば泣きそうだった。一体どうしたのだろうと気になって仕方ない。様子がおかしかった千景ばかりが頭を過ってしまう。
最近千景の性格にも慣れ、少し会ってくれない場合はもしかしたらわざとかなと思えるようにはなっていた。そう思えても実際会えないとつらいのだから結局のところ踊らされているわけなのだが。
だが今回は違うような気がした。どうしたのだろう、何故だろうと優史の脳内はそればかりが巡る。
最後までしたのが何かよくなかったのだろうか。もしかして自分に相当非があったのだろうか。
そういう風にしか思えない。
授業のない休み期間で本当によかったと思った。多分きちんと授業を行う自信がない。私事で生徒に迷惑をかけるなどもっての外なので、本当に夏休みでよかったと思う。
とはいえ書類仕事だけでなく先生という仕事は会議や出張もある。そういった仕事を優史は何とかこなしながら、頭の中は千景の事で一杯だった。それでも仕事自体を疎かにはしていないので注意されることはまずなかったが「大丈夫?」と心配されることはあった。隣のクラスの先生にも「元気がない」と心配された。
いい加減にしろ、と一人の時に心の中で叱咤するのだが、どうにもままならなかった。
そんな週末の昼、優史がぼんやり食欲のないままパンを齧っているとメールか電話の着信に気づいた。音は出しておらず振動のみだが今の優史はそんなわずかな振動すら敏感になるほどスマートフォンを意識していた。
慌ててスマートフォンを取り出す。そしてドキドキしながら震える手で画面をスライドさせて画面を見た。
「……よし、たか」
千景じゃなかった。
思ったのはまずそれだった。そして激しく落胆した自分を嫌悪する。大切で大好きな幼馴染からの通知に落胆する自分が嫌だと思った。
限界だった。
「元気だったか……てどう考えても元気じゃないな。どうした……」
改めて内容を読み、『今晩空いてたらメシ行かないか』と誘ってきた善高には「家で食べたい」と送り返していた。
『だったら丁度いい。店の新作考えてたのがあるから、それ作って持って行く。少しだけ遅れる』
そう返してきた善高はそれでも優史の家にやってきたのは思っていたよりも早かった。多分急いで作って、急いでやってきてくれたのだろうなと思われる。
いつだって善高はそうだった。いつも優史のことを考えてくれる、かけがえのない友人だ。
千景とは違う。
もちろん比べるものでないとわかっている。全然何もかも違う人だし、片や優史が好きな人、片や優史の幼馴染だ。
それでもつい比べてしまうほど、今の優史は参っていた。千景の全てが好きなはずなのに、あの千景の少し怖い部分ですら愛おしいはずなのに、今はそれがつらくて堪らない。
好きな人がこの目の前にいる友人だったらどんなに楽だっただろうか。
そんなことまでふと思ってしまった自分に気づき、優史はとうとう善高の目の前で涙を落した。
「っておい! どうしたんだ? 何かあったのかっ?」
善高は慌てて持っていた荷物をテーブルに置くと優史を抱きよせて聞いてきた。慌てて涙をぬぐい、優史は首を振った。
「ごめん」
「謝る必要なんかないだろ。泣いていいよ。だから何があったのか、ちゃんと言ってくれ」
善高は心配そうに、だが優しく優史に問いかけてきた。
泣いていい? うん、何だかもう善高の前でも堪えられそうにないかも。
優史の目からさらに涙が落ちる。善高の前では泣かないとずっと心に誓ってきたのに。
それでも善高はむしろギュッと優史を抱きしめてくれた。
大切な幼馴染。
大切な友人。
優史は息を吸い込んだ。
言えていなかった。優史が今度好きになった相手のことを、ずっと善高に言えなかった。
何でも話を聞いてくれて、何でも受け入れてくれる親友だと思っている。
それでも優史はなかなか言えなかった。
昔から優史を知っている相手。
小柄だった子供の頃、優史はよく女の子に間違えられていた。そしてその頃からかわいいものが大好きだったせいで周りからからかわれたりバカにされていた。親からも「情けない。男らしくしなさい」と言われていた。それでも善高は仲よくしてくれた。
だが優史が男を好きになったと知ったらさすがにいい加減呆れるかもしれない。いや、軽蔑されるかもしれない。やはりこいつは駄目なヤツだと思われるかもしれない。
そう思ってなかなか言えなかった。
優史自身は千景を、男を好きになったことに関して後悔していない。千景が好きで好きで仕方なく、男である云々はいつの間にか気にならなくなっていた。
それでも目の前にいる大切な幼馴染に言えば軽蔑されるかもしれないと怖くて仕方なかった。
でも、もう耐えられない。
結局俺はやはり情けない男なんだ。
「善高……、好きな人が会ってくれないし連絡も返してくれない。嫌われたのかな……。俺、何かしたのかな……、もうどうしていいかわからなくて」
「優……。お前を嫌いになる女なんかいないよ、大丈夫だって」
「好きなんだ。すごく」
「うん」
「会いたいんだ。でも連絡しても何も返してくれない。善高、俺、俺ね、好きな人ね、男なんだ。その人とようやくね、前に少し進めたような気がしたのに、もう、俺、ほんとどうしていいかわからない。俺……」
好きな人が男と聞いた時、善高がピクリと動いたのがわかった。だが抱擁を解かれることはなく、そのままギュと抱きしめてくれた。
優史は胸が熱くなり、さらに泣いた。
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