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19話

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 アートはフィンリーの正体を知っても態度は変わらなかった。最初は戸惑いもあったようで「何で身分隠してたんだ、ですか」などとぎこちない言葉を使ってきたが「そういう態度をされるのが嫌でつい隠したんだよ」と言えばタレ目気味の目をさらに垂れさせ笑ってきた。

「なるほどな。だったら遠慮なく普通に喋っていいか?」
「もちろん。普通に友だちでいてくれる?」
「それこそもちろん。よし、じゃあパーっと飲みに行くか!」
「あ、できたら君の友だちには俺の身分、特に話さないでいてもらえたら……いや、もうすでにばれてるだろうか」
「いんや、喋ってねーよ? 別に言うことでもねーしな」
「いいやつ」
「俺が? 軽いやつとはよく言われるけど、いいやつと言われることはまぁ、ねーな」

 笑いながら言われ、それこそ軽い雰囲気につい「だからって俺を好きになるなよ」とフィンリーは言い返す。

「お前を? はは、了解。男に言われることもまぁ、ねーわ」

 フィンリーの言葉にポカンとした後でアートは何を言っているんだかと笑っていた。
 そんな風に、フィンリーはアートとの付き合いを普通に楽しんでいた。時折念のために警戒はするものの、アートは攻略対象とは思えないほどフィンリーに対し前世の頃にしてきた男同士の付き合いを保ってくれる。要はフィンリーが疑心暗鬼になるような態度を取ってこないというのだろうか。前世での妹である桃からは「ちょっと不憫系も入ってる軟派系キャラ」とも聞かされていた。不憫というのは全く当てはまらない気がするが、軟派系に関しては首がもげるほど頷きたくなる程度にはわかる。多分その性質のおかげなのかもしれない。アートはフィンリーの百倍は女が好きなのだろうと思われる。フィンリーも童貞をいつか幸せな気持ちで失いたいと切実に思ってはいるが、それこそ遥か彼方昔に童貞を失っているであろうアートはそんなフィンリーを凌駕する勢いで女の子と楽しく遊びたいと切実に思っているようだ。おかげでフィンリーに対して全く変な目で見てこない。チャラい軟派男様々だ。前世では「リア充め」とチャラいタイプを少々目の仇にしていたが、現世ではこれほど安心できる人種はいないなと思えた。

 いやまあ、男が好きな軟派タイプもいるんだろうけど……その点はアートの設定は揺ぎなさそうだよな。

 多分、一番安心できるはずの身内であるジェイクやリースに対して安心できないのは「ヤンデレ」や「束縛」といった性質がパートナーに対して向くものだからだ。好きな相手に向ける感情でありそこに男女の限定は特にない。だからゲーム本来の性質が彼らから気のせいだろうが少しでも感じられるとハラハラしてしまう。だがアートの「軟派」は、設定の時点で女へ向ける性質と特定されていた上に現実でも女に対して向けられているのを目の当たりにしているから多少なりとも安心できるのではないだろうか。
 ついでにカリッドやデイリーの性質も多分パートナーだけに向けるものではないだろう。おそらく好きな相手にだけ向ける性質ではないと思えるので、そこまで心配しなくてもいいような気もしないではない。
 ただし、そういう発想であるならカリッドは今も「俺様」のはずだ。しかしあれのどこをどう見たら「俺様」なのか。子どもの頃は間違いなくその性質だったように思うのだが、カリッドのせいでストーリーは変わっても設定は変わらないと断言できなくなってしまった。そのため、残念ながらアートに対しても念のために警戒するようにはしているという訳だ。

 っつってもアートの気持ちが俺に向くのはほんとあり得ないわな。

 先ほども知り合いの女性を捕まえて息をするかのごとく口説いていたアートを微妙な顔で見ながらフィンリーは苦笑した。

「フィンリー様。見つけましたよ」

 その時、背後からジェイクの声がした。思わずびくりとフィンリーは肩を大きく揺らしてしまう。恐る恐る振り向けば、果たしてそこには間違いなくジェイクがいた。外にテーブルのある席じゃなくてカフェ室内にすればよかったとフィンリーは後悔する。とはいえ何故この場所がわかったのか。

「ちょ、何でここが」
「オレを見て言うことがそれだけですか。優雅に酒など飲んで。今日はジェラルド卿がいらっしゃるので屋敷にいてくださいと言いましたよね、オレ」
「だ、だってジェラルド卿はアイリスに会いに」
「あれほど大事になさっておられる妹君が心配ではないのですか」
「アイリスは大事だよ! でもあいつ何でかわかんないけどぜんっぜん誰にも興味示さないだろ。むしろこのままじゃ結婚どころか恋人すらできないんじゃってそっちのが俺、心配なんだよ。アイリスはしっかりしてるけど手に職ってタイプでもないし。つか大抵の貴族がそんなもんだけどさ。ジェラルド卿は俺よりちょっと年上なだけだし優しい人だし家柄も問題ないし紳士だし、なら邪魔にならないよう出かけるのがいいお兄さんじゃないか」
「この間は第二王子と何で婚約しないんだろうっておっしゃってましたよね」
「言ったけど」
「ならジェラルド卿よりもそちらがうまくいくよう進めるべきではありませんか」
「そりゃカリッド王子とうまくいってくれたら俺も嬉しいけど! でもアイリスが気に入るなら別に」
「アイリス様は別にジェラルド卿を気に入っておられません」
「だから今日、ゆっくり過ごしてみてだな!」
「あのー二人とも」

 ムキになってジェイクに言い返していたら、少し垂れた目を困ったようにさらに垂れさせながらアートが間に入ってきた。嬉しそうな時もさらに垂れるというのにどういった感情の時もさらに垂れるのかとフィンリーは関係ないことを何となく思う。

「貴族のことはよくわからないけどさー、あまりこういうとこで言い合うことじゃないだろ? あとフィンリー、今日はとりあえずは帰ったほうがいいんじゃないか?」
「……うん。そうだな。ごめん、アート。迷惑かけちゃったか?」
「まさか。大丈夫だよフィンリー。いつでもおいでよ。俺は歓迎だから」

 ニコニコとフィンリーの肩に回そうとしたアートの腕を、ジェイクは笑顔のまま鬼の一口といった勢いでつかんできた。フィンリーは思わず一歩下がりたくなった。それはアートも同じようで、とりあえず戸惑ったようにジェイクを見ている。

「失礼。アート、でしたっけ? オレの主に気安くお触れにならないよう願います」
「は、はい」

 訳がわからないままアートが頷いている。

「ジェイク! アートは俺の親しい友人だから問題ないんだ。お前こそいくら俺の身内だからって俺の友人に失礼な態度を取らないでくれ」
「申し訳ありません」

 フィンリーの言葉に、ジェイクは素直に手を離し、アートにも頭を下げている。フィンリーはアートに改めて「ごめん。またな」と謝ると、ジェイクを引っ張るようにしてその場から離れた。
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