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16話
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そろそろ何というか面倒くさい。
そう思うのも仕方がないとフィンリーは我ながら思う。何だろうか、一応ゲームのシナリオ通りではないとは思う。シナリオにある選択肢にも似た出来事もあるような気もしないでもないが、そういう時は全力でどの選択肢にも被らない返事や態度を取っていると思うし、ゲームにない選択肢っぽい何かが発生した気がする時だって気のせいだとは思いつつも念には念を入れて対応しているはずだ。よってどのルートにも入っていないはず。
実際時折言動に気になる点はあるものの誰かが乙女ゲームさながらにフィンリーを口説いてくることもない。ただ、全部のルートがごった煮になり改編されたシナリオみたいな自体になっているような気がするのは気のせいなのだろうか。
ちなみにデイリーにも既に会った。ちょくちょく一人でやってくる王子に業を煮やしたのか、ある日「いい加減にしてください」とシューリス家にやって来たのだ。何故皆この屋敷に集合するのか。待ち合わせ場所か何かだとでも思っているのか。
デイリーは毎回ついてはこないが、時折ついてくる。幸い一人でやって来ることは今のところないが、この間面と向かって話す機会が発生してしまい心臓に悪かった。乙女ゲーム的に悪いというより、本人の雰囲気が心臓に悪いというのだろうか。顔は攻略対象だけに当然だがとてもいい。だが冷たそうな雰囲気と、同じく冷たそうな鋭い目元が怖いのかもしれない。それにゲームの紹介に「馬鹿はしつけたくなるタイプ」的なことが書いてあっただけにきっと性格もヤバいはずだ。だから心臓に悪いのだろう。黒髪も前世では当たり前だったのにこの世界では珍しいせいで余計そう思うのかもしれない。
とはいえ面と向かっての会話は普通だったしデイリーも丁寧で落ち着いた感じではあった。
「カリッド王子が度々申し訳ありません」
「い、いえ」
「何かご迷惑はかけておりませんでしょうか」
「そ、れは別に」
来ること自体が迷惑です、とはさすがに言えないのでフィンリーは少々顔を引きつらせてしまったかもしれないが笑っておいた。
「そうですか。何かあれば私を頼ってください」
「は」
はい、と答えそうになって思いとどまる。
まさかこれは選択肢じゃないよな?
ゲームでは義妹からの嫌がらせに悲しむヒロインにデイリーが声をかけるのであって、今のようにカリッドに困っているフィンリーに声をかけてきたデイリーは関係ないはずだ。だがどうしてもゲームにあった「デイリーを頼る」「妹をそれでも信じる」の選択肢が頭を過って仕方がない。ついでにそこに誰も選ばないという分岐もあった気もしてきた。
「? どうかされましたか?」
「い、いえ! まあその、殿下はでも何でうちに来るんでしょうね」
あはは、と少し苦しいながらも話をそらした。
「……それは私が言うことでもないでしょうし」
どういう意味なの。
「えっと……」
「ふふ、では私はこれで。失礼いたします」
笑みを浮かべたデイリーの目が笑っていない気がして、やはり心臓に悪いと最後までフィンリーは思っていた。とても綺麗な琥珀色の瞳なのだが、何故だろうか、山羊の目を思い出してしまった。けっしてデイリーの瞳孔は水平ではないというのに不思議だ。ただ山羊の瞳もそういえば琥珀色っぽい色だったような気がする。それでかもしれない。
とにかくそろそろ面倒くさい。ある日ジェイクと一緒に町へ出ていた時、フィンリーはつい出来心を起こしてしまった。いつも絶対攻略対象がそばにいる状態から逃げて一人になりたくなり、思わず人混みに紛れてジェイクをまいていた。
「おわ、すげー」
町は賑やかで、あちこちで誰かがパフォーマンスをしていたり出店を出したりしていた。何かの祭りかと思いそうだが、これでもフィンリーはシューリス家の長男だ。自分の領地内の行事くらい把握している。今日は祭りでもなんでもない日常だ。とはいえクリーズ王国第一王子の結婚日程がこの間決まったことに対するお祭り騒ぎなのかもしれない。
フィンリーは久しぶりに一人になったのもあり、自由を満喫していた。何か楽しいことがあるかもしれないとワクワクしつつ、ついでに顔がいいのを利用してナンパの一つでもしてみたいと思ったがもし公爵家子息だとバレて噂になったら恥ずかしいのでやめておいた。決して勇気が出なかったわけではない。
お忍びというほどではないものの、目立つことのないように服装は町の雰囲気に合わせたつもりはある。だが衣装の素材がいいのが何となく全体的な雰囲気に出るのだろうか。それともヒロイン要素のあるフィンリーにはにじみ出る何かでもあるのだろうか。ちょいちょい目立っていた。このままではすぐにジェイクに見つかってしまうかもしれないと、つい人気のあまりない路地へと入り込んでしまっていたようだ。
「兄ちゃん金持ってそうだな」
「つか見た目いいな。さすがに売れる年齢じゃねえだろけど、俺らが楽しむことはできるよな」
「金もそっちも両方楽しめそうだろ」
「クソ。何か楽しいこととは思ってたけどこんなあるあるな展開は絶対求めてない……!」
「は? なんて?」
思わず叫んだフィンリーを怪訝そうに見てきた、明らかにモブ顔をしたガラの悪い連中は、だがすぐに嫌な笑い方をしながら近づいてきた。フィンリーが乙女ゲームのような女だったら、もしくはヒロイン(俺)としての生き方に甘んじていたらここは「誰か助けて……!」と叫ぶところだったかもしれない。だがこれでも身の振り方を考え、剣術と格闘術といった護身術を子どもの頃からしっかり勉強して先生からも「優」という成績を貰っているし、いまだに日々の鍛練は怠っていない。
体の使い方がまるでなっていない相手をひらりとかわすとその腕をつかみ、気持ちいいくらい思い切り投げてやった。本番は緊張するが、受け身の心配をしない分気軽でもある。この野郎と言いながらまた猪突猛進といった感じで襲ってきた次の男も難なくかわし、思う存分急所を蹴り上げてやった。しかしあまり強くなさそうとはいえ一人で数人は結構きつい。このままだとちょっとまずいかもしれないとフィンリーが内心思っていると「大勢でってのはいただけないよなあ」という声がした。
ガラの悪い連中だけでなくフィンリーも思わず「誰だよ!」と少し慄いた様子で声のしたほうを見る。襲っていた男の一人が「何であんたまで」と怪訝な顔をしていたが、フィンリーもヒロイン(俺)という立場だけに仕方のないことだ。絶対に声の持ち主が物語に関係のないモブなわけがないとしか思えなかった。
そう思うのも仕方がないとフィンリーは我ながら思う。何だろうか、一応ゲームのシナリオ通りではないとは思う。シナリオにある選択肢にも似た出来事もあるような気もしないでもないが、そういう時は全力でどの選択肢にも被らない返事や態度を取っていると思うし、ゲームにない選択肢っぽい何かが発生した気がする時だって気のせいだとは思いつつも念には念を入れて対応しているはずだ。よってどのルートにも入っていないはず。
実際時折言動に気になる点はあるものの誰かが乙女ゲームさながらにフィンリーを口説いてくることもない。ただ、全部のルートがごった煮になり改編されたシナリオみたいな自体になっているような気がするのは気のせいなのだろうか。
ちなみにデイリーにも既に会った。ちょくちょく一人でやってくる王子に業を煮やしたのか、ある日「いい加減にしてください」とシューリス家にやって来たのだ。何故皆この屋敷に集合するのか。待ち合わせ場所か何かだとでも思っているのか。
デイリーは毎回ついてはこないが、時折ついてくる。幸い一人でやって来ることは今のところないが、この間面と向かって話す機会が発生してしまい心臓に悪かった。乙女ゲーム的に悪いというより、本人の雰囲気が心臓に悪いというのだろうか。顔は攻略対象だけに当然だがとてもいい。だが冷たそうな雰囲気と、同じく冷たそうな鋭い目元が怖いのかもしれない。それにゲームの紹介に「馬鹿はしつけたくなるタイプ」的なことが書いてあっただけにきっと性格もヤバいはずだ。だから心臓に悪いのだろう。黒髪も前世では当たり前だったのにこの世界では珍しいせいで余計そう思うのかもしれない。
とはいえ面と向かっての会話は普通だったしデイリーも丁寧で落ち着いた感じではあった。
「カリッド王子が度々申し訳ありません」
「い、いえ」
「何かご迷惑はかけておりませんでしょうか」
「そ、れは別に」
来ること自体が迷惑です、とはさすがに言えないのでフィンリーは少々顔を引きつらせてしまったかもしれないが笑っておいた。
「そうですか。何かあれば私を頼ってください」
「は」
はい、と答えそうになって思いとどまる。
まさかこれは選択肢じゃないよな?
ゲームでは義妹からの嫌がらせに悲しむヒロインにデイリーが声をかけるのであって、今のようにカリッドに困っているフィンリーに声をかけてきたデイリーは関係ないはずだ。だがどうしてもゲームにあった「デイリーを頼る」「妹をそれでも信じる」の選択肢が頭を過って仕方がない。ついでにそこに誰も選ばないという分岐もあった気もしてきた。
「? どうかされましたか?」
「い、いえ! まあその、殿下はでも何でうちに来るんでしょうね」
あはは、と少し苦しいながらも話をそらした。
「……それは私が言うことでもないでしょうし」
どういう意味なの。
「えっと……」
「ふふ、では私はこれで。失礼いたします」
笑みを浮かべたデイリーの目が笑っていない気がして、やはり心臓に悪いと最後までフィンリーは思っていた。とても綺麗な琥珀色の瞳なのだが、何故だろうか、山羊の目を思い出してしまった。けっしてデイリーの瞳孔は水平ではないというのに不思議だ。ただ山羊の瞳もそういえば琥珀色っぽい色だったような気がする。それでかもしれない。
とにかくそろそろ面倒くさい。ある日ジェイクと一緒に町へ出ていた時、フィンリーはつい出来心を起こしてしまった。いつも絶対攻略対象がそばにいる状態から逃げて一人になりたくなり、思わず人混みに紛れてジェイクをまいていた。
「おわ、すげー」
町は賑やかで、あちこちで誰かがパフォーマンスをしていたり出店を出したりしていた。何かの祭りかと思いそうだが、これでもフィンリーはシューリス家の長男だ。自分の領地内の行事くらい把握している。今日は祭りでもなんでもない日常だ。とはいえクリーズ王国第一王子の結婚日程がこの間決まったことに対するお祭り騒ぎなのかもしれない。
フィンリーは久しぶりに一人になったのもあり、自由を満喫していた。何か楽しいことがあるかもしれないとワクワクしつつ、ついでに顔がいいのを利用してナンパの一つでもしてみたいと思ったがもし公爵家子息だとバレて噂になったら恥ずかしいのでやめておいた。決して勇気が出なかったわけではない。
お忍びというほどではないものの、目立つことのないように服装は町の雰囲気に合わせたつもりはある。だが衣装の素材がいいのが何となく全体的な雰囲気に出るのだろうか。それともヒロイン要素のあるフィンリーにはにじみ出る何かでもあるのだろうか。ちょいちょい目立っていた。このままではすぐにジェイクに見つかってしまうかもしれないと、つい人気のあまりない路地へと入り込んでしまっていたようだ。
「兄ちゃん金持ってそうだな」
「つか見た目いいな。さすがに売れる年齢じゃねえだろけど、俺らが楽しむことはできるよな」
「金もそっちも両方楽しめそうだろ」
「クソ。何か楽しいこととは思ってたけどこんなあるあるな展開は絶対求めてない……!」
「は? なんて?」
思わず叫んだフィンリーを怪訝そうに見てきた、明らかにモブ顔をしたガラの悪い連中は、だがすぐに嫌な笑い方をしながら近づいてきた。フィンリーが乙女ゲームのような女だったら、もしくはヒロイン(俺)としての生き方に甘んじていたらここは「誰か助けて……!」と叫ぶところだったかもしれない。だがこれでも身の振り方を考え、剣術と格闘術といった護身術を子どもの頃からしっかり勉強して先生からも「優」という成績を貰っているし、いまだに日々の鍛練は怠っていない。
体の使い方がまるでなっていない相手をひらりとかわすとその腕をつかみ、気持ちいいくらい思い切り投げてやった。本番は緊張するが、受け身の心配をしない分気軽でもある。この野郎と言いながらまた猪突猛進といった感じで襲ってきた次の男も難なくかわし、思う存分急所を蹴り上げてやった。しかしあまり強くなさそうとはいえ一人で数人は結構きつい。このままだとちょっとまずいかもしれないとフィンリーが内心思っていると「大勢でってのはいただけないよなあ」という声がした。
ガラの悪い連中だけでなくフィンリーも思わず「誰だよ!」と少し慄いた様子で声のしたほうを見る。襲っていた男の一人が「何であんたまで」と怪訝な顔をしていたが、フィンリーもヒロイン(俺)という立場だけに仕方のないことだ。絶対に声の持ち主が物語に関係のないモブなわけがないとしか思えなかった。
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