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9話

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 実際年が明けてからジェイクは正式にフィンリーの世話係となった。本人は「これでようやくフィンリー様のそばを離れることなくお世話できますね」と嬉しそうだったが、そもそもジェイクはずっとそばにいた記憶しかないし今までとなにが違うのかフィンリーとしては疑問しかない。身の回りの世話も正式に世話係となる前からしてくれていた。ただ着替えや入浴など服を脱ぐ可能性があるものに関しては頑なに手伝わせていない。こちらでの学生時代、靴紐すら結べない同級生がいることを知った時は正直驚くのを通り越してドン引きだったが、本来お貴族様はそういうものなのかもしれない。それでも絶対にそういったことは自分ですると決めている。油断大敵だ。
 断るたびにジェイクは困ったような笑顔のまま黙っている。困惑気味に見えるはずなのにその笑顔が怖い気がするのは多分気のせいだろうとは思うが、どうにも少々落ち着かないのでそういった場合はなるべく話を逸らしたりその場から逃げる術を探すことにしていた。
 ところで昔はリースも学校へ行っていたり戻ってきても暫くは家で学ぶことが多かったからか頻繁にやって来ることはなかった。だがフィンリーが十四歳、十五歳と歳を重ねるごとにリースも自分の仕事ぺースを把握したからか、時間を作ってはちょくちょくシューリス家にやって来る。派閥が違うが、ゲームとは違い婚約はないものの皇帝派のシューリス家と貴族派のフラートン家が仲良くするのは周知徹底の常識だったりする。なのでそれについては問題ないのだが、今や最愛の妹とも言えるアイリスは毎回リースに突っかかっていた。

「また来ましたの?」
「やあ、アイリス。また綺麗になったね」
「笑顔であってもそんな嘘くさいこと、私はちっとも嬉しくありませんことよ。リース様は私の兄に構っている暇があるのでしたらフラートン家を守るためのお仕事に勤しんでくださいませ」
「フィンリーに会わせてくれないなんて。それにアイリス、いつも言っているだろう。僕のことはお兄様と呼ぶといい、と」
「冗談じゃありませんわ。私のお兄さまはただ一人です」
「あと僕は三男なのでアイリス、君に心配されなくても大丈夫だよ、ありがとう」
「心配しているんじゃありませんわ!」

 これは何だろうかと首を傾げたこともある。よもやリースとアイリスのフラグが立ったのかと嬉しく思いそうになるものの、主に言い合いの元となるのはわかりにくいながらもフィンリーである気がしてならない。とはいえ自意識過剰なのかもしれない。

「ジェイクはどう思う? 俺のことで二人は言い合ってるんだろうか。それともお互い素直になれないだけ?」
「もちろん素直になれないだけですね」

 ジェイクに聞いてみれば即答された。その速さは0.2秒といったところか。

「でもあのリースに限って素直になれないなんてなさそうだけど……」
「男女の間は複雑ですので」

 そう言われてしまうと前世を含めて結構生きていて今なお、ほぼどういった経験もないフィンリーとしては何も言えない。

「というかジェイク。いつの間にそういった男女の仲について詳しくなったんだよ。彼女いるの?」
「おりません」
「好きな人は?」
「……内緒です」

 これはいる。絶対にいる。

 フィンリーは好奇心だけでなく、攻略対象が自分以外に目を向けていることにそわそわと期待に胸を膨らませた。ただし期待が目に見えて現実になるという状況には残念ながら今のところお目にかかることはまだない。
 この世界では十六歳で成人となる。フィンリーも気づけば成人扱いの十六歳となっていた。前世でも二十歳になって成人した時は訳もなくそわそわとしたものだが、今回もそうだった。特に理由もなくまるで嬉しいような楽しいような気持ちになるというのだろうか。前世で接待など十分過ぎるくらい酒は堪能していたのもあり、酒が飲めるから嬉しいという訳でもない。ちなみに前世ではさほど強くはないのでにこやかな顔で相手にひたすら飲ませる術がなくてはならなかった。何にせよ、やはり自分は大人になったのだと思うと感慨深いのかもしれない。中身は五歳の頃から大人ではあったが。
 いつもと違い盛大に誕生日を祝うパーティーには、驚いたことに学生時代の友人も皆祝いに来てくれた。とても親しい関係、とは言えないと思っていただけに嬉しかった。しかし何故か友人と二人きりで話す流れになるとジェイクがやってきて「マクガナル家のご子息が到着なさいました」「食後酒をお持ちしましょうか」「お酒の補充はいかがしましょう」などと声をかけてくる。微妙にジェイクの仕事でない上に、酒の補充に至っては誕生日であるフィンリーの仕事でもなさすぎる。とはいえ真面目に働いてくれているジェイクを無下にもできず、その度に友人に断りその場を離れたりしていたように思う。

「誕生日とそして成人おめでとう、フィンリー」

 宴もたけなわといった時にようやくゆっくり話す機会ができたリースが穏やかな笑みを惜しげもなくフィンリーだけに振り撒きながら言ってきた。フィンリーも祝いに来てくれたたくさんの客とのやり取りに忙しかったが、リースも絶えず誰かに声をかけられていたようだ。さすが攻略キャラ、ハイスペックが基本だしなとフィンリーは内心そっと思っていた。ジェイクですら、身分重視の貴族世界でたびたび声をかけられていたのをフィンリーは見逃していない。二人とも是非望む相手を見つけて欲しいところである。

「ありがとう、リース」
「今日はお互いゆっくりできなさそうだし、日を改めてお祝いさせてくれるかな?」
「そこまでしてくれなくていいよリース。でもありがとう」
「いやいや、改めるよ。フィンリーのおめでたい日なんだから。とりあえず本当におめでとう」

 ふわりと微笑み、リースは少し屈むとフィンリーの頬にキスをしてきた。
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