6 / 9
6話
しおりを挟む
その日の夜は野営した。準備している間も食事中も、ルーフォリアがどうにも物言いたげといった顔でじっと見てくる。それでも何とかスルーしていたのだが、そろそろ耐えられなくなってきた。例え幼児でも美形の力はすごいなと茶化すように内心ため息を吐く。
「わかった」
二人して眠るために横になっていたが、とうとうルートはむくりと起き上がり、その場へ座った。ルーフォリアもじっとルートを見たまま起き上がって向かい合うように座る。
「ルーフォリアが何を言いたいかわかってるよ。わかったよ、言う。言うからそんな顔でずっと見てくるの、やめようね」
「……そんなかお……」
怪訝そうに首を傾げているルーフォリアを見て、自分の顔面の威力に対して自覚がないらしいとルートは苦笑する。
「あー、えっと。俺は……確かに人間って訳じゃあ、ない。……でもエルフでもない、かな」
「……?」
「ハーフなんだ」
人間とエルフとの間に生まれた。父親が人間で母親がエルフだった。過去形なのはもう二人ともいないからだ。
ルートには家がないだけでなく、親もいない。小さな頃に母親と共に奴隷商に捕まり、それを助けようとして父親は命を落とした。ルートを何とか逃がすことで母親も結局亡くなってしまった。一人残ったルートは最初こそ、自分だけ残して逝ってしまった親を恋しく思い、いっそ自分も殺して欲しかったと願ったが、そのうち親の守ってくれた命を愛しく思えるようになった。それからは何とか一人で生きてきた。
エルフからしたらルートは野蛮な人間の血が流れている欠陥品だろう。
一部の人間からしたら純エルフではないものの、それでも使えるものとして今日のように狩りの対象になる。
それもあってエルフの里へは行けないし、人間にも上手く馴染めず、ルートはずっと一人で旅を続けていた。もちろん旅にも慣れたし、一般的な人間とは一期一会もあって上手くやれている。今日のような奴隷商に対しても、これまで上手く逃げてきた。これでも日々、それなりに楽しく過ごしている。
「髪はね、染めてる」
ハーフであることを告げ、簡単に説明した後、ルートはにっこりと笑って簡単な呪文を唱えながら手櫛で髪をすいていく。すると赤茶けた色は次第に薄いベージュ色へと変わっていった。目の前のエルフのような美しい金髪とはいかなくとも、この辺の人間には持ち得ない色だ。
「ごめんね、騙しているつもりはなかったんだよ。別に言うことでもないかなって思って」
いや、少し嘘だ。
わざわざ言う必要がないとは確かに思いつつも、あんなに懐いてくれていたルーフォリアが純エルフである故にルートは恐れていた。
「……ルート、かみ、きれい」
ぽかんとしていたルーフォリアが微笑みながらそっとルートの髪に触れてきた。別にそういう訳ではないのだろうが、それがまるでルーフォリアに、ひいてはエルフから認められたような気持ちになり、ルートは少し目が潤みかけた。
純エルフの君のほうが透けるような金色をしていて百倍綺麗だよ。
そう思いつつ胸が痛くて口元が綻ぶ。
「はは……ありがとう」
変に震えないよう、何とか何でもないようルートがにっこり笑うと、ルーフォリアは立ち上がり、顔を近づけてキスをしてきた。
またこの子はと思いつつも、ハーフだと打ち明けた後だけにルートとしても何となく嬉しかった。
「おれは、ルート、だいすき」
「ありがとう。俺もルーフォリアが大好きだよ」
「にんげん、でもハーフ? でも、かわら、ない」
「……嬉しいな」
その後、小さな体でぎゅっとルートを抱きしめるかのようにして眠ってしまったルーフォリアを、ルートは優しく微笑みつつ眺め、そしてたまにするように金色のペンダントトップをそっと握った。
母親の形見だ。
その後自分も眠りに陥った。
翌日以降もエルフの情報を得る旅は続いた。そうしてようやく、とある村の近くでエルフを見かけたという情報を得られた。エルフを見かけたという簡単な情報だけでどれだけ日数がかかっただろうと苦笑しつつ、それほどにエルフが基本的に人間の前に姿を表さないのだろうなと実感する。
噂から想定される森を、二人は即座に目指した。だか案の定と言うのだろうか。ルートとしては普通に進んでいるつもりだったが、どうやらある程度奥に差し掛かったところで同じ場所をぐるぐると回っていたようだ。ルーフォリアに指摘されてルートも気づいた。指摘されなければ中々気づかなかっただろうし、恐らく普通の人間ならもっとわからなくて下手をすると森の中で遭難していただろうと思われる。
そろそろ辺りも暗くなってきていたため、仕方なく今日のところは切り上げ、この場で野営することにした。
「ねえルーフォリア」
「?」
「ルーフォリアはエルフだし、何かこう、感じるものとか、ない?」
「……ない」
「じゃ、じゃあせめて入口を見つける方法とか、入れてもらえる連絡の取り方とか」
「ごめん、なさい。おれ、さとからでた、ことない、からしら、ない」
「そっか。うん、そうだよな。ルーフォリアが謝る必要ないよ。俺もごめんね。よし、明日はまたうろうろしながら時折呼びかけてみよっか。ルーフォリアはエルフ語で話してみて」
申し訳なさそうにしているルーフォリアに笑いかけると少し黙った後にじっと見上げてきた。その様子がまた可愛い。
「ん?」
「……おれ、もしみつからなくて、も……ルートといっしょ、うれしい」
「っう、うん」
俺も嬉しい。そう思った後で内心首をぶんぶんと振った。
まだ幼児なのだ。ルーフォリアはちゃんとエルフの里で成長すべきだ。
「ありがとう。でもきっと見つかるよ。がんばろ?」
「う、ん」
頷いた後、ルーフォリアが微笑んできた。
翌日は言っていたように時折呼びかけてみたりルーフォリアにはエルフ語で何やら話してもらった。はたから見たら少々胡散臭いというか不審者のようだったかもしれない。それでもきっとこの森の中のどこかに入口はあると、ルートは妙な確信があった。きちんとした理由はない。情報はエルフを見かけたというものだけだったし、そこからこの森を予測しただけだ。それでも何故かここだとルートには思えた。もちろんそれがルーフォリアの里という確証はない。別のエルフの里かもしれない。だがエルフの里にさえ入れてもらえれば、ルーフォリアの里もきっとすぐにわかるだろう。
不審者の如くうろうろし続けて三日目、とうとう一人のエルフが不機嫌そうな顔をしながらルートたちの前に姿を現した。
「わかった」
二人して眠るために横になっていたが、とうとうルートはむくりと起き上がり、その場へ座った。ルーフォリアもじっとルートを見たまま起き上がって向かい合うように座る。
「ルーフォリアが何を言いたいかわかってるよ。わかったよ、言う。言うからそんな顔でずっと見てくるの、やめようね」
「……そんなかお……」
怪訝そうに首を傾げているルーフォリアを見て、自分の顔面の威力に対して自覚がないらしいとルートは苦笑する。
「あー、えっと。俺は……確かに人間って訳じゃあ、ない。……でもエルフでもない、かな」
「……?」
「ハーフなんだ」
人間とエルフとの間に生まれた。父親が人間で母親がエルフだった。過去形なのはもう二人ともいないからだ。
ルートには家がないだけでなく、親もいない。小さな頃に母親と共に奴隷商に捕まり、それを助けようとして父親は命を落とした。ルートを何とか逃がすことで母親も結局亡くなってしまった。一人残ったルートは最初こそ、自分だけ残して逝ってしまった親を恋しく思い、いっそ自分も殺して欲しかったと願ったが、そのうち親の守ってくれた命を愛しく思えるようになった。それからは何とか一人で生きてきた。
エルフからしたらルートは野蛮な人間の血が流れている欠陥品だろう。
一部の人間からしたら純エルフではないものの、それでも使えるものとして今日のように狩りの対象になる。
それもあってエルフの里へは行けないし、人間にも上手く馴染めず、ルートはずっと一人で旅を続けていた。もちろん旅にも慣れたし、一般的な人間とは一期一会もあって上手くやれている。今日のような奴隷商に対しても、これまで上手く逃げてきた。これでも日々、それなりに楽しく過ごしている。
「髪はね、染めてる」
ハーフであることを告げ、簡単に説明した後、ルートはにっこりと笑って簡単な呪文を唱えながら手櫛で髪をすいていく。すると赤茶けた色は次第に薄いベージュ色へと変わっていった。目の前のエルフのような美しい金髪とはいかなくとも、この辺の人間には持ち得ない色だ。
「ごめんね、騙しているつもりはなかったんだよ。別に言うことでもないかなって思って」
いや、少し嘘だ。
わざわざ言う必要がないとは確かに思いつつも、あんなに懐いてくれていたルーフォリアが純エルフである故にルートは恐れていた。
「……ルート、かみ、きれい」
ぽかんとしていたルーフォリアが微笑みながらそっとルートの髪に触れてきた。別にそういう訳ではないのだろうが、それがまるでルーフォリアに、ひいてはエルフから認められたような気持ちになり、ルートは少し目が潤みかけた。
純エルフの君のほうが透けるような金色をしていて百倍綺麗だよ。
そう思いつつ胸が痛くて口元が綻ぶ。
「はは……ありがとう」
変に震えないよう、何とか何でもないようルートがにっこり笑うと、ルーフォリアは立ち上がり、顔を近づけてキスをしてきた。
またこの子はと思いつつも、ハーフだと打ち明けた後だけにルートとしても何となく嬉しかった。
「おれは、ルート、だいすき」
「ありがとう。俺もルーフォリアが大好きだよ」
「にんげん、でもハーフ? でも、かわら、ない」
「……嬉しいな」
その後、小さな体でぎゅっとルートを抱きしめるかのようにして眠ってしまったルーフォリアを、ルートは優しく微笑みつつ眺め、そしてたまにするように金色のペンダントトップをそっと握った。
母親の形見だ。
その後自分も眠りに陥った。
翌日以降もエルフの情報を得る旅は続いた。そうしてようやく、とある村の近くでエルフを見かけたという情報を得られた。エルフを見かけたという簡単な情報だけでどれだけ日数がかかっただろうと苦笑しつつ、それほどにエルフが基本的に人間の前に姿を表さないのだろうなと実感する。
噂から想定される森を、二人は即座に目指した。だか案の定と言うのだろうか。ルートとしては普通に進んでいるつもりだったが、どうやらある程度奥に差し掛かったところで同じ場所をぐるぐると回っていたようだ。ルーフォリアに指摘されてルートも気づいた。指摘されなければ中々気づかなかっただろうし、恐らく普通の人間ならもっとわからなくて下手をすると森の中で遭難していただろうと思われる。
そろそろ辺りも暗くなってきていたため、仕方なく今日のところは切り上げ、この場で野営することにした。
「ねえルーフォリア」
「?」
「ルーフォリアはエルフだし、何かこう、感じるものとか、ない?」
「……ない」
「じゃ、じゃあせめて入口を見つける方法とか、入れてもらえる連絡の取り方とか」
「ごめん、なさい。おれ、さとからでた、ことない、からしら、ない」
「そっか。うん、そうだよな。ルーフォリアが謝る必要ないよ。俺もごめんね。よし、明日はまたうろうろしながら時折呼びかけてみよっか。ルーフォリアはエルフ語で話してみて」
申し訳なさそうにしているルーフォリアに笑いかけると少し黙った後にじっと見上げてきた。その様子がまた可愛い。
「ん?」
「……おれ、もしみつからなくて、も……ルートといっしょ、うれしい」
「っう、うん」
俺も嬉しい。そう思った後で内心首をぶんぶんと振った。
まだ幼児なのだ。ルーフォリアはちゃんとエルフの里で成長すべきだ。
「ありがとう。でもきっと見つかるよ。がんばろ?」
「う、ん」
頷いた後、ルーフォリアが微笑んできた。
翌日は言っていたように時折呼びかけてみたりルーフォリアにはエルフ語で何やら話してもらった。はたから見たら少々胡散臭いというか不審者のようだったかもしれない。それでもきっとこの森の中のどこかに入口はあると、ルートは妙な確信があった。きちんとした理由はない。情報はエルフを見かけたというものだけだったし、そこからこの森を予測しただけだ。それでも何故かここだとルートには思えた。もちろんそれがルーフォリアの里という確証はない。別のエルフの里かもしれない。だがエルフの里にさえ入れてもらえれば、ルーフォリアの里もきっとすぐにわかるだろう。
不審者の如くうろうろし続けて三日目、とうとう一人のエルフが不機嫌そうな顔をしながらルートたちの前に姿を現した。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
オレはこいつの「半分ヒーロー」
ぞぞ
BL
【幼稚園児の頃からライバル視していたあいつと、高校になってからニャンニャンしたいけどなかなかできない……】
高橋智也《たかはしともや》は幼い頃、何をやっても一番だった。勉強も運動も、他人よりできて当たり前。それで幼稚園児にして塔のように高い自信とプライドを抱いていた。
そのプライドをへし折ったのは、背の低い、顔中怪我だらけの子どもだった。当時流行っていた戦隊ヒーローのことを知りもしないそのチビを、智也は何も知らないしできない奴なのかと思ったのだが、しかし、彼はかけっこで「チビ」と思っていたその子に負けてしまった。
一方的にライバル心を燃やす智也だったが、小学六年生の時、「チビ」こと友矢斗歩《ともやとあ》の身に起こった大変な事件を目撃してしまう。その後、斗歩は転校してしまった。
高校生になり智也は斗歩と再会を果たす。その時の彼は「友矢」ではなく「澤上」という苗字に変わっていた。そして、なんと智也より長身のイケメンに成長していたのだ。
なんなんだ、ちくしょう。
そんな風に思った智也は、再び斗歩への特別な感情を募らせていく。
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
※誤字脱字があったらすみません
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
会社を辞めて騎士団長を拾う
あかべこ
BL
社会生活に疲れて早期リタイアした元社畜は、亡き祖父から譲り受けた一軒家に引っ越した。
その新生活一日目、自宅の前に現れたのは足の引きちぎれた自称・帝国の騎士団長だった……!え、この人俺が面倒見るんですか?
女装趣味のギリギリFIREおじさん×ガチムチ元騎士団長、になるはず。
魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん
古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。
落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。
辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。
ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。
カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる